サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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「サラブレッドに求められるのは、速さや強さもそうですが、同時に品格も、なんですよね」

 URA創設に大きく寄与した辰野剛三氏は、そのように語った。

「間違っても、ノラレースを始めたりするようなウマが、中央のサラブレッドを名乗るようなことがあってはならないと。私はそう思います。だた、これを言うと水田先生は怒るんですよね」

(週刊ウマ 辰野剛三が語るウマ娘の未来)



5:私の名は

「先生が国鉄に掛け合って、古丹の駅から医者を乗せてくれていたらしいんだ」

 

 数日で退院したリョウコは、出迎えたグロリアにそう言った。

 

「ああ、だから列車が遅れていたんですね」

 

「たまたま、古丹町から札幌に帰る医者が居たらしい。そんで、そのお医者が寝台を手術台代わりにするよう指示したんだとか」

 

 リョウコは呆れたようにため息をついた。

 

「汽車の中で腹を搔っ捌く医者だなんて、狂気の沙汰だよまったく」

 

「でも、おかげで助かりましたね」

 

 快活に笑うグロリアの、その広いおでこを、リョウコは指でピンと弾いた。

 

「いたっ!」

 

「ばーか」

 

 リョウコはプイと他所を向きながら、少し口ごもる。

 

「助けたのは、オマエだろ」

 

 耳まで真っ赤にしながらつぶやいたその言葉に、グロリアは飛び上がった。

 

「リョウコさん!」

 

「だー!」

 

 リョウコはいきなり叫ぶ。それから自分の頭をぐしゃぐしゃにかきむしると、改めてグロリアに目線を合わせた。

 

「ありがとな、()()()()

 

 その瞬間、グロリアは破顔する。

 

「リョウコさん、今私のことをグロリアって!」

 

「オマエの名前、サクラグロリアなんだろう?」

 

「はい! サクラグロリアです!」

 

「だからグロリア。いいだろ?」

 

「はい! うれしいです!」

 

 グロリアの尻尾はピンと立って、一心にその喜びを表している。対照的に、リョウコの尻尾は恥ずかし気に揺れていた。

 

「ああ、オマエはホントに……」

 

 ()()()なんだな。という言葉を、リョウコは呑みこんだ。

 

 

 

 

 

 

「昔、さ」

 

 リョウコさんは、唐突に昔話を始めた。

 

「サラブレッドが居たんだ、この街に」

 

「そうだったんですか」

 

 なんとなく、だけれど。

 

 それは、この街の人の空気で察していた。

 

 とても綺麗で、強い。そんなサラブレッドが、この街に居た。そして私は、そんな誰かと、ずっと比べられていた。

 たぶん悪気無く、無意識に。

 

「どんな方だったんですか?」

 

 私は、そのサラブレッドに興味があった。

 

 たぶん、私よりとっても優秀で、速くて、強かったんだと、私は勝手に思ってる。

 

 そして、同時に。彼女に有って私に無いモノ。それを手に入れたら、私はもっと強くなるんじゃないかって、勝手に思っている。

 

 だから私は、そのサラブレッドのことを、良く知りたかった。

 

 でも、リョウコさんから出てきた答えは、よくわからないモノだった。

 

「オマエみたいなやつだったよ」

 

 リョウコさんは、一言。そう言い現わした。

 

「私、みたい?」

 

「ああ。グロリアみたいなやつだった」

 

 リョウコさんはそう言って笑った。

 

「だからきっと、オマエも速いんだろうな」

 

 リョウコさんの目は、どこか慈しむような色をしていた。

 

「その方は、今どうしてるんですか?」

 

 会ってみたら、何か変わるかもしれない。そう思って、私は何の気なしに尋ねた。

 

 その瞬間、リョウコさんの表情が変わる。

 

 悲しそうな顔になって、目が険しくなる。ギリリって、歯を食いしばる音が聞こえてくる。

 

 私は思わず、リョウコさんの手を取った。

 

「ゴメンナサイ!」

 

 私の心臓は、バクバク言っている。

 

「私、無神経で……」

 

「グロリアは悪くない」

 

 リョウコさんは、私の頭を撫でてくれた。

 

「いいか、グロリア」

 

 リョウコさんは静かに言う。

 

「乗り越えられない痛みなんて、きっと無いんだ。あるはずが無いんだ」

 

 だからアタシは、きっと大丈夫。

 

 リョウコさんは、自分に言い聞かせえるようにつぶやいた。

 

 

 

「ヘェ、小祝内にまたサラブレッドが来たってウワサ、本当だったんだな」

 

 唐突に、玄関のドアが開かれる。ずかずかとおっきな身体のウマ娘たちが入ってくる。

 

「……北府中町!」

 

 グロリアさんが牙をむく。同時に玄関の外から、怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「蝦夷府中のばんえい野郎! 何の用だ!」

 

 近くを通りかかったタバコのウマ娘さんが、歓迎されてないお客さんを止めようとしてくれているらしい。

 だが、強面のタバコのウマ娘さんに対しても、このおっきなウマ娘さんは強気だ。

 

「サラが来たって言うから、可愛がりに来たんだよ」

 

「んだとぉ!」

 

 おっきなウマ娘さんとのにらみ合い。タバコのウマ娘さんもかなりがっしりとした体躯の持ち主だが、それを優に超える体格。

 明らかにこちらの分が悪かった。

 

「じゃ、もう用は済んだな。帰ってくれ」

 

 それでも怯まず、リョウコさんは私を守ってくれようとする。

 

 まだ痛む手術跡を庇いながら、おっきなウマ娘さんたちを追い出そうとする。

 

「おいおい、まだ名前も聞いちゃいねえよ。なあ、サラ野郎。東京人でも、アイサツぐらいできるんだろう?」

 

 少しバカにしたような口ぶりに、私はカチンと来てしまった。

 

 私は胸を張って答える。

 

「私の名は、サクラグロリアです」

 

 その瞬間、おっきなウマ娘さんの顔が変わる。

 

「サクラ、グロリアぁ?」

 

 まるで値踏みをするように、その大きな身体が近づいてくる。

 

「おい、もういいだろう」

 

「なあリョウコ。お前のとこはまたこんな生意気な名前のウマを寄越したのか」

 

 彼女は笑う。

 

「ちゃんとかわいがってやったんだろうな? 近頃のお前は、腑抜けてるから心配なんだ」

 

「帰れ」

 

 リョウコさんは震えながら、ただ一言それだけを言う。

 

「まったく、本当に腑抜けやがって」

 

「おい、いい加減にしろ!」

 

 タバコのウマ娘さんがとうとう怒り出した。

 

「言っておくが、グロリアは速いぞ」

 

「シキ、それくらいにしろ」

 

 リョウコさんが、タバコのウマ娘さんを止める。でも、止まらない。

 

「オマエなんかより100倍速い。この街の誰よりも、いや、道央の誰よりも早い!」

 

「シキ!」

 

 シキさんが勝手に売ったケンカを、見逃すおっきなウマ娘さんではなかった。

 

「ヘェ、速いのか。”ヤツ”と一緒で」

 

 ニヤっと、彼女は笑う。

 

「じゃあ、勝負して見なきゃなァ」

 

 リョウコさんを強引にどかすと、彼女は私に迫った。

 

「当然お前は逃げねえよな? ()()()なんだから」

 

 なぜだか知らないけど、私はその物言いにカチンと来た。

 

 だからつい、売り言葉に買い言葉。

 

「当然です。私の名は、サクラグロリアですから」

 

 言ってしまった。

 

 リョウコさんが奥で、絶望的な顔になっている。

 

 やってしまった。私は一瞬そう思った。でもすぐにそんな気持ちは吹っ飛んだ。

 

 このまま、お世話になった皆をバカにされて終わるのは、納得がいかない。

 

「逃げんなよ」

 

「あなたこそ」




・私走禁止措置(農林省令)
 ウマ娘が私的な目的の為に競争等を行うことは、これを禁止する。
 能力技能の向上又は切磋琢磨等といった言い分は、私的な目的であるとする。
 走行場所が公道上であるか、あるいは私有地であるかは、この際関係ないものとする。
 ウマ娘は努めて、本来の業務のみに専念し、私的な感情の発露による暴走などは自制しなければならない。
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