サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~   作:矢神敏一

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7:珍走のあとしまつ

 結局、駅構内でも順位の変動はなく、グロリアは一着でゴールした。その後ろで、ばんえいバ達もゴールへとなだれ込む。

 ここまで激しいレースは久方ぶりだったのか、誰もが肩で息をしている。

 

 グロリアは特に消耗が激しい。ゴールした後にそのまま倒れこむと、線路上に大の字になって転がった。

 

 ある程度落ち着きを取り戻したところで、ばんえいバ達が未だ倒れているグロリアの方へにじり寄る。

 

 グロリアがそれに気が付いた時には、もう彼女は既にばんえいバ達に取り囲まれていた。

 

「テメぇ!」

 

 未だ力の入らない上体が、アヤが胸倉をつかむことによって無理やり引き起こされる。

 

 他のばんえいバ達もただならぬ気配でそこにいる。

 

 殴られる。

 

 グロリアがそう思った瞬間、アヤはグロリアの肩を抱いた。

 

「マジですげぇじゃん!」

 

「……へ?」

 

 グロリアは、歓声を上げるばんえいバ達にもみくちゃにされる。

 

「崖沿いギリギリすんげーな!」

 

「なあ、一旦外に膨れてから内を突く追い抜き、どうやるんだよ!」

 

「アタシにもその走り方教えろよ!」

 

 へなへなになってるグロリアは、わけもわからずされるがまま。不憫に思ったアヤが、みんなを手で制した。

 

「まったく、いい走りだった。悪かったな、イロイロ言ってさ」

 

 そう言うとアヤは、グロリアの身体を米俵のように担ぎ上げた。

 

「え、え?」

 

「さて、そろそろヤツが来る頃合いかな?」

 

 アヤの言葉と同時に、山の向こうから怒声が飛んでくる。

 

「コラー! この珍走バ! なにをやっとるかー!」

 

 警官だ。

 

「おカミが来たぞ! それー!」

 

 点でバラバラになって逃げる。

 

 アヤは笑いながら、グロリアを抱えて走る。

 

「ちょ、アヤさん!?」

 

「逃げるぞ、グロリア!」

 

「そんな、なんでっ」

 

 私なんて置いていけばいいのに、なんて言葉がグロリアの口から転がり出るより前に、アヤはバカヤロー! と歌うように叫んだ。

 

「俺たちもう、仲間だろ?」

 

 そんな漫画の世界にしか生息していない不良少年のような言葉を嘯くアヤを見て、グロリアは笑ってしまった。

 

「そうですね。一度一緒に走ったら、もう友達ですっ!」

 

 結局アヤたちは警察から逃げ切り、グロリアは先生の家に無事配達された。

 

「オイ、グロリアに怪我とかさせてねえだろうな」

 

 開口一番、リョウコがアヤに食って掛かる。

 

「サァな。多少のかすり傷はあるかもしれねえが、怪我のうちには入らねえだろ」

 

 いつの間にかぐったりと寝込んでしまったグロリアを見ても、目立った外傷は無さそうだ。見えない怪我もこの分なら大丈夫だろう。

 

 そんなことよりも、とアヤはリョウコを、グロリアが目覚めても会話が聞こえない距離のところまで釣れ出した。

 

「アイツの走り、まるで……」

 

()()()みたい、だろ?」

 

 リョウコはアヤをじろりとにらみつける。

 

「やっぱり、オマエもそう思うか」

 

「オレの目に狂いはないさ。アレはサクラの走りだ」

 

 そう言ってから、アヤはくぐもった笑いを漏らした。

 

「呆れるぜ、言う事も、態度も、走りも、あの攻め方も。全部アイツにそっくりだ」

 

「……いや、そう思いたいだけかも知れないぜ」

 

 ここでリョウコは、それを否定して見せた。

 

「アタシたちは、まだ……」

 

「サクラを弔えてない、ってか?」

 

 リョウコの顔が暗くなる。それは決して、手術の痕が痛むからではないだろう。

 

「確かに、オレたちはアイツとサクラを重ね合わせてるかもしれない。でも……」

 

 アヤは、しっかりリョウコの目を見据える。

 

「確かに、アイツにサクラを勝手に重ね合わせてる感じはあるよ。でもそれ以上に、アイツはサクラに似ているさ」

 

 リョウコの歯が、軋む音がする。

 

「認めてやれよ」

 

「ヤダね」

 

「なんでさ」

 

 リョウコはかぶりを振る。

 

「……アイツに、変なモンを背負わせたくない」

 

「ま、それもそうか」

 

 アヤは寂し気に笑った。

 

「そっちは、決まったか?」

 

「先生が頑張っちゃいるが、このままいけば来年には……。来月に最終決定だそうだ」

 

「ウチも似たようなもんさ。これでまあ、みんな揃って素寒貧だな。再就職先は?」

 

「それも先生が頑張ってる。できれば、お前さんとこの事情も含めて、向こうに打診したいそうだ」

 

「わかった。伝えとくよ。……このことは、アイツには内緒なんだな?」

 

「……ああ」

 

 リョウコは少し迷ってから、そう答えた。

 

「オレがいう事じゃねえだろうが……」

 

「サクラだったら、後で知らされた時に怒る。だろ?」

 

 わかってるなら、どうするんだ? アヤは目線で問いかける。

 

「だから、知られる前にアイツを中央へ戻すさ。アイツはもう、立派に走れるウマ娘に戻ってる」

 

「そうか……。それが、一番いいかもな」

 

「ああ」

 

 その時、グロリアが起きてきた。寝ぼけまなこで、二人の方を覗いている。

 

「お、やっと起きたか」

 

 アヤはため息まじりにそう言った。

 

「じゃあな、また走ろうぜ」

 

 アヤは手をヒラヒラさせてその場を去る。

 

 グロリアはまだ事態が呑み込めてないようで、静かにぺコンと頭を下げた。

 

 ポケッとした表情、間の抜けた目つき。それは、彼女がここへ来てから始めて見せるものだった。

 

 そして、その姿は本当に……。

 

「似てるな、やっぱり」

 

 リョウコはそう、口走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかイヤな予感がするんだ」

 

 アヤは自分の町に帰るなり、舎弟にそう声をかけた。

 

「イヤな感じ、ですか」

 

 舎弟の相槌に、ああ、と生返事をしながらアヤは自分の考えをまとめようとする。

 

「なんていうか、リョウコはグロリアのことを、『重ね合わせちゃいけない』って思いすぎているような気がするんだ」

 

 加えたタバコに火をつけてもらいながら、アヤはそう言う。

 

「だからさ、変なところで踏んじゃいけない何かを踏みそうでさ」

 

 おっきく白い煙を吐き出すと、アヤは物憂げに遠くを見つめる。

 

「確かに顔かたちは似てねえし、普段の雰囲気も違うけどよぉ。ありゃあサクラの走りだぜ」

 

「ああ、そのことで姐さんにご報告が!」

 

 舎弟の一人が、慌てて声を上げる。

 

「どうした」

 

「アイツの名前、サクラグロリアですよね」

 

「ああ、そうだ」

 

「新聞をひっくり返したら、とんでもないことが分かりましたよ」

 

 新聞のスクラップが、アヤに手渡される。そこに書かれていたのは……。

 

「なんじゃ、こりゃあ……」

 

「他人の空似にしては似すぎてると思ったんですよ!」

 

 それに、同じ”サクラ”の冠。これは偶然なんかじゃないですよ。と、舎弟は興奮気味に言う。

 

「それも驚いたが、問題はそっちじゃねえ」

 

 アヤは新聞のレース結果欄を指さす。

 

「アイツが、あのレースに出ていた。それが問題だ」

 

 アヤは舎弟に問いかける。

 

「なあ、リョウコはこのこと、知ってると思うか?」

 

 舎弟は微妙な顔で首を横に振った。

 

「いやぁ、知らんでしょう。そして、あのグロリアもここにそんな因縁があることを知らんと思います」

 

「ああ畜生、頭がヒリヒリするぜ」

 

 アヤは立ち上がり、号令をかけるように声を張った。

 

「お前たち、小祝内からの電話を何時でも取れるようにしておけ!」

 

「姐さん、いったい……」

 

「杞憂ならそれでいいんだ」

 

 アヤは、沈みゆく太陽を見ながらつぶやいた。

 

「だが……。北海道の夜は、怖いぞ」

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