弥生賞を無事1着で収め、皐月賞への勢いを付けてから数日。ジョルノは相も変わらずタキオンに対してトレーニングの指導にあたっていた……その胸の内にはあの時の衝動を内包して。弥生賞での彼女の走りは、それほどまでに人をひきつけるものであった。新聞、テレビやSNSを初めとしたメディアはこぞって彼女のことを取り上げ、皐月賞での最有力候補に彼女の名前を挙げていた。もっとも、彼女に殺到した取材の依頼は全て丁重に断っていた……彼女はそんなものには興味などないだろうし、皐月賞を近いためそんな時間を割いている余裕はとてもじゃあないが初のG1を控えるタキオンにはなかった。
タキオンがターフの上を駆けていく姿を眺めながら、ジョルノはストップウォッチに視線をおろすのだった。まさに目覚めするかのようなそのタイム。弥生賞で数万もの観客に見せつけたかのような、誰も寄せ付けることのない彼女のその走りは未だ健在であった。ジョルノはラップを刻むためにボタンを押し込んだが、やがて数字が画面に刻み付けられると、僅かに彼は眉を顰めるのだった。
……いくらなんでも早すぎる。
およそクラシック初めのウマ娘が叩きだしたタイムとは思えない、恐ろしく早いタイムだ。彼女のまるで生きている証を刻み付けるような走りは、まるで何か急いているようなその走りは…………
「タキオンさんのトレーナーさんですよね?」
ジョルノがその姿に視線を送っていると、突然後ろから声をかけられるのだった。声の方向へと首を回すと、そこには一人のウマ娘が立っているのだった。膝にまで届きそうなほど長い髪をツインテールに結われており、その瞳は勝気な性格を反映させたかのように吊り上がっており、ルビーが埋め込まれたかのように光り輝いているのだった。彼女はジョルノの下へとゆっくりと近づいてくると、その頭を45度に傾けるのであった。
「突然声を掛けてしまってごめんなさい!私、タキオンさんの後輩のダイワスカーレットって言います!」
ダイワスカーレット。タキオンから日ごろ彼女が目を掛けている後輩だと話には聞いてはいたが…ジョルノが会釈をすると、話しかけてもいいと許可が出たと認識をしたのか、スカーレットは言葉を続けるのだった。
「この間はウオッカがすみませんでした!あいt…彼女、自分で体調管理もできないなんて…」
これもタキオンから聞いた話だが、スカーレットは所謂周囲から頼りにされている優等生であるが、内面はツンツンとしているというか、我が強いというか…つまりその取り繕いやウオッカのことを今しがた「あいつ」と呼びかけたことも気づかぬはずはないのだが、それを口にするほどジョルノもデリカシーのない人間ではなかった。
しかし同時に、彼女はとても心優しい努力家であることも聞き及んでいた。同室とはいえ、ただの友人であるウオッカの粗相に頭を下げにくることが良い証左だ。スタンドの戦いのことを言及するわけにはいかないため、ウオッカはトレーニング中に体調不良になり、それをジョルノとタキオンが介抱した、ということで片づけていたのだった。ジョルノは笑顔でスカーレットの言葉に応えると、ターフの方から声を掛けられるのだった。
「おやおや。自分の担当ウマ娘がトレーニングしているっていうのに、他のウマ娘と仲良さそうに話しているなんて」
姿を見ずとも誰がそのセリフを吐いたのかは明白な事実であったが、彼女のことだ。ここで無視を決め込んでも余計にへそをまげたような態度を取るだろう。ジョルノが渋々と後ろを振り向くと、そこにはトレーニングから戻ってきていたタキオンがいたずらっ子のような笑顔を浮かべてターフを囲む柵にもたれかかっているのだった。
「違うよタキオン。スカーレットがウオッカの代わりにお礼に来てくれたんだ」
ジョルノがタキオンに対して形式的な応酬を済ませると、タキオンは一体何を言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべるのだった。
「お礼?……あぁ。」
タキオン。君一瞬口裏合わせのこと忘れていたんじゃあないか?
ジョルノがタキオンに対して非難の視線を向けると彼女はその視線から逃れるように視線を自身の肘から延々と続く柵の方へと向けられていくのだった。
「タキオンさん!この間の弥生賞、凄かったです!私もタキオンさんみたいに早くデビューして、レースで1番になりたいです!」
「なぁに。君ならきっとG1でも活躍できるだろうさ」
そう彼女へと声を掛けるタキオンの顔は、まるで娘を見つめる母のように思慮深い表情を浮かべていた。タキオンの口から数度スカーレットに関する話題は聞いていたが、その時も彼女は同じような顔をしていた。どうやら彼女に対して、特別目をかけているようにジョルノの目には映るのだった。ジョルノは彼女の顔を見つめると、今度はスカーレットへと顔を向けるのだった。
「……スカーレット。君に一つ尋ねたいことがあるんだが…」
「はい!何でしょうか!」
耳をぴょこんと立てて、スカーレットがこちらに向いたことを確認すると、ジョルノは徐に話題を切り出すのだった。
「君はまだデビューしていないってことだったけど、今はどんなトレーニングを受けているんだい?まだ僕らみたいなトレーナーが付いていないんだろう?」
ジョルノの質問に、スカーレットは優等生よろしく快活な様子で彼の質問に答えるのだった。
「今は教官に教えてもらっています!一律のメニューとか、トレーニングをこなしていくんです」
「その教官は、全部で何人いるんだい?」
「えーと、確か3人だったと思います。ウマ娘の人数に比べて圧倒的に人手が足りないってよくぼやいてますから…」
「まさかトレーナー君…」
ジョルノの質問の真意に気が付いたタキオンは、視線を彼の方へと向ける…ジョルノはタキオンの心の内に発した疑問に答えるように、静かに首を縦にふるのだった。そしてスカーレットに聞こえることがないように細心の注意を払いながら小声で彼女の疑問に言葉で返すのだった。
「あぁ。多分だが、その3人の中に敵がいる。」
ジョルノは敵の一味の正体を掴むために、ジョルノはタキオンからもらった資料と、デジタルの資料を、目を皿にして眺めまわしたがその中で一つの共通点を発見するのだった。それは、被害者のウマ娘たちの約4割がデビュー前の模擬レース等の経験しかないウマ娘たちであるという共通点であった。つまり、そのようなデビュー前のウマ娘たちに接する機会の多い人物が多く、そんな彼女たちに品物を売りつけることができる立場にある敵にいる可能性がある、ということになる。
その仮定がもしも真実であるとすれば、なんとも醜悪な話である。デビュー前のウマ娘たちに対する指導に当たる一方で、自身の培った観察眼を用いて私欲を満たすための獲物を見定める狩場とトレーニングを見なしているのだから。彼女たちに対する才能の有無を見極めるその場で、敵は教職者としてあるまじき行為に手を染めている、ということになる。
「あのー…トレーナーさん?」
「何でもないよ…少し気になっただけなんだ。」
怪訝そうな顔つきでこちらを覗き込むスカーレットに対して、ジョルノは急いで話を逸らすのだった。とにかく直近のやるべきことが決まった。教官たちに接触して、敵をあぶりだす。
結果的に3人のうち、最初に接触した2人はスタンド使いではないことが判明したのだった。少々無茶な方法ではあったが、対象に顔の手前ぎりぎりで攻撃を止めて、スタンドがみえているのかどうか確かめる…その方法によって対象がスタンド使いか否かを確かめた。
ジョルノはトレセン学園に在籍する3人の教官の内、最後教官…その人物に接触するためにジョルノはその人物を探して学園内を歩いているのだった。
「奴は今日、非番だそうだからトレーナー寮にいるはずだ…」
トレーナー寮へと足を踏み入れ、階段を登っていく…奴の部屋は確か、3階だったはずだが…
「奴の、奴の名前は…………」
「岩沼毅一郎」
突然階段の上から投げかけられた言葉に、ジョルノは反射的にその声が発せられた方向に首を上にあげ、その人物を見つめるのだった。その男は、30代中盤の筋肉質な男で、髪型はオールバック…その人物はジョルノのことを洞穴のように底の見えない瞳で見つめながら言葉を続けるのだった。
「…君か。塩竃をやったやつは。名前は確か…汐華初流乃だったかな?」
「やはりアンタだったのか……」
敵の素性が明らかになった以上、最早遠慮する必要などないだろう。目の前の男がクズであることは変わりないのだが、この男にはその真意を尋ねる必要がある。そしてその実情を聞く必要がある。
「アンタ、なんでたってこんなことをしているんだ?小遣い稼ぎかい?」
ジョルノの問いに、岩沼はため息をつきながら言葉を続けるのだった。
「人間というものには、時にはのっぴきならない事情に陥る時がある…つまり欲しいもの全ては選べない。何かを選ぶということは…何かを救うということは、何かを捨てるということなんだよ」
確かにこの男の言うことには一理ある。目に映るもの全てを欲しがり、それを手に入れるということは人間には決して出来ない。何かを取捨選択すること、何かを得るために何かを捨てることが生きることに他ならない。
……しかし。その選択の末に行ったことがこの男の凶行だったとしても。それを許すことなど決して出来ない。この男を野放しにすることなど決して出来ない。ジョルノの意思を、そして殺意のその瞳から感じ取った岩沼は、徐に口を開くのだった。
「……みすみす殺される真似はしない。ここで終わるわけにはいかないんだ。ここでは人目に付く恐れがある。場所を変えよう」