サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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「上野の駅員にウマ娘にお熱な駅員が居ましてね。彼が覚えていました。ええ、その日の夜、みちのくに乗っていったようです。今確認したら、青函連絡船の乗客名簿にも名前がありました。いやはや全く、国鉄駅員に問い合わせをするなんて面倒、これでもうコリゴリにしてほしいものですな
 ああ、そうそう。彼女は青函連絡船を乗り継いで、ライラックで札幌へ。そしてそこから―――」

詳細不明 旧NCU(日本中央ウマ娘協会)役員と浜口一郎トレーナーの電話


12:我想う故に……

 結局リョウコは、グロリアを東京に戻すことをあきらめた。

 

 彼女の中にある傷を無理やりにでもほじくり返して”手術”すれば、グロリアは中央へと帰れるかもしれない。けれど、リョウコにはそんなことをする勇気も、意志も無かった。

 

「けどなぁ」

 

 それはつまり、この先この街が辿る結末を、グロリアにも見せなきゃならないという事でもある。

 

 と、お姉さんウマ娘が指摘した。

 

「結局……、アレで本決まりなんだろう?」

 

 いつもの蕎麦屋で、タバコのウマ娘が紫煙を燻らせながらリョウコに問いかける。

 

「ああ」

 

「飯野のおじさんも、センセイもうまいことやってくれたよ」

 

 灰皿に灰を落としながら、彼女は続ける。

 

「もはや話は、これをどうやって彼女に伝えるか、という段に来ているんじゃない?」

 

「伝えなきゃ、ダメか?」

 

「伝えなくても勝手に伝わるんだから、その伝わり方をこっちが制御しなきゃマズいでしょ」

 

 タバコのウマ娘にしては聡明なことを言うので、リョウコは押し黙った。

 

「あの子が中央に戻るって言うならさ、言う必要はなかったよ」

 

 お姉さんウマ娘はそう言う。

 

「中央に戻ったら、あの子はもう二度とここへは戻ってこない。だから、この街がどうなるかなんて、あの子には知る由もなくって。だから、心をかき乱されることなんてない」

 

 けれど、とタバコのウマ娘が続ける。

 

「もう、アタシたちは、アイツと、グロリアと一緒に生きるんだ。じゃあ、どっかで教えてあげなきゃ、辛くなる一方だ」

 

「そうだよなぁ……。でもよぅ」

 

 リョウコは歯ぎしりを繰り返す。

 

「アタシらでさえ、こんなに悔しいんだぜ」

 

 リョウコの長い爪が、手のひらに食い込む。その手に、タバコのウマ娘がそっと触れた。

 

「こんなに悲しくて、やるせないんだぜ」

 

 二人は、リョウコに何も言う事ができない。

 

「先生も、飯野のおじさんも、よく頑張ってくれたさ。でも、その結果がコレって……」

 

「リョウコ!」

 

「わかってるよ! でも、どんなに頭でわかってても、悔しいもんは悔しいんだ!」

 

 お姉さんウマ娘も、顔を伏せた。

 

「アイツは、グロリアは人の痛みがわかる奴だ。だから、たぶんすごい悲しんでくれると思う。なんなら、この悲しみを受け止めきれないことまで含めて、悲しんでくれると思う。でも、そんな思い、できればさせたくない」

 

「だけどよ」

 

 タバコのウマ娘がたしなめるように口を出す。

 

「もしボンドが生きてたら、教えてくれなかったことを怒るよ」

 

「それは……!」

 

「グロリアも絶対に怒る。これは()()()がどうとか、関係のない話だよ」

 

 誰だって、怒ると思う。アタシらが仲間と認めたヤツなら、絶対に怒ってくれる。タバコのウマ娘は、そう強く言った。

 

「しっかし、やっぱり信じられないね」

 

 誰からともなく、そんな声が漏れる。

 

「そうだな」

 

「まさか―――」

 

 

 

「簡易軌道が、廃止になるなんて」

 

 

 

「すみませーん!」

 

 その時、蕎麦屋の戸が元気よく開かれる。顔を覗かせたのは、グロリアだった。

 

 みんな、尻尾をピンと逆立たせて驚いた。その様子が奇異に映ったのか、グロリアは首をかしげる。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「いや、あんまり大きな音だったからびっくりしたんだ」

 

「えー、そんなことありますか?」

 

 扉が開く音ですよ? というグロリアに、リョウコは力道山よろしく空手チョップを脳天に叩き込んだ。

 

「オマエが騒々しすぎるんだ!」

 

「ぐえぇー」

 

 変な声を出した後に、グロリアは笑顔になった。リョウコはそれにちょっとホッとして、改めてグロリアに尋ねた。

 

「で、なんかあったか?」

 

「いえ。飯野のおじさん家の荷物を運び終わって暇になったので、仕事がないかなって」

 

「もう終わったのか?」

 

 リョウコは目を回した。

 

「はい!」

 

「今日はかなり荷物があっただろう」

 

「なので、いつもより気合を入れました!」

 

 グロリアは力こぶとVサインを作った。

 

 グロリアは乾いた笑い声しか出せない。

 

「……まあいいや。オイ、蕎麦屋の親父、なんかあるかい?」

 

「そうだなぁ……」

 

 蕎麦屋の店主が考えていると、駅から汽笛の音が聞こえた。

 

 ふと店の外を覗くと、ちょうど札幌からの汽車が来たようだった。そして、郵便車から郵便屋が降りてくるのが見えた。

 

「おっと、手紙があるみたいだ」

 

 郵便屋は蕎麦屋に駆け込んでくると、ウマ娘を見るなりぶっきらぼうに告げる。

 

「速達! 水野先生まで!」

 

「速達ですか!? それは早く届けないといけませんね! 私行ってきます!」

 

 グロリアは郵便屋から手紙をひったくると、土ぼこりを上げて消えてしまう。

 

 郵便屋は不愉快そうにほこりを払うと、彼もまた列車へと消えた。

 

「……アイツ、やっぱり速くなってるよなぁ」

 

「仕事の手際もいいし、やることは丁寧だし」

 

「最近じゃ、郵政野郎の扱いも上手くなっていきやがった。ちゃんといけ好かないヤツかどうかを見定めてから土煙を上げてやがる」

 

「近頃のあの子は、まるでコレが天職だ、みたいな顔をするよね。仕事ぶりはいつかのボンドを既に超えてるわ」

 

「つくづく、中央に戻らないのが惜しいウマだよな」

 

 リョウコはそう自分で言った後に、悲し気な声をぽつりともらした。

 

「ホント、この簡易軌道が、最高の居場所だみたいな顔しやがる」

 

「言えねえよな、あんな顔を見ちゃあさ」

 

 タバコのウマ娘も、やはり悲しそうだった。

 

「サクラグロリア、か。中央で走るために生まれてきた、みたいな名前してるくせによ。こんなもうすぐ消える場所で生き生きしてるなんて……」

 

 リョウコはそれ以上言えなかった。

 

「ゴメンな、グロリア……! アタシら、この鉄道を守れなかった」

 

「泣くなよ、リョウコ」

 

「でも、でもよぉ!」

 

 おカミのバカヤロウ。なんて、意味のない言葉がリョウコの口から漏れ出る。

 

 その時だった。

 

「すみません、サクラグロリアをご存じですか?」

 

 男に、そう声を掛けられた。

 

 その男は、怪しい所の一切ない、実直そうな男に見えた。

 

 だが、それが怪しかった。

 

「……アンタ、何者だ」

 

「失礼。私は浜口一郎です」

 

「ハマグチ・イチロウ? どっかで聞いたことあるような……」

 

 リョウコは敵意をむき出しにして、浜口のことを睨み上げる。

 

 その格好は明らかに東京に影響を受けているようだった。整髪料で整えられた髪、小粋なジャケット……。挙げればキリがないが、どう見ても東京の人間と断定できる雰囲気だ。

 

 それだけに、とても怪しい。

 

 グロリアを守りたいと思う気持ちが、ウマ娘三人の尻尾を逆立たせる。

 

 その時、蕎麦屋の店主がどんぶりをガッシャーんと落とした。

 

「うるせえよ、オイ」

 

「あ、ああ、浜口一郎だって!?」

 

 店主の顔は驚愕に包まれている。

 

「なんだ、誘拐の指名手配犯か!」

 

「ち、ちがう……。そいつはぁ……」

 

 店主の顔が真っ青になると同時に、浜口は自らの身分と、ここへ来た目的を明かした。

 

 

「私は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生のところまで速達を届けたグロリアは、すぐに駅へ引き返そうとする。

 

 だが、先生の「水分補給をしなさい」という指示で、グロリアは暫く休んでいくことにした。

 

「それにしても、速達なんて珍しいですね」

 

 グロリアは麦茶を呑みながら、先生に話しかける。

 

 先生は速達の封を開けながら、そうですねえ、なんて微笑んでいた。

 

 しかし、その顔が急に凍り付く。

 

 その時、電話のベルが鳴る。

 

 先生がそれを取ると、向こうの電話口からは悲鳴にも似たリョウコの叫び声がしていた。

 

「先生! 大変だ!」

 

 そこまで聞くと、先生はリョウコに、すぐに家に帰るよう言って電話を切った。

 

 それから、グロリアの方へ向き直った。

 

「先生、何かあったんですか」

 

「グロリア、落ち着いて聞きなさい」

 

 先生の言葉を聞いて、まずは落ち着こうと麦茶を口に含む。

 

 次の瞬間、グロリアはそれを後悔した。なぜなら、麦茶をそこら中にぶちまけたからだ。

 

 

「君のトレーナーが、今からこの家に来ます」




・飯野牧場
 大手生乳会社の役員が、戦後日本の乳製品事情に暗澹とし、自分こそが戦後食糧難の救世主たらんと作り上げた牧場。
 
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