1957年、私はイタリア系アメリカ人の父と日本人の母の間の一人息子として産まれた。父は1945年に日本が太平洋戦争に敗北し、アメリカの間接統治下におかれた中でGHQとしてその滞在中に母と出会い一目ぼれし、熱烈なアプローチの末に結婚したという如何にも恋愛小説でありそうな展開で結婚していた。
外国人と結婚、また敗戦国だった日本で女を捕まえてきたと両家の両親からは絶縁を言い渡されており、このような大恋愛の末に私が産まれた。幼いころから私の家では父のルーツであったイタリア語と、出身の英語。そして母の日本語でコミュニケーションが図られていて、私が物心ついた時にはその3か国語が話せるようになっていた。そして私が幼いころ、海外へ転勤するという父の都合によって父の故郷だったアメリカに移住することになった。
幼い私と私を愛してくれる両親との3人による慎ましくも、幸せに包まれた日々……しかし、そんな私に…そして父と母に悲劇が襲った。
その日は私の5歳の誕生日だった。誕生日のお祝いにと私は両親に遊園地に連れて行ってくれるように懇願し、両親もその誘いを引き受けてくれた。一日を3人で楽しく過ごしたその帰り…車で信号の前で止まっていた私たちの後ろから、居眠りした運転手のトラックが突如突っ込んできた。病院に搬送され私は何とか一命を取り留めたものの、両親はそのまま帰らぬ人となってしまった。
そこで私は、一つの学びを得た。それはつまり、運命というものは私たちに対して突然に。そしてその如何を問うことさえ許すことなく試練を課してくるということだ。もしもあの日、あの場所を通らなかったら。いつも使っていたはずの道が工事をしておらず、いつも通り通行することができていたなら。もしも私が、遊びに行きたいなどと言わなければ。運命という代物は、突如私たちの前に前触れもなく横たわってくる。その運命をどう乗り越えるのか、最終的にはその人自身の手によって委ねられると。
幼かった私は引受先もなくそのまま孤児として児養護施設を経て、神学校に入学した。幼いころに両親という大きな心の支えを失った私にとって、そこで学んだことは血肉となり、その教えは子守歌となって夜を超えるための私の支えになった。
1972年。15歳となった私にある時、初めて心の底から友人と呼べる者ができた。彼は学内の同級生の中でもひときわ存在感を放っているように、私の目には移った。彼は名前をエンリコ・プッチと言い、生まれつき左足の指が曲がっていて、歩く際にはまるで引きずるように歩いていた。そのことから周囲からそれを揶揄われていることを目撃することも何度かあったが、神からの教えを遵守していた私はその同級生を守り、その件から彼は私をは友人と呼ぶようになり、そして私もそれに応えた。
そんな彼が…あれは確か6月6日のことだ。突如その歩き方が普通の人と変わらぬものへと急変したのだ。彼にそのことを尋ねると、彼は私に対してだけ前日の晩に何があったのかを教えてくれた。
話にきけば、彼は教会に忍び込んでいたという日光アレルギーだと言う男を神父様に告げ口せずに匿ったところ、その男にその左足の指の障害を治してもらったというのだ。それもきっと神の思し召しに違いない、彼が男を匿った行為は間違ってはいなかったと判断を下し、その話を聞いたからといって、私は神父様にそのことを告げ口するようなことをしなかった。それはさておき、もっとも私が関心を抱いたのは彼の指の曲がりを医療設備が整っているわけではないその状況で、彼にそれを気づかせるようなことなくそれを治してみせたというその男の人智を超えた能力だった。
その体験の当事者だった彼も、その事象がどういうからくりだったのかは分からないという。いずれにしても謎が深まる出来事と片付けるほかないものだったが、彼はその話の終わりに、ポケットからとあるものを取り出し、私に見せてくれた。
それは一つの矢尻だった。それは単なる物質でありながら、人を引き付けるような奇妙な力を有しているように彼の目に映った。彼が説明するには、男が匿ってくれたお礼にとそれをくれたのだと言う。奇妙な友情を感じた、と彼が説明を加えると私はそれを指でつまみあげようと手を伸ばし、それに触れた瞬間、突如その矢じりの方向が変化し、自身の指を掻っ切った。
「………ッ!」
その動きはまるで磁力で指に矢の先端が吸い寄せられるような……まるで「引力」を有しているような、そんな動きだった。指を切った私を心配している彼に大丈夫だと言ってその場を後にした私だったが、その日から私には奇妙な能力が宿るようになった。
……それはまさしく、人智を超える。その一言に尽きる能力だった。そのことを私は彼に伝えようかとも悩んだが、それは最後まですることはなかった。全て事象は「引力」という名の運命によって紐づけられている。私が事を急いて事態を伝えずとも、彼はきっと矢を手にした以上はその運命に直面する。その運命をどう乗り越えるのかは、彼次第になるだろう。
やがて私は16歳の時、さらなる知見を求めてヴェネツィアへと移住し、そこの教会で勉学に励むことになった。そこから私は生涯で唯一の友と呼べる彼とは会っていない。彼は一体どこで、どんな人生を歩んでいるのだろうか。きっと彼も運命によって翻弄され、運命と向き合い続ける、そんな日常を送ることだろう。
時は流れて1986年。私が29歳のころ、住み込みで働いていた教会で、いつものように従事していたある日。神父様の見習いとして教会内に設置されていた懺悔室の掃除をしていた際に、懺悔室から突如声が聞こえてきた。懺悔室というのは、木製の電話ボックスのような形状をしており、二つの扉からそれぞれ信者と神父が二つの隣り合わせの部屋に入り、信者は隣の部屋にいるであろう神父に向かって、普段は打ち明けることのできない懺悔を告白することによって、その心の救済を図ろうというものである。
声の主は、懺悔室にいた私が神父様であると勘違いをして告白したのだろう。その勘違いを私が正そうとする暇さえ与えず、その人物は自身の罪を懺悔し始めた。その人物はイタリア屈指のギャング組織である「パッショーネ」の幹部であり、仕事でとんでもないヘマをしてしまいその組織からの追手に始末されることになるだろうと口にし始めた。にわかには信じがたい話だったが、実際のところではパッショーネという名前はヴェネツィアに住んでいる者として聞き覚えのない者などいないほど有名、最近勢いをな組織だった。私は彼の話を優しく聞き届け、彼に魂の安寧と無事を祈ると、懺悔室にいた彼は姿を消していた。
そして次の日の晩。運命は突然やってきた。夜中に突然、くぐもったうめき声が短く聞こえたことに目を覚ますと、私は2階から燭台を持って下に降りると、そこには一人の男の姿があった。
「……うん?まだ人がいたのか。昨晩始末した男の話から、この教会にいる神父に懺悔したと聞いてね…ターゲットは既に始末した……本来ならば貴様を攻撃する謂れなどないが、仕方がない。目撃者を生かしておくわけにはいかない」
その男は暗がりからすっと姿を現すと、その背後から人型の亡霊のような何かを出現させた。本来であれば、その姿に私は驚くべきだったのだろう……しかし私には、その亡霊に覚えがあった。そしてその亡霊を出現させることができる人物には、能力を出現させることができることを知っていた。目の前の男が亡霊を繰り出したということは、私への攻撃の意思を有していることに他ならない。私もその亡霊に迎え撃つべく、亡霊を繰り出すとその男は驚愕の表情を浮かべた。
「……貴様も能力者だったのか。だが我がキングクリムゾンの敵ではない。」
そして私とその男の死闘は、およそ数時間にも及んだ。そして一瞬の気のゆるみが死に直結するその命のやり取りの後、まるで肺から絞り出すように、男は言葉を発した。
「……悔しいが、貴様は強い。まだ俺が能力を使い切ることができていないこともあるだろうが、このまま戦って勝ったとしても、こちらも大きなダメージを受けざるを得ないだろう…だがこのまま貴様を手放しにしておくこともできない。顔を見られてしまったからな。そこで貴様に提案がある」
「………なんだ、その提案という奴は」
「私のビジネスに一役買ってもらおう。そうすれば、貴様には危害を加えず、このまま引き下がろうじゃあないか。新しく作った組織、「パッショーネ」にも兵力が必要だ。」
運命というものは、突然自身に降りかかってくるものだ。その運命に直面した時、どう向き合い、選択し、のりこえるのか。
その日、私はその男の提案を受けることで運命に向き合った。
「麻薬チームのボスが見つかった?」
昼下がりのネアポリス。椅子に腰かけ、サラミを手でつまみそれを口に運びながらその男、「パッショーネ」のナンバー3である彼…グイードミスタは電話口から聞こえたその言葉を反駁させた。
「あぁ、どうやらボスはトレセン学園に在籍する神父、宮城則勝という男だったようだ。年齢は49歳。日本のM県で生まれ、幼少のころにアメリカに移住。神学校で学びイタリアに留学し。6年ほど前に日本にやってきてトレセン学園のお抱え神父になったようだ。」
当初タキオンも口にしていた疑問。つまりチームの魔の手に掛かったウマ娘には外国籍の者が非常に多いという事実。そのからくりはとどのつまり、自身や友人たちが足を踏む入れる機会が多い教会で、その品物を渡す機会が多かったということだろう。
「にしてもジョルノ、随分と手間がかかったじゃあねーか?お前ならもっと早く突き止めるもんだと思っていたが……」
実際のところ、ジョルノが日本にあるトレセン学園に潜入し、早数か月が経過しようとしていた。日頃受けていた定期報告により、別に油を売っていたわけではないことはわかってはいたことだが、それにしても聊かその糸口を掴むのに予定よりも幾分か遅いという印象を抱かざるを得なかった。
「もしかしてもお前、担当になったとかいうアグネスタキオンとか言うウマ娘に情でも移ったんじゃあねぇ~だろうなぁ?お前は「パッショーネ」のボスだ。そんなお前が敵を片付けたのに、トレーナーを続けるということは許されねぇことくらいわかるだろう?」
「……」
それに関しては、ジョルノ自身も認めたくはないがいずれ決断を下さなくてはならない段階に来てしまったことは言うまでもない。
……初めからわかっていたはずだ。
パッショーネのボスとしてケジメをつけ、麻薬チームを一掃した後はいつまでもトレセン学園に留まる必要性は、ジョルノにはなくなる。即ちそれは、アグネスタキオンの元から離れることを意味していた。
覚悟してここに来た以上、今さらそれを覆すことは許されない。それにタキオンも、先の菊花賞でプランAの軌道に乗り始めたと言っていた。それならば、最早自分がいなくても…
「……わかっている。心配はいらない、ミスタ」
絞り出すように吐き出した、その一言。相手にその動揺を気取られまいと振舞うも、きっとミスタにはその苦悩も、そして心情さえも全て気づかれてしまっていることだろう。
「……それならいいけどよぉ~……それで?用ってのはなんだ?」
そしてそれを追求しないところは、ジョルノが最もミスタを信頼する仲間の一人である理由の一つだった。ジョルノは深く息を吸い込み、その勢いで言葉を続けた。
「いよいよそのチームのリーダーと戦うことになる。そこでミスタ、君にその戦いに加わってほしい。奴らと戦うには少々戦力が必要だ。」
「……?残りの敵は、リーダーである神父一人だけじゃあないのか?ならわざわざ俺が行かなくても……」
「いや、最後に始末した敵が言うには、敵チームは残り二人いるらしい。そしてその内の一人は、間違いなくチームが流していた麻薬の出どころについて、何か鍵となるような鍵を握っている……これは非常に厄介な相手だ。今までは僕以外の学園内の人たちにも協力してもらっていたが、こればかりはそうはいかない。」
「わかった。すぐに支度して、日本に向かう……到着は見積もって明日になる。お前は色々準備しておくんだな」
「……助かる。すまない、ミスタ」
ジョルノからの電話を切ると、ミスタはサラミを空中に投げる…するとそのサラミはテーブルの上に落ちる前に、まるで削れるようにその姿が消えていった。ミスタはテーブルの上にお札を置くと、新たな番号に電話を掛けながら店の外へと足を繰り出した。
「あぁ、俺だ。今から日本に向かう……ボスは必要ないと言っていたが、構わねぇ。もしものことがあるかもしれねぇからな……金庫からアレを出しておくんだ。」
扉を開けた先からは、先程ミスタが食事をとっていたテーブルが見える……テーブルの上にはミスタが先程まで食べていたサラミが4枚残っていた。