改革の兆し
某所にて集まる者等。
世界を幾度となく脅威から守ってきた、ヒーローチーム。恐ろしい暴徒、狡猾なる悪党、果ては宇宙より攻めてきた異星人に至るまで、個々の驚異的な力と圧倒的な連携で押しのけてきた、素晴らしい彼等。
名をジャスティス・リーグ。メタヒューマンのみで構成される、正義の味方である。
各々に各々の生活があるため、人命の危機がない限り全員が一堂に会するのは珍しいことである。しかし、今回はとある目的のため、拠点の一つである此処に急遽集まったのだ、
「何とびっくり財政難!ごめん、ちょっと今月は厳しいかなぁ!」
「騒ぐなバリー…うわ、共有の預金残高が見るに堪えない程に少なくなっているぞ。どうする、ダイアナ?」
「とは言ってもねぇビクター。戦いの余波で破壊した街の修復とか、孤児院への寄付とかで消えちゃうもの。仕方がないわ」
バリー・アレンの悲痛な叫び声と、ビクター・ストーンの冷静な声色、そしてダイアナ・プリンスの美しい溜息。
メトロポリス内にあるジャスティス・リーグの拠点で、ごく久しぶりに全員集合を果たすことが出来た。暫定リーダーのクラークは人知れず安堵の息を漏らす。
「最近はダークサイドの侵攻もない。平和そのもので何よりだ」
「あら、クラーク。紅茶と珈琲どちらがいいかしら?」
「珈琲で。ありがとう、ダイアナ」
ダイアナからカップを受け取り、フェイクレザーのソファに座る。空気の抜ける音がして、少しだけ可笑しくて笑ってしまう。
一口啜る。適温で飲みやすい。
「うーん、預金の件は、とりあえず後回しでいいかい?いつものように、リーグへの寄付金は色んな街へ。自分で稼いだ分は自分で使う」
「昨日スーツを駄目にしちゃったしなあ。もしかしたら、緊急時に駆け付けられないかも。ごめんね」
「では残りはバリーのスーツの修繕に回そう。それでいいか?」
「ビクターに賛成よ。バリー、申し訳ないからって遠慮しないでね?いざという時の貴方ほど、頼りになる人なんていないんだから」
バリーは申し訳なさそうに頭を掻いた。弟がいたらこのような感じだろうな、と温かな気持ちになる。
共有の貯金は、あくまでジャスティス・リーグとしてのものである。その多くは善良な市民からの寄付で賄われており、他の施設への寄付や破壊された街の修繕費、今回の様に仲間のスーツの修理に充てられる。
預金残高についての会話が終わったタイミングを見計らってか、皆が沈黙してすぐ、ガコン、と少々乱暴な音が響いた。部屋の隅で筋トレをしていたアーサー・カリーが、筋トレ用の器具を置いた音だ。
のしのしと擬音が付きそうな程豪快な歩幅で近寄り、空いている木製の椅子に座る。持っていた酒瓶にそのまま口づけ、盛大に煽って大きな溜息。残念ながら見慣れた光景であり、昼間から飲むなと注意する者は誰もいなかった。
「俺としちゃあ、行き当たりばったりの戦略をどうにかしたい。今は個々の力で如何にかなっちゃいるが───」
アーサーは大局を冷静に分析する。リーグを結成してから1年は経つが、彼は今までの戦闘を俯瞰して、一番足りないであろうピースをズバリと言い当てた。
つまり、司令塔。
各々の持つ能力が強力故か、いくら連携を取ろうと注意しても、結局は意図せずワンマンプレーに陥ってしまう。傍から見ればきちんと連携を取れているように見えても、やはり何処かちぐはぐさを感じてしまう。チームとして形を成していないのだ。これは明確な欠点であり、恥ずべきものである。
現在はビクターとダイアナが作戦を立てているが、ビクターは経験不足、ダイアナは長命故の視点の違いが顕著に表れていた。
アーサーの言う通り、今までは上手くいっても今後がそうとは限らない。更に強力な敵が現れたりでもしたら、負けはしなくとも周囲への被害が大きくなるだろう。
「ああ。このままだといつか、各個撃破されておしまいだ。優れた軍師が必要だと僕は思うよ」
ここからが、クラークがリーグを集合させた理由だ。
緊張のためか、手が少し震える。4人全員の視線が一気に向いたため、それぞれに視線を合わせるように首を動かした。
「だったら、やっぱり‘彼’を仲間に入れよう」
前々からリーグに打診し、結局後回しにしていた課題。
新たなメンバーの加入だ。
クラークは、近々観光客を装ってとある街に集合し、‘彼’の活動する夜に勧誘を行うことを提案する。
それを聞き、ビクターは少しだけ慌てた様子で切り出した。
「だがクラーク、俺は‘彼’を実際に見た事がないぞ。行動パターンが分かり辛いから、街中の監視カメラをハッキングしないと接触のしようがない」
「そこまでしないといけないの。‘彼’、本当に用心深くて隠れるのが上手なのね」
加えて、とビクターは、‘彼’にリーグの情報が洩れている可能性があると付け足した。以前に同じ話題が出たときに情報収集を行った際、‘彼’からハッキングを受けたのだそうだ。ビクターにとってその程度は攻撃にもならないが、この件で‘彼’のリーグに対する警戒心の強さは跳ね上がったかもしれない、とのことだ。
「敵に成り得る存在の情報は片っ端から集めるとの噂だ」
「は、臆病な蝙蝠だな!」
ビクターの言葉を一蹴するようにアーサーが悪態を吐いた。どうやらアーサーは‘彼’のことが気に入らないらしく、話題に上がるたびに突っかかってくるのだ。
ビクターの手にかかればいかに強固なセキュリティも突破できるためいくらでも情報を奪い放題だが、これ以上警戒されてはリーグに損害しか齎さない。故に、正当法でいくしかないのだ。
「僕は、‘彼’程冷静で頭の良い人材はいないと思っているよ。あのゴッサムシティで20年もヒーローを続けている大ベテランだ。ジャスティス・リーグに足りない部分を補ってくれる、貴重な人材を勧誘したい。異論があれば、挙手を」
無音。
クラークの言葉に、異を唱える者は誰もいなかった。クラークは、漸く全員の同意が得られたことに満足げに頷く。元から好意的であったダイアナやバリーはともかく、中立的だったビクターと反対派のアーサーも納得してくれたようで本当に良かった、と微笑み、組んだ手をパンと叩いた。
「じゃあ、決まり」
「勧誘は全員で行う、でいいんだろう?」
「へー、じゃあ、クラークさんに合わせて、皆でゴッサムシティに集合する感じでいいの?いや僕は別にいつでも駆け付けられるけど」
「うん、そうだな、着いたら連絡を取り合おう」
「ゴッサム、そういえば行ったことがなかったわ。旅行ではないことは分かっているけれど、楽しみね」
「なら、後で日にちを教えろよ。海が騒いでる、早く現状打破しねぇと不味いことになりそうだ」
不満げに漏らされたアーサーの言葉に、和気藹々とした空気が一気に霧散した。
「多分、近々大きなことが起こるぞ」
海は地球の体表面の7割を占めているからか、何か異変が起こる際に真っ先に感知し、知らせてくれる。海底人であるため海と親しいアーサーだからこそ分かる危険信号。
表情筋を引き締める。
「今担当している記事がもうすぐ終わるから、上長にゴッサムでの何らかの取材権を掛け合ってみるよ。もし無理でも、休暇を長めにとっておくから、その時に」
「恋人のために上手い言い訳を考えておくのよ?」
「う、わ、わかってる」
ロイスってば妙に勘が鋭いところあるからなぁ、と呟き、会合はお開きとなった。
去っていく背中を見送り、クラークは1人思案する。
‘彼’は、クラークが知る中で最も素晴らしいヒーローであり、同時に最も恐ろしい狂人である。何故なら、‘あの’ゴッサムシティで20年もヒーロー活動を続けているからだ。たった一度だけ、デイリー・プラネットの記者として訪れた際のあの衝撃は忘れられない。ごく平和なメトロポリスの、湾を挟んで向こう側にあのような狂気渦巻く土地があるとは思いもよらなかったのだ。
平気で警官の汚職があり、平気で危険な薬が横行し、平気で人が死ぬ。何よりも、それが一般市民の常識として染み付いている。表層は確かに煌びやかだ。だがたった一枚薄皮を剥ぐだけで、恐ろしい本性が現れる。
狂気と薬と暴力、汚い金が跋扈する街。
それがクラークにとっての、ゴッサムシティの認識である。
そんな街でヒーロー活動を続けるのは至難の業だ。余程の正義感を持っていなければ容易く心が折れてしまい、余程の狂気がなければ悪に立ち向かうこともできない。
‘彼’は決して表舞台に上がることはなく、故に世間からの評判は全く良くない。しかし、彼が現れてから
───だが、‘彼’の過激な方法に熱狂的なファンがいることも事実。犯罪率は下がっているが、犯罪者の凶悪度は上がっている。投獄と脱獄を繰り返している彼等は殆どが‘彼’を圧倒することに固執しており、毎度のように多くの命を犠牲にして‘彼’に見せつけるそうだ。
きっとアーサーは、‘彼’のこの部分に嫌悪を示しているのだろう。人間であるはずなのに何処か、獣の様な獰猛さ。獣の様であるのに何処か、人間らしい狡猾さ。
まるで暗い路地裏の奥を覗き込む様な心境だ。何も見えない暗闇に、何かあるかもしれないという好奇心で一歩踏み出すことの、何と愚かなことか。
つまるところ、‘彼’を仲間に引き入れることはそれだけハイリスクなのだ。
「…それでも、」
それでも。
やはり、必要なのだ。
冷静沈着な思考が。超常的な頭脳が。超俯瞰的な視点が。
狂人と紙一重であるからと諦めるには、‘彼’は優秀すぎるのだ。
或いは、‘彼’を世間に認められるヒーローにしたいという、クラークのエゴだろうか。
漸くクラークは出口に向かって歩き出した。
考えることはあまり得意ではない。一度絡まった思考を解すため、少し散歩をしてから帰ろうと思いついた。
「うーん…。どうやって説得しようかな。絶対警戒されているし」
ビクターによって、既に最低限の情報は揃えてある。脅しとして使えないし使いたくもないが、交渉の材料にはなるだろう。
「よし。先ずは明日、記事を終わらせよう!」
最前線にして最大級の砦。
人類の希望にして唯一。
あらゆる敵を退け続けた、超常的な力を持つ彼等。
ジャスティス・リーグ。
その最後のピースを求めて、昏く悍ましい街に繰り出そうとしていた。
真っ黒なケープ。
蝙蝠を模したカウル。
機能性と防御力に優れたスーツ。
ゴッサムシティの闇に潜む影にして、沈黙を守る暗黒の騎士。
───バットマン。
彼を、求めて。
だがヒーローは知らなかった。
今より18年前のある事件、その恐ろしい真相を。
僅かな歯車の歪みが、どうしようもなく大きな齟齬となって世界に異変を齎していることを。
抗えぬ狂気が、すぐ傍まで近付いていることを。
生命の冒涜者が、小さなきっかけを待ち続けていたことを。
悪夢は、終わっていない。
全てに意味があることを、ジャスティス・リーグはまだ気付いていなかった。
18年前の獣狩りの悪夢と、現在ゴッサムシティで起きている
これから先、ゴッサムシティにて。彼等は、地獄よりも恐ろしい悪夢を体験することになる。
◇
ゴッサムシティで起きている奇妙な連続殺人。被害者は皆、殺される直前には体毛が異常に伸びていたとのこと。
「なんかの奇病か、はたまた犯罪者共の実験か。現地に行って確認してこい」
「うーーーーん?????」
なんとまぁつごうのいいこと。
今書いているアメフトの記事は?と問う間もなく原稿を取り上げられ、代わりにゴッサム行きの交通費を握らされたのだった。
誤字報告ありがとうございます。