―――アタシは何としても、前を向かなくちゃあならない。
醜悪な復讐心じゃあなくて、純粋に「勝ちたい」って意思と、アタシを応援してくれている全ての人たちに報いたいって気持ちで。チケットやハヤヒデ、クリークさん。そして、そして……
「タイシン!俺はずっとそばで君を支えたい!」
「~~一生かかるかもしれないよ!」
「一生だって支えてやる!」
アイツはケガをして、意固地になって出走した菊花賞で大敗したアタシにこう言ってくれた。絶望の淵に立たされ、脳裏に引退の2文字がよぎっていたアタシ。行き場のない思いをこの身体に抱えていた最中、アイツはその目を微塵も揺らぐことなく、アタシを見据えてこう言い放ったんだ。いつもは暑苦しいやつって感じのアイツだけど、その時ばかりはまるで太陽みたいに、そして道しるべとなる北斗七星のように思えたんだ。
アイツのためにも、そしてアイツにまた勝利をあげるには……
アタシ自身が変わらなくちゃあいけない。タイシンは目の前の男…トレセン学園内に蔓延る悪党の一味の一人であるその男に、怒りの視線をぶつけると、続いて隣に立つ自身のスタンドに視線を向けるのだった。そのスタンドはアタシが確実に一歩前進したことを示していた。スタンドはその本体の精神的な成長に応じて、その姿や能力が変化するという。つまり、このスタンドもアタシの覚悟に呼応してその姿を変化させたと受け取って差し支えないだろう。
「実体を持ったということは、より僕のスタンド……「AJICO」の能力の影響を受けやすいってことさ。」
泉は神経質に眼鏡の曇りをハンカチでぬぐい取りながら、不敵な笑みをタイシンに対して向けていた。そのスタンドは防御態勢を取ることもなく、手をフラフラと不規則に左右に振りながら抜け目なくタイシンのことを狙っている。それは自身のスタンドの能力の絶対的な自信の表れであった。泉はやがて視点をタイシンに定めると、フラフラと…しかし確実に体をむしばむ病魔のようにゆっくりとタイシンに近づくと、自身のスタンドの両腕を広げさせるのだった。
……触れてさえしまえば、僕の勝利だ。
邪魔な此奴らさえ始末してしまえば、トレセン学園でまたしのぎをひろげられるようになる。仲間たちは何人かやられてはしまったが、まぁこれも分け前が増えたと思えばいいだろう。そうすれば、品物で釣ったやつらを実験道具にすることだってできるだろう。
泉はタイシンを見据え、自身の射程距離へと一歩踏み出す……しかしその瞬間、自身の身体は物理法則を度外視したかのように後方へと吹っ飛んでいくのであった。一体何が起こったのか。泉は呆然と自身の身体に何が起こったのか理解することができずにあたりをフラフラと見渡したが、眼前にいる彼女の言葉に現実に引き戻されるのだった。
「アンタのことは絶対に許さない……」
その目には、確かな意思と殺意が宿っていた。その瞳に恐怖した泉は、自身がらしからず相手の能力の範疇を及び知らぬ状態で彼女に襲い掛かったことを後悔し、逃れようと側の窓枠に歩み寄ろうとする……しかし、泉はそこに近づくことは叶わなかった。自身が懸命に足を繰り出そうとしてもそこには近づくことはできず、どんどん自身からみて右側に身体が引っ張られていく。何とかその場に踏みとどまろうと踏ん張った泉であったが、其の身体は先ほど吹っ飛ばされた方向へと引っ張られていくのだった。
「な、なんだ……!まるで……落ちていくみたいだ……!」
困惑する泉を目の当たりにしたタイシンは、本質的に自身の能力を理解するのだった。タイシンは側に控えているスタンドの拳を構えさせると、徐に口を開くのだった。
「アタシの能力……それは「対象の引力を操作する」スタンド……そしてアンタはもうアタシには勝てない」
タイシンに引き寄せられた泉は、まるで天井から降ってくるようにタイシンに引き寄せられていく。磁石のS極とN極のように自身に向かってくる泉に小さく舌打ちをすると、タイシンは無数の自身のスタンドの拳を繰り出していくのだった。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
重機関銃の掃射のような絶え間ない攻撃が泉の身体に繰り広げられていく…彼の身体は隙間なく、その禍々しい欲望と共に押しつぶされると、彼の身体は再び壁へと吹き飛ばされるのだった。タイシンは戦闘不能になった泉をみやると、先ほどから倒れこんでいるジョルノたちの下へと駆け寄っていくのだった。
「アンタたち、大丈夫!?」
先ほどケガを負ったジョルノの身体は、G・Eの能力によって殆ど修復しかかっていた。タキオンはその瞳に涙を浮かべながら彼の手を握っている…およそドライな印象を抱いていた彼女ではあるが、彼女にも一般人のように誰かを思いやるような気持ちは持ち合わせている、というわけか。それとも彼によって……いや、これ以上彼女たちについてあれこれと勘繰り、詮索することはあまりいいことであるということはできないだろう。タイシンは伸ばしかけていた手を空を掴むように前に差し出していたが、やがてストンとその手を下ろすと、彼女たちに視線を送る……すると今まで閉じられていたジョルノの目はゆっくりと、まるで朝日に向かって花開く朝顔のようにその目をゆっくりと開くのであった。
「トレーナー君っ!!」
タキオンは再びらしかぬ様子で彼の手を強く握りしめると、ジョルノは静かに視線を彼女に送る……二人のその様子は、さながら映画や西洋美術のようで、まるで聖母マリアに抱きかかえられたイエスの彫刻と見紛うほどであった。ジョルノは金色に輝く髪をその額にたらしながら、ゆっくりと口を開くのだった。
「や、やつは……?」
それはまぎれもなく、彼の年不相応なスタンド使いとしての経験からの発言だった。「しっかりと泉から目を離さず、無力化することに成功したのか?」という意が含蓄されたその発言に、タイシンは数十秒間もの間すっかり意識の範囲から外へと追いやっていた泉へと視線をむける……しかしその数十秒間、タイシンの警戒から解放された泉にとって、その時間は彼が室内の誰からも気づかれることもなく、窓枠から室外へと飛び出すには十分すぎる時間であった。
「ご、ごめん……」
タイシンはその耳を下げジョルノに謝罪の意を示すが、ジョルノは気にすることはないというかのように手を彼女の前にかざし、首を横に振るのだった。彼女はスタンドを身に着けたばかりであり、本来であれば戦闘をこなすスタンド使いになどなる必要などどこにもないトレセン学園の一介の生徒である。そこまで彼女に求めることは聊か酷であると言わざるを得ないだろう。ジョルノは泉が逃げ去った方角へと顔を向けると、徐に口を開くのだった。
「奴がタイシン…君の攻撃によって垂れ流された血…それに生命を与えた」
彼がそう口にした途端、床に垂れ流された血だまりがその形状を変化させて生物…一匹の蠅へとその姿を変化させるのだった。蠅は床からその羽を羽ばたいて飛び上がると、窓枠に向かって一直線に向かっていくのだった。
「…蠅は奴に向かって進んでいく…これでやつは逃げることはできないはずだ」
ジョルノはタキオンの肩を借りながら歩みを進めると、窓枠から身を乗り出し泉の身柄を拘束するため、追跡を開始するのだった。
「畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!!」
体内から排出される血は自身の脳から思考能力を等加速度的に奪い去り、彼は苛立たしげにぶつぶつと呟きながら、最早フレームだけとなり本来の役目を果たさなくなった眼鏡をかなぐり捨てた。そんな状態の彼であったが、元々医者を志していた彼は自身の身体の状態を冷静に、そして客観的に分析するのだった。
「大腿骨頸部、上腕骨顆上、肋骨を3本、顔面の骨を骨折…歯は恐らく3割喪失し、右目は視力をいちじるしく欠いている…恐らく網膜が剥離したか……」
最早傷が治ったところで自身がもう一度以前のような健康体で生活を送ることができる可能性はかなり低いだろう。それでも彼が生を手放すことなく、壁にへばりついてでも彼らから逃走を図ろうとしているのは、偏に彼の心に宿った醜悪な復讐心からであった。
「なぜ僕がこんな目に合わなくちゃあならないんだ…!!」
この男には、自身が今までしでかしたことへのツケが回ってきたという加害者として持ち合わせるべき意識が著しく欠如しており、その心にはどうして自分がこんな目にあわなければならないのか、そして絶対の自信を持っていた自身のの能力を打ち破られたことに対する見当違いもいいところな怒りを抱いているのだった。
「どうやら困っているようだな…」
泉は激痛に顔をしかめながら、声のする方向へと顔を向ける。その人物は、何処からともなく突然現れた。僕たちのリーダー。このトレセン学園でもっとも商品を多く売りさばいているその人物が来たということはいよいよ僕も…
「僕を……始末しに来たってわけかい?」
「いや…お前の能力にはまだ使い道がある。もしお前に「覚悟」があるというならば、ここから逃れる手助けをしてやろう」
その答えは既に分かり切っていた。泉は同意の意を示すため、辛うじて首を縦に振った。その様子を確認したその人物は、タイシンの攻撃によって観るに堪えないほどひしゃげたその手を取るのだった。
「なんだと…」
ジョルノたちは急いで泉の痕跡を追跡したが、その痕跡は校舎裏の一角で忽然と途絶えており、指標であった蠅は叩き潰され、殆ど本来の姿である血痕の状態で発見されるのだった。
ゲット・アップ・ルーシー
能力者 ナリタタイシン
破壊力:Aスピード:B射程距離:C持続力:D精密動作性:C成長性:B
自身の心のわだかまりを乗り越え、精神的に成長したことによって進化したスタンド。自身を中心として対象を強力な磁石のように操る能力を有しており、スタンド本体のパワーも非常に高い。