サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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「週刊ウマ 北海道のノラウマ娘」
 中央でトレーニングを受けるウマ娘は基本、タバコなどは吸わないよう教育される。心肺機能に悪影響があるためだ。
 そんな常識を、北海道のウマ娘は一蹴した。

「タバコ吸ったぐらいで足が遅くなるんなら、ソイツの鍛え方が足りねえんだよ」


3:手が冷たい人は心が温かい、なんてね

 朝早く、目を覚ます。

 

 自分で蹄鉄の調子を確かめてから、太陽が昇り始めた空に向けて大きく背伸びをする。

 

 納屋から貨車を引き出して、線路へ載せる。そして、軽くその場でジャンプしてから、私は走り出す。

 

 

 

 まずは、飯野おじさんのところへ向かう。

 

「おじさん、おはようございます!」

 

 数軒に一軒ウマ娘がいる、ということは、ウマ娘がいない家庭も当然ある。

 

 そんな家庭に向けて、先生は代わりに荷物を運んであげたり人を運んであげたりしているらしい。つまるところ、田舎のタクシーみたいな存在だ。

 

「おお、グロリアちゃん。今日もよろしく」

 

「はい、まかせてください!」

 

 飯野さんの家からは、牛乳のタンクが10トンほど。これを貨車に積み込んで、小祝内駅へと向かう。

 

「じゃ、朝の牛乳」

 

「ありがとうございます!」

 

 毎朝一番最初に飯野さんの家に寄るのは、ここに行くと牛乳がもらえるから。昔はリョウコさんもここで朝牛乳を呑んでいたらしいけれど、だんだん牛乳でお腹を壊すようになってから朝は来なくなってしまったらしい。

 

「おいしいかい?」

 

「はい。やっぱり北海道の牛乳はおいしいです!」

 

「東京の人にそう言ってもらえて、幸せだね」

 

 飯野さんに笑顔で送り出してもらって、私はこの貨車を駅に運ぶ。

 

 少しだけ踏ん張ってから、どんどん速度を付けていく。

 

 後ろの貨車は、動き始めるまで驚く程重たいが、一度加速をつけると転がるように動き出す。

 

 10トンもの重さがあるとは思えない程の身軽さで、”列車”は北の大地を駆ける。

 

 これはあとで聞いた話だけれど、鉄のレールの上に鉄輪を転がすと、その摩擦の少なさで必要な力が極限まで減るらしい。

 

 とはいえ、生身で走るのとはわけが違う。

 

「おおい、へっぴり腰になってるぞ!」

 

 後ろから、他の家で貨物を積み込んできたリョウコさんが追いかけてくる。

 

「キリキリ走れ! 汽車の時間に間に合わねえぞ!」

 

「はい!」

 

 後ろから檄を飛ばされて、私は速度を上げる。速度になら、それを維持するスタミナにだけなら、自信はある。

 

 それに今はレースと違って、「何時何分まで」という明確な目標がある。だからペースが造りやすい。キチンと走れるペースで、自分なりに走ればいい。

 

 涼しい風が頬を撫でる。

 

 私は今、ここで走ってる。

 

 それが、あまりにも楽しかった。

 

 駅に近づくにつれて、他の家からもウマ娘が出てくる。

 

「サラ娘! 今日もトロくせえな!」

 

「気合入れろ! 東京のモヤシ娘!」

 

 他のウマ娘の罵声を浴びながら走るのも、悪くない。そのたびに、自分が強くなっていくような感覚があるからだ。

 

「はい、すみません!」

 

 私はいつも明るく返して、ただただ走る。

 

 駅が見えてきた。楽しい時間は、そろそろ終わる。

 

 

 

 駅に着くと、荒れた息も気にせず、貨物を国鉄の列車に積み込む作業が始まる。

 

 これが一番つらい。

 

 何かを持ち上げる時に使う筋肉と、走る時に使う筋肉は結構共通している。

 

 先ほどまで酷使していた筋肉を、こんどは別の形で強く使うわけだから、身体への負担は大きい。

 

 私は震える手で、大事な貨物の一つを落としてしまった。

 

「何やってんだ、バカ」

 

 私が両手でやっと持ち上げていた貨物を、リョウコさんは片手でヒョイと摘み上げてしまう。そして、どんどん国鉄の列車に積んでいく。

 

 その表情は、とても涼し気だ。

 

 まさに重機いらず。昨日も、この作業の為に重機を導入したいと持ち掛けてきた国鉄職員を、リョウコさんたちがどやしつけていた。

 

「バカヤロウ! アタシらの仕事を奪うつもりか!」

 

 帰れ帰れ! と言われて、国鉄職員は満面の笑みで帰っていった。向こうとしても、予算を出さなくていいのでうれしいらしい。

 

「俺たちも、こんなかわいいウマちゃんたちと毎日会えて、嬉しいぜ」

 

 国鉄職員たちが軽口を言う。

 

「スケベ野郎ども」

 

「スケベで結構。夫が欲しければいつでも呼んでくれよ、リョウコちゃん」

 

 職員の一人、芦田さんがリョウコさんに話しかけた。リョウコさんは心底いやそうな顔で、舌を出す。

 

 芦田さんは動じない。

 

「綺麗な舌だねぇ」

 

「このスケベ野郎……」

 

 リョウコさんがその少ない語彙でどう彼を罵倒していいか悩んでいると、奥から声が飛んできた。

 

「芦田! 発車時刻!」

 

「おっと」

 

 なにやら怒られてる芦田さんを置いて、ウマ娘たちは挨拶もせずその場を離れる。

 

 私は一応、挨拶をしておいた。

 

「芦田さん、それでは!」

 

 芦田さんはびっくりして私の方を見ると、投げキッスを返してくれた。

 

「ホラ、どうしようもねえ男に色目使うから面倒なことになるんだよ」

 

 リョウコさんがバカにしたようにささやく。

 

 その真意を問いただす前に、リョウコさんは行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしよ、リョウコのヤツ、いやにグロリアにアタリ強いよな」

 

 お昼時、私と小祝内のウマ娘の皆さんは、駅前の蕎麦屋に集まって御蕎麦を頂く。

 

 もっともリョウコさんは食欲がないだとかで、どこかへ行ってしまった。

 

「そんな時期だっけ?」

 

「いや、アイツがツンツンしてるのはいつもだろ」

 

「いやそうじゃなくってさぁ」

 

 他のウマ娘たちの話題は、リョウコさんの私への態度だ。

 

「なーんか、ワケがありそうな感じの雰囲気だよなって」

 

 まるで自分たちは私に対してフレンドリーだ、とでも言いたげな態度に、少し私は眉をひそめてしまう。

 

「ウチらはうまくやってんのにね」

 

 と、タバコを吸うウマ娘からそう言われて、私は思わず「ヘ?」と言ってしまった。

 

「……え、もしかしてウチら、グロちゃんに壁作られてた?」

 

「いやだって、いつも厳しいお言葉を頂いてたので……」

 

「「きびしいおことば~??」」

 

 皆さん、本気でなんのことかわかってなさそうだった。だけれど、一番お姉さんのウマ娘が唐突に笑いだして、ゴメンゴメンと手刀を切った。

 

「そっか、東京にはこんなに口が悪いウマはいないのか」

 

「「ああ~~~」」

 

 と声をそろえた後で、皆さんは声をあげて笑った。

 

「もしかして、ウチらがアンタの事嫌ってると思ってた?」

 

「だって、皆さん東京のモヤシ娘って……」

 

「嫌ってたらそんなこと言わないよ!」

 

 お姉さんウマ娘はそう言う。

 

「お互い多少傷つこうがさ、言いたいこと言えるのがダチじゃん?」

 

 その言葉に、私はちょっとだけ心を動かされた。

 

「だからさ、グロちゃんも言いたいことアンだったらいいなよ。そんでさ、笑おうぜ」

 

 タバコのウマ娘にそう言われて、私はずっと今まで言えなかったことをぶちまけた。

 

「あの、最初から思っていたのですが……」

 

「お、なになに、いってみそ?」

 

「皆さん、少しだけニオイます……」

 

 その瞬間、空気が凍る。

 

「都会野郎!」

 

「言わせておけば調子乗りやがって!」

 

「早く言えよ!」

 

「そりゃ都会の香水プンプン娘に比べたらクサイだろうさ!」

 

 彼女たちは、ゲラゲラ笑いながら私の言葉を受け入れてくれた。

 

 私は、彼女達の言葉の意味を、心で理解した気がした。

 

 私と皆さん、は、今”私たち”になったんだ。

 

 

 

「いやでもさ、だからこそリョウコの態度が引っ掛かるんだよね」

 

「グロちゃんさぁ、リョウコになんかした?」

 

 思い当たる節しかないし、そしてそのすべてがどうにも決定的ではない。

 

「なんかさ、リョウコずっと言ってるんだよね。『アタシはアイツをサラとは認めない』って」

 

「認めるも認めないも、サラはサラじゃん」

 

「そうなんだよねぇ」

 

 わかんないなぁ、と彼女は言った。

 

「まあさ、グロちゃん」

 

 お姉さんウマ娘は言う。

 

「アイツ、そんなに悪いやつじゃないから、嫌わないであげてね」

 

「はい。リョウコさんはたぶん、とっても優しい人です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日最後の輸送が終わって、グロリアは先生の家に帰った。

 

 すると、既にリョウコは帰っていて、蹄鉄の手入れをしていた。

 

 還ってきたグロリアの姿を認めるなり、リョウコはこう吐き捨てる。

 

「上半身の筋肉がなっちゃいねぇ」

 

 ハンマーで蹄鉄を叩きなおしながら、リョウコは言う。

 

「生身で走ってるときはあんなにいいフォームなのに、ハーネス付けたとたんガキみてぇなフォーム、へっぴり腰。あれでよく走れんな」

 

「すみません」

 

「わかっただろ。ここはレース場じゃねえ。オマエにゃ無理だ。このままここに居たら身体を壊す」

 

「そんなこと……」

 

「もう帰れ、オマエ」

 

 カチン、と蹄鉄とハンマーが重なり合う。手元が狂ったのか、蹄鉄が変な方向に曲がっている。

 

 グロリアは、リョウコがとてつもなく怒りを抱えていると思った。怒りに任せてハンマーを振るい、蹄鉄を曲げたのだとそう思った。

 

「あの、すみません……」

 

「いや……、今のはアタシが悪い。お前は、もう、早く、ね……」

 

 寝ろ、と言いたかったのだろうか。だが、言った本人がその場で崩れ落ちて床に突っ伏してしまう。

 

「……リョウコ、さん?」

 

「うう……」

 

「リョウコさん!」

 

 明らかに様子がおかしい。グロリアはリョウコの身体に触れてみる。すると、明らかに熱い。

 

「先生! リョウコさんが!」

 

 泣き出しそうな声で、グロリアは叫ぶ。しばらくも経たないうちに先生が飛んでくる。

 

「どうしたリョウコ、気を確かに持たないか!」

 

 二人の声が夜にこだまする中で、リョウコはただただ痛みに悶えていた。




・北海道のウマ娘
 サラブレッドや輓バなどとは違い、簡易軌道の輸送を担っているウマ娘は、大規模な運営管理がなされている自治体以外では、基本的に沿線で出生・養育されたウマ娘であることが多い。
 彼女たちの大半はウマ娘として教育を受けたわけでも、どこかから派遣をされてきたわけでもなく、ただ当然のことのように輸送に携わっている。
 北海道には、このようにURAの定める教育やそれに準ずる教育を受けずに陸運業に従事しているウマ娘が、全体の8割程度に上るとしている。
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