サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~ 作:矢神敏一
日本高速度交通研究会 嶋秀喜
「勝負は古丹駅から安庭炭山駅までの片道一本勝負。途中の脱線
あのおっきなウマ娘たちは、蝦夷府中駅から出る北府中町営軌道のウマ娘らしい。
私たちは、蝦夷府中駅と私たちの小祝内駅のちょうど中間である古丹駅に集まっていた。
「列車は全て止めてある。自由に走っていいぞ」
レースはこの古丹駅から炭鉱の方に向かって伸びる、この鉱山鉄道で行われる。
鉱山鉄道はもうすでに休止状態らしく、鉄道の管理人さんは笑って線路を貸してくれた。大丈夫か北海道。
「で、だ」
おっきなウマ娘さんのリーダー、アヤさんとリョウコさんは、お互いに睨みあうようにして対峙した。
「終点までの5.5㎞、12tの貨車を一両、牽いてもらうぜ」
「まてよ輓バ野郎。サラにも同じモン牽かせるつもりか?」
「当たり前だろ、勝負なんだから」
12トン。いくら鉄軌道の上で軽いと言っても、限度がある。
「へえ。サラ相手に
お互い一歩も引かない
折れたのは、アヤさんの方だった。
「チッ。しゃーねえな。サラはいつも牽いてる5tので許してやる。その代わり……」
アヤさんは、私にグッと怖い顔を近づけて、威嚇した。
「これでフェアだ。負けてもグダグダ言うなよ」
私の中で、何かが燃えた。
「そちらこそ、負けてもハンデを言い訳にしないでくださいね」
私の言葉に、彼女はにやりと笑った。
そう、笑ったんだ。ここまでメンツを追い詰められてまで、彼女は笑った。
強い。
私はそう思った。
「それじゃあカウント始めるぞ!」
私はしっかりとハーネスを握り締め、合図を待つ。
「5、4、3、2、1……」
グッと、地面を踏みしめる。
「Go!」
瞬間、私は大地を蹴った。弾き出されるようにして、私は飛び出した。
サクラグロリア。スタートの良さには定評がある。
私の強みは、最大限までコンセントレーションを高めた出足の良さ。
このレースは
安庭炭山駅はこの逆で、少しずつ線路の数が増えていく。
すなわち、形成は線路が一つにまとまるまでに決し、最後の線路が広がるところで末脚勝負になる。
つまり、先行型が集団を牽引するスローペースな展開になり、スタミナに余裕を持った先行型を末脚で追い詰める後方集団は不利になる。
少なくとも、私はこのレースをそう読んだ。
であれば、ヤルコトは一つ。誰も早く飛び出して、ハナを取る。
そしてそれを叶えるだけの実力は、私にある。
私のお行儀のよいスタートについてこれるばんえいバ達はおらず、私はぽつんと先頭一人旅の形成。
そのまま線路の合流地点を通過し、有利な形成を完全につかんだ。
―――勝てる―――
心の底から、そう思った。
その時。
「おうおう。ずいぶんと威勢のいい走りだな、サラブレッド」
後ろで嗤う声がする。
「けどよ、な~んか忘れちゃいねえかぁ?」
どうせハッタリだ。惑わされるな。
自分にそう言い聞かせて、私は最初のカーブを曲がッ……!?
私の身体は、阪神競馬場のキツい第三~第四コーナーで鍛えた曲線への対応力で何とか堪えた。
だけれど私は忘れていた。
私は今、
後ろの貨車がなんの前触れもなく、線路から外れて外へ飛んでいく。
速度超過による、脱線だ。
「しまっ……!」
つられて身体も外へ引っ張られる。私の脚が、完全に線路からはみ出る。
この時を待っていたかのように、茶色の影が私をかすめて前へ出た。
「覚えておけサラブレッド、これが
全身から湯気をもくもくと出しながら、アヤさんは私を追い抜かす。
「
ばんえいバたちが次々と私を追い抜いて先へ走る。
私はその背中を、見ることしかできない。
そんな私に、一番後方のばんえいバがニヤっと笑った。
その瞬間、私の中に感情の土石流が現れた。
気が付くと、私の脚は再び前へ前へと進む力を取り戻している。
私の身体は線路の上に戻る。その反動を利用して、無理やり貨車を線路の上に戻す。その時にはもう、最後尾のウマは遠くに行ってしまっていたが、そんなことは関係ない。
前へ、前へ、少しでも早く。
私の心が走りたがっている。
最近のレースでも感じたことのない、純粋な渇望。
それは、走ることの喜びなんてものじゃない。勝利への欲求でもない。
ただ、目の前にいる相手を追い抜かしたい。ただそれだけの、本当に純粋な願い。
それを感じていると、心が感じた瞬間に、私の心臓がバクバクとなり始める。
「抜かしたい、抜きたい、追い抜きたい!」
まるでどんどん頭が真っ白になっていくような感覚。同時に、ゾクゾクと全身を駆け巡る快感。
それを感じてしまうことを恐れていたはずなのに、今はそこに少しの恐れも無くて。
「オイ、あのサラ。まだあきらめてねえぜ」
ばんえいバの一人が息も絶え絶えに、アヤさんに伝える。
アヤさんは私の方をチラリとみてから、口元を微かに歪めた。
「ムカつくなぁ……。アイツを見てるみてぇでよ」
その顔は、明らかに笑っている。
「上等だ。アイツの幻影を、超えて見せろ……!」
一段と速度が上がる。そこに駆け引きも何もない。粗暴で、粗野な、速度のぶつかり合い。
今まで経験したことも無いような叩き合い。
私の血は、燃え滾っている。
最初の脱線から1分後、グロリアは最後尾のばんえいバに食らいついた。
「……速い!」
想像以上の速さを、グロリアは持っていた。なるほど、これが中央のサラブレッドか。そんな言葉が、彼女達の脳裏に浮かぶ。
レースは通常通りなら、ゴール手前、駅構内に入り線路の分岐が始まるまで順位の変動はない。勝負は、その分岐までにどれだけ前と差を詰められるか、後ろと差を付けられるか。
レースが始まるまでグロリアはそう思っていたし、他のウマもそう思っていた。
そう、そう思っていた。
だが今のグロリアは違う。
彼女が目覚めた、いや、思い出した追い抜きへの渇望は、彼女を暴走させる。
レースは、一旦右に曲がってから、ゆるく左へ、そして再度右に曲がる「右つづら折り」に差し掛かる。
グロリアが底へ差し掛かった瞬間、彼女はワザと貨車を外側へ脱線させる。
「オイオイまた脱線か。下手くそな奴だ……な!?」
誰もがその有様に苦笑を漏らしそうになった時、彼女の脚は今まで以上に強く地面を踏みしめる。
コースは緩い左カーブへと変わる。
さっきまでの外側は、内側になる。
グロリアはその内側を突いて、スルスルと伸びてくる。
「なに、内からだと!」
土煙をあげながら、グロリアは爆進する。一人、二人、三人と追い抜かしたところで、コースは再び右カーブへ。
「ふざけやがってェ!」
グロリアに罵声が飛んでくる。
グロリアはお構いなしに走る。先頭はもうすでに射程圏内だ。
「ここはオレたちのホーム。簡単にトップを獲れると思うなよ!」
また、右カーブ。ひとつ前のウマがグロリアをブロックするように内側へふくらんで走る。
それを見とグロリアは、一気に身体を外側へ振った。
「外から!?」
グロリアは大外を無理やりぶん回して、追い抜かしにかかる。その光景に、前方のウマ娘は動揺したのか。内側に、なんとかグロリアが通れるスペースが生まれた。
それをグロリアは、見逃さなかった。
無理やり線路を横断して、こんどは身体を内側に振り、鼻先を強引にその隙間に突っ込む。
「なっ!?」
二人の走行ラインがクロスする。気が付けば、グロリアは最も最適な軌跡を描きながら、二番手へ躍り出る。
「……ああ、本当にむかつくぜ、アイツみてェでよ」
アヤの顔から笑みが消える。
「サラのクセに、そんな走りしやがって……。教えてやるよ、サラブレッド!」
グロリアは再び貨車を脱線させる。次は左コーナー。グロリアは外側へ膨らむ。
そしてまた、線路は右へ大きくカーブを始める。その瞬間。
「させねえって言ってんだろう!」
アヤは強引に内側へ身体を振り、グロリアをブロックする。貨車と貨車が接触して、鋭い音が鳴る。
路面抵抗の点でフリを受けるグロリアは、たまらず一度身を引いた。
それでもグロリアはあきらめない。
次は長い直線。カーブを使った駆け引きも、有利を作り出すのも難しい。
だがグロリアは、ここに勝負を駆ける。
強引に、乱暴に、貨車を引きずる。貨車は傷つき、所々部品も取れているが気にしない。
アヤとグロリアが並ぶ。お互いに全身から汗が迸り、お互いの風圧を感じている。
「ここじゃ、追い抜きとか、そういうのは、ナシなんだよぉ!」
アヤは一段と速度を上げる。グロリアはそれに食らいつく。
直線の終わりが近づく。次は右カーブ。それを抜ければ、もうゴールの駅構内。
本当の勝負は、この駅構内に差し掛かってからの末脚比べになるはずだった。だが、グロリアも、そしてアヤもわかっている。
二人の力は互角。駅構内での末脚比べでは、ほとんど差はつかない。
つまり、最初にこの右コーナーに突っ込んで、ハナを入れたウマの勝ち。
足音が地鳴りの様に響き渡る。線路からは火花が上がっている。そんな中。
最初に最終コーナーに鼻を突っ込んだのは、グロリアだった。
勝負は、ここでついた。
・右つづら折り
右カーブから始まる連続したカーブを差す。公道の場合、差し掛かる前に「右つづら折りあり」の交通標識が掲出される。