夜明けを望むけものたち   作:メリケンです。

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※注意!!
 津波災害について、その被害者について言及してるシーンがあります。また自害、殺人に関連した残酷なワードも多数登場します。そういったものに不快感を感じる方は今すぐ見るのをやめて、ブラウザバックすることを強く推奨します。


第1章:月の香りの狩人
血塗れ


「ああ、獣狩りの夜が始まる」

 

 唯一の生き残りであった男はそう言い残し、自身の舌を噛み切って死んだ。

 常に厚い雲で覆われているゴッサムの街にしては珍しい、良く晴れた空に夕焼けが映えるような頃であった。

 

 

     ◇

 

 

 治安状況が最悪で最低なゴッサムの街において、残念ながら‘殺人’という犯罪はごくありふれたものだ。

 だが昨夜起こった事件は、例を見ないほど凄惨で不可解なものであった。

 

 偶然というべきか、事件の一部始終を映していた防犯カメラがあった。そのためバットマンことブルース・ウェインは、その映像を協力者であるゴッサム・シティ警察のジェームズ・ゴードンから極秘に入手したのだ。過去に何度も協力してもらっているが、今回は明らかに機密情報の漏洩である。だが彼は事件の解決になるのならと、渋々とした様子であったがUSBを手渡してくれた。

 

 現在ブルースは、バットケイブに据え付けた数多くのモニターを睨みつけているところだ。勿論モニターにはゴードンから拝借した映像が流れている。何度も何度も繰り返し、決して見逃すまいと目を充血させながら食い入るように見つめた。

 

「マスタ・ウェイン。そろそろお休みになられないと、貴方様の両目が使い物にならなくなりますよ」

 

 バットケイブに繋がるエレベーターが起動したと思ったら、ワゴンを押して下りてきた執事───アルフレッドがいた。ふとそれを見たブルースは、確かに自分の目と首と肩が非常に痛むことを自覚し、映像を止めてアルフレッドに手招きした。

 

「そんなに動いて大丈夫か」

「その質問、もう8度目でございますよ。3ヶ月も経ったのですから、動かねば鈍ってしまいます。特にこの老体では、ですよ」

「そうか。───紅茶を、いただいても?」

「勿論。お茶請けにスコーンもどうぞ。彼女の焼きたてです」

 

 彼女、というのは、アルフレッドと同じくブルースに仕える使用人ドリーのことである。細かな気遣いができ、お菓子を焼くのがとても上手だ。ブルースは僅かに微笑み、甘やかな湯気を漂わせる紅茶が注がれる様を黙って見ていた。

 

「進捗はいかがですか?」

「全くだ。犯人の手がかりすら掴めない。犯人と似たような背格好の人物なら掃いて捨てる程いるし、被害者…いや加害者か?ともかくチンピラ共は皆死んでいる」

「少女の方は…私の方で調べましたが、やはり何も覚えていないそうです」

「そうか───いや、寧ろその方が良いのかもしれない。幼い子にあの光景を思い出せという方が酷だ」

 

 椅子に座ってスコーンを一口食べ、紅茶を胃に流し込みながら、ブルースは先程まで見ていた映像の内容を思い出す。

 

 

 映像の始まりには、少女が映っていた。

 防犯カメラ故に鮮明ではなく、また少女の映り込みも小さいものであったが、それなりに裕福な家庭であることが窺える小綺麗な恰好をしているのが分かった。

 この映像を撮った防犯カメラが設置されているのは、大通りから外れた暗い路地だ。何故少女が一人でいるのか、如何して両親がいないのか、映像だけでは全く分からない。───だが残念ながら、この後の展開は火を見るより明らかだった。

 

 少女が大通りに繋がる方向、即ち右側からフレームインしてきたことに対し、ゴッサム・シティの貧困エリアに繋がる左側から、複数の男がやってきたのだ。

 映像が荒く表情まで見ることは叶わなかったが、きっとニタニタと厭らしい笑みを浮かべていたに違いない。身代金目当てか、それとも欲望のはけ口にするのか、ともかく男共は少女を標的として定めたようで、じりじりと距離を詰めていた。

 少女は恐怖のあまりか動こうとはしなかった。その態度に気を良くしたのか知らないが、男共の距離の詰め方はすぐに大雑把なものへと変わり、少女の方に手を掛けようとした───その時。

 

 風が、吹いた。

 

 吹いた後には、肉片しか残っていなかった。

 

 男共の数は7。荒い映像越しでも分かる、鍛えられた肉体だった。

 だが風が吹いた途端、一瞬で肉片になったのだ。何かに無理矢理切り裂かれたようにバラバラに。きっと男共は悲鳴を上げる暇もなかっただろうな、と他人事のように思った。

 

 そして、またもや左側から人がやってきた。コートを着た人だ。ゆっくりとした歩みで少女に近付く様子は、心配からくる行動と思われる。…というより、そう思いたかった。散らばる肉片を容赦なく踏み潰し、全身を血で染めていることから、この者がこの惨状を作り上げた犯人であることは明白だった。

 気付けば少女は座り込んでいた。男共の血の海に身体を浸すように。

 そんな少女を気遣う様に、コートの者は少女の前に跪く。懐から何かを取り出す仕草をして、それを少女の口元に持っていった。

 "何か"は、きっと液体の入った入れ物だったのだろう。それを口にした少女は糸が切れたかのように倒れ、それをコートの者が支えた。そのまま抱えて運び、血がない所に少女を安置して───左側へと、フレームアウトしていった。

 

 その数分後に、ゴッサム・シティ警察が現場に突入してきた。

 そこで映像は終わりだ。

 

 

 ブルースは、ティーカップを持ちながら後ろの作業台を見遣る。写真が台の上で散らばっているのが目に入った。

 この写真は犯行現場を撮ったもので、防犯カメラの映像より非常に鮮明だ。だからこそ分かる。現場に流された血の量も、散らばる肉片の数も、───元軍人のアルフレッドが惚れ惚れするような鮮やかな切り口も。

 7人いた男共は、映像を見る限りでは全滅したかに思えたが、どうやら1人だけ生きていたようだった。だが両足と左腕を失い、酷く錯乱していた。そして本日の夕方、「獣狩りの夜が始まる」と言い残し、死んだ。

 これでこの事件について証言できる者はコートの者か少女だけとなったが、少女の方は何も覚えていないとのことだ。

 

「今後、トラウマとしてフラッシュバックすることが無いと良いが…」

「いいえ、違うのです、マスタ・ウェイン」

「何が違うと?」

 

 ブルースが思わずといった様子で聞き返すと、アルフレッドは神妙な顔つきで話し始めた。

 

「事件のショックで一時的に、だとか、あまりにも凄惨な現場だったため脳が拒否反応を示して、などではありません」

 

 此方を、と渡された書面には、何かの成分表が書かれていた。

 

「少女の血中に含まれていた薬物と、現場に投げ捨てられていた小瓶の中身の液体です。どうか、見比べてください」

「血中に含まれる薬物、と言うが…ただの血液の成分と何ら変わりない…何だ、これは」

 

 少女の血液に何の異常も見られないことを確認し、謎の液体の成分表に目を滑らせたとき、ブルースは瞠目した。

 

「確か青い液体だっただろう」

「はい、左様でございます」

「なら何故、これは、どう見ても血液じゃないか!」

 

 項目に???が複数あること以外は、血液の成分表と全く同じだ。恐らくこれを少女に飲ませたのだろうが、まさか、血液だったとは。

 それに血液とは本来赤いものだ。赤色の原因であるヘモグロビンが取り除かれているのならまだ分かるが、成分表を見る限り違うようだ。

 ???の項目は解明できていないが、未知の成分である可能性が高いそうだ。

 

「無意味に謎の液体を少女に飲ませるとは思えません。単純に、人の記憶を消すことのできる代物と見て間違いないかと」

「この書類の通りだと、DNAが既存の生物と当てはまらないらしいな」

「その通りです。未知の攻撃手段、未知の薬品、そして未知の血液…ああ、申し訳ありません、更に迷宮入りに近づけてしまいました」

 

 おどけたような口調であったが、アルフレッドも悔しさを滲み出していた。

 既に紅茶は冷めきっていたが、ブルースはそれをぐいと飲み切って再びモニターに向き直る。彼は諦めるつもりなどない。少女を助けるとはいえ殺人という方法を取るあの者は、必ず捕らえなければならない。

 

「そういえば、少女の件ですが」

 

 ティーセットを片付けながら、アルフレッドは溜息と共に吐き出した。

 

「本日の昼頃に目を覚まし、開口一番にこう言ったそうですよ」

 

 ───赤い月が、私を見下ろしていたわ。とっても綺麗なお花畑の中で。

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