サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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東京12R「十河杯府中シニアウマ娘特別(昭和39年)」芝・二千 晴/良

 1枠1番:サクラボンド    逃 美貌に似合わぬ驚異の粘りと根性。重賞制覇へ王手
 1枠2番:スナップショット  先 期待の一番人気。調子は上々
 2枠3番:エビスエール    変 今回はどの位置から攻めるか
 2枠4番:ナランデカッタ   逃 大逃げでの勝負を狙う
 3枠5番:ジンボシン     差 意外な末脚の良さに注目
 3枠6番:ポンオカ      差 教官は自信満々
 4枠7番:サクラグロリア   差 重賞初挑戦。ここが勝負所だ
 4枠8番:カワニシデン    先 好位の立ち回りでこれを上回るウマはいない
 5枠9番:メイユウトトウ   追 トップスピードの遅さをどこまでカバーできるか
 5枠10番:グラマラスキャット 先 力強さに定評。初の芝でどこまでいけるか
 6枠11番:ゴーゴートウゴー  逃 不運の外枠。粘り強さに期待
 6枠12番:ゴールデンムカイ  先 今回こそは勝負を決められるか
 7枠13番:タビジ       差 実力は本物。今回の勝利に最も近いか
 7枠14番:メジロアサヒ    先 次走に向けて良い叩きとしたい
 8枠15番:ロッカンメイデイ  差 このところ勝利から遠のいているが、ここで再起となるか
 8枠16番:コンゴウマハラ   差 最終追切ではトップの成績
 8枠17番:ゴタンダボーイ   先 登坂のスペシャリスト。ゴール前の伸びに期待


10:十河杯府中シニアウマ娘特別(昭和39年)

 その日、初めての重賞参戦であるにも関わらず、サクラグロリアは落ち着いていた。

 

 天候は晴れ。芝は良好。それはサクラグロリアにとって決して有利な状況ではなかったが、それはさしたる関心事では無かった。

 

 そんな些事よりも、サクラグロリアが気にしていたのは、憧れの先輩であるサクラボンドと、今日初めて共に肩を並べられることである。

 それを誰よりも喜んでくれたのは、サクラボンド当人だった。

 

「やっと……、だね」

 

 憧れが、憧れでなくなる瞬間を、サクラボンドは毅然とした笑みで迎えた。サクラグロリアも、それを武者震いで受け止めた。

 

 この日を境に、全く新しい毎日が始まる。そんなピリピリとした刺激が肌をつつく。

 

 サクラグロリアは発バ機に収まりながら、口角が上がっていくのを感じた。

 

 

 

 全員収まって、スタート。

 

 瞬発力を活かして、サクラグロリアは一気に前へ出る。

 

 驚いたのは他のウマたちだ。後方で控えるレースをするグロリアが前へ前へと出ていくものだから、逃げウマたちは焦りを覚える。

 

 そんな中、自分のペースを決して崩さない逃げウマが居た。サクラボンドだ。

 

 サクラグロリアとほぼ同じ、良好なスタートと凄まじいゼロ発進加速、そして内枠発走の有利を活かして楽に前に出る。

 

 そこへ、サクラグロリアに触発されて暴走気味になってしまった逃げウマたちが前を塞ぎに来る。サクラボンドは慌てずに、彼女達を前へ行かせた。

 

 あくまでもマイペース。どこまでもニュートラル。北の大地で”鉄道”の先頭に立ち続けた彼女には、どんな状況でも()()()を崩さない芯がある。

 

 この強さに、サクラグロリアは惹かれたのだ。

 

 サクラボンドが自分のリズムをしっかり作り上げたことを確認したサクラグロリアは、加速していく他のウマたちを先に行かせて後ろへ下がる。

 

 グロリアが最初に仕掛けた加速勝負の煽りを受けて、レースは異常なハイペースで進んでいた。グロリアはそれに付き合わず、こちらもマイペースを貫こうとする。

 

 レースは向こう正面に入った。

 集団はどんどんと縦長となる。先行各バはこの時点でペースのミスに気が付いているが、ここまでくるともうあとがない。

 ペースを守った後方集団にチャンスが広がる。

 先行は、そろそろスタミナが切れて落ちてくるぞと、追い込む時機を見定め始める。

 

 第三コーナーに入る。

 ここでサクラグロリアが動いた。

 

 まだ先行各バのペースが落ち切っていない中、思い切って前へ飛び出していった。

 

 早すぎる仕掛けだ。誰もがそう思った。

 サクラボンド以外は。

 

 ボンドもここで前へ出る。

 一気に先頭に踊り出すと、そのまま後続を突き放しにかかる。

 

 第四コーナーに差し掛かってみると、この末脚勝負についてこれているのはサクラグロリアだけだった。

 一番人気だったウマは三番手も苦しい。

 

 異次元の終盤戦。

 第四コーナーから最後の直線に立ち上がってみると、二人だけの競り合いが始まっていた。

 

 欧米の言葉で言う、まさにサイド・バイ・サイド。

 

 拳一つ分だけあけた、斜向ギリギリの戦いが続く。

 

(ボンドさん……)

 

(グロリア……)

 

((強くなった……!))

 

 永遠にも感じられる525.9メートル。

 

 お互いの全力吐息を感じながら駆け抜ける。

 

 初めて感じる、後輩の成長、先輩の本気。

 

 泣き出しそうなくらいの感動を胸いっぱいに抱えながら、この時間が永遠に続けばいいのにと考えている。

 

 だが、ゴール版は着実に近づいている。

 

 坂を上る。

 

 三ハロン、二ハロン、一ハロン……。

 

 決着が、ついてしまう。

 

 それがあまりにも惜しい。シンクロした感情がそう叫び声を上げた時だった。

 

 今となっては、もはやどちらがっきっかけだったかは判然としない。

 

 映像をみても、はっきりとしたことはわからない。

 

 だが、結末だけははっきりとしている。

 

 残り100メートル。

 

 そこで、二人は交錯した。

 

 ゴール板手前、最も速度が乗った状態で、二人はもつれるように転倒した。

 

 そして、競争を中止。

 

 

 

 幸いなことに、後続と距離が離れていたこともあり、被害が広がることはなかった。

 

 だが、幸運はそこまでだった。

 

 二人は即座に多磨赤十字病院に緊急搬送。同病院にて処置を受けた。

 

 サクラグロリアは怪我で済んだ。それでも数時間に及ぶ手術が必要ではあったが、しかしながら選手生命も保たれた。

 

 だが、サクラボンドは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以降、サクラグロリアは重賞・非重賞に関わらず一勝も挙げていない。




多磨赤十字病院
 NCU(日本中央ウマ娘協会)指定緊急病院。
 事故時の手術からその後のリハビリまでを受け持つ。
 国鉄/多磨鉄道境駅から徒歩十分ほど
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