「こ、これは……」
余りにも衝撃的な目の前の光景に、一同は声を失った。安心沢も「ヒッ……」と漏れ出るような悲鳴を上げて、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせ、ジョルノの本来左手があるはずの場所をみつめていた。恐らくこの現象は、敵スタンドの攻撃とみて間違いないだろう。ジョルノの左手はまるでゼリー状のように溶けたように消失しており、切断面からは骨だけが覗いていた。激痛に顔をしかめながらもすぐさま手のパーツを能力で生み出すさながら、ジョルノは3人に声を掛けるのだった。
「タイシン!敵スタンドがいないか教えてくれ!タキオンとアンタは僕の側から離れるな!」
その言葉を皮切りに3人ははじかれたように移動する……タイシンはジョルノと背中合わせになり、その横に安心沢とタキオンが位置に着く。一体どこに敵が潜んでいるのか、互いがその死角を補いながら襲撃に備えるのだった。
室内には殺気に満ち溢れた静けさが流れている。一体いつ、どこから敵が襲い掛かってくるのか。一瞬の気を抜くことさえも許されないその中で、自身の脂汗が地面に落ちる音さえも聞こえるかのように思えるほどの静けさを打ち破るその時は、突然訪れるのだった。
「10時の方向にいる!スタンド!」
タイシンの言葉にジョルノが振り向くと、そこには確かにスタンドがいた。ガスマスクと背中に背負い込んだボンベが特徴的なその人型スタンドはジョルノ達の前に姿を現すと、真っすぐと彼らの下へと向かっていくのだった。ジョルノはG・Eを繰り出すと、攻撃を繰り出そうとするそのスタンドに向かって拳を繰り出すのだった。
……何かがおかしい。
このスタンドは、自身の左手をどういう能力かは知らないが奪うという芸当を披露した。そんなスタンドに、相手の手の内が分かってさえいないのに無闇に敵に触れるというのもいかがなものか。ジョルノは敵スタンドに触れる寸前で思いとどまると、G・Eで敵スタンドの足を薙ぎ払うのだった。敵スタンドはジョルノの足払いを受けバランスを崩し、身体がよろける……その敵スタンドの手から何かが落ちるのだった。
「これは……」
それは禍々しい色をした液体だった。その手から零れ落ちた液体は地面に滴り落ちると、地面は炭のように黒ずみながら穴をあけ、異臭を放つ煙をまき散らすのだった。
……酸だ。
このスタンドの能力の正体、それは酸を操るという代物に違いない。そのスタンドはその手を構えたまま、ジョルノから視線を逸らす……その敵スタンドの視線の先には、自身の担当ウマ娘、アグネスタキオンがいた。
まさか!
敵スタンドはタキオンに向かって足を繰り出していく…敵の迎撃に一歩出遅れてしまったジョルノには、最早自身の身を挺して彼女のことを守ることしか道は残されていなかった。
ジョルノは駆け出すと、タキオンを庇うために彼女の身体を突き飛ばすのだった。敵スタンドの攻撃を受けたジョルノの身体は瞬時に溶け、彼はその場に崩れ落ちるのだった。
「トレーナー君!」
タキオンはその目に涙をためながら、ジョルノのもとへと近寄る。幸いG・Eの能力で傷を治すことはできるものの、しばらくは動くことができないといった様子であった。敵スタンドは動きを止めると、泣きながらジョルノの介抱をするタキオンに狙いを定めるのだった。
……やるしかない……!
ジョルノが戦闘不能になってしまった以上、このスタンドと闘うことができるのは自分しかいない。タキオンを守るために、タイシンは自身の能力を繰り出そうとする……しかしいくら願ったところで、いつまでも目の前の景色が変わることはなかった。
……どうして?
「それは僕には「後悔する出来事なんてない」からだろうな。」
タイシンが目を見開いていると、保健室の扉から突然声が投げかけられる。室内の彼女らが扉の方角へと目を向けると、そこには一人の男が立ち尽くしているのだった。その男は先ほどジョルノたちの指示に従って部屋を後にしたはずの男、泉だった。この男がこのスタンドの正体だったのか。タイシンが顔を歪ませると、泉は眼鏡を神経質なようで取り外し、胸ポケットに仕舞われたしわの一つも見受けられないハンカチーフで懇切丁寧にふき取るのだった。
「アンタが……」
この男が、トレセン学園に蔓延る悪党の内の一人か。タイシンが泉をにらみけると、泉はため息をつきながら言葉を口にするのだった。
「私は養護教諭ではあるが、元々医者を志していた…最も、研修医の時にヘマしてその夢は潰えたがね」
「……ヘマ?」
タイシンが眉を顰めると泉は心ここにあらずといった様子で、ぼさぼさのパーマのかかった長髪を荒々しくかきながら語り始めるのだった。
「……なんというか、患者に投与する薬品の量を間違えてしまった……という形でごまかしはしたけどね。本当はちょいと気になってしまって、調子に乗って入れすぎちまったわけさ。」
その男の発言から窺い知れる醜悪さに、タイシンは顔をしかめた。この男は自身の加虐心を満たすためだけに、本来人の人の命を救う職業である医者を志そうとし、その直前まで近づいていたことになる。そしてこの男はその行為に関して罪悪感や、何処か後ろめたさを感じることが一切ない人物というわけだ。そうでなければこの男のスタンドを介して、自身の能力の影響下に置かれるはずだからだ。そういった意味では、医者になる前の未熟な段階でヘマをしたことは不幸中の幸いと取ることもできるかもしれないが、そんな男がトレセン学園にのさばっているという事実は何よりタイシンの恐怖心と不快感を掻き立てた。
「真性のクズだよ…アンタ」
辛うじて彼女の口から吐かれた軽蔑の言葉……しかし泉は全くもって我関せずといった様子で言葉を投げかけるのだった。
「はいはい……まぁ、そこの汐華トレーナーが俺達のチームをひっかきまわしていたことはよくわかったよ。塩竃も岩沼も、彼にやられたって解釈してよさそうだな」
そう呟きながら、泉は彼らのもとへと一歩ずつ、まるで執行台に向かう死刑執行人かのような様子で向かっていく……スタンド使いではないタキオンと安心沢を守るため、彼女らの前に立って両手を広げるタイシンの様子を無表情で見つめながら、泉は言葉を続けるのだった。
「別に君らを始末することは決まってるのだから、あまり賢くない行いはしない方がいいんじゃあないか?」
泉はそう呟きタイシンの前まで歩み寄ると、スタンドの回し蹴りを彼女に放つ……その攻撃が彼女の腹部に当たると、彼女の身体は後方へと吹っ飛び、其の身体を薬品棚にしたたかに打ち付けるのだった。ガラス戸が割れ、そこから消毒液や包帯といった用品が飛び出してきて、タイシンの身体に降り注ぐのだった。
「君の攻撃、中々になまっちょろいもんだったぞ?この時間にやってくるようなやつは君らを除いて他にはいないだろうし、存分に君たちをいたぶることができるってわけだな」
その顔は加虐的に醜く歪み、一歩ずつ彼女のもとへと近づいていく。彼の非人道的な道楽に付き合うつもりなど毛頭なかったが、身体が先ほどの蹴りで思うように動かない。酸素は身体から全て抜け出て、膝に力を入れることができないタイシンは、ただそこで泉が近づいてくることを許すことしかできなかった。
……スタンドというものは、本体の「無意識」の才能だ。心の中で罪悪感があるならば、その能力には無意識にブレーキがかかるものになる。つまりこの男は……この男の能力がここまで凶悪なものなのは、偏に微塵も罪悪感がないからであろう。
……反対に自分はどうだろう?
陰惨たる気持ちを抑えることができない半端者。小さいことをバカにされて、そのことから逃れることもできない。そんなアタシだからこそ、スタンドの能力もこんな卑小なものになってしまったんだろう。だからいつまでたっても、菊花賞の時から前を向くことができずにいるんだろう。
……それでも
今アタシがここで死んだらどうなるのか。この学園は、ここで倒れているジョルノや能力者じゃあないタキオンたちはどうなるのだろうか。きっとこいつの、こいつらの思い通りになってしまう。そうなったら、アタシの仲間は……チケットやハヤヒデはどうなるの?アタシのことを見捨てないでくれているアイツは……
……いやだ。
これ以上奪われたくない。これ以上、アタシから大切なものを奪わないで。奪われないために、アタシができることは……
その瞬間自身の身体中の血液が逆流し、力がみなぎっていくのを感じる。アタシは前に進む。アタシがアタシであるために。アタシがまた、アタシがまた……
敵スタンドの攻撃がタイシンの身体に触れようとする直前、突然泉の身体は後方へと吹っ飛んでいくのだった。自身の身に何が起こったのか。事態を把握できずにいた泉であったが、白煙の向こうから姿を現したタイシンの姿に、目を見開くのだった。
「そんな…そんなまさか」
白煙の中から姿を現したタイシンは、側に人型のスタンドを控えていた。こいつのスタンドは、実体を持たぬスタンドのはずだ。それなのにどうしてこのスタンドは……
「進化したというのか……?」
信じられないものを見たかのような表情を浮かべる泉を余所に、タイシンは徐に口を開くのだった。。
「アタシはこれから、アンタを倒すわ……」
タイシンは前を向くと、その瞳に黄金の意思を宿しながら泉を見据えるのだった。もう迷いはない。アタシは学園を守るために、アタシ自身が誇れる自分になるために覚悟を決めたんだ。
「このスタンドの名前は『ゲット・アップ・ルーシー』…」
アタシがまた前を向くために。アタシがまた、起き上がるために。
AJICO
能力者:泉京平
破壊力:Bスピード:C射程距離:B持続力:D精密動作性:C成長性:B
酸を操るスタンド。その威力は凄まじく、触っただけで対象の身体は瞬く間に溶け始める。本体の泉の凶悪性を映し出したような能力である。