魔女と人形と異端審問官   作:しぃ君

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 今回は土曜の九時に投稿できたよ!
 やったぜ!


二話「破滅が約束された関係」

 ◇糸依◇

 

 人生が変わる日、というのはきっと生きていて一回あるかないかの出来事だと、わたしは思う。

 例えば、夢を見つけた、とか。恩師に出会った、とか。案外どこにでもあるようで難しいこと。夢を見つけても、もしかしたら人生は変わらないかもしれないし、保証はできないけど、そんなようなふわふわとしていて、胸を熱くさせるもの。

 

 

 けど、普通の家に生まれて、両親に愛されて、友達にも恵まれたわたし──夢川糸依には、ずっと無縁なものだった。フィクションの中でよく使われる設定のオンパレードで、人見知りで放っておけない幼馴染みが近くに住んでいる。

 幼い頃から好きだった縫い物を仕事にできれば良いなぁ、なんてぼんやり考える日々を過して、今日まで生きてきた。

 

 

 でも、きっかけなんてものは本当にただの偶然で、教室に忘れた課題が原因でわたしの人生は大きく変わってしまった。

 

 十五の春。満月の夜の教室で、わたしは魔女と出会ったんだ。

 

 ◇

 

「夢川……糸依さん?」

 

「う、嬉しいなぁ! 名前、覚えててくれたんだ!」

 

「何度も話しかけてきたのはあなたと、もう一人の子だけだったから、嫌でも覚えるわ」

 

「だよねぇ〜」

 

 

 作り笑いで誤魔化しているが、空気は良いものとは言えない。こっちを明らかに警戒している空金さんは、宝石かと見紛うエメラルドグリーンの瞳で、わたしをじっと見詰めている。こんな状況じゃなかったら、月光で照らされた黄金色の髪や浮世離れした佇まいに見惚れていただろうが、今はそうもいかない。

 

 

 さっき見てしまった不思議な光景の正体はなんなのか、目の前にいる彼女は一体何者なのか、わからないことだらけだ。

 膨らむ疑問は嫌な想像を妄想に変え、このまま消されてしまうのでないか、といった最期さえ描いてしまう。

 

 

「……確認なんだけどさ、私、消されたりしない?」

 

「はぁ……そんなことしないわ。夢川さんが『約束』さえしてくれれば」

 

「約束?」

 

「ええ。今日見たことを誰にも口外しない、そう『約束』してくれれば、帰ってくれて構わない。家族や友人、知り合いや他人に限らず誰にも、ね」

 

 

 含みがある言い方だ。

 なんというか、まるで、喋ったら罰が下るぞとでも言ってきそうな感じがある。いや、暗にそう言ってるんだろうけど、とにかく、それで帰れるなら安いもの。

 それに、言ったところで、何人の人がわたしの言葉を信じてくれるのか、という話だ。

 

 

「わかった。約束する! 絶対に、今日見たことは誰にも口外しない」

 

「ありがとう──絶対なんて、言ってくれて」

 

「へっ?」

 

 

 間の抜けた声をわたしが漏らすと、空金さんは一瞬で開いていた距離を詰め、ガシッと握手の形で左手を掴んできた。どうやら、絶対の言葉は失言だったらしい。

 振りほどこうと暴れても、百五十八センチのわたしと百七十を超える彼女の体格差ではどうすることもできず、抵抗虚しく、詩が始まる。

 

 

 状況が状況なだけに素直に聞き入り辛いが、透き通る声が響いた。

 

 

「交わされし約束よ、紋章として、誓いとなりて」

 

 

 数秒で終わった詩の余韻に浸る暇もないまま、握られた左手の甲がズキズキと痛みだし熱を帯びていく。

 

 

「っ!」

 

「……お疲れ様」

 

 

 労いの言葉を聞く余裕もないまま、わたしが痛みと熱に犯される手の甲に目をやると、そこには赤い線で描かれた模様が浮かんでいた。最初は薄かった線も時間が経つにつれ色が濃く変化し、模様は空金さんのいう紋章に変わる。

 それは、歴史の教科書で一度は見た、世界で一番残酷な処刑法──火刑をされる女性の紋章。

 

 

 ぬいぐるみの時と同じ。彼女の詩がキーなのだろうか。

 余計にわからないことが増え、困惑するわたしを他所に、空金さんは話し始める。

 

 

「今のは魔女が習う初歩の呪い。『約束』の呪いよ」

 

「呪い……? じゃ、じゃあ、ぬいぐるみのやつも、その……呪いってこと?」

 

「そうよ」

 

 

 あっさりと答える彼女に拍子抜けしながらも、手の甲の紋章に視線をやる。呪い、よくある噂のそれや、子供騙しの遊びとは訳が違うのは身に染みてわかった。空金さんの言う呪いは、物語の中だけのものだと思ってた魔法そのものだ。

 前提条件は色々あるのかもだけど、詩、呪文を唱えることで、呪いは発動するんだろう。

 

 

 あれ? 

 じゃあ、わたしの手のこれはいつ消えるの? 

 

 

「そ、空金さん? 手のこれって、 消えるよね?」

 

「大丈夫よ。意識して、目を凝らさない限り、あなた以外には見えないから。ただ見るだけなら、少し変な痣としか思われないわ」

 

「そういう問題じゃない……」

 

 

 いくら見えにくいからと言って、本当に見えないわけじゃない。意識して、目を凝らせば見えてしまう。お父さんとお母さんは過保護ではないから適当な理由をつけて何とかなるけど、幼馴染みの(すず)ちゃんは無理だ。痣なんてものが見えたらその時点で問い詰められてしまう。

 

 

「……そんなに心配しなくても、簡単に見えるものじゃないわ。『約束』の呪いは二つの条件以外の材料を必要としないから、言ってしまえば催眠や強力な暗示に近いの」

 

「二つの条件……?」

 

「一つは、術者と被術者間で約束をすること。もう一つは、手を握ること。それさえできてしまえば、あとは呪文を唱えるだけでできてしまうのよ。だから、初歩の呪いとして扱われてる」

 

「……なら、紋章がわたしの手にしかないのはなんで?」

 

「今回の約束の内容が、私からあなたへの一方的なものだからね。相互的なものなら互いにできるわ」

 

「なるほど! ……じゃない!! 空金さん! これどうやったら消えるの!?」

 

「ん、そうね……私があなたを本当に信用したら、かしら」

 

 

 なんともふわっとした返しだ。空金さんはそれだけ伝えると、そそくさと帰りの準備を始めてしまう。わたしもわたしでスマホの時計を確認すると、話している間にとっくに十九時の最終下校時刻を過ぎてたみたいだ。

 鈴ちゃんを待たせてるから早く戻らないと余計に心配される。でも、このまま帰ってもそれは同じことだ。

 

 

「お願い空金さん! わたし、どうしたらいいの? どうすればわたしを信じてくれるの……?」

 

「………………」

 

 

 考え込む彼女は、たったそれだけの行動なのに絵になって、初めて会った時を思い出す。一人、窓際の席に座り、空を眺めている彼女が綺麗だったのにどこか寂しそうで、放っておけなくて。咄嗟に声をかけてしまったんだ。

 こうやって関係を作れたのは、嫌な反面少し嬉しくもあるのが複雑に感じる。

 

 

「……得意かしら」

 

「?」

 

「裁縫、得意かしら?」

 

「裁縫……? 好きだし、多分……人並み以上には得意だと思うけど……」

 

「家庭科部に入ったんだものね、そう、よね」

 

 

 一人納得したのか、空金さんはバッグにしまおうとしていたメモ帳を一枚破り、サラサラとペンで何かを書いてわたしに手渡す。

 

 

「……これは?」

 

「私の家の住所。明日の放課後、そこに来て。紋章を早く取りたいなら」

 

 

 それじゃあ、と言い残して、彼女はそのまま足早に去っていく。教室に残されたわたしはただ呆然としたまま、渡されたメモ帳の切れ端に視線を落とす。濃密な時間の中で知ってしまった事実。魔女や呪い。空金さんの家の住所。

 色々なことに整理が着いて、鈴ちゃんの元に戻れたのは数分後だった。

 

 

 案の定心配されて、手の甲も見られちゃったけど、運良く気付かれなかったみたい。明日からはガーゼでも巻いて学校に行こうかな、なんてわたしは呑気に考えていた。

 呑気に、考えてしまった。

 

 ◇鈴◇

 

 アタシにとって、糸依は唯一無二の親友だった。パパとママが否定したアタシを、ただ一人肯定してくれた。怖い時、苦しい時、辛い時、いつも寄り添って涙を受け止めてくれた。全てだったんだ。アタシが普通でいられる居場所。大切で、大好きで、アタシが生きていて良い理由。

 

 

 なのに、それなのに、高校に入った途端、糸依はアタシ以外に構い始めた。それだけなら、まだそれだけなら許せた。どうせ、誰が来たって彼女の一番がアタシから変わるはずないなんてないと知っていたから。まだ許せた、許せたのに、あのオンナは──空金璃々は唾をつけた。

 

 

 糸依の左手の甲、そこに浮かんだ紋章を見ただけで吐きそうになった。憎しみ、怒り、負の感情が止めどなく溢れてきて、蓋をするのに本当に苦労した。

 

 

「……殺さなくちゃ、糸依がこれ以上魔女に穢される前に」

 

 

 関わったら穢れる。

 関わったら不幸になる。

 ずっとずっとずっと、そう教えられてきた。魔女とはそういうものだと、教えられてきた。

 大丈夫、大丈夫だ。アタシは知っている。

 

 

 魔女も体は人間。

 殺り方は同じだ。

 心臓を一突きするか、頭を潰せば簡単に死ぬ。いなくなってくれる。あのオンナは生きてちゃいけない。このまま放っておいたらアタシの普通が壊される。アタシの全部がなくなってしまう。

 

 

 折角、糸依のために腰まで伸ばした赤茶色の髪も、綺麗だと言ってくれたら焦げ茶色の目も、可愛いと褒めてくれた癖毛も、意味がなくなってしまう。

 そんなのダメだ。

 そんなの嫌だ。

 

 

 だから、殺らなくちゃ。

 

 

「……ただいま」

 

 

 小さい声で挨拶をし、玄関を開けると、アタシが認めたくない日常が顔を出す。また、今日も、地下に続く階段のドアが空いていた。他の扉と違い、鉄製の重そうな扉が開いた奥から……臭ってくる。常人なら噎せ込むほどの、濃い濃い血の臭いだ。

 

 

 耳を澄ませば、男性の低い悲鳴が少しだけ耳に届く。

 この声を不快にすら感じなくなったのは、何歳からだっただろうか。それすら、記憶に遠い。

 

 

「あらあら、鈴ちゃん! おかえりなさい。もうそろそろご飯できるからね」

 

「……ママ、いい加減にパパにちゃんと言ってよ。審問する時は扉を閉めてって。今月入って三回目だよ?」

 

「そうねぇ……でも、そこまで気になるかしら?」

 

「『普通』は、気になるものなの」

 

「わかったわ。あとで話しておくわね」

 

「なら良いけど……」

 

「あぁ、伝え忘れるとこだった。パパが時間があれば審問を手伝って欲しいって」

 

「……わかった。準備ができたら行く」

 

「じゃあ、ママはお料理に戻るから! 今日はビーフシチューよ!」

 

 

 笑顔でそう言ったママはリビングに戻り、アタシも階段を上がり自室に向かう。この家は異常だ。傍から見たら狂人の集まりにしか見えないだろうけど、審問は立派な仕事だと、二人は言っていた。

 

 

 血の臭いも、悲鳴も、いつからか恐怖の対象からは外れて、肉を断つ感触も染み込んだ日常の一部になった。

 思えば、人を傷つけるのに、罪悪感を覚えなくなったのはいつだっただろうか。人を殺すのに、後悔をしなくなったのはいつだっただろうか。血で濡れた手が当たり前になったのはいつだっただろうか。

 

 

 でも、仕方ない。彼らは、異端だった。

 だったら、仕方ない。異端を罰するのが使命だから、アタシは悪くない。そうやって、自分を正当化させるのが一番楽だと気付いてから、ずっと逃げ続けた。

 

 

 アタシは美波(みなみ)鈴、幼い時から魔女殺すため育てられた──異端審問官だ。




 次回もお楽しみに!

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