黄金の風   作:ボンゴレパスタ

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COMPLEX2

 

 

 

 

 

 

 

最悪な出来事というものは、いつ身に降りかかってくるのか。それは誰にも分からない。交通事故や天変地異における災害がいい例であろう。どんなに貧しい者も、富ある者も関係ない。それは誰かを問わず、いつも道行く人を狙っている。

 

 

 

 

彼女もまた、そんな最悪な出来事の被害者の一人であった。生まれつき他のウマ娘よりも身体が小さく、そのことで周囲の人々から冷たい言葉を掛けられたのも一度や二度ではない。

 

 

 

それでも彼女は、決して首を下げなかった。いつか必ず自分をバカにして、蔑んできた奴らを見返してやる。復讐心ともいえるその執念は、彼女に眠るウマ娘本来の闘争心と結びつき、その身を焦がさんばかりの炎を燃え広がらせた。

 

 

 

その禍々しい、危うい光を放つ原動力は、皐月賞を制覇させるまでに彼女を押し上げた。クラシック3冠の初戦を制した彼女を世間は称え、彼女もようやく一人のウマ娘として、その首を明るい光の中であげることができるかに思われた。

 

 

 

―――――運動誘発性肺出血(ELPH)です。

 

 

 

医者から告げられた残酷だが、確かな事実。自身が身体を震わせるたびに、喉の奥の方から血の味と共に湧き上がる咳がそれを物語っていた。そのような状態では当然万全な走りをすることなどできず、秋の菊花賞は17着に終わってしまった。

 

 

 

どれだけその人が不幸だったのか。そんなことは関係ない。神様は気まぐれにその人から色んなものを奪っていくんだ。

 

 

 

 

 

 

彼女…ナリタタイシンに巣食う絶望は、確実に彼女の身も心も蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは一体……」

 

 

 

 

 

 

 

気が付いた時、タキオンの眼前には見慣れた景色が広がっていた。トレセン学園に拵えたものよりは見劣りする実験器具と、それらが置かれた意匠のこらした机に、自身の趣味ではない仰々しい造りのベッド……自身が気が付いた部屋の景色に、タキオンはおよそ覚えがあった。視界に映る家具や装飾の一つ一つが彼女の根底に眠っていた不快感を想起させ、彼女はその居心地の悪さに顔をしかめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

 

 

 

 

自身の身にまとわりつく不快感を振り払うために、恐る恐る部屋のドアを捻って外へと足を踏み出すと、そこには広々とした廊下が広がっていた。銀の燭台が壁に一定の間隔で掛けられ、反対の壁には木製の窓枠がつけられたはめごろしの窓があり、そこからは木々が顔をのぞかせていた。

 

 

 

 

 

……やはりこの景色には見覚えがあった。自身がトレセン学園へとやってくる前に、生活を送っていた家。自身に課せられたハンデを悟り、研究にその身を投じることでその運命を打ち破ろうと決意したこの場所に、何故自分がいるのか。自身が置かれている状況を図りかねていると、突然階下から声が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま……オンは……」

 

 

 

 

 

 

 

「あ……いつ……ている……」

 

 

 

 

その会話の全貌を聞き取ることはできなかったが、その声には聞き覚えがあった。会話の主に気づかれることがないように、2階の廊下の突き当りにある階段を慎重に下りていくと、そこはリビングだった。室内の人物に悟られることがないように扉をほんの少しだけ開きそこから室内を覗き込みと、そこには二人の人物……頭の上に特徴的な耳をつけた女性に、堅物そうな男性が険しい表情を浮かべながら話をしているのだった。

 

 

 

 

「タキオンは、どうだって?」

 

 

 

「やっぱりあの子の足は他のウマ娘よりも……」

 

 

 

ずっと蓋をしてきたはずの暗い過去。私の両親は良くも悪くも放任主義な家庭で、私が何をしようとあまり気にかけることなく、私がトレセン学園に入学したいという旨を伝えた時も二つ返事でそれを了承し、さっさと書類手続きを済ませると私はここから出ていくことになった。

 

 

 

もう数年はここに帰ってきていない。生憎私には郷愁の念というものは持ち合わせておらず、帰っても居心地の悪さと深く沈めたはずの不快感が蘇ってきそうであったからだ。とどのつまり、両親が自宅の一室で研究に勤しむ私を咎めることなく放置していたのは、私に既に競技者としての期待をしていなかったことに他ならなかったからだ。実際彼らは私が皐月賞を1着で収めた際も連絡一つ寄越しては来なかった。

 

 

 

喉の奥にへばりつくような不快感がタキオンの身体を襲い掛かる。私の話題を口にする直前の、覚悟したように静まり返る瞬間が嫌だった。まるで腫れ物を見るかのような素振りを瞳の奥に覗かせるのが嫌だった。二人に悟られないように扉の前から立ち去ろうとした瞬間、突然後ろから声を掛けられるのだった。

 

 

「へー、それがアンタの心の中に眠ってた弱さってやつなんだ」

 

 

 

後ろを見ずともそこにいるのは一人しかいないことは既に分かっていたが、タキオンはゆっくりと後ろを振り向くのだった。そこには先ほど接敵したウマ娘……ナリタタイシンが立っていた。つまりこの見覚えのある場所に唐突に放り込まれたのは、目の前のウマ娘の能力と考えていいだろう。

 

 

 

 

 

「全く君も趣味の悪いことをするじゃあないか…早く元の場所に戻してくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

いつものような余裕があるように装いながらタキオンが台詞を口にするものの、その口は既にカラカラに乾ききっており、自分でも驚くような間抜けな声色しか絞り出されては来ない。そしてその返答でタイシンから返ってきた言葉の声色は、冷酷そのものであった。

 

 

 

 

 

 

「アタシはただアンタの心の中を映しこんでいるだけ。これは紛れもなくアンタの記憶の中から想起されているだけなんだって」

 

 

 

 

 

 

脂汗が額から頬を伝い、地面に零れ落ちていく。目に見えて動揺し精神的な苦痛を受けたタキオンを無表情で見つめながら、タイシンはつかつかと彼女のもとへと歩み寄っていく。そしてタキオンの身体を突き飛ばすと、彼女の身体はまるで棒切れのように力なく室内へと倒れこむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タキオン……」

 

 

 

 

 

 

室内に倒れこんだ彼女の姿を見つめた両親たちのその表情は、タキオンの心に決して浅くはない影を落としこんだあの表情そのものだった。床に這いつくばったタキオンは、その視線に耐え切れずに顔をそむけたが、その瞬間自身が身動きを取ることができないことに気が付いた。タイシンはその顔をまるで水の中でもがきながら死にゆく虫を見つめるような表情で淡々と言葉を投げかけるのだった。

 

 

 

「もう心が耐え切れないって感じ?アタシのスタンドと同調しすぎると、そうなるみたいなんだよね……最も完全に同調するとアタシにもどうなるのか分からないけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉通りであると、中々タイシンの能力は手ごわいものである。そしてもうこの能力の術中に嵌ってしまった以上、ましてやスタンド使いでは自分では、既に自身がこれをうち破る術を有していない。タキオンは少しでも身体を動かそうと懸命に藻掻いてはいたが、内心既に諦めがついている自分もいた。

 

 

 

 

 

 

 

……既に分かり切っていた。

 

 

 

 

 

 

この間の皐月賞でもう。いや、これまで走り続けてもう私は気づいていたのかもしれない。認めたくないものを懸命にその決断の期間を引き延ばし、現実から目を背け続けた報いなのかもしれない。既にタキオンの心は折れかかっていた。彼女の心もそしてタイシンの能力によって負った身体のダメージは既に彼女の限界に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力無く彼女の身体は地面に倒れこみ、二度と起き上がることはないかのように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の身体が地面に触れるその瞬間、何者かが彼女のことを抱きかかえるのだった。タキオンはほとんど出ない声を懸命に振り絞って自身のことを抱きかかえた人物の名前をうわ言のように呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……モルモット君」

 

 

 

 

 

 

 

……どうして?

 

 

 

 

 

 

 

自身は彼に何の用があるかも言わなかったし、ここに来ることも伝えていなかった。それなのにどうして彼はここに来ることができたというのか。その疑問に答えるように、ジョルノは口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

「タキオンのさっきの顔、いつものような感じじゃあなかったから。君のことをしっかりと面倒みることもトレーナーの仕事の一つってわけさ」

 

 

 

 

 

 

タキオンのポケットから、徐にブローチが取りだされる。どうやら彼には状況が筒抜けのようだったようだ。それならばもっと早く助けに来たまえと言いたいところだが、それをぐっとタキオンがこらえるとジョルノは真っすぐとタイシンを見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて……君。担当ウマ娘をこんな目にあわせるっていうのはどういう了見だい?」

 

 

 

 

 

 

ジョルノは自身のスタンド、G・Eを繰り出すとタイシンの下へと一歩踏み出そうとする。しかしながらタイシンはG・Eのことを一瞥すると、その表情を崩すことなく口を開くのだった。

 

 

 

 

「この世界はタキオンのもの。彼女が何とかしない限り、アンタは自由にこの世界を動き回ることはできない」

 

 

 

 

 

確かに彼女の言う通り、ジョルノは自身が身体を動かすことができないことに気が付くのだった。ジョルノはタキオンに温かく視線を向けると、徐に口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

「どうやらタイシンの言う通り、僕にはこの世界で自由に動くことはできない……つまり君が乗り越える必要がある」

 

 

 

 

 

 

スタンド使いでもない自分にそんなことできるはずがない。その言葉にタキオンは心の救いを、あてのない出口を求めて視線を泳がせるが、その手を取るとジョルノは自身の胸に引き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……君の夢を初めて聞いた時、君のことを少しだが、恐ろしいと思ったよ。君は夢の実現のためだったら、全てを投げうつつもりなんだからね。」

 

 

 

 

 

 

タキオンのジョルノの手を握る力が、僅かに強くなる。それを目にとめながらジョルノは再び彼女へ視線を向けると口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「だがそれ以上に、君には「気高さ」があった。君の自他と共に殉教者になろうとするその覚悟は、全てのウマ娘たちの可能性と未来のための黄金の輝きに満ち溢れている。だからこそ、僕は君のトレーナーになったんだ。君の夢に……君の黄金のような精神に、僕は全てを賭けよう……君にはまだ僕に言っていないこともあるはずだ。だけどそれも今は言わなくていい。君が話したくなるその日まで、僕はトレーナーとして君のことを支え続ける」

 

 

 

 

 

 

 

かつて自分がギャングスターを目指した時、彼にそうしてもらったように。

 

 

 

 

 

 

「モルモット君……いや……トレーナー君」

 

 

 

 

 

 

 

「だから、この傷は君だけが抱え込まなくていい……乗り越える必要もない。向き合うんだ、この傷と。……そして僕にも肩代わりさせてほしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が少しずつひび割れ、瓦解していく。それは彼女が再び前を向こうとする……そしてその隣には信頼のできるトレーナーを携えて歩み出そうとするその兆しそのものであった。やがて世界は燦燦と光り輝くと、全てを光で包み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タキオンが再び目が覚めた時には、全てが終わった後だった。気を失っているタイシンから聞いた話に、二人は新たな手がかりをえることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

COMPLEX

能力者:ナリタタイシン

破壊力:Eスピード:E射程距離:A持続力:A精密動作性:E成長性:A

対象が抱える心の傷を投影して、スタンドの世界に閉じ込めるスタンド。その世界では対象者の心の傷を抉る出来事が起こり、その世界に同調することを促していく。完全にその世界に同調すると、精神が崩壊し命を落とす。

 

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