黄金の風   作:ボンゴレパスタ

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Report「告白」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓枠の僅かなスペースに肘をつきながら、ジョルノは外の景色をじっと見つめていた。ここはバスの中。行く先は毎年夏にトレセン学園で行われる全校合宿が行われる合宿所へと向かっていた。ぼんやりと窓の外の景色を見つめながら、ジョルノはこの数か月の怒涛の出来事の連続を思い返していた。

 

 

 

養護教諭の泉による襲撃。これは仲間のナリタタイシンの能力の進化によって何とか敵を退けることに成功したが、正直言ってかなり敵は手強かった。今までの敵ももちろん強力な能力を持ってはいたが、泉の能力の特筆すべき点はその能力の凶悪性だった。

 

 

 

周囲の者をスタンドの発する酸で溶かし、跡形もなく消失させるスタンド。その能力を見て思い出されるのは、かつてローマ郊外で死闘を繰り広げたかつてのパッショーネのボス、ディアボロが編成した親衛隊の一員、チョコラータのスタンド「グリーン・デイ」だ。ディアボロの打倒後、その組織の内情を調査したところ判明したことは、その医者崩れの醜悪な過去だった。治療と称し、患者を虐待、解剖、実験を繰り返し医療過誤として病院を放逐された後に組織に拾われ、そのあまりの残虐性から「不測の事態」以外ではその使役は控えられていた、と記述されたファイルを発見した時、そのあまりの醜悪性に顔をしかめたことを今でも覚えている。

 

 

 

スタンドの能力というものは、一般的に発現者の才能に由来すると言われている。つまり心の中に罪悪感があるとするならば、その能力には制限がつく。しかしそのチョコラータの能力は、敵味方見境なく体内にカビを繁殖させて殺す能力だった。つまり彼の能力にはブレーキがない。あの時いち早く倒していなければ、ローマ市街は地獄絵図と化していたことだろう。

 

 

 

つまり泉もそのチョコラータ同様、心に罪悪感といった類のブレーキが存在しないため、かくも凶悪な能力になったわけだ。そしてあの時、泉のとどめを刺しきることができず、逃走を許してしまった。この数か月特に動きはないが、いずれ必ず泉は行動を起こすはずだ。トレセン学園を去って身動きがとりやすくなった彼は、今この時にでも自分やタキオンのことを狙っているかもしれない。一応タキオンが乗っているバスにはタイシンが乗っているため丸腰でいるよりははるかに安全な状態ではあるが、トレーナーとウマ娘が同じバスに同乗することができない以上、気が気でないというのが実際のところだった。実際にバスに乗る前にタキオンには「何かあったら電話ですぐに知らせてくれ」と伝えてはいたのだが、その際には彼女は、

 

 

 

「心配してくれてありがとう。人気者は辛いねぇ」

 

 

と冗談めかしくはぐらかされてしまった。

 

 

 

…タキオン

 

     

泉の件ももちろん悩みの種ではあったが、それよりも心配なことは、なにより自身の担当ウマ娘であるタキオンのことだった。彼女は僕に、何か…今後に関わる決定的な何かを隠している。

 

 

 

 

彼女は明らかに…その兆候は恐らく皐月賞の前後からだろう。彼女は僕の目から見ても、まるで生き急ぐようにターフの上を駆けているように見えた。その思いに反映し、彼女のタイムはクラシック期も中盤に差し掛かっているが衰えることを知らず、ますます縮んでいる。いささか異常なまでに。

 

 

 

彼女の才能をもってすれば、それは妥当な結果であるのかもしれない。しかしなによりジョルノや周囲に疑念を抱かせるような事態が先日起こった。

 

 

 

…それは即ち、日本ダービーの出場辞退だ。

 

 

 

芝2400メートルと中距離の中でも比較的その走行距離の長いそのレースは、クラシック三冠の二つ目のレースとして非常に注目されるレースであり、皐月賞を制したタキオンも当然出場するものであるとされていた。しかしその直前になって突如タキオンに呼び出されたかと思えば

 

 

 

「出場はしないよ。君の方からたづなさんにそう伝えておいてくれ」

 

 

 

と一言言うと、さっさと立ち去ってしまったのだ。そして、そんなことを言っておいてしっかりと当日のレースの競技場には赴き、なにやらデータを採集すると、その感情を伺うことができない、何とも言えぬ表情を浮かべながら会場を後にしていた。

 

 

 

そんな出来事もあり、ジョルノにもタキオンに対して聊か疑念と大きな心配がその胸に渦巻いていた。

 

 

いずれにしても、僕は彼女のことを…タキオンを支えるだけだ。

 

 

ジョルノは視線を前方へと移すと、静かに瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、疑念を胸に抱きつつも始まった夏合宿もおよそ順調に…最もタキオンの場合は自分がなぜか猛暑の砂浜の上を彼女の激が飛ぶ中で走らされたり、山の中をうろついたりする羽目になり大変な想いをしたが、無事に合宿最終日を迎えていた。2年目の夏も、いよいよ終わろうとしている。見回りの当番となったジョルノは合宿所の扉を開けると、まるで導かれるようにふらふらと、夜の砂浜へと足を繰り出していた。

 

 

 

 

 

 

何か目的が…涼みたいとか、一人になりたいとか、そんなものは存在していなかった。ただ何か大きな力に導かれるままに、ジョルノは昼の時とは打って変わり、だれもいない、ただ波の音がリズムよく耳に心地よい音を届けるその場に腰かけ、しばらくその景色を見つめていた。

 

 

「……おや、これはこれは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえた、聞きなれた声。ジョルノは声のした方向へと首を向けるとその人物に声を掛けた。

 

 

 

 

「……タキオン」

 

 

 

 

「……となり、座ってもいいかい?」

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

腰かけていたジョルノの隣に、タキオンがちょこんと座る。何を話すわけでもなく、何とも言えぬ静寂が二人の間に流れる。その静寂をしばらくのちに打ち破ったのは、意外にもタキオンからだった。

 

 

 

「……約束だったね、トレーナー君」

 

 

 

「……約束?」

 

 

 

 

 

いぶかし気にタキオンの顔を覗きこむと、その表情はいつもの彼女とは打って変わり、いつになく真剣なものだった。

 

 

 

 

「私が常日頃、「ウマ娘の可能性の先」を目指して、スピードの限界を超えることに挑戦していることは、君は承知しているだろう?」

 

 

 

「…あぁ」

 

 

「私はこのトレセン学園の門を叩くにあたり、二つのプランを用意していた。つまり私自身をその研究の素体として、レースに出場するというプランA、そして私自身はそのゴールに到達することは諦めて、後進にそれを託すというプランBだ。」

 

 

「……」

 

 

彼女の口から発せられた、あまりにも衝撃的な事実。じっと彼女の顔を見つめるジョルノをよそに、タキオンはそれに構わず言葉を続けた。

 

 

「…本来であれば。私の見立てによれば、私の競技者としてのキャリアは皐月賞で打ち止め…つまりそこから私は自らの脚で、ターフの上を駆けることは叶わない。その見立てだった。それには理由がある。それは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それは君の脚が原因かい?」

 

 

ジョルノの問いかけに、タキオンの耳がピクリと。関わりの少ない他人やただの友人では到底観測しえない、しかし彼女のことをつぶさに観察していたジョルノにだからこそわかるその機微。タキオンはしばらくジョルノのことをそのうかがい知る事ができない瞳でのぞき込んでいたが、やがて小さくため息を一つつくと、ぽつりとつぶやいた

 

 

「知っていたのか」

 

 

「君の走り方は、その運動力学から鑑みてもかなり、いやほぼ理想的な走り方だと言える。いや、君のことだ。僕が担当に付く前から、そんな資料には目を通して実践し、自分のものにしていたはずだ。君はそれほど優秀だからな」

 

 

「……随分と褒めてくれるねぇ」

 

 

「だが」

 

 

「その理想的な、模範的な走りとは少々相違点がある。それは競技者による癖、なんて代物じゃあない。それは君の、君による君が研究した走り。通常の走りと比較するとかなり腿の引き上げは抑えめに、そして歩幅はかなり小さめで脚の回転数を限りなく上昇させてスピードを上昇させる、「ピッチ走法」を採用している。つまり、君の走りは限りなく自分の脚への負担を軽減させたもの。言い方は悪くなるが、つまり君の脚は他のウマ娘よりかなり脆い、そうだろう?」

 

 

ジョルノのトレーナーとしての、彼女へのアンサー。しばらくタキオンはまじまじとジョルノのことを見つめていたが、やがて風船の空気が漏れ出たように噴き出すと、大きな笑い声をあげた。

 

 

「アハハ!これはこれは!もう全部バレているじゃあないか!それならそれを指摘しなかったのは、聊かトレーナー失格じゃあないか?」

 

 

「……確かにな。君の言う通り、本当は分かっているなら君にそのことを指摘するべきだったかもしれない」

 

 

「それならなぜ…」

 

 

 

タキオンの問いかけに、ジョルノは僅かに、しかし確実にわかるように笑みを見せる。その笑みは、心に吹き込むどんな不安や恐れを吹き飛ばし、そして包み込むような温かさを含んでいた

 

 

「それはなにより、僕がタキオンのトレーナーだからさ。君が話さないと決め、その覚悟の道を進んだのなら、僕はそれに従うまでさ。」

 

 

その言葉に、タキオンは一つ小さな溜息をつく。そしてその感情の逃げ場を探し求めるかのように顔を空に向け、徐に口を開いた。

 

 

「……なるほどね。君には敵わないな。実を言うと、当初は菊花賞に出るとして、私はそれが終わってから君に真実を伝えるつもりだった。これは私の問題、君にはそれまで共有する必要性は高くないだろうと」

 

 

「……それならどうして?」

 

 

「人には時に、考えが変わることがある。正確に言えば君の覚悟…君が確かな覚悟を持って私のことを支える…それこそ、あの泉とかいう養護教諭からかばってくれた時だろうか…どんなことがあっても私のことを支えるっていうことを「言葉でなく、心で理解できた」からこそ。君に頼りたくなってしまった…まぁ、絆されてしまったといったところだねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に向けていた顔を、ジョルノのいる方とは、反対の方向へと向け、表情を窺い知ることができない。タキオンはパタパタと両手を忙しなく動かしながら、そんなセリフを口にした。

 

 

 

「……日本ダービーの出場を回避したのも、自分の気持ちを確かめるためだった。プランBを選択したとして、もうターフの上を駆けることができなくなった場合…自身の想いを託したウマ娘が走る姿を、見届ける立場になった場合、私はどのように観測し、どのように次に役立てるのだろうか。それを予め知る必要があった。」

 

 

「それでどうだったんだい?」

 

 

「試み自体は有意義なものだったよ。もしかしたらトレーナー君もこんな心持なのかなんてくだらないことを考えてみたりもした。データも客観的な視点からとることができて、新たな見地を得ることに成功したよ」

 

 

なるほど。今までおよそ理解不能であるとされてきたタキオンの言動の一つ一つが、まるでピースの一片一片が重なりあうことによってその形を成していくように、少しずつ明らかになっていく。彼女の行動には、やはり大きな覚悟に基づいて意味があったということだ。

 

 

「……タキオン」

 

 

「まぁ、実際のところこのままプランAの可能性を模索することができるのか、はたまたプランBに変更せざるを得なくなってしまうのか。それは誰にも分からない。未だその不確定な道のりを…君は知ってしまった以上、君も背負わなくてはならない」

 

 

とどのつまり、タキオンは今までずっと一人で戦ってきた。いつ崩壊するとも知らぬヒビだらけの橋をずっと、誰にもその苦しみを明かすことなく孤独に渡り歩いてきた。

 

 

だが、彼女はそれをついに、僕に話してくれた。覚悟を、自身の痛みと傷を誰かに話すという途方もなく勇気のいることを、彼女はしたのだ。それならば、僕も彼女の覚悟に賭けなければ。

 

 

「…君の本心を聞かせてほしい」

 

 

ぽつりと吐き出された、ジョルノの一言。タキオンはいぶかし気にジョルノの方へと顔を向けると言葉を投げかけた。

 

 

「……だからいっただろう。私のこれからの行く末、プランの分岐は三女神のみぞ知ると。私には最早その審判を手放しで待つことしか…」

 

 

「違う。それはもう聞いた。僕が問いたいのは、君の意思…君がどうしたいのか、それだけだ」

 

 

「……それは」

 

 

「走りたいのか!どうなんだ、タキオンは!」

 

 

誰もいない、夜の砂浜に響くジョルノの言葉。そのジョルノの問いかけに、タキオンはしばらく唇をかみしめ、眉尻を下げその感情が……今まで漏れ出ることがなかったそれが外に出ることがないように必死に取り繕っていたが、やがてぽつりと。一言彼女は彼にだけ聞こえる小さな声でつぶやいた

 

 

「……走りたい」

 

 

「うん」

 

 

「まだ走っていたいよ…たまらなく不安だ。怖いよ…確かに有意義だった。でももうあの場に…ターフの上に立つことができないと想像したら、一人のウマ娘として、たまらなく怖かった…」

 

 

「……うん」

 

 

 

 

タキオンの目からは、涙が溢れその頬を赤く染めながら伝っていく。

 

 

 

 

「……助けておくれよぉ」

 

 

マッドサイエンティストと揶揄され、研究者としての道を邁進する彼女もまた、一人の少女、年端も行かぬウマ娘だ。タキオンのその感情の結晶をしかと受け止めると、ジョルノは徐に口を開いた。

 

 

「もちろんだ。」

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