一体いつからだろうか。
私も生まれついてのウマ娘だ。ウマ娘である以上は、レースに出て勝ちたい、勝って異国にいる父や母に、ファンに喜んでほしいと思っていた。
「どうして…!」
それなのに私は。ここ最近、成績を出すことができない。最初はただレースの展開を読み間違えただけだ。スピードを上げるタイミングを見誤っただけだ、そう思っていた。だがその負けも何度か続くと、心ばかりが急いてしまい本来の自分の走りとは一体なんだったのか。どうすれば勝つことができるのか。そんなことばかりを考える堂々巡りとなってしまっているのが現状だった。
「どうしよう…」
脳裏には、結果を出すことができずに学園を去らざるを得なかった自分の友人たちの姿が過る。彼女たちの徐々にやつれていく姿、そして突如学園から姿を消してしまうその光景を何度もこの目で見てきた。いよいよその番が自分に回ってくるのかと思うと、気が気ではない。今では不安のあまり食事にも喉が通らないほどだ。
「……スタンドちゃん?」
自身の名前を呼ぶ、その声。頭を抱えていたその手を放し、ゆっくりとその顔を上げるとそこには自身の友人の姿があった。
「……何かあったの?」
その声掛けに、感情が決壊してしまった私は、自身の心情を、そして今思い悩んでいることを全て彼女に打ち明けてしまった。私の話を聞き漏らすことなく耳に届けた友人は私の方へと顔を向けると、徐に口を開いた。
「……辛かったね。私にもその経験があるからわかる。一時期、レースに勝てなくて悩んでいた時期があったから。でもね、私には乗り越えられた。」
そう言えば、友人も数か月前はレースの成績に思い悩んでいたことを記憶している。最近はどうやら調子を取り戻しているようだが…
「それにはある人の助けがあったからなの。もしよかったら、その人に話を聞いてもらおうよ!」
「……!う、うん!ぜひお願いしたい!」
今の私にとって、彼女の提案はまさに渡りに船だ。彼女の提案に一も二もなくうなずくと、彼女は私を学園内にあるとある建物へと案内した。
「………ここは」
「さぁ!ここにその人はいるから!」
ここの建物の存在自体は知ってはいたが、その中へと足を踏み入れたことはなかった。決して否定はするわけではないが、自身には縁のないものだったからだ。彼女が扉を開け、恐る恐るその中に足を踏み入れると、そこには一人の男の姿があった。
「……やぁ。また迷えるウマ娘が一人、やってきたようだね」
男はその手を広げると、私に向かって近づいてきた。
夏合宿も終わり、10月に入り秋も深まったこの頃。タキオンとジョルノは揺られていたバスを降りると、目のまえに広がる競技場に視線を向けた
「いよいよだねぇ」
今日は菊花賞。クラシック三冠の最後を飾り、そして順当にいけばウマ娘たちにとってははじめての長距離となるこのレースは、多くの人々にとって関心の的になるものだった。
ましてや今回は、日本ダービーで出走を辞退したタキオンが出場する。それを嗅ぎ付けたマスコミ各社から夏合宿直後の取材の申込はあとを絶たなかったが、それを全て断りジョルノはまさしく付きっ切りでタキオンのサポートにあたっていた。自身のトレーナーとしての知識をフルに活用して、そして時には自身のスタンドであるゴールドエクスペリエンスを用いて、プランAの障壁となりうる速さと脆さを内包した彼女の脚の面倒と、それに即した最適解を求め続けた。
パドックでのファンへのパフォーマンス、そしてレースへのコンディションの調整を行うと、勝負服に身を包んだタキオンはターフに続くトンネルの中にいた。ジョルノがまっすぐと彼女へと視線を向けると、彼女はこちらを見つめることなく徐に口を開いた。
「さて、夏合宿では恥ずかしい姿をみせたね。私とトレーナー君にとっての天目山だ。ここが私のプランAと、プランBの別れる分岐点となる」
「あぁ。心して掛かろう」
最早タキオンとジョルノの心は一つだった。二人だったら、たとえ修羅の道であろうと歩むことができる。タキオンはその覚悟をジョルノに打ち明け、ジョルノはその覚悟に掛けたのだ。
やれるだけのことはやった。あとはもう、今迄の研究を。私自身を。そして道なき道を歩むことを約束してくれたトレーナー君のことを信じるのみだ。
タキオンはジョルノに頷いてその視線に報いると、その顔をトンネルの先に差し込む光の方へと向けた。未だかつて、これほどこの身が震えることなどあっただろうか。レースに出ることが怖いと思ったことがあるだろうか。そしてなにより。
これほどレースに出ることが、彼と共に歩くことが誇らしいと思ったことが、あるだろうか。
「……我ながら滑稽だねぇ」
自嘲気味に漏れ出た一言。だがその心持は、決して悪いものではなかった。タキオンは靴のつま先を地面にリズミカルに打ち付けると、まるで鳥の羽が空を舞うように、その光に向かっていった。
―――1番人気はこのウマ娘。日本ダービーでは異例の出走辞退を表明したものの、その素体と連帯率は高く評価されているウマ娘、アグネスタキオンです。この菊花賞の出走も一部のファンやメディアの間では辞退するのではないかとささやかれていたようですが、無事に調整を済ませてきたようですね。
2番人気は漆黒のステイヤー、マンハッタンカフェです。クラシックの今迄のレースでは1着には届かずとも入着を果たしていて、手堅く2番人気に落ち着きました。また本人の適正も長距離の本レースとは非常に相性がいいのではないか、とされています。
続々とウマ娘たちの名前が呼びあげられ、そのたびに競技場のボルテージと、自身の逸る気持ちは相対してそのスピードを上げていく。タキオンはその歓声の一つ一つを聞き漏らすことのないように、忙しなく耳をあちこちへと向けながら、その顔には自然と笑みがこぼれた。
なるほど。レースとは、かくいうものだったのか。
「どうやら、心配は杞憂だったみたいですね」
声のする方へと顔を向ける。そこには自身の友人、マンハッタンカフェが立っていた。彼女は黒のロングコートに、黄色のネクタイといったクラシカルな勝負服に身を包んでいて、その姿はまるで真夜中の摩天楼の街頭に差す影のようだった。タキオンは肩をすくめると、友人の声掛けに答えた。
「……答えが見つかったんだよ。私なりの…いや、私たちなりの答えというやつがね。」
「あなたらしくないですね」
一見憎まれ口に聞こえるそのセリフだが、その語気にはタキオンを揶揄うような感情は一切込められてはいなかった。むしろ彼女の気の迷いが断ちきれたことを安心するような、そんな感情を窺い知ることができた。
「ありがとう。心配をかけてすまなかったね…このレースに勝利して、私たちは一歩前進しなければならない。」
「…タキオンさんのその様子を見れてうれしいですが、私も手放しに勝利を譲るつもりは毛頭ありません。必ずこのレース、1着で納めてみせます」
二人は互いに視線を交わすと、ゆっくりとゲートの中に収まった。
自身の担当ウマ娘を見送ったのち、ジョルノはターフの上を駆けるであろうタキオンの雄姿を見届けようと関係者席にむかおうとした。
「…!?」
刹那。自身の身体を貫く殺気。ジョルノが後方を振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
「あなたは……?」
既にわかりきってはいることだったが、もしものことを考えてジョルノはその男へと声を掛ける。もしかしたら、たまたまここに居合わせてしまった一般人かもしれない。その確認のために声をかえたジョルノであったが、その淡い願いは打ち砕かれることになった。
「よぉ。泉を倒すなんてどんな奴かとは思ったがよ~~!まだガキじゃあね~かよッ!ってー感じだよな~」
妙に間延びした、癇に障る話しかたをする男だった。その男は、自身の短く刈り込んだ頭を指で這わせながらそう言うと、ゆっくりとジョルノへと近づいて行った
「……くるッ…!」
ジョルノは敵の攻撃を備えると、ゴールドエクスペリエンスを繰り出し、先手を打つために攻撃を繰り出した。
「……な!」
そんなバカな。自分は今確かに、目のまえの男に攻撃をくりだしたはずだ。ジョルノは突如目のまえから煙のように消えてしまった男に、驚愕の表情を浮かべた。