初夏真っ只中の七月。そんなある日のこと…………。
「あぁ、なんてこった。今日は厄日だ」
蝉がミンミンと喧しく鳴き喚く昼間の時間帯、街の裏路地の一角に佇む青年は、やるせないとばかりに天を見上げていた。
彼の名前は、
吉良吉影は、褪せた金髪にグレーの瞳が目立つ美形の青年である。
しかし、高校生というにはあまりにも大人び過ぎている顔立ちだった。
まあ、彼の本名は
話を戻すが、彼は東京西部に位置する、最先端科学技術を研究・開発している完全独立教育研究機関、『学園都市』。その第七学区に吉良はいた。
彼は今日…………七月十七日の朝方に友人……ならぬ知り合いに連れられ朝から第七学区から出張っていたのだが…………。
控えめに言っても顔は気分よさげとは言えない表情をしていた。
「お、おい! 今その態度マズイって!」
吉良の隣にいたツンツン頭の少年が言う。
少年の名は、
上条は、必死に吉良へと説得したが、小声であるはずの声はしっかりとその周りにいるはずの男達へと聞こえていた。
「あぁ!? なんだって! 厄日だぁ……? 舐めてんのかテメェ!」
二人を囲っていた男達の集団、そのリーダー格の男が凄んで言う。
上条当麻は体をビクンと震わせて今度こそ小声で呟く。
「………………不幸だ」
「聞こえてんぞ!」
「ヒィ! ごめんなさい!」
「はぁ…………私は、帰らせて貰うぞ、上条当麻」
吉良は溜息混じりに肩を落として円を作っている男達の間をすり抜けようとする。
が、男達もそう甘くはなかった。
間を抜けようとする吉良の肩を掴んで引き留めた。
「オイオイオイオイ! 兄ちゃんよ! 俺らから逃げられるとでも思ってんのかよ」
「………………今すぐ、私の肩から手を離したまえ。さもなくば、痛い目を見るぞ」
「痛い目を見るだって? まだ分かんねぇのかよ。まあ、いい。ツレやられりゃ少しは自覚出来んだろ。おい、やれ!」
「うっす」
ボスが呼びかけるとアロハシャツ姿のチンピラが現れた。
チンピラは掌を上条に向けると、そのまま捩じる様な動作をする。
するとどうだろうか、上条の着ていたワイシャツが渦を巻き、首を巻き込む。
チンピラは、「能力者」であった。
「うおっ!?」
「そのまま捩じ切れちまえ!」
学園都市は世界でも最高峰の科学研究機関でもあるが、それ以前に能力────―異能の研究機関でもあった。
能力とは、学園都市において研究されている、物理法則を捻じ曲げて超自然現象を起こす力だ。
ちなみにだが、学園都市に住まう者の殆どはこの能力の研究を受けている…………必ずしも能力者になれるとは限らないが。
引いてはチンピラの能力は、
学園都市で最もスタンダードとされる超能力で、物体を念力によって移動させる能力だ。
チンピラは、上条の服を肉体ごと引きずっているので少なくとも、下から数えて四番目以上────―レベル3以上であることは確実である。
上条はなすすべもなく、その不可思議な力によって見るも無残な姿になるかと思われた。
しかし──────。
「あ、あれ? なんでだ…………どうして
いつの間にか上条を首元に
上条は先程までの弱気で温厚そうな表情を引っ込め、眉が上がった表情で拳を握る。
吉良も「やれやれ、だ」と肩を竦め、ネクタイを緩めた。
「もしかして、今────―俺のことを殺そうとしたのか?」
「な、なななんで能力が────ふべっ!?」
動揺し、上条へと指を指したチンピラだったが、その威勢も長くは続かない。上条の拳でノックアウトした。
上条は、無能力者────―レベル0にしての能力者…………右手で触れたあらゆる異能を無力化する能力、
チンピラは吹っ飛び、囲んでいた男達の前へと転がる。
無論、それを男達が見逃すはずもなく…………。
「テメェ…………お前も能力者か! 野郎共、囲んでやっち────」
「少しお喋りが過ぎるのではないかね?」
「が────…………」
攻撃の指示を出したボスの男を横合いから吉良が殴り付ける。顎を殴られ、カクンと頭を揺らしたボスは崩れ落ちた。
「私たちも中々に忙しくてね。何も用がないなら退いてはくれないか?」
「さあ、どうすんだ!」
手首を抑えて指を鳴らす吉良と、髪を逆立たせて威嚇する上条。
威圧感だけで言えば、先程のボスの男の何倍もあるだろう。
リーダーがやられたことで動揺している下っ端の男達は、後ろ足を引きずり退く。
上条がこれを好機と見たか、一歩を踏み出し抜け出そうとした。
だがしかし、これが悪かった。
追撃を恐れた下っ端の一人が錯乱し、叫び声を上げながら
「う、うわああああああああ!!!」「いけ! やっちまえ!」「ブッ殺せ! 相手はたったの二人だ!」
「はぁ…………恨むぞ、上条」
「不幸だ──────ッ!!!」
「それはこちらの台詞だッ!」
かくして、夏休み手前にして吉良と上条の大乱闘が幕を開けた。
「やってやらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はぁ…………“キラークイーン”!!」
学園都市の第七学部、その一角で科学と魔術と、爆破が交差する。
夏はまだまだ始まったばかり。
けたたましく鳴き晴らす蝉がそれを物語っていた。
§ § § § §
乱闘騒ぎから、二十分後のこと。
「はぁ…………これで最後か」
「おう、そうみたい……だな」
倒れ伏した二十人余りのチンピラの中、汗ばんだワイシャツを不快気にしてネクタイを締め直す吉良と、息を切らせた上条の姿があった。
「さて」
吉良は一息つくと襟を正し、上条の方へと体を向ける。
上条は体をガチガチに固めて緊張した面持ちで口を開いた。
「私は、君の呑み込まれたATMのカードを戻しに来ただけのはずだが?」
「は、はっはー…………な、なんででしょうねー?」
「──────質問を質問で返すんじゃあない!!」
「すんませんでしたあああああああああああ!!! 俺だってこんなことになるとは一ミリも思ってなかったんだよ!!」
上条は激昂した吉良へと平身低頭。
直ぐさま、土下座を披露した。
吉良は、そんな上条の頭の上へと靴底を向けて踏みにじる。
「うぐっ」
「なあ、上条」
「はっはい…………なんでございましょうか? あと出来れば靴を退けてもらえれば…………」
「あぁん?」
「なんでもございません!」
「ふむ…………何か、私が間違っていたかね」
吉良は靴底に力を入れて、上条の汗の染みたワイシャツの背を眺める。
グリグリ。グリグリと頭を踏みつぶしながら。
上条もまさかATMのカードが呑み込まれて携帯で友人を呼び出したら偶然チンピラの集団に絡まれ、危険に及ぶなど思わなかったことであろうとも。
ここは一つこらえて謝るのが吉であった。
「ふん、まあいい。さっさと行くぞ。まさかとは思うが別の人間に盗られていては適わんからな」
「マジか! 急がねえと!」
「はぁ…………君は全く。調子が良いんだか、悪いんだか」
靴を退けるなり飛び上がり吉良を急かす上条。
(ま、そんなところが主人公たる所以なんだろう)
と、思う吉良。
さて、主人公とはなんのことか?
果たしてどういう因果か、この男──―吉良吉影は転生者であった。
遡ること、十六年前のこと。
吉良はとある一族に生を受け誕生した。
その誕生した世界というのが、この世界…………。
(「とあるシリーズ」の世界なんだよなぁ)
とある科学の禁書目録。
吉良は、日本で大流行した「とある」シリーズのライトノベル、その世界へと吉良は転生を果たしていたのだ。
とんだお笑い草としか言いようがない。
更には…………。
(私が「ジョジョの奇妙な冒険」の吉良吉影になるとは思わなんだ)
この男、更には「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画の第四部のラスボスキャラクター、吉良吉影の姿で転生していたのだ。
まさかの属性過多である。
数奇という言葉では表せない程の奇妙な事実、彼は思考を放棄して生を謳歌していた。まあ、転生した吉良吉影の肉体お陰か所為か、精神や性格はそちら側へと寄っているが。
「早くいくぞ、吉良!」
「ああ、分かっている…………む、あれは……はぁ……」
「おいどうしたんだよ、吉良! 早くしねぇと俺のATMカードが!」
「上条当麻、あちらを見ろ」
吉良はこめかみを抑えて路地をでた大通りを指した。吉良の指先を追った上条はそちらへと視線をやり…………固まった。
「おいおいおい! 嘘だろ!」
そこには、体から電気を迸らせた制服姿の少女の姿があった。
どういう訳か、顔は激情で彩られており、スカートのポケットから出したコインに電撃を纏わせて指先を吉良側へと向けている。
彼女の名前は御坂美琴。何千何万といる超能力者の頂点に位置するレベル5の第三位、
その彼女が指先に電気を集中させている。それつまり、想像に難くない。
二人もそれを感じたのか、顔の表情筋を引き攣らせて二の足を踏んだ。
一応は知り合いの上条が出張り、宥めようとする。
「ビ、ビリビリ! 落ち着け──────―」
「だーれがビリビリよッ!!!!」
バビュン!!!!!
空気中の塵を焦がしながら放たれたレールガンが上条へと向けられた。
上条は咄嗟に右手でガード。電撃能力を解除する。
「バカ野郎! 当たったらどうすんだ!」
「大丈夫よ! 死にゃしないわよ──────多分!」
「バッカ多分ってなんだー!?!?」
そして始まる逃走劇。
乱闘騒ぎの次は逃走劇。吉良は表情を厳しくさせて既に走り出していた。
「俺を置いてくな吉良! 助けてくれえええぇぇぇぇぇぇ!」
「クソッたれが! 何故、私に付いてくる!」
「お前が唯一の救いだからだよ!」
「私を無視──────するなぁぁぁ!!!!!」
再度放たれるレールガン。
超高圧電流を受けたコインはオレンジ色の光線になって上条らを襲う。
上条は後ろ手で払い除けて吉良に追走する。
「上条お前、奴に何かやったんじゃないだろうな!」
「んなわけねぇだろ! 冤罪だ!」
「そこの金髪も待ちなさい!」
「………………」
「吉良こそなんかやったんじゃねぇのか!?」
「私が知るか、バカめ!」
ああ、不幸だ…………。
吉良は必死に足を動かしながら、天を睨んだ。
「やっぱり厄日じゃあないか……!」