夜明けを望むけものたち   作:メリケンです。

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実は1万字書いて納得いかずに8千字消してまた1万字書いて消して…を繰り返してたらスランプに陥りゲームに逃げていました。


暗闇を切り裂く刃

 夜も更け、月が真上へ上りきった頃。

 

 波の音に紛れて何かが這い上がる。ザパン、と軽快な音を立て、海から現れたる1つの影。

 極限まで鍛え上げられた肉体を魚の鱗の様な鎧で包み、滴る海水を豪快に払い落とすその者。

 

「かーっ。辛気臭いな、この街は」

 

 アーサーは悪態をつきながら腰にぶら下げていたビール瓶を開栓し、一気飲み。気を紛らわせる時は、いつも酒を飲むのだ。

 

 ゴッサムシティ、外れの港。無人のそこはアーサーにとって都合の良い場所であった。

 車、バス、飛行機、電車、現代の乗り物は彼にとって窮屈に過ぎる。そして何よりも遅い。水の中を高速で移動できるアトランティス人の彼はどうしたって慣れず、こうして人気のないところを態々選び、上陸したのである。

 

 と、紫電が走る。

 目立たぬ様、しかし確かに存在を主張するようにアーサーの目の前を通り過ぎ、1人の青年の姿が現れる。超高速での移動が可能なメタヒューマン、フラッシュことバリーである。

 

「あ、お疲れ様。漸く会えたよ!ゴッサムシティ5周くらいしちゃった。途中でクラークさんに会えたからついでに挨拶してきた!僕の用事に合わせてもらってごめんね、僕も仕事があってさ、あの上司中々解放してくれないんだよ。僕よりせっかちさ。うん、ホント。でも結果として集合時間早まって良かったね!バットマンに会えるの楽しみだなぁ!あ、それと、んむぐっ」

「落ち着けこの。早すぎて聞き取れねぇ」

 

 出会い頭のバリーのマシンガントークは、特に気が滅入っている今は精神に来るものがある。アーサーは彼の口を押さえ、無理矢理黙らせた。

 

「ぷは、息が出来なくなる!ところでアーサーさん、調子悪い?」

「…………少しな」

「クラークさんに、人外の存在がいるって忠告されたんだ。それのせいかも」

「ふぅん。ま、このくらい、相手には良いハンデだろうよ」

 

 と、言いつつ、アーサーの表情は険しい。若輩の前で弱っている姿を見せる訳にもいかないと、気を引き締める。顔に刻まれた皺が更に深くなるのを自覚しながら、遠くの摩天楼を睨み付けた。

 

 回遊中、ゴッサムシティに近付くにつれて強くなる何かの気配。随分と遠くにいる様な、或いはすぐ隣にいる様な曖昧なもの。囁き、滴り、啓示。どれにも当てはまらぬそれは、何かの言葉に似た音であった、と思う。

 気味の悪い。アーサーは心の中で吐き捨て、纏まらない考えを思考の外へ丸投げした。

 

 ずっと昔、もう声すら朧気な母の声が、肚の中にいたアーサーに語りかけていた言葉がある。

 

───…呪いと海に底はなく、故に全てを受け入れる……

 

 ともすれば、それは母の声ではなかったのかもしれない。もっと概念的なもの。それこそ、海の様な。

 

「だーっ。止めだ止めだ。ごちゃごちゃと考えるなんて俺らしくねぇ」

 

 手入れのされていない髪をかき上げ、空になった瓶を遠くへ放り投げた。

 

「わっ、ポイ捨ては駄目だよ!」

「知るか」

 

 後少しでコンクリートに激突、するところで、バリーが瓶を危なげなく掴み取る。

 そのまま姿が掻き消えた、と思ったらすぐに現れた。だがその手に瓶は握られておらず、何処かのゴミ箱に捨ててきたことが容易に窺えた。

 

「ポイ捨てされたゴミが巡り巡って海を汚すんだ、それでも良いの」

「良い訳ねぇだろうが」

「…やっぱり調子悪そうだ。今日はもう休もう」

 

 本来ならバリーの仕事の都合上、2人のゴッサムシティ到着予定は次の日の昼頃である。しかし予定より早く全てが片付いたため、これから他のメンバーと合流し情報交換を行うつもりだ。

 しかしバリーはアーサーが本調子ではないことに気付き、休養を提案する。どうせ時間が早まったのだ、その分を自由に使っても問題ない、と判断したのだ。

 他のメンバーに事情を話せば、快く提案を受け入れてくれるだろう。そう思っていたのだが、しかしアーサーは頑なに首を縦に振らなかった。

 

「問題ねぇと言っている」

「いやありまくりだよ!ポイ捨てなんて基本絶対にしないよ、アーサーさんは。頭が回らない程気が滅入ってるってことでしょ」

 

 成程、よく観察している。とアーサーは妙に感心した。

 同時に目で見て分かる程に参っているのかと苛立った。この陰気臭い街にいる‘何か’のせいで己が振り回されているのは酷く癪に障る。

 

 善は急げ、とも言う。バットマンをさっさと仲間に引き入れ、正体不明の気配を消滅させてしまえば万事解決だ。

 アーサーは己がバットマンを‘臆病な蝙蝠’と揶揄する程に嫌っていた事実を棚に上げ、休ませようとするバリーを押しのけてズンズンと進んだ。

 

「待って!というより何処行くの」

「集合場所だ。こっちだろ」

「違うよこっちだよ!本当に休まなくて大丈夫?」

「あぁ」

 

 バリー曰く、クラークは夕方に取材した分を纏める作業があるらしく、先ずダイアナとビクターと合流するそうだ。クラークはどうも、謎の殺人事件についていつもより使命感に燃えている様で、原稿を書くのに夢中になっているとのことだ。

 その状態でよくクラークと会えたな、と場違いな感想を抱きながら、アーサーはバリーの話を半分だけ聞いていた。

 

「あ、何で僕が缶詰め状態のクラークさんに会えたかというとね、」

「ベランダにでもいたんだろ」

「わ、正解。それと良い雰囲気で安くて美味しいカフェ見つけたから皆で行こうだって」

「そういやダイアナとビクターには会わなかったのか」

「うーん、残念ながら。でももしかしたら向こうは僕を見たかも。携帯で連絡はとったよ、軽食を買っておいてくれるって!」

「こんな真夜中でもやってる店はあるんだな」

「ねー。流石大都会。犯罪率が異常だけど」

 

 会話はそのまま、謎の殺人事件へと移行する。

 約1ヶ月半前からゴッサムシティで起こっている、毛むくじゃらの人間の殺人事件。殺害方法はバラバラ、被害者の身元の共通点もなし。

 殺害される時間は恐らく真夜中。監視カメラも人気も無い場所でいつの間にか殺され、朝方以降に発見される。驚くべきことに、あくまでビクターが入手した少し古い情報ではあるが、あのバットマンでさえ犯人の足取りを未だに掴めていないという。

 

「世界一の探偵でも分からないことってあるんだね。そういえば被害者って皆毛むくじゃらで動物みたいになってるって話だけど、どうして生きている間に保護しないんだろうね。分かりやすい特徴だと思うけど。それに毛むくじゃらになったら、その人も‘殺されるかも!!’ってならないのかな。僕だったらなるよ。ってあれ、どうしたの」

「毛むくじゃらの人間っていやぁ、」

「いやアーサーさんじゃないよ?アーサーさんも立派な髭と素敵な髪をお持ちだけど、もっとこう、」

「あれか?」

「え?」

 

 無人の港。人の気配は遥か遠く、忘れ去られた様に街灯がいくつかあるだけ。

 雑多に放られたコンテナが潮風を浴びて錆びており、本来の用途では使えそうにもない。散らばったガラス片、棄てられた古い車。

 

 いつの間にか2人の歩みは止まっていた。会話も止まり、風の音だけが耳に入り込む。

 

 ひた、ひた。

 

 裸足の様な足音が、風に紛れて聞こえた。1人分、歩幅からしてそれなりに背の高い、二足歩行のもの。

 

 点滅する頼りない街灯と、満月の光に照らされ、遂に。

 

あ゛、あ゛ぁ

 

 どろりと蕩けた瞳孔が、2人をぼんやりと映していた。

 

 

     ◇

 

 

「あの様子じゃ保護してもらうって考えも浮かばなそうだね!うん!!だってずっと唸ってるし明らかにこっちに敵意持ってるしなにあれラリってる!?」

「知るかよ。危害を加えるなら1発ぶん殴る」

「わぉ頼もしい!!」

 

 よたよたと覚束ない足取りで此方を見つめる相手は、鋭くなった爪を此方に向けていた。まるで威嚇をする獣の仕草だ。アーサーは更に注意深く観察する。

 

 獣、という表現は存外的を射る表現かもしれない。

ボロボロになってはいるが服を纏い、体毛に隠れているが腕時計もしていることから、かろうじて人間であることが判断できる。しかし体毛が異常に伸び、四肢が歪み、蕩けた瞳孔を持つあれを、果たして人間と形容しても良いのだろうか。

今は二足歩行であるが、前傾気味だ。これなら四足歩行の方が動きやすいだろう。

 

 そして何より、鼻をつんと刺激するこの匂い。

 

「あの人、もしかして怪我してる?」

「誰か殺した後かもな」

「縁起でもない!」

 

 鉄の匂い。血だ。

 アーサーは冗談を言ったが、間違いなく怪我を負っている。

 

「ど、どうしよう。保護?保護でいい?私服なんだけど僕。スーツ着てないけど超高速で動いて良いかな」

「様子見だな。間違いなく人間だが、おかしすぎる。殴って終わりならそれで良いんだが、それだけじゃ終わらないだろ、これ」

 

 獣の様な人は、これ以上近付く気がないのか、爪を向けて威嚇するだけに留まっている。恐らく圧倒的強者たるアトランティス人のアーサーがいるためだろう。本能で動くところもまた、獣らしい。

 

「本当に獣みたいだな。そういう病気か?まぁたダークサイドが何かやらかしたか」

「獣みたいになる病気を振り撒いた…ってコト!?」

「あくまで予想だっての。こういうのはダイアナの方が詳し……あ?」

 

 暫く睨み合っていると、アーサーの超人的な聴力が軽い足音を捉えた。

 と、と、と。重さを感じさせない、カスタネットの様な跳ねる音。それもまた1人分のもので、アーサーの知る人物のどれにも当てはまらなかった。

 

 何か来る。確信し、少し後ろにいるバリーに注意を促した。

 

「おい、誰か来る。追加の獣っぽい奴かもしれねぇ、気を付けろ」

「あ、」

 

 だが、アーサーが目を少し逸らした瞬間、獣の様な人は一瞬で細切れになった。

 

「あ、あ、」

 

 普段から超高速移動をしているバリーの動体視力では、全てがスローモーションに見えていた。

 刃が月の光で煌めき、一閃。鞘に納め、続けて4連。肉が裂け、血飛沫が上がり、両断。いくつもの肉片になって、人であった獣もどきは簡単に崩れ落ちた。

 彼はこみ上げる吐き気を何とか抑えようと口を両手で押さえた。背を丸め、涙の滲む目をきつく閉じる。そうでないと、飛び出す内臓の形までも思い出してしまいそうだから。

 

 アーサーは目を逸らしてしまった己の失態を恥じ、バリーの背をさすりながら前方を強く睨みつけた。

 

「う、スプラッターは駄目、ホント。夢に出そう。ふとした時に思い出しそう。そして僕は1歩下がる。これがホントのフラッシュバックってね、あいてっ」

 

 流石に緊張感がなさ過ぎたので頭を軽く叩いた。

 

「冗談言う元気があるならシャキッとしろ。目の前いるぞ」

「うえ、全力で文句言いたい」

 

 得物───アメリカでは珍しい刀を血払いし鞘に納めるその者は、散らばった肉片に一瞥もくれず、目元を手で覆いながら独り言ちていた。

 低めの、若輩の男の声である。

 

「うっわ有り得ねぇ。獣を逃がすとか、現役ならマジで有り得ねぇ大失態。最悪。調子悪い。あの糞サイコ聖歌隊女の仕業だろ絶対気持ち悪りいなおい。いんのかよこの街に。処刑だ処刑、狩って血の穢れを女王に捧げなきゃ」

 

 黒を基調とした、豪華な装束だ。ふんだんにあしらわれたレースと金糸は高貴さを漂わせ、身分の高い者しか身に付けることの出来ない事実を知らしめていた。だがそれらは全て鮮血に塗れており、滴っている。どれだけの血を浴びればそうなるのだろうか。

 

 刀の扱いは達人級。世界で無二と評してもいい。それだけ惚れ惚れするような太刀筋だった。視認することは可能だが、避け切れるかは怪しい。

 腰からぶら下げている銃はやけに古い様式のものだ。ヴィクトリア朝時代のものに見える。2人に詳しい知識はないため、その程度の判断に留まった。だが飾りではなく、きっと実用出来るものだろう。弾丸を避けることは容易であるが、油断は出来ない。

 

「ところで貴公ら、誰だ?」

 

 漸く関心が此方に向いたのか、刀の柄に手を掛けながら男が問いかけた。

 

「それはこっちの台詞だ。急に現れやがって」

「俺は狩人だ。獣を狩るのは当然だろうが」

「け、獣?だからって殺すのは、」

「放っておいたら蔓延するんだよ、‘獣の病’ってのは」

 

 獣の病。聞き覚えのないその単語を聞いて、目の前の男が謎の殺人事件にかなり詳しい事に気が付いた。当事者であるのだからある程度詳しいとは予想していたが、もしかすると、事件の真相まで解明できるかもしれない。

 

「瞳孔が蕩けていただろう。血に酔っている証拠だ。ったく、何なんだよマジで。せっかく朝に目覚めて現世をエンジョイ中だってのに台無しだ糞が」

「血に酔っているってことは、ええと、酒に酔っている感じ?」

「もっと酷いぜ。血に酔うあまり血を欲しがる。それしか考えられない程にな。そしてその狂気は伝染していき、やがて全てを貪り尽くす。俺に感謝しろよマジで。獣が齎す被害を未然に防いでやっているんだからな」

 

 大きな溜息。狩人と名乗った男は、よく手入れされた己の銀髪を手慰みに摘まんでいた。

 1を聞けば2,3応えてくれる。バリーのようなお喋り気質に感謝しつつ、アーサーは情報を引き出すために質問を重ねた。

 

「獣の病ってのは初めて聞いたな。人が獣の様になる病気はいくつか知っちゃいるが、獣そのものになるなんてな」

「かー。無知め。海の香りを漂わせておきながら何も知らねぇのか。いや別にどうでもいいな、うん。貴公が知ってようがそうでなかろうが、俺が獣を狩って、貴公らが大人しく震えて朝を待つ。それでいいだろ、うん」

「あ?海と獣の病が関係あるかっての」

「大いにあるとも。はぁ、思考の次元ひっく。うんざり。話合わねぇ。これから俺夜明けまで獣を探さなきゃならねぇから行くわ。他の狩人も見つけ次第殺しときたいし」

「他の…狩人?獣になった人間を殺してるのはお前だけじゃねぇのか」

「当たり前だろ、明らかに刀傷じゃないやつもあっただろ!って、何だよさっきから。もしかして俺から情報引き出そうとしてる?」

 

 男は一瞬にして剣呑な空気を纏った。刃の切っ先の様に、異常な程研ぎ澄まされたそれは、気迫だけで人を圧倒してしまう。

 

「あー、うーん。俺も無益な殺生、というより無駄な殺生はしたくないんだよな。普通の人間狩っても血の穢れなんて手に入らんし。でもなぁ、俺にもゴッサムでの昼の生活があって、ごく平穏に暮らしたい訳で」

 

 指の腹で柄を撫でる。空いた手で頭を掻き、再び大きな溜息。

 どうやら男はゴッサムシティに住んでいるようだった。昼は一般市民としてごく普通に暮らし、夜は獣を狩る狩人として暗躍する。だがあれほど盛大に血を浴びた装束と物騒な武器を持ちながら、今の今まで証拠の一欠片すら掴ませない。恐るべき立ち回りと周到さだ。

 

 最早、アーサーとバリーは一言も発することが出来ない。男の一挙手一投足に全神経を注ぎ、僅かな動作さえ見逃すまいと目を凝らしていた。ほんの少しの綻びが己の死に繋がると嫌でも理解した。

 

「そして貴公らは目撃者。しかもそっちの大男は人間じゃないときた。ふーん、へー」

 

 柄を撫でる指に力が篭り。

 

「考えるの面倒だな。殺すか」

 

 アーサーの首元に刃が突き刺さろうとしていた。

 

「!!?」

 

 咄嗟にバリーが刃を弾く。キン、と甲高い金属音を立てて、メスがコンクリートに叩きつけられた。

 これ見よがしに撫でていた刀は囮。2人が刀にばかり注視する瞬間を見計らって、男は隠し持っていたメスを素早く投げたのだ。その動作さえ、常人にはきっと視認する事さえ叶わないだろう。

 

「反応は上々。上々過ぎるな?軌道をしっかり見切りやがった」

 

 バリーだからこそ、見切ることが出来た。暗闇に紛れ投擲されたメスが、月光を反射して煌めいた瞬間に超高速を発動。彼が何もしなくともアーサーならば避けただろうが。避け切ることは出来なかった。バリーだからこそ、メスにたっぷり塗られた毒を確認し、アーサーの皮膚に届く前に叩き落としたのである。

 

 束の間、抜刀。投擲したメスを対処されることも想定内だったらしく、体勢を崩したバリー目掛けて刃を滑らせる。

 

「っさせるかよ!!」

 

 アーサーがバリーの腕を掴み、3歩分の距離だけ退く。丁度すれすれ、誰もいない空中を凪ぐだけに終わった。

 間髪入れずに男が二閃。だがそれを読んでいたアーサーがバリーの身体を担ぎ、大きく後退した。

 

「ちょこまか逃げんなこのっ!」

「丸腰相手に物騒だなおい!」

「アーサーさん相手煽らないでってば!」

 

 単純に考えれば、2対1でり、ジャスティス・リーグとして多くの脅威を退けたアーサーとバリーが圧倒的に有利である。

しかしその差でさえ、男は簡単に埋めてしまう。にたりと、凶悪な笑みを浮かべた。

 

 丸腰と自らを揶揄しながらもその肉体は凶器そのもの。アーサーは拳を握りしめ、コンクリートを割る勢いで踏みしめ、駆ける。そして、振り抜く。

 至近距離から感じる気迫は大砲そのもの。だが男は、それを、あろうことか薄皮一枚だけ犠牲にして避け切る。

 

「なっ!?」

 

 驚くアーサーを嘲笑う様に、納刀。隙を晒す獲物を狩るべく───神速、一閃。

 速く、重く、鋭い。第六感を発揮させたアーサーはかろうじて身を捻るも、胴体を逆袈裟に斬られた。

 

 と、と。

 

 舞う鮮血。苦悶の表情。

 

「固っっっっっった!!?全っ然斬れねぇ!?」

 

 男の驚愕の声。

 アーサーの纏う鱗鎧が、何とか刀を防いだようだった。お蔭で彼は少量の出血程度の傷で済んだ。だが鎧は真っ二つになり、2撃目を防ぐことは出来ないだろう損傷を負った。

 

 叫ぶ男に隙を見出し、バリーが超高速で接近。全てがスローモーションの中、相手が破裂しない程度の力加減で体当たりを仕掛ける。

 だが紫電が迸る様を見切ったのか、バリーが接触する直前───男の姿が掻き消える。煙の様に実体を失い、その直ぐ後ろに一瞬で現れたのだ。だが超高速に伴う衝撃波までは回避出来なかった様で、遥か後方へと吹き飛ばされていった。

 

 ドゴン、と派手な音と共に土煙が上がる。錆だらけで脆いコンテナは容易に崩れ、ガラガラと壊れていった。

 

「ちょっと待って、あの人僕の動きについてきたんだけど!?」

「気を抜くんじゃねえ来るぞ!!」

 

 とうとうバリーが声を上げる。ジャスティス・リーグですら、スーパーマン以外は視認することすら容易ではない超高速が、謎の回避方法で簡単に対処されてしまったからだ。

 混乱するのも理解できるが、と心中で思うアーサーの怒号もやむなし。未だ土煙が立ち上る箇所に細心の注意を払いながら、男を完全に無力化するべくじりじりと詰め寄っていく。

 

 やがて男が咳き込みながら瓦礫の下から這い出て、2人を憎々し気に睨みつけた。

 

「うえ、ゲホッ、糞が。絶対に殺す。殺してやる。血族の誇りに賭けて必ずその首を斬り落としてやる」

「は、やれるものならやってみろ」

 

 と、と。

 

 出来ることなら、アーサーは男を早く無力化、ないし拘束しておきたいと思っている。そのためには、対処されるといえども男より早く動けるバリーの存在が必須であった。

 男の武器は、刀と銃と投擲用のメス。銃は今のところ使う気配がないため、最低限の注意で問題ない筈だ。

 

 と、と、と。

 

 睨み合いが続く。男にとって、吹き飛ばされた際のダメージが大きかったのだろう、この時間を利用して自然回復に努めている様に見えた。

 だが、時間がない。

 

 と、と、と、ととととと。

 

 遠くから聞こえるカスタネットの様な軽い足音と、合流されては堪らないのに!

 

 アーサーの聴覚が捉えた、第三者の足音。それは男の足音と完全に一致している。

 ああ、最悪だ。きっと男の仲間だろう。

 

「くそ、遅かったか…!!」

「わっ、何何何!?」

 

 アーサーは悪態をつき、バリーの腕を引いて撤退を選んだ。

 

「逃がすかっ!」

 

 怒りに染まる男が、幾度目かの抜刀。隙だらけの2人を切り捨てるべく、一息の間に目の鼻の先まで近付き。

 

「くそがっ!バリー、お前だけでも、」

 

 ととと。

 

 足音の主がとうとう姿を現し。

 

「は?貴公、ってうおおおおお!?」

 

 何の躊躇いもなく()に斬りかかった。

 

「「……え?」」

 

 この展開には流石についていけず、アーサーとバリーは2人揃って口を開けて呆けてしまった。

 乱入者は何の飾り気のない、どころか柄もない、大きく湾曲した片刃の曲剣を振り回し、男の首を狩ろうと躍起になっていた。全ての攻撃が首だけを狙っているためか、男にとっては避けやすいものなのだろう、髪の毛1本すら掠らせないでいる。

 

「おいおいおいおい‘濡羽’の!?貴公もこの街にいたのか、というか止めろ馬鹿!今俺は!別の獲物を!!狩ってるんだ!!!」

「他の狩人の邪魔をすることしか能がないカインハーストが、よくそんな大層なことを言えたものだな。忌まわしい‘呪血’の狩人め」

「は?今血族を愚弄したな?侮蔑を込めたな?殺してやる」

 

 ‘濡羽’と呼ばれた乱入者は、良く通るアルトの女声を発した。頭の殆どを帽子と布で覆ってしまっているため、‘呪血’と呼ばれた男と違い顔を窺い知ることが出来ない。

 

「私は、全ての狩人を狩り尽くす」

 

 乱入者は鴉の羽の様な装束を翻しながら、背負っていた折り畳みの機構と曲剣を連結。得物は持ち主の身長を超える巨大な鎌へと変貌を遂げた。

 

「忌々しい‘狩人狩り’が!!」

「狩人など全て滅べ!!」

 

 壮絶な斬り合い。神速という言葉すら烏滸がましい程の速度での技の応酬。風を裂く音と、足音と、呪詛の言葉が空気を満たす。

 

「アーサー、バリー!!」

 

 流石に異変に気付いたのか、ダイアナの声が遠くから聞こえる。同じくらいの距離からエンジンの駆動音も聞こえるので、ビクターもいるのだろう。

 

「は!?おいまだ増えんのかよ!!やってらんねぇ。5体は無理ゲー。もう帰る!ついてくんなよ濡羽の!!」

「逃がすか!」

「だー!!!ついてくんなっつってんだろうが!!」

 

 男が離脱を選んだ。バリーの体当たりを回避した様に姿を掻き消し、暗闇へ逃走。舌打ちを零した乱入者は、男以外には目もくれず暗闇へ駆け出した。

 

 ダイアナとビクターが到着する頃には、すっかり静寂が訪れていたのだった。

 

「罵詈雑言の嵐だったわね。一体何が…って、アーサー、貴方!」

「かすり傷だ、大した事ねぇ。だがこの鎧はもう使えんな」

 

 ふとバリーが携帯の時計を見ると、約束の時間を僅かばかり過ぎただけであった。きっとそれだけならダイアナとビクターは駆け付けてくれなかっただろう、と己の判断が間違っていなかったことに安堵の溜息を吐いた。

 

「バリーのメッセージがなければ気付けなかった、ありがとう。怪我はないか?」

「僕はないよ、アーサーさんだけ。まぁ、五分五分の賭けだったけどね。大した事してないし。こっちこそ気付いてくれてありがとう」

 

 隙を見て、ビクターにSNSアプリを用いてメッセージを送っただけ。視線を男から離すことが出来なかったため内容は何の意味もない文字の羅列で、また送信できているかも判別がつかなかったため、バリーの‘賭け’という表現はかなり的確だ。そして、賭けに勝った。

 負けていた時の未来など、想像もしたくない。

 

「本当に何があったの?誰かいたみたいだけど、貴方達でも対処し切れなかったのかしら?」

「それについて……出来れば、全員に共有したい。クラークも交えてな」

「…分かったわ。急ぎましょう」

 

 ジャスティス・リーグ、緊急会議である。

 神妙な顔つきのまま、4人はクラークと合流するべく駆け出す。身体能力の突出したメタヒューマンだからか、その場からいなくなるのは一瞬だった。

 

 それを見送った後、影からのそりと蝙蝠が這い出る。

 踏み荒らされた肉片を注意深く観察しながら、やがて再び影に融けていった。

 




バリー「あ!!通報忘れた!!被害者の方をそのままになんてしておけない!」
アーサー「蝙蝠男がいたから大丈夫だろ」
ビクター「え、いたのか」
ダイアナ「ええ、いたわね。気配だけ感じたわ」

通報はきちんとブルースがしました。肉片は全て回収して遺族へ届けられます。良かったね。
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