「……保健室に不審者がいる?」
意識を取り戻したタイシンから得た証言は、およそ衝撃的なものであった。最近の彼女はケガがちで、しばしば保健室へ足を運んでいたようだったが、その際に何度か怪しい人物に遭遇し何か怪しい誘いを受けたとのことで、また彼女以外の他にもその人物は何人かのウマ娘に怪しい誘いをしているとのことであった。
「その噂はデジタル君の耳にも聞き及んでいたようだ。学園に見知らぬ人物が保健室にうろついている、と……」
ジョルノとタキオンはその噂とタイシンの証言を確認すると、早速保健室へと足を繰り出していくのだった。互いに顔を見合わせず、しばらくそこへ向かって足を進めていくのだったが、やがて示し合わせたかのように立ち止まると互いに顔を見合わせるのだった……タキオンは静かにため息をつくと、躊躇いがちに口を開くのだった。
「その……君。タイシン君?君も付いてくるのかい?」
彼女たちの1歩半ほど後ろを無言で付いてくるタイシンの圧力か、それともその不自然さに耐えられなくなったのか……タキオンのどぎまぎした様子を見ることも非常に珍しい光景ではあるが。自身に突き刺さる2つの視線をものともせず、タイシンは仏頂面をピクリとも崩すことなく口を開くのだった。
「……アタシはただ決着を付けたいだけ。こんな目にあわせたやつらに、けじめをつけてやる」
それだけ言うと、再び3人の間には沈黙のひと時が訪れる……これ以上時を掛けたとしても、彼女の口から何も聞くことはできないだろう。その場の空気にいたたまれなくなったジョルノとタキオンは顔を見合わせると、再び保健室へと足を繰り出していくのだった。トレーニングの時間もあってか校舎には人はほとんどおらず、保健室にたどり着くまでにはほんの数人ほどしか廊下ですれ違うことはなかった。保健室の前にたどり着いた一行は、思い切り引き戸の扉を開く…そこには一人の人物が椅子に座っており、突然扉を引き開けた彼らを見て驚きの表情を浮かべるのだった。
「えーと……貴方たちは……?」
そこには一人の人物……白衣に身を包み、細い黒縁の眼鏡をかけたその男は、こんな場所に何の用だと言わんばかりの視線を3人に向けていた。ジョルノは、この人物のことは及び知っていた。トレセン学園に勤務する養護教諭である彼の名前は泉京平。毎朝の職員会議でも顔を合わせている顔馴染みの彼に会釈をしながら、ジョルノは自身の後ろにいるタイシンに、彼がその人物であるのか確認の意を込めて視線をおくるが、彼女は静かにかぶりを振るのだった。
……どうやら彼じゃあないようだ
ジョルノは犯人が訪れるのを確認しようとする以上、無関係の彼を巻き込むわけにはいかないためいかにして彼を部屋から追い出そうか思案していたが、その時横にいたタキオンが口を開くのだった。
「実はタイシン君と併走をしていたんだが、私が少々体調が悪くなってしまってねぇ…幸い少し横になれば治るだろうから、保健室のベッドを借りに来たってわけさ」
担当ウマ娘ながら、非常にうまい返しだ。その言葉に納得したのか、そしてジョルノがいることに安心したのか、泉はジョルノに鍵を渡すと仕事があるとかでジョルノ達の狙い通り、その場から立ち去るのだった。残されたジョルノ達は各々ベッドの下や用具箱の中へと隠れると、その不審者が来るのを待ち構えるのだった。
「本当にこれでその不審者が来るってわけ?」
タイシンは呆れたように目を回しながらベッドの下から反対側のベッドの下にいるタキオンへと非難の視線を向けるが、タキオンはそれを意にも介さぬように口を開くのだった。
「……その不審人物は、君以外にもウマ娘に声を掛けていた……つまり何かしらの目的があるってわけさ。必ずその人物は来るはずさ。問題ない」
返事こそすれ、その内容には何ら根拠は存在しない。タイシンがその呆れ具合に口をパクパクしていると、突然窓の方からカタン、と音がするのだった。
……!!
まさか本当にやってくるとは。室内は途端に水を打ったように静まり返り、その人物が室内へと足を踏み入れるのを待ち構える。やがてその不審人物は窓へ足を掛けると、保健室の中へと踏み入ってベッドのところまで進んでくると、そのタイミングを見計らったようにタキオンはその人物の足を掴むのだった。
『今だ!!』
その言葉を合図にタイシンとジョルノは飛び出すと、急いでその人物へと歩み寄っていく。ジョルノはスタンドを繰り出すと、その人物の喉元に拳を突き付けるのだった。
「大人しくしろ……お前は何者だ」
底冷えするような、選択の有無さえ許さぬようなその声色。イタリアのギャング組織のトップに君臨したその人物の脅しに、タイシンは恐れを抱くのだった…そしてそれは保健室に侵入した不審人物も同様であった。目の前の人物はジョルノの有無を許さぬ迫力の脅しに、すっかりおびえ切っていた。ジョルノはG・Eの拳を突き付けたまま、その人物を観察するのだった。
その人物……赤いドレス基調の服に白衣を身に着け、頓智気な形状のサングラスを身に着けた金髪で長髪の彼女を無表情で睨みつけながら、ジョルノは徐に口を開くのだった。
「アンタの名前は?」
「安心沢刺々美よ!……いえ、安心沢刺々美です……」
この時点でジョルノは、彼女がスタンド使いではないことを見抜いていた。自身の側に控えるG・Eに全く視線が向けられないからだ。ごくたまに熟練の殺し屋や、戦闘経験豊富なスタンド使いは自身がスタンド使いではない一般市民のように振舞うこともできるのだが、彼女の脅え具合からしてそんな芸当ができないのは目に見えている。しかしながら彼女がこの学園に不審者として忍び込んでいるという事実にはなんら変わりはない。ジョルノが怒気を含んだ瞳で彼女を睨みつけると、刺々美はその脅えた様子から一点、不審者よろしく自信ありげにポージングしながら言葉を発するのだった。
「このあたしこそ!数多のウマ娘を(たぶん)導く救世主!奇跡の腕を持つ(自称)伝説的笹針師!わぉ!あんし~ん☆!」
……全く安心ではない。スタンド使いではないにしてもこんな見た目で学園をうろついてウマ娘たちに何やら怪しい勧誘をすること自体が問題である。ジョルノは苛立たし気に目を回すと口を開くのだった。
「なんのためにここに来たんだ?」
「それは勿論ウマ娘ちゃんたちを救うために……」
「なんの用だ」
「は、はい……ウマ娘ちゃんにプスっとするために……」
ジョルノの脅しに途端に刺々美はおっかなびっくりで答えたわけだが、その内容を彼なりに訳すると、「ウマ娘たちに自身の笹刺の腕を試したかった」というわけだ。彼女は警察なりなんなりに不審者として突き出せば問題はないだろう。
「つまりタイシン君の証言はあんまりアテにはならなかったというわけだねぇ」
「……うっさい。別にスタンド使いだったとは一言も言ってない」
タキオンとタイシンは互いに応酬を始めたが、次に発せられたジョルノの言葉に、そのささやかなる喧嘩は中断されることになった。
「いや、タキオン。彼女の言ったことは正しかった。」
「……どういうことだい?」
その言葉に室内は異様な緊張感が満たされ、タキオンは恐る恐るジョルノの顔を覗き込むのだった。そんなまさか。
「僕たちは既に攻撃を受けていた。」
そう呟いたジョルノの左腕は、手首から先が無くなっているのだった。