魔女と人形と異端審問官   作:しぃ君

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 二週間も開けてしまってすみません!!
 いや……その……シン・ウルトラマンの熱が酷くて、全然身が入りませんでした……ごめんなさい……


 来週からは予定通り投稿されるので、待っていてください……


五話「優しさと狂気」

 ◇糸依◇

 酷く、体がだるかった。

 あまりにも鮮明な夢の残り香が、心を覆って気持ち悪い。歴史として知っていた過去の普通は、今を生きる私が受け止めるにはとても重たくて、苦しい。

 ジンジンと手の甲で熱を発し主張する紋章を隠すように包帯を巻いて、寝間着から制服に着替えた。

 

 

 一日がまた始まる。

 どこかズレ始めた、私の日常が。

 

 ◇

 

 固形のものが喉を通る気がしなくて、ヨーグルトを食べて家を出たわたしを、鈴ちゃんはいつものように可愛らしい笑顔で迎える。

 百六十に届かないわたしよりまた少し背が低くて、腰まで伸びた赤茶色の髪や顔立ちが幼さを感じさせる女の子。人見知りで大人しくて、絵を描くのが好きな幼馴染み。

 

 

 誰かに優しくされたかった、そんな子。

 

 

「おはよう、糸依ちゃん。……顔色悪そうだけど、何かあった?」

 

「ううん、平気だよ。少し寝不足なだけ。学校に遅れちゃうし、早く行こ」

 

「うん」

 

 

 入学して早一ヶ月、慣れてきた通学路を隣合って歩く。わたしと鈴ちゃんの話題はいつもまちまちで、最近流行ってる少女漫画の話をしてたり、はたまた朝のニュースの話だったり、その日の気分次第。

 他愛のない話はコロコロと方向を変え、ある時、ストンとそれにぶつかった。

 

 

「──そういえば、今日もやってたね。失踪事件のニュース。今月に入って三人目だっけ?」

 

「本当、怖いよ。この前までは月に一回あるかないかだったのに……魔女が怒ってるのかな?」 

 

「あはは……どうだろうね」

 

 

 魔女、という単語にドキッとしたが、この街でその名前が上がる回数は少なくない。もっとも、それは空金さんが隠せていないのではなく、都市伝説のようなものだ。

 探そうとしたらどんなにがんばっても辿り着けないのに、魔女に目をつけられれば知らず知らずの内に招かれる、『魔女の館』。そして、その館の主であり、この街に古くから根を張っている魔女の一族の末裔。

 

 

 河津市で有名な都市伝説。

 老若男女問わず知っている噂話。

 そして、同じく古くから負の歴史として存在するこの街の失踪事件。周期性はなく、一年で二桁に届くか届かないか、それくらいの人が消えてしまう。関係性は不明だが、噂好きな学生の間では魔女が儀式の材料に人間を攫っているのではないか、という話がどこかから出回っているのだ。

 

 

 悲しいことに、失踪事件からの生還者が居ないから、真相は未だにわからない。──日常が犯され始めたからわかることだが、わたしの街はなにかがおかしい、のかもしれない。

 魔女、異端審問官、失踪事件。致命的に狂ったバランスで成り立っている場所だ。

 

 

 きっと良い機会なんだろう。

 空金さんに聞くべきだ。もう少し詳しく、魔女のことも街のことも。

 

 

「……気をつけてね、魔女に」

 

「鈴ちゃんもね? 一緒に帰れないことも増えるかもだし」

 

「…………うん」

 

 

 どうしようもないことだけど、わたしたちの危うい友情は、この時から取り返しの効かないヒビが入っていた。

 それは、誰のせいでもない、わたし自身の傲慢さのせいで。

 

 ◇璃々◇

 登校してすぐ、私は夢川さんから声をかけられた。学校で親しくするのは、話の際にボロが出てくる可能性もあったので気乗りはしなかったが、彼女があまりにも真剣な表情だったから、断ることはせず話を聞いた。

 

 

「朝から、何の用かしら」

 

「少し聞きたいことがあって……ここだとあれだし、屋上でも良い?」

 

「構わないわ」

 

 

 朝の教室特有の喧騒から逃げ去り、私と彼女は屋上へと足を運ぶ。生徒の自主性と自由を謳うこの学校は、基本的に屋上の出入りは自由だ。安全性のためガラス張りで、小さい子窓があるくらいなので解放感があるかと言われれば別だが、それでも眺めは悪くない。

 ゆっくり見てる余裕はないけれど。

 

 

「……それで、話っていうのは?」

 

「色々聞きたいけど、時間がないから一つだけ。……失踪事件に関わってないよね? まだ、誰も傷付けてないよね?」

 

「誰から聞いたのか知らないけど、魔女と失踪事件は無関係よ。あくまで噂好きな子達の作り話。……でも、完全に無関係ってわけじゃない。失踪してるのは全員、魔女と関わった人間か、魔女本人だもの」

 

「……っ! じゃあ、失踪事件の本当の犯人は──」

 

「異端審問官よ」

 

 

 昨日の今日で少し早い気がするが、彼女はこの街の異質さに気付き始めてる。きっかけは昨日の人形か、もしくは他の要因があったのかわからないが、危険な状況なのに変わりはない。

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 まただ。

 私も、おかしい。彼女は被害者だと、悪い魔女に騙された罪なき人間だと、庇おうとしている。切り捨てればいいのに、それができない。美波さんに感じるそれとは違う、確かな叫び。感情も思考も無視した魂の声が、夢川糸依を守れと訴えている。

 

 

 ずっと昔から刷り込まれた使命のように、今まで意識すらしなかった根っこの部分。当たり前の常識。彼女を傷付けないという絶対のルール。

 でも、私は『約束』の呪いで夢川さんを縛った。傷付けたともとれる行為だ。勘違いかもしれないが、この法則性には穴がある。恐らく根幹を揺るがす重大な穴。

 

 

「……私以外に傷付けさせない」

 

「空金さん……?」

 

「ごめんなさい、気にしないで。他の話は私の家でもいい?」

 

「いや、えっと……その……」

 

「……何? まだ何かあるの?」

 

「お昼! 一緒に、食べないかな、って……」

 

 

 変に目立つのは良くない、良くないが、一緒に昼食となれば必ず美波さんはくっついてくる。掴まれない程度に探りを入れるのも今後の行動には必要だろう。

 それに──言葉を詰まらせながらも誘ってくれた彼女を突き放すのは、後味が悪い。関係を持ったんだから、無理にならない範囲で交流はするべきだ。

 

 

 例え、いつか終わる関係だとしても。

 

 

「いいわよ。一人で食べるのも、他の人と食べるのもなんら変わらないだろうし」

 

「ありがとう! 鈴ちゃんが一緒でも平気?」

 

「好きにしなさい。……ほら、チャイムが鳴るわよ」

 

「うん!」

 

 

 栄養補給でしかない食事で、そこまで喜ぶ意味が私にはわからないけれど、不思議と悪い気はしない。お祖母様も私と食卓を囲んでいた時は、こんな風に思っていたんだろうか。

 

 ◇

 

 時間は過ぎて、お昼休み。

 荷物を片付け、持ってきたサンドイッチを保冷バックから机に出していると、二人分の足音が近付いてきた。朝とは違う昼休みの喧騒の中、その足音はゆっくりと私の席向かってきて、弾んだ声音で言葉をかけられる。声の主は言わずもがな、夢川さんだ。

 

 

「今日はお誘い受けてくれてありがとう、空金さん!」

 

「別に、お礼を言われることじゃないでしょ。……あなたが美波さん、であってる?」

 

「覚えててくれだんだ、嬉しいなぁ。二人の時間に割り込んじゃってごめんね、空金さん」

 

「……いいえ、あなたとも少し話したいと思っていたから、気にしないで」

 

「良かった」

 

 

 そう一言零すと、二人は近くの席の主に机を借り、中学までのような給食の形を作り、和気あいあいと昼食を始める。三人という半端な数のため、私はお誕生日席と呼ばれるはみ出た位置で、パクパクとクマタロウお手製のサンドイッチを口に放り込む。

 

 

 ハムエッグのサンドイッチは、卵の焼き加減は絶妙だが、パンは相変わらず焦げが酷く、卵焼きを甘く作ってなんとか丁度いいと言えるレベルの代物だ。

 そんな料理と言えるかわからない昼食を胃袋に詰める私とは対照的に、二人が食べるお弁当は健康的だ。白ご飯にアスパラのベーコン巻きと卵焼き、ポテトサラダにきゅうりのおしんこ。彩りも良く、栄養バランスも良いんだろう。

 

 

 気がかりなことがあるとすれば、二人が色違いの弁当箱を使っていて、中身が全く同じなことくらいだ。

 

 

「……仲が良いのね。お弁当箱も色違いで、中身は同じなんて」

 

「あー……幼馴染みだからね、仲が良いのはそうだと思うけど、お弁当は違うよ? 鈴ちゃんのお家、おばさんもおじさんも忙しいみたいで、お弁当用意できないの。だから、わたしの家のお母さんが用意してるんだ」

 

「そう……美波さんの親御さんはどんなお仕事をしてるの?」

 

「なんだったかな……ごめんね、あんまり興味なくて。教会のお手伝いさんとか言ってたのは覚えてるんだけど」

 

 

 教会のお手伝いさん、ね。

 嘘は言わずに誤魔化したのか、はたまた本当にただそれだけなのか。疑うに値する確証なんて、ただの胸のざわめきだけの今、二択を選ぶには少し情報が心許ない。

 もし、彼女が夢川さんの前で本性を表すのが嫌というなら、考えはある。

 

 

「……夢川さん、悪いけど飲み物が切れそうなの。お金は渡すから買ってきてくれる? あなたの分と美波さんの分も奢るから」

 

「良いけど……飲み物はどうする?」

 

「コーヒー。ブラックで」

 

「鈴ちゃんはミルクティー?」

 

「うん! お願い」

 

「わかった。じゃあ、行ってくるね。ご飯は先に食べてていいから」

 

 

 渡した財布を胸に、手を振りながら出ていく彼女を見送ったあと、私は美波さんの顔色を伺った。余程ポーカーフェイスが上手いのか、纏う空気だけが冷たいものに変わっていた。

 無意識下での防御反応なのか、威嚇のためなのか。幼さの残る顔立ちと笑顔には到底似合わないものを纏っている。

 

 

 先手を譲るべきではないだろう、と直感的にわかった。わかったのに、間に合わなかった。

 

 

「……一昨日の放課後、糸依ちゃんに教室で会ったよね? その時、何かあった?」

 

「私は、何もなかったわ。挨拶をして、それで終わり」

 

「そっか。……急にごめんね、糸依ちゃんってば忘れ物を取りに行っただけなのに痣なんて作って帰ってきたからさ、心配だったの」

 

「優しいのね。気にしなくても平気よ。あの日は教室も明かりをつけてなかったし、どこかで転んでぶつけてしまっただけじゃないかしら」

 

「……だよね。良かったぁ、もし空金さんが糸依ちゃんに何かしてたら──殺しちゃうところだった」

 

「っ!」

 

 

 とぼけたような声音に込められた感情は、本物だった。目の奥は深淵を映したように黒く暗く、お手本のような笑顔からは狂気すら感じる。

 一瞬のやり取りだったから他の誰も気付かないし、耳にも入らない。だが、放たれた殺意は明確に私を貫いた。声は詰まり、冷や汗が背中に伝い、体が身震いする。

 

 

 探り合いなんて最初から必要なかった。

 間違いなんて万に一つもありえない。

 

 

 彼女は、美波鈴は異端審問官だ。




 次回もお楽しみに!

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