サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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東京12R予想
 ◎:2枠3番「サクラグロリア」(シニアⅠ・浜中一郎教官)
 今回こそは重賞初制覇なるか、サクラグロリア。
 昇級を目指すこのウマ娘はスタミナタイプの逃げ先行型。意地でも好スタートを切り、そのまま粘り勝つタイプのレースを好む。もっとも、トップスピードが低いので逃げ同士の潰し合いにはあまり向かない。
 今回、逃げウマはトコミチだけということで、先行集団の牽制合戦は発生せず比較的スローペースになると思われる。これはサクラグロリアにとっては好都合。
 得意な東京の良芝、左回り、そして内枠と、勝てる条件が集まった。
 懸念点は末脚の悪さだが、今回は格下・同格が集まったレースなので特に問題はない。
 あとは、冷静に走り切ってくれることを期待するだけである。

推し目
 3—5,12-1,5,8,12,13


昭和編
1:サクラ・チル


―――サクラグロリアは残念ながら6着。期待の三番人気でしたが、重賞初勝利とはなりませんでした。

 

 ターフに汗がしたたり落ちる。空を見上げると、蒼空にそびえ立つ掲示板に、私の名前が表示されて()()()()()

 

 それを自分の中でかみ砕いて嚥下したとき、私の中で何かの糸が切れた。

 

 

 

 東京12R「朱鞠内湖記念(指定重賞)」芝・2000m 晴/良

 

 1着は初の重賞勝利となった3枠5番マナカシラ。2着は惜しくもハナ差で敗れた6枠12番タビジ。3着は今回が昇級初戦となる2枠4番ドーンブレイク。

 

 惜しくも4着となったのは素晴らしい逃げ足を見せた1枠1番トコミチ。4角で2枠3番サクラグロリアに交わされ沈むも、ここから一気にまき直し4着入線の粘り。

 そして5着は1枠2番イモアライザカ。全くのノーマークで掲示板内は快挙といえる。次走に期待したい

 2枠3番サクラグロリア。好条件に好スタートと、同ウマ娘にとって有利をつかむも掲示板外。同ウマにとって厳しい結果と……。

 

「今回も、グロリアは厳しかったか」

 

 北海道の片田舎の蕎麦屋で、”先生”は手紙を読みながらそうつぶやいた。

 

「センセ、ずいぶんとあのウマにご執着だね。アタシじゃもうモノ足りないって?」

 

 粗野なウマ娘が乱暴な言葉を先生にぶつける。だが先生はそれを笑って受け流した。

 

「この娘は、私の教え子のお手ウマなんだ。どうしても気にかかる。勘弁しておくれ」

 

 その時、蕎麦屋の店主が蕎麦湯を持ってきた。

 

「へぇ、さようでござい。お先生は()()には興味が無いとばかり」

 

 店主が口を挟む。自分以外の誰かが先生に声をかけたことに、そのウマ娘は不愉快になる。そんな彼女の背中をさすりながら、先生は手短に答えた。

 

「これでも昔は、サラを訓練する教官を仰せつかっていたことがあるんだ」

 

「先生が、栄誉あるバ事公苑の教官で? 面影はとてもごぜぇませんな!」

 

 店主は快活にそう笑い飛ばした。その言葉に、このウマ娘は青筋を立てて彼との間合いを詰める。

 

 そんな彼女の尻尾を、先生は掴んだ。

 

「おやめなさい、リョウコ。暴力はご法度です」

 

「言葉の暴力はいいのかい、センセ」

 

「私が暴力と感じていないのだから、これは暴力ではないよリョウコ」

 

 先生がそう言うと、リョウコと呼ばれたウマ娘は少しだけ口角を上げて、店主の前に立ちふさがった。

 

「なあ、オヤジ。アタシが今ここでオマエを殴ったとしても、オマエはこれを暴力とは思わないよな?」

 

「おやめなさいリョウコ! 全く君は本当に、頭の回る娘だよ」

 

 先生が呆れながらメガネを外す。これはリョウコにとって「ここが本当の潮時だよ」という先生の合図でもあった。

 

「チッ」

 

 短く舌打ちをして、リョウコは先生の隣に戻る。決して椅子に腰かけることはなく、ただ先生の隣で佇んでいる。

 

「お座りなさい」

 

「アタシャ犬じゃないんでね」

 

 口をへの字に曲げながら、リョウコはただそこに立っていた。

 

 仕方がないなと首を振りながら、先生は蕎麦をすすり続ける。

 

「しかしお先生、このグロリアって娘は重賞で負け続きですが、なにか見どころはあるんですかい」

 

 さすがに気まずくなった店主が、露骨に話を逸らした。相変わらずリョウコからの視線は厳しいものがあるが、先生からあふれ出ていた殺気が萎んだだけでも店主にとってはありがたかった。

 

「グロリアは、とても綺麗な娘なんですよ」

 

 蕎麦湯をすすりながら、先生は静かにそう言う。

 

「キリリと整った目じりが冷静そうな印象を与えますが、そんなファースト・インパクトに相反して、その眼は紅く燃えているんです。そして髪色は綺麗で長い白だ」

 

 先生はうっとりとその容姿を語った。

 

「アレはとても、美しい娘だと思います。それでいて、不良馬場でその美しい白肌が乱れることも厭わない。彼女は白の系統のウマ娘として、十分な才覚を持っていると言えるでしょう」

 

「いつも隣に黒いのを侍らせてると、白いのが欲しくなるってさ。そうだろセンセ」

 

 リョウコの髪は真っ黒で、その瞳も負けないくらいに真っ黒だ。北海道に在るにしてはあまりにも健康的なその身体つきを、まるであてこする様に誇示する。

 

 店主はそんなリョウコを無視して会話を続ける。

 

「へえ、髪と肌が白くて、目が紅くて、涼し気な顔立ちですかい」

 

 先生の情感たっぷりとした表現を、店主は味気なく簡素に言いまとめた。

 

「じゃあまるで、あそこで蕎麦をつついてる彼女みたいなウマなんでさぁね」

 

 店主が、奥で蕎麦を食べていたウマを指さしてそう声をあげる。

 

 その瞬間、そのウマはビクッと身体を震わせた。

 

「いや、アレは……」

 

 察しが良いリョウコはすぐに気が付いた。

 

 そして、少し遅れて先生もその事実に気が付いた。

 

「どうやら、サクラグロリアご本人のようですね」

 

 店主は驚いて、その手に持っていたコップを取り落とす。不快な音と共に、ガラスが飛び散る音がした。そのウマ、サクラグロリアはその身体を再びびくりと震えさせると、そのままうつむいて何の反応を見せなくなってしまった。

 その姿は明らかに、怯えていた。

 

「うるせえよ、オイ」

 

 リョウコはシッシッと店主を追いやる。

 

 先生は席を立ち、そのウマのもとへゆっくりと近づく。グロリアは逃げもせず、ただじっとそこで固まっていた。

 

 そんなグロリアまであと1メートルと迫ったその時、先生は鷹揚にお辞儀をして見せた。

 

「ようこそ北海道は小祝内(オシュクナイ)村へ。北の大地は、貴女を歓迎しますよ。サクラグロリア」

 

 グロリアはついに立ち上がり、深々とお辞儀を返した。

 

 その次の瞬間、グロリアは好スタートを切り、店から飛び出す。

 

「あ! 待ちやがれ!」

 

 男たちが呆気にとられる中、リョウコは素早く反応した。

 

 彼女もまた弾かれるようにして、この店を飛び出していった。

 

「おやおや、これは面白いことになりましたね」

 

 先生はまったくもって面白くなさそうに、そう独り言ちた。

 

 

 

「まて! サラ野郎!」

 

 ハナを切ったグロリアは、どこまでもまっすぐ伸びる農道をひたすらに駆ける。

 

 道は乾き固まっていて、芝ほどではないが走りやすい。なぜ逃げるのか、どこまで逃げればいいのか、逃げて何をすればよいのかもこのグロリアにはわかっていなかったが、とにかくグロリアの中には逃げられるという自信があった。

 

 3000mを通過。まだまだスタミナには余裕がある。後ろのリョウコは少し遠い。このままいけば逃げ切れる。

 

 グロリアが確信した瞬間、リョウコは加速した。

 

 ぐんぐんと速度を伸ばし、グロリアに迫る。

 

「そんな、なんで……!」

 

 4000mを通過。グロリアは厳しくなる。だが、リョウコの加速は終わらない。

 

「やめて……、やめろ、来るなぁ!」

 

 グロリアの行き足が突然、止まる。

 

 リョウコが追い付けることを確信した。その時。

 

 グロリアは、走っている最中であるにも関わらず、まるで崩れ落ちるかのように転倒した。

 

 リョウコのうなじから滴る汗が、一気に冷や汗へと変わる。

 

 グロリアの身体が地面と接触しそうになるその寸前、リョウコはその身体を抱き留めた。

 

()()がノラにスタミナ勝負をしようなんざ、一〇〇年早ェ!」

 

 息を切らしながら、リョウコはグロリアに啖呵を切った。

 

 だがその後で、グロリアの酷く青ざめた顔を見て、リョウコは掛ける言葉を変えた。

 

「だが、温室(レース場)育ちにしてはマァマァだったよ。立てるか、サラ野郎」

 

「どうして……」

 

 グロリアは、リョウコが差し出した手を取ろうとしない。

 

「なんだ」

 

「どうして、逃げ切れないの」

 

「アァ!? なんだって?」

 

 リョウコは、そのうわごとのように繰り返される言葉の意味が分からなかった。

 

 だんだんと焦れて苛立ってきたリョウコは、グロリアを無理やり立たせようとする。

 

 だがグロリアは、そのままぐったりと意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、自分がまるで農機具にでもなったかのような感覚を覚えた。

 

 ガタゴトと不規則に揺れる荷台の上に、私は寝かされていた。隣ではクワやシャベルも寝ていたが、私にだけご丁寧に麻の布が掛けられていた。

 

「気が付いたかい」

 

 その声に驚いて飛び起きると、さっきまで私のことを追いかけてきていたウマ娘が、その荷台を牽いていた。

 

「す、すみません私……。あの、今すぐ降ります!」

 

「イイヨ、どこを怪我してるかもしれないし、終点まで乗ってな」

 

「でも……」

 

 私が渋ると、そのウマ娘は極めて意地の悪い顔をした。

 

「素っ裸でターフを駆けるしか能のない()()とは、体のつくりが違うんでね」

 

 その言葉に私は驚いた。彼女がサラブレッド、すなわち中央でレースを走っているようなウマ娘ではないことに、今やっと気が付いたからだ。

 

 私がそのまま絶句していると、それを私が不機嫌になったのだと受け取ったのか、彼女はバツが悪そうな顔になった。

 

「ま、それになんだ。そこそこ重い荷物でも、鉄輪だと重く感じねえんだ」

 

「鉄輪?」

 

 私は言っている意味が分からず聞き返す。すると、彼女は極めて不思議そうな顔になった。

 

「気が付いてなかったか。この道には、二条のレールがあるじゃないか」

 

 私は慌てて荷台の下を覗き見る。

 

 すると、荷台の下にはこれは立派な二条の鉄道用レールが走っていて、この道のずっと向こうにつながっていた。

 

 そしてこの荷台の車輪は鉄輪で、このレールの上に載っていた。

 

「これは、鉄道ですか?」

 

 訳が分からず、私はそんな言葉を口に出した。

 

 彼女は何かを合点した顔になった。

 

「東京のサラだと、こういうのを見るのは初めてか」

 

 よく耳を澄ますと、鉄と鉄がぶつかり合って響く、鉄道の音がする。

 

「小祝内簡易軌道。今オマエが乗ってるコレは、立派な鉄道さ」

 

 彼女はしっかりと前を向きながら、そう答えた。

 

 その背中は、同年代のウマ娘とは思えないほどにしっかりとしていて、立派だった。

 

 私の心の中に、何かよくわからないものが生まれた。

 

「さ、オマエも目を覚ましたことだし」

 

 彼女は不意に立ち止まると、脚の腱を伸ばし始めた。

 

「駅まで飛ばすか」

 

 そうつぶやいて、彼女と荷台を繋いでいる器具をぎゅっと握り直す。

 

 そして、思い出したように彼女は振り向いた。

 

「そう言えばオマエ、何て名前だ?」

 

 実に今更だった。

 

 私はしっかりと、自分の名前を返した。

 

「私の名は、グロリア。サクラグロリア」

 

「ヘェ……。サクラ、か」

 

 彼女は、私の名前を唇で撫でた。それから少し、慈しみのある顔になった。

 

「いい名前だな」

 

 彼女からそんな言葉が出るとは思えなくて、ビックリしてしまった。

 

 私はもう、この馬娘のことが訳分からなくなり、感情が溢れてきてしまっていた。

 

「アタシはリョウコ。よろしくナ!」

 

 リョウコはそのまま、脚をグッと貯める。

 

 そして一気に、走り出した。

 

 

 

 泥が飛ぶ。砂ぼこりが目に染みる。

 

 それでも、それをなんとも厭わない。

 

 鉄輪が悲鳴を上げる。彼女の身体から湯気が上がる。まるで、それは汽車の様。

 

 景色が横を流れていく。遠くに富士のように見事な山が見える。

 

 まるでそれは、夢の超特急のようで。

 

 あの青いひかりの超特急より、この”列車”は速く、力強く、走っているような。そんな気がした。

 

 そして、その先頭に立つ彼女は、美しかった。

 

 あの時の彼女のように。

 

「私も、美しくなれたら」

 

 あの娘のように、美しくなれたら。

 

 強く、速く、なれるのだろうか。




・簡易軌道
 北海道開拓の為に内務省が資金を拠出し建設された簡易的な鉄道。
 建設・運営に関する法的根拠はあいまいであり、その管理実態はほぼ明らかになっていない。
 通常、線路だけが敷設されており、周辺住民やウマ娘が自分で線路の上に乗せた貨車を押す・引くなどして利用する。
 いわば、交通不便地域における道路の代替と思しい。
 鉄道の一種ではあるが、運輸省並びに内務省管轄下の鉄道ではない為、ダイヤやそれに類するもの、保安設備等の規定は存在しない。

 なお、早ければ1970年にもこれらに対する補助金が打ち切られる。
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