魔女と人形と異端審問官   作:しぃ君

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 被害者が違う被害者を生むことだってある。


七話「依りそう」

 ◇鈴◇

 この世に生を享けて物心が着いた時から、アタシのすぐそばに『魔女』と『異端審問官』はあった。人を惑わせ穢す魔女。そんな神の教えに背く異端者を正し、時に処刑する異端審問官。

 ママがいつも読んでくれた絵本は、魔女を悪だと言って、異端審問官こそが正義だと描いてあって、ずっとそれが普通だった。

 

 

 どんな善良な人間も魔女が関われば穢れてしまう。

 けれど、どんな邪悪な人間も異端審問官が関われば浄化できる。死という名の浄化で来世に生を享けられると、パパは語っていた。幼いアタシにはよくわからなくて、でも、それが世界の真実だと教えられた。

 

 

「いいかい、鈴? 血を抜く時のコツはね──」

 

「爪は一つずつ取ってじわじわと──」

 

「無闇に大きな傷を付けてはダメなんだ。最初は小さいものを少しずつ、大事な時に大きく一つ──」

 

「視線は絶対に逸らさないよう固定しなさい──」

 

「本音を話させるまで舌は切らない──」

 

「殺す時は、心臓か頭を一突き──」

 

 

 審問も同じ。正しいやり方。間違えないための手順。人間の心理。怖くて怖くて堪らないのに、ずっと見せられ続けた。笑顔なパパが怖くて、目の前で苦しむ人が怖くて、床に垂れる血の音も、なにもかもが怖かった。

 なのに、逃げることは許してくれなくて、いつからか血を見ない日はなくなった。

 

 

 学んで、実践して、学んで、実践して、その繰り返し。初めて人を切った日、吐いた。初めて爪を剥いだ日、吐いた。初めて人を殺した日も──吐いた。

 眠っても眠っても、夢に審問相手が出てきて責められて、蔑まれて、貶されて、アタシがやったことと同じことをされる。

 

 

 どうしてもそんな場所から離れたくて、絵を描き始めた。何枚も何枚も無心で描いた。美しいものを見て、描いて、楽しかった。初めて描いた似顔絵を、糸依はすごいって褒めてくれた。本当に、嬉しかった。

 だけど、パパもママも、そんなアタシを見てはくれなくて、振り向いてはくれなくて、愛されたかったから堕ちていった。

 

 

 切った。

 剥いだ。

 砕いた。

 奪った。

 やるべきことだから、やっていいことだから。

 相手は異端者で、彼らは許されない人間で、浄化しなくちゃいけなくて、仕方ないから。

 

 

 仕方ない、しょうがない、それしかなかった。そうやって言い訳を重ねて、アタシの手は真っ赤に染まっていた。拭いても、洗っても落ちない赤い罪の証明。

 普通のはずなのに、普通だと教えられたのに、世界の外側でそれは異常だった。致命的なまでに価値観がズレていて、アタシの思い描く普通は、醜いものや汚いものが寄せ集まったゴミでしかなかったんだ。

 

 

 内側から心が軋む音がして、初めて本当の意味で逃げ出した。一人ではもう誤魔化せなくて、依りそう存在が必要だった。愚かなアタシを肯定してくれて、優しく包んでくれる人が、必要だった。壊れそうで、壊れたくて──そんな時に、糸依は来てくれた。

 

 

「……泣いていいよ。わたしがずっと傍に居るから」

 

 

 抱きしめられて囁かれた言葉は温かくて、今思い出しても満たされる。あの日だ。あの日、アタシの中で糸依はただの幼馴染みじゃなくて、無二の親友になった。

 アタシだけの太陽。

 アタシだけの救世主(メシア)

 どうしようもないアタシを普通でいさせてくれる人。

 

 

 そんな彼女が穢されている。

 そんな彼女が惑わされている。

 絶対に許されない。許されていいはずがない。他の誰かが許してもアタシだけは絶対に許さない。

 

 

 魔女だと確固たる証拠を見つけ出して、空金璃々を始末する。大丈夫。きっと大丈夫。もし、パパやママにこれがバレても、逃げればいい。糸依なら、許してくれる。ずっと一緒に居てくれると言ったんだ、危険があってもアタシが守ればいい。

 

 

 アタシだけが居れば、糸依には他に何も必要ないんだから。

 

 ◇璃々◇

 初めてだった。人に抱きしめられるなんて。

 お祖母様は勿論、両親との短い記憶の中にも、そんなものはなく、新鮮だった。きっと、そのせいだ。そのせいで、もう少しだけと思ってしまった。

 けれど、時間は有限。

 話したいこと、話さなければいけないことは山ほどある。

 

 

 甘えてる余裕はないんだ。

 

 

「……夢川さん、もう平気だから離してちょうだい」

 

「本当に?」

 

「嘘なんて言うわけないでしょ。ほら、早く」

 

「……うん。信じる」

 

 

 眩しい微笑みを浮かべた彼女は、そう一言言って、自分の席に戻る。私も切り替えて、講義の準備を始めた。魔女とはなにか、呪いとなにか。それを伝えるための講義。

 過去の文献は腐るほどあるし、私こそが生きる資料。別にやること自体は難しくない。難しいものを噛み砕き、わかりやすく伝える。ただそれだけのことだ。

 

 

 最近はぬいぐるみたちが落書きばかりしていたホワイトボードも、本来の使われ方をして喜んでいるだろう。

 

 

「それじゃあ、第一回『魔女学講義』を始めるわ」

 

「……わ、わー!」

 

「無理に合わせなくて結構。……まず始めに、夢川さんに質問よ。あなたが思い描く魔女って、どんなのかしら?」

 

「魔女……魔女……。村から外れた、森とか林の奥に住んでて、ローブととんがり帽を被ったおばあさん?」

 

「そうね。あとは、暖炉で大きい釜を茹でてればピッタリ?」

 

「そうそう! そんな感じ!」

 

「……まぁ、概ね正解よ。現実の魔女もそこまで変わってないわ」

 

 

 もっとも、使う道具は変わって最新の家電製品を使ってるが、それは誤差の範囲内。大筋は、夢川さんの言った通り。絵本や童話の中に出てくるイメージそのものだ。しかし、そのイメージにも意味はある。何個かは理由もある。

 何故、森や林の奥に住んでいるのか? 

 何故、女性であるのか? 

 

 

 小さな謎は色々とある。

 それを今日、少しずつ教えていく。

 

 

「イメージは大事。そのイメージからどういう印象を受けるかも大事。魔女について知るために、魔女の起源の一つを探りましょう」

 

「起源の一つ……?」

 

「そう。色々な説があるし、資料だって全てが真実とは限らない。これから話すのはあくまで、数ある説の内の一つ、私たち一族のものとして捉えてちょうだい」

 

「な、なるほど……」

 

「その昔、魔女と呼ばれる前の彼女達は、癒し手や薬女と言われていたわ。村に一人、民間療法を代々伝える人間。理論はなく、ただそれが効くという経験則を受け継いでいった彼女達は、薬の知識に長けた賢人だった。医者に近い存在よ」

 

 

 村の誰もが知らぬ方法で病を治し、薬を作り、それで生きる糧を得る。それこそが魔女の祖先、癒し手。諸説あるが、魔女が森や林の奥に住んでいるのは薬草を摘みやすいからであり、ローブを着るのは薬品による事故を減らすため。とんがり帽は雨に濡れないように、等々。

 元を正せばきちんとした理由がある。

 

 

 時間の経過により意味が曲解されたり、真実がすり替えられたりしてしまうが、根本を探ればハズレは少ない。

 

 

「はい! 璃々ちゃん先生!」

 

「……なに、夢川さん」

 

「……昔の魔女は、お医者さんみたいな人達だったんだよね? それなら、なんで魔女って呼ばれるようになったの?」

 

「賢人だったから。多くのことを知り、まるで魔法のように病を治して見せたから。自分たちの知らないことを知っていて、到底不可能に思えることをやってのける存在に──人は恐怖するの。だから、魔女と呼び、悪魔と契約を交わした背信者と蔑んだ」

 

 

 悪魔との契約。神の教えに背く禁忌。きっとそれを犯したから、彼女達は人の命さえ救ってみせる。妖しい術を使い、薬を生み出し、たちまち病人を癒してしまう。純粋な子供ならいざ知らず、年を重ねた大人なら怖がるのも無理はない。

 自分たちの常識外のものを悪と決めつける理不尽が世の中では許容され、押し付けられる。

 

 

 悪い者もいたかもしれない。

 決して善意だけでやっていたことではなかったかもしれない。それでも、目の前の命を救おうとした人も少なからずいたはずだ。だと言うのに、踏み躙られて、穢されて、堕ちてしまった。

 

 

 その内の一人が、本当に悪魔と契約する方法を作り。『妖術』という、物語の中の魔法のように、奇跡を起こす術を生み出してしまったのだ。

 

 

「『妖術』は悪魔との契約の証。ありとあらゆる物を作り、破壊することのできる万能の力。不可能を可能にする力。『呪い』はその残り香に過ぎないの」

 

「残り香って……具体的には?」

 

「『妖術』は万能……万能だからこそ、使いこなすのには途方もない時間がかかる。何をしたいと思っても、膨大な数の妖術の中から必要なものを瞬時に取り出すなんてできない。ご先祖様は悲願に集中するあまり、自分の時間を忘れていた。契約の証である『妖術』は引き継げないし、文書にも残せない。だから、後世に力を託すために、不完全で劣化した『妖術』である『呪い』を託したのよ」

 

「そう、なんだ……もう一つ聞いてもいい?」

 

「何?」

 

「……呪いで、本当に悲願は達成できるの?」

 

 

 痛いところ突いてくる。

 正直に言えば、わからない。

 呪いの可能性は未知数だ。現にお祖母様は一代で急激に理論を発展させて『使役化の呪い』を作ってみせた。不可能か可能かと言われたら、どちらとも言えないというのが本音だ。

 

 

 それに、私は少し、ほんの少しだけ、この二人で居られる時間さえ守れれば、それだけで良いんじゃないかとさえ思っている。

 心に振り回されるなんてらしくないと考えつつも、それを受け入れてる自分がいるのが、嬉しかった。

 

 

 託された悲願は継ぐし、芽生えかけた思いは摘みたくない。だから、私は前に進む。

 

 

「できるわ。あなたが助けてくれれば、ね」

 

「……そっか。うん、がんばる!」

 

「そう──なら、これ。週末までに読んでくれる?」

 

「えっ……」

 

 

 渡したのは分厚い一冊の本。

 空金家で代々受け継いできた、呪いに関する全てが詰まった呪いの指南書とも言える一冊。総ページ数は四百八十九。図も多少あるから、文字だけの専門書と比べれば優しい方だろう。

 

 

 後ろからの抗議の声に、私は耳を塞いだ。




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