サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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「国鉄との折衝も終わりました。計画は全て順調です。
 我々にとって失うモノの多かった成功ではありますが、しかし未来だけは、守れたと思います」

 水野先生から飯野氏へ 東京市内局から飯野氏宅への電話


15:今から話をします。ウマ娘の未来について

 東京を去ってから今日までの間、私は北海道のある町に身を隠していました。

 

 そこには、たくさんのウマ娘がいました。そして彼女たちは、私たちと同じように、毎日走り回っていました。

 しかし、走る目的は違います。

 

 私たちは、誰が一番速く走れるか、を競うために走ります。ですが、彼女達は、後ろに重い荷物や、大切な人を背負い、北海道という大きな生き物を生かすための血液となるために日々を走るのです。

 

 私は、彼女達の誇りに触れました。

 

 彼女達のあっけらかんとした優しさと、どんな時でも前を向く強さと、それを支える信念を彼女たちは持っていました。

 

 

 

 簡易軌道というものがあります。

 

 それは、線路の上をウマ娘が列車を牽いて走る鉄道のことです。

 

 国鉄線の駅から各戸まで、道が整備されてないことが殆どです。舗装路なんて、望むべくもありません。

 

 冬は言わずもがな、春から夏前にかけては道がぬかるみとても歩けたものではありません。

 

 そこに、二本のレールが渡され、その上を列車が走ります。すると、人々は泥にまみれず国鉄駅までたどり着くことができるのです。

 

 このレールは、道路の代わりです。人々は、まるでマイカーでも運転するかのように列車を走らせます。

 

 線路は単線です。当然、前から”列車”がやってきたら、行違わねばなりません。すると、人々は協力して、より軽い方の列車を抱きかかえて道を譲らせるのです。

 

 この鉄道が運んでいるものは何でしょうか。

 

 当然、人を運びます。

 

 郵便物も、運びます。朝刊、夕刊、手紙、速達。それから小包も運びます。

 

 家と農場の間で、農機具を運ぶこともあります。

 

 収穫した作物も運びます。じゃがいもです。てんさいも運びます。北海道のおいしいじゃがいもを運んでいるのは、彼女達です。

 

 牧場からは、牛乳を運びます。

 

 滑車一杯に、牛乳のタンクを積み込んで、国鉄の駅まで運びます。

 

 それは加工工場を介して、日本中の児童の栄養になります。

 

 児童だけじゃありません。この国で牛乳を愛している全ての人の、栄養を支えているのは彼女達です。

 

 彼女たちが少しづつ運んだそれらが寄り合わさって、日本という巨大な生物を支える栄養網、すなわち血管を作り上げているのです。

 

 偉大な仕事だと思います。

 

 でも、彼女達は尊大になることはありません。

 

 なぜなら、運ぶことこそが。走り続ける事こそが、彼女達の気高い誇りだからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知って頂きたいことがあるんです」

 

 グロリアは、カメラに向かって語る。その口調は、だんだんと熱を帯びる。

 

「今、簡易軌道のレールが、剥がされようとしています。国は、簡易軌道はもはやこの国に必要ないと判断しました。レールを剥がし、アスファルトで埋め、自動車を走らせようとしています」

 

 それは、仕方がないことではないか。と、カメラ越しに市民の視線が突き刺さる。それをグロリアは受け止めた。

 

「それは、きっと北海道にとって、この国にとって良いことなのです。でも」

 

 訴えかけるその顔は、もはや余裕などなかった。

 

 

「今まで誇りを持って生きてきたウマ娘のこと、少しでも考えてくれませんか」

 

 

 グロリアは、声を震わせながらもそう言い切った。

 

「どんな天気でも、どんな状況でも、ウマ娘達は走りました。運びました」

 

 映像が乱れる。画面が小刻みに揺れる。しばらくして、それはカメラマンの嗚咽だと視聴者は気づいた。

 

「ウマ娘達は……。私たちは、これからも走ります。誰に何を言われようと、たとえ線路を引きはがされようとも。この身体の限り」

 

 力強い言葉に、インタビュアは言葉を失っている。

 

「私は、このレースで引退します。そして、重賞勝利で得られる報奨金の全てを、北海道へ持って帰ります。このお金は、簡易軌道のみんなの為に使います」

 

 インタビュアはここで、不意に言葉を取り戻した。彼女の決意が、インタビュアにこんな質問をさせた。

 しかしそれは、質問というより、ある意味では最終確認のようなものだった。

 

「グロリアさん。とても大きな決断だと思います。それは、あなたの残りの人生を、北海道の簡易軌道に捧げるという、非常に意味を持った判断になるかと思います。後悔はありませんか」

 

 失礼な質問だと、思った視聴者もいたかもしれない。だが、グロリアはそうは思わなかった。

 

 小祝内の、そして蝦夷府中のウマ娘と同じように、気高い心を持つ彼女は、これぐらいのことを気にするような人間ではなかった。

 むしろ、インタビュアが自分の決意を感じ取っていてくれていることに、感謝すらした。

 

 グロリアは、この時初めて笑みを見せた。

 

「はい、もちろんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラウン管の前で、リョウコは泣き崩れていた。

 

 先生は、悲痛な表情を手で覆っている。

 

 店主は空気に耐えられず、店から出て行ってしまった。

 

「バカヤロウ、グロリア……!」

 

 グロリアの言葉は、嬉しかった。彼女の起こした行動も、感謝こそすれ不快感など抱く由も無かった。

 

 だから、こそ。

 

 リョウコはいたたまれなかった。小祝内の、蝦夷府中の人々は、ただただグロリアの笑みに頭を下げることしかできなかった。

 

 そして、それは感謝ではなく、謝罪だった。




・北海道の農作物
 北海道ではその広大な大地を利用して、ジャガイモや小麦、テンサイ(砂糖大根・グラニュー糖などの原料)が栽培されている。
 これらの農作物は、鉄道を介して本土へと運ばれ、国民の食卓へと届く。
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