気を失ったウオッカから聞いた話は、やはり想像通りの顛末であった。ウオッカは歩いている途中に、いきなり首に鋭い痛みを感じ、気を失ってしまったらしい。その話を聞いた時、ジョルノの顔が歪んだのを視界の端に捉えたのだった。
「……一体どうしたというんだい?」
ウオッカから話を聞いたのち、タキオンはジョルノに先ほど自身が抱いた疑念について、彼に尋ねるのだった。すると彼はかぶりをふりながら口を開くのだった。
「やはりあの男…スタンド使いになったのは「矢」のせいだった。何処で手にしたのかは分からない…それでも奴らは、スタンド能力を引き出す矢を持っていて、それを使ってスタンド使いを増やしている」
衝撃的な事実であった。ジョルノから「矢」の話は聞かされていたが、まさか矢を敵が所有していて、さらにそれを悪用していたとは。敵は私腹を肥やすことに飽き足らず、ウマ娘たちにこのような形で危害を加えていようとは。しかし、ウマ娘をスタンド使いにすることは、一体何の意味があるのだろうか?そう心の中に浮かんだ疑念を見透かすように、ジョルノは口を開くのだった。
「恐らく僕が動き出したことに勘づいたんだろう。敵の一味からすれば、仲間が突然行方不明っになっているんだからな。何かあったと考えるのが妥当だ。追手を炙りだすために、刺客を放ったと考えるのが妥当だろう………」
寮のベッドでタキオンは今日の出来事を思い出しながら思考の波へと身を投じていた。今日の出来事や、想像もつかないギャングや、スタンドという超能力の世界…以前までは気づきもせず、ファンタジーと一蹴していたその世界に、自身は今やその渦中に身を置かれている。すると横から突然、とある人物から声を掛けられるのだった。
「ほわぁぁぁぁぁぁ!!!!こ、これはすんばらしい~~~~!何だかいつもより、顔が険しくなっていらっしゃる~~~?そんなタキオンさんも、すてきです~~!!!最早同じ室内の空気を吸ってしまっていいんですか~~~!!」
タキオンは声のする方…それは最早声というよりは騒音と呼びに等しかったが。タキオンは顔を横に向けると、そこには自身と同室のウマ娘…ピンク色の外はねした長髪の髪形の彼女へと顔を向けると、徐に口を開くのだった。
「これはこれはデジタル君。相変わらず元気だねぇ」
彼女の名前はアグネスデジタル。一に推し活。二に推し活。この世のウマ娘の森羅万象を愛し、全てのカップリングを愛する所謂箱推しウマ娘である。学園中の有名無名問わずウマ娘たちを愛しており、その姿を激写するところから「変態」と言われているが、実は芝・ダート問わずに走ることができる万能ウマ娘である。(最もその理由は「ウマ娘の姿を間近で見たい」というものであるが)彼女の狂愛ともいえるウマ娘への愛と、タキオンの常軌を逸した研究意欲のせいか、「アグネス」と名がつくものにはヤバいウマ娘しかいないと言われているのだが、それは二人が及び知らぬことであった。
「そういえばデジタル君。君に一つ尋ねたいことがあるんだが、良いかな?」
「はいはいはい!何でしょう!デジたんにお答えできることであれば何なりと!!」
デジタルのはち切れそうな感情を体現した笑顔を目にとめながら、タキオンは言葉を続けるのだった。
「君、最近様子のおかしいウマ娘を見たことないかい…?」
「様子のおかしい…?」
「……いや。なんでもない。忘れてくれ」
学園内のウマ娘に精通している彼女であれば、何か気づいたことがあったかもしれないと期待していたが…タキオンは早々に話を切り上げようとしたのだが、デジタルが次に放った言葉にタキオンの意図は中断されることになったのだった。
「でも、最近元気のないウマ娘ちゃんたちが何人かいるような…それに腕にけがされているウマ娘ちゃんも…」
「なんだって!!」
流石デジタルといったところだろう。彼女は既に自身の調査と同様に、違和感のあるウマ娘に勘づいていた。それも腕に包帯を巻いているという共通点も既に見出していたとは。
それならば話は早いだろう。真実を伝えるわけにはいかないが、彼女の観察眼はきっと助けになる。
「……デジタル君」
「ひゃ、ひゃい!」
素っ頓狂な声を上げはしたが、デジタルが一応人の話を聞ける状態であることを確認したタキオンは、言葉を続けるのだった。
「詳しくは言えないんだが、今後そういうウマ娘がいたら、私に教えてくれないか?」
これは確かに、危険な行為であった。事情を知らぬデジタルに、その調査をさせるわけなのだから……だが敵の正体に近づくことが目的ではない以上、彼女へ危険が及ぶリスクは最小限のものとなるだろう。タキオンがやや不審とも思える頼みごとをしたにも拘わらず、デジタルの顔は恍惚の表情に染め上げられているのだった。
「わかりました!この不肖デジタルめにお任せください!」
こうしてタキオンは、アグネスデジタルという密偵を手にするのだった。彼女に真相を伝えられない以上危険な仕事をさせるわけにはいかないが、彼女が予め知っていたように症状がみられるウマ娘に教えてもらうくらいであれば問題ないだろう。タキオンは興奮するデジタルを宥めると、その日は眠りにつくのだった。
「それで彼女を雇ったのか!?」
翌日ジョルノは信じられないかのような口ぶりでタキオンに詰め寄るのだった。タキオンは予想通りの彼の反応に肩を竦めながらも、心の内では「それはそうだ」と納得している自分もいることを自覚していた。彼の言わんとしていることは最もだ。事件の関係のないデジタルを事件に巻き込もうとしているその行いを、ジョルノが許すはずなどないだろう。彼はトレーナーとして、ひいては良識ある人間として当然の反応だ。
しかし、タキオン自身も考えをもって行ったことなのだ。彼の叱責に応えるように、タキオンも口を開くのだった。
「……わかっている。勿論危険なことはさせないつもりだ…事件のことは彼女には伝えていないしね。何より、学園内でどれほど奴らの魔の手が広がっているか把握することは重要なことなのさ。」
「……!つまり……」
「奴らを追い詰めるためには……奴らの正体を残さず掴むには、もっとデータがいるってわけさ。それに、毒牙に掛かったウマ娘たちを治す、そのための薬が必要だ」
ジョルノは彼女の顔をまじまじと見つめていた。年頃の女の子というか、下手すると同世代の女の子よりもやや精神的に未熟の部分があることは否めないところはあるのだが、それを引いても、やはり彼女には大きな「意思」がある。目的のためならば、どんなことでもしてやろうというその覚悟には、そして覚悟から出た行動には美しさが帯びている。ジョルノはしばらく彼女を見つめたあとに、深々とため息をつく……そして彼女にどんな言葉を掛けたとしても、彼女の意思や行動を矯正することはできないことを悟ると、徐に口を開くのだった。
「…とにかく今は目の前のレースに集中しよう」
かくいう二人は、クラシック三冠の初戦、皐月賞の前哨戦として挙げられる弥生賞を目前に控えた最終調整を行っていた。今さっき繰り広げた論戦も、ターフの上で先ほど走りについて議論を広げるつもりが、思わぬ方向へと転じてしまったことに始まっていた。ジョルノが話を逸らした時点で、彼は既に手札を切ってしまったことはタキオンには見透かされてしまっているだろう…ジョルノが再び指示をだすと、タキオンはニヤリと口角を上げると再びターフの上を駆けだしていくのだった。
…相変わらず目覚めするような切れ味のある足だ。
ジョルノはターフの上を駆ける彼女の姿を見守りながら、小さく笑みをこぼすのだった。
弥生賞当日の中山レース場は、デビュー戦でセンセーショナルな白星をあげたタキオンの姿を一目見ようと大勢の観客が押し掛けているのだった。それほどまでに彼女の走りは、何処か自身のことを度外視し、目的に向かって一心不乱に走る彼女の姿には、人の目を惹きつける何かがあったのだった。
「ふぅむ…」
かくいう渦中の人物……タキオン本人は、何処か上の空というか、心ここにあらずといった様子であり、彼女のトレーナーとしてジョルノの胸には一抹の不安がよぎるのだった。
「どうした…?」
「G2レースの「弥生賞」か…まぁ、聊かデータの取得には不十分というかなんというか」
そう言いながらタキオンの視線は再び明後日の方向へと向けられていく。ジョルノは自身の胸に巣食った不安が的中したことを嘆きつつ、タキオンに対して非難の視線を向けるのだった。彼女の才能は、疑うまでもなく一級品であることは間違いない。しかしそれを本領発揮ができるほど彼女の闘争意欲が向けられていなければ、果たしてどうだろうか?タキオンのような変わり者はともかく、他の出走者にとってはG2といえど立派な重賞レースの一つであり、このレースに勝利できれば学生生活は安泰である。出走者たちは文字通り死力を尽くして勝利をもぎ取ってくるだろう。驕りというものは百害あって一利なしの代物である。彼女の向かうところ敵なしという現状が、今彼女から闘争心というものを下火にしてしまっているものではないかとジョルノは危惧しているのだった。
「……タキオン」
ジョルノが目の前のレースへと意識を向けさせるためにタキオンへ声を掛けようとすると、彼女は手を上げることによってそれを制止するのだった。
「わかっている。このレースは皐月賞にもつながる、大切なレースだ…抜かりはないさ」
どうやら杞憂に過ぎないようだ。ジョルノは目の前の少女の瞳に、確かな闘志が宿っているのに気が付くのだった。それは研究という果てしない道にその身を嬉々と焦がす、探求者の瞳であった。いずれにしても、彼女であれば心配することはないだろう。時間になり、控室を後にして、ターフへと足を進めていく彼女の姿を見送ると、彼女のレースを見届けるために自身の席へと向かうのだった。
―――さぁやってまいりました。弥生賞。芝2000メートル、馬場不良…コース取り、距離共に1か月後に控えた皐月賞と同じものであります。
――――さぁ。1番人気はこのウマ娘!アグネスタキオンです!前回のデビュー戦は堂々の1着でしたが、果たして今回はどうでしょうか?内枠1番での出走です。
ターフの上のタキオンは、いつものように何処か芯のない歩き方をしながらも、確実にその視線は勝利への方向へと向けられていた。8人のウマ娘たちが横一列でゲートに収まり、中山の地に一瞬の静寂が訪れる…タキオンは瞬き一つせず、その瞬間を取りこぼすことがないように、前方のゲートを見据えて前傾姿勢を取るのだった。
「スタートです」
ゲートが一斉に開門し、ウマ娘たちは一斉に駆け出していく。タキオンは逃げウマ娘に先頭を譲りつつ、自身が得意とする先行策を採用していた……位置は3番手。彼女の脚質からみてもこれ以上ない好位置だった。
「向こう正面に入りました、アグネスタキオン。いい位置につけています!」
やがて最終カーブに差し掛かると、彼女の足はグングンと伸び続け、最終直線に到達する前に逃げウマ娘たちの喉元にまで手が届いていた……とどのつまり、彼女の中には、そして彼女の目に映る景色には、既にゴールへと続く勝利への道筋がくっきりと形作られてしまっているのだった。何も言わずとも、ただただその洗練された走りで、その狂気にも似た、冗談と言ってしまっとしても遜色ないその走りは、そのレースを見る観客たちに一つの明確な事項を示しているのだった……すなわちそこに彼女が先頭でたどり着くという明確な意思表示を。
……研究のために。そして私の……!
こんなところで地面に膝をつくわけにはいかないのだ。彼女には進まなければならぬ訳があった。傲岸不遜に、他者はおろか、自分までもその研究に差し出すのには理由があった。
もっと前へ!もっと早く!!!!
確かな意思が力となって、心臓を打ち出す原動力となって体内に余すことなく駆け巡っていく。純粋に研ぎ澄まされた彼女の走りは、禍々しくも光り輝いていた。それを果たして狂気と呼ぶのか、純粋と呼ぶのかは、それを目撃した人の感性に委ねられていた。
やがて彼女は前方を進むウマ娘たちを、風のようにすり抜けると先頭へと躍り出るのだった。後方集団を突き放して先頭でゴールを迎えるのだった。文句のつけようがない、堂々の1着。その勝利したウマ娘の姿を見て、1か月後に控えた皐月賞を期待するなという方が土台無理な話であることは、観客の様子を見れば言うまでもないだろう。
……これは布石だ。偉大なる航海への。そしてウマ娘の未来へ、限界へ向けた第一歩。
ゴールにたどり着いたタキオンの視線は、不確かに揺れ動いていた。レースという、競争というウマ娘の本能に従ってその身を投じ、焦がした彼女は、未だ身体で持て余す熱情を振り切るかのように、まるで誰かを探すように。彼女の視線は観客席をさまよっていく……やがて無意識に目的の人物を探り当てると、彼女の濁った瞳は真っすぐと彼へと注がれるのだった。
……さぁ。始めようじゃあないか。