サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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(サクラグロリアの前途が喪われたことに対し、責任はお感じになられないのですか? との質問に対し)

「全く感じていません。なぜなら、彼女が自らの勇気を以て決断したことであるからです」

 浜口一郎教官・談 「北方公論」 北方公論社出版


16:凱旋

 グロリアは汽車を降りる。

 

 花束と、別れの手紙。そして、分厚い茶封筒を抱えて、小祝内の駅のホームに現れた。

 

 跨線橋を渡る。階段を昇り切ると、たくさんの線路と貨車たちが見える。まっくろな石炭を積んだ貨車、材木を積んだ貨車、そして牛乳や農作物を満載した黒色の貨車がそこに続く。

 

 つい数日前まで、グロリアはあの貨車に荷物を運びこんでいた。

 

 そんなことすら、もう懐かしかった。

 

 

 汽笛と共に、機関車から煙が高く吹きあがる。

 

 黒煙は跨線橋を包み込むと、しばらくしてから霧散した。あとには喉に絡みつくニオイだけが残る。咳き込みながら、グロリアは笑顔だった。

 

 階段を降りる。一段一段、しっかりと。

 

 一番下までたどり着いて、出口の方を向くと、そこにはたくさんの人々が駆けつけていた。

 

 

 

「グロリア……!」

 

 

 

 今にも泣きだしそうな顔で、リョウコは出迎えた。

 

「リョウコさん!」

 

 グロリアの顔は晴れやかだ。それが、リョウコの表情を更に曇らせた。

 

「あのっ! 私、ごめんなさい!」

 

 そんなリョウコを見て、グロリアは頭を下げる。

 

「いきなり街を出て行って、みなさんにご迷惑をおかけしました」

 

「グロリア……」

 

「でも、リョウコさんの顔を見たら、決心が変わってしまうんじゃないか。リョウコさんに甘えてしまうんじゃないかって思ったから……。本当に勝手なことをしてごめんなさい」

 

「グロリア、違うんだ」

 

「でも、私、きちんと重賞に勝ってきました。そして、これ!」

 

 グロリアは茶封筒を掲げる。太陽に透けて、その中身がほんのりとあらわになる。

 

 それは一万円札の束。かなり分厚く、片手で持つのはウマ娘と言えども大変そうなほど。

 

「私、先生の家で軌道ウマ娘として働かせていただきながら、色々と知りました。もし、国からの補助が全て打ち切られたとしても、このお金があれば五年は軌道を維持できます。そして、そうしたら、国も考えを改めてくれるかもしれない」

 

 グロリアは胸いっぱいに希望を詰め込んだ顔で、夢を語る。

 

「私、この鉄道が好きです。小祝内軌道が、北府中町営軌道が、大好きです。だから……」

 

「違うんだ」

 

「これからもどうか、この軌道の仲間でいさせて―――」

 

「違うんだ!」

 

 リョウコはとうとう、泣き崩れた。

 見たこともないリョウコの姿に、グロリアは動揺を隠せない。

 

 まさか、自分のしてきたことは全て間違っていたのか。

 

 そんな表情で、茶封筒を握り締めている。

 

 この場にいる誰も、そんなグロリアに言葉をかけることができなかった。

 

 だから先生が、その口を開いた。

 

「グロリア君。君には、初めに話しておくべきだったかもしれない。この老いぼれの頭一つで済むとは到底思えないが、頭を下げさせてくれ」

 

 先生は、ひたいを土に付ける。

 

「本当に、申し訳ない」

 

「やめてください、そんな……」

 

 確かに、グロリアはせっかくのキャリアを投げ捨てた。そして、それで得たお金を簡易軌道へと費やそうとしている。

 だが、グロリアにとって簡易軌道は、リョウコたちとの生活は、こんなお金なんかよりよっぽど大事なのだ、と言いかけて、先生はその言葉を手で制した。

 

「我々は軌道を廃止することを、決定しました。そして―――」

 

 

 

 新しく、同区間に国鉄線を敷設することを、受け入れました。

 

 

 

 グロリアは、何を言っているのかが良くわからなかった。

 

 先生は、困惑するグロリアに対し一つ一つ言葉を選びながら、話を続ける。

 

 それはもはや、説明というより釈明だった。

 

「国鉄は、新しい線路を引く際に、その線路と並行する他社局の線路に対し、補償をすることになっています。そして、その補償として、ここに居る全てのウマ娘を国鉄で雇っていただけるようにしたのです」

 

 飯野のおじさんも、深々とこうべを垂れながらグロリアに口を開いた。

 

「我々は国鉄にお願いして、軌道と同じルートで新線を作り、そしてその新線の鉄道員としてウマ娘達を雇ってもらえないかと頼みこんだのだ。そして、それがつい先日、受け入れられた」

 

「当然、苦しい交渉が必要でした。私は東京で丁々発止の駆け引きをすることで頭がいっぱいで、健気に皆を救おうとするあなたの気持ちに、気が付くことができていなかった」

 

 申し訳ない。再び、先生は頭を下げた。

 

「アタシらにとって!」

 

 リョウコは喉を涙で絡ませながら叫ぶ。

 

「軌道は命よりも大切なモンだ。だけれど、もうその軌道に未来がないって知って、そこへ夢みたいな話が飛び込んできて。それにみんなで乗っかって……。でも!」

 

 リョウコは悔しさに、顔を歪めた。

 

「アタシらの誇りを投げ捨てるなんて、やっぱり悔しかった。悲しかった。だから、こんな辛いことに、グロリアを巻き込みたくなかった……っ!

 

 グロリアはいずれここを出ていくと思っていた。だから、グロリアには知らせないでいようって。巻き込まないでいようって。それがグロリアの為だって。

 

 アタシのその考えが、オマエの人生を奪った。グロリアの、ウマ娘としての、人生を……!」

 

 グロリアは、その場で放心したように膝から崩れ落ちた。

 

 そして、にわかに笑い始めた。

 

「なぁんだ、な-んだ!」

 

 あはは、と虚ろに笑い始めたグロリア。

 

 だが、次に出てきた言葉は、想像とは違うものだった。

 

 

「じゃあ、路頭に放り出されるウマ娘はいないんですね」

 

 

 ああ、よかった。と、グロリアは胸をなでおろす。

 

 それから、ちょっと目頭をぬぐった。

 

「よかった。心配だったんです。この街の人達や、リョウコさん。そして、アヤさんたちがどうにかなっちゃうんじゃないかって。でも、国鉄に入れるんだったら大丈夫ですよね?」

 

 グロリアは大きく伸びをして、快活に笑った。

 

「ああ、本当によかった。軌道廃止の話をコソコソしているのと見たときは私、どうしようかと」

 

「グロリアっ!」

 

 呑気に笑うグロリアの肩をリョウコはガバッと掴んだ。

 

「オマエっ! わかってるのか! アタシらのせいでオマエは()()()を辞めて、お金までムダに……!」

 

「私はとっくの昔に、この街で生きるウマ娘だと決めてます」

 

 グロリアの顔は、柔和ながらも決意に満ちていた。

 

「それとも、私はこの街に居てはいけませんか?」

 

 少し心配そうなグロリアの表情。リョウコは叫んだ。

 

「バカヤロー!」

 

 リョウコはとうとう、グロリアに抱き着く。

 

 

「オマエはアタシの家族だっ! ずっと、この街で、アタシと一緒に走るんだ!」

 

「はい。私はリョウコさんの家族で、ずっと一緒です」

 

 二人は抱き合って、ずっとお互いのぬくもりを確かめ合った。

 

 しばらくしてから、タバコのウマ娘やアヤたち蝦夷府中のウマ娘もそこに加わった。

 

 先生と飯野のおじさんは、それをずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭和四十三年十月一日。のちにヨン・サン・トォ白紙ダイヤ改正と呼ばれる改正が行われたこの日。

 

 小祝内~蝦夷府中間を結ぶ新たな路線が開通した。

 

 その名は「南古丹線」。国鉄らしい、味気ない名前がついた。

 

 一番列車は、最新鋭のディーゼルカー。

 

 九時ちょうど、発車ベルが鳴る。気動車(キハ)の運転席に座るのは、グロリアだ。

 

「4911D、発車ー!」

 

「4911D発車オーライ」

 

 タバコのウマ娘が笛を吹く。リョウコはしっかりと安全を確認してから、列車のドアを閉めた。

 

「出発、進行!」

 

 涼やかな指差歓呼の後、警笛。キハはゆっくりと走り出す。

 

 

 

 前年に亡くなった水田吉次郎の墓に手を合わせながら、浜口一郎教官はつぶやいた。

 

「いやはや、キハの笛は泣かせますなァ」

 

 墓は、水田家の程近くに作られた。そして、水田家は今や、国鉄の”水田駅”になっている。

 

 4911D列車は、警笛を鳴らしながら水田駅を通過した。

 

「まだまだ。キハの音に泣かされてるようじゃ、まだまだ」

 

 なんてね、と飯野社長は舌を出した。

 

「それにしても、グロリアの件ではご迷惑をおかけいたしました」

 

「いや、迷惑をかけたのはこちらだよ」

 

 浜口の謝罪を、飯野は頑として受け入れなかった。これは、三年前からずっとそうだ。

 

 そしてそれは、水田も同じだった。

 

「浜口君。奇跡を起こしたのは、誰だと思うかい?」

 

 飯野は禅問答でも出題するかのような口ぶりで、浜口に問いかけた。

 

 浜口はそれが誤りだと分かっていながらも、自分の正直な思いを口にする。

 

「当然、水田先生と飯野社長です。水田先生の鬼気迫るロビー活動は霞ヶ関の雰囲気を一変させましたし、そのロビー活動を支えたのは飯野社長の財力と人脈です」

 

「そして、その答えが誤りであるという事も、当然キミなら気がついてるわけだ」

 

 誉め言葉にありがとう、と返しながらも、飯野社長は厳しく言う。

 

「我々は、この街を救う事しか眼中になかったし、それしか成し得なかった。だが、グロリアは違う」

 

 彼女の叫びは、全国へ届いた。霞ヶ関の闇の中で、コソコソと動き回っていた我々とは違う。と、飯野社長は言う。

 

「しかし、結局グロリアの言葉では、世界は動きませんでした」

 

「それもまた事実だ。簡易軌道は廃止され、多くのウマ娘達がこの荒野に放りだされた。そして政府は、それに対する抜本的な善後策を未だに渋っている。だがね」

 

 飯野社長は、晴れ晴れとした笑顔でこう言うのだ。

 

「人々は、あのレースが開催されるたびに思い出すのだ。このレースの第一回目で優勝したウマ娘は、ウマ娘の危機について声を上げたのだ、と」

 

 まったくもってあっぱれだ、と飯野社長は言う。

 

「そこから、次第に変わっていく。五十年後、ウマ娘を救うことになるのは―――」

 

 飯野社長は、にやりと笑った。

 

()()()のあの言葉さ」

 

 飯野社長は一升瓶を開けると、三つの盃に綺麗にそれを注いだ。

 

「きっと、水田先生もそうおっしゃることだろう」

 

 浜口は少し口を尖らせた。

 

「とはいえ、最初の種をまいたのは水田先生です。先生の教え子として、そこは評価していただかなくては恩師の墓に顔向けできません」

 

「それはまったくもってその通りだね」

 

 二人は盃を、高々と掲げた。

 

「水田吉次郎参議院議員。あなたが捲いた種は、サクラの大樹になりました。こんな北の大地に、サクラの花が咲きました」

 

 

「偉大なる軌道に、乾杯」

 

 

 

昭和編 終




・鉄道建設機構

 国鉄に代わって新線の建設を行い、国鉄に対し貸付または譲渡することを目的に設立された団体。
 新線の建設の決定は、運輸大臣の諮問によって行われる。

 政治家などによるロビー活動によって、ある程度恣意的に国鉄新線を建設することができた。このことから新線建設が乱発され、国鉄は大量の赤字路線を抱え込むことになる。
 これが、国鉄の赤字体質とのちの国鉄崩壊をもたらした、とする研究者も多い。
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