とある木原の爆殺人形《キラークイーン》   作:陸神

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爆弾魔③

 学園都市・第七学区、とあるマンションの入り口一角。

 

 

「ほう…………飯、か」

 

「ああ」

 

 

 入口から半身だけを乗り出し、関心半分、疑心半分で小首を傾げた吉良。それに元気よく返すのは、案の定か、ツンツン頭の少年…………上条。

 

 時刻は午前の太陽が燦々と照る時間帯。

 日にちは御坂美琴との諍いから十数時間後の翌日。吉良との様子を見るに、上条は無事、昨日は警備員(アンチスキル)から逃げられたようだ。

 

 

「昨日は変な事件に巻き込まれちまったからな。そのお詫びってやつ。ビリビリからも助けてもらったし、それくらいはやっても罰は当たらんだろ?」

 

「上条の癖にやけに殊勝じゃあないか」

 

「ふん、上条サンだってただ恩を受けるだけではないのですよ」

 

「はッ、どうだかな」

 

 

 吉良は昨日の一件を思い出し、皮肉気に笑った。

 

 

「まあ、そう言わずによ。で、行くのか? 行かないのか?」

 

「ふむ……お前の財力で私の望むものが奢れるかは甚だ疑問だが…………良いだろう」

 

「ちょ、あんま高いもん頼むなよ?」

 

「分かっている。第一、お前如きに大層なものを奢ることが出来るとは思っていない。………適当なファミレスにでもしておくか」

 

「ファミレスか…………オッケ、じゃ行こうぜ?」

 

 

 行き場所を聞くや顔を明るくして元気になる上条。吉良は、溜息混じりに了承の意を返した。

「少し待て」と言い残し、吉良は部屋の中へと消える。

 

 上条は吉良が出てくるまでの空白の時間を過ごす。

 思えば、上条と吉良の出会いは劇的であった。

 

 上条が思い出すのはつい数ヶ月前のことだ。

 

 あれはそう、上条がいつも通りにアパートの一室を出て、床が抜け、登校通路が工事中であり、コンビニの強盗に遭遇し、スキルアウトに追いかけられながら投稿している最中のことであった。

 息を切らし、肩で呼吸をする上条の横を自転車で颯爽と駆け抜けて行く同じ制服を着た男子生徒がいたのだ。

 

 

 無論────────吉良だ。

 

 

 途端、上条の脳裏に過ぎったのは「遅刻」の二文字。

 

 

(遅刻…………出席日数…………単位…………欠席…………評価……定期考査……留年!?)

 

 

 基本的にロースペックである上条であったが、今その時だけは以上の単語がコンマ一秒以下の速度で頭に浮かんだ。

 

 瞬間、上条は意識的にか無意識的にか、吉良を呼び止めていた。

 

 

 ──────スマン! 俺も乗せてってくれ! 

 

 

 キキィ。

 

 ゴムタイヤとアスファルトが摩る音がして自転車は停車した。

 そこで改めて上条は吉良を見たのだ。

 

 大人びた……しかし、童顔の褪せた金髪の偉丈夫。

 

 それが上条が抱いた吉良への第一印象だ。

 

 停車した吉良は、酷く冷たい視線で上条を一瞥し、数秒の逡巡の後、仕方なさそうに溜息を付いて…………再発車した。

 

 

「は……? ちょおい待てよ!」

 

 

 上条は駆けた。

 

 その日、危うく殺傷沙汰……には既になっていたが、辛うじて残った体力の限界を超えて走った。

 

 走って、走って、走って、走って…………。

 

 気付いた時には学校であった。

 校門を過ぎた所には駐輪場へと向かう先程の男子生徒の姿……。

 

 ここに来て、上条は気付いた。

 

 

 ──────あれ? アイツってクラスメイトの吉良じゃね? 

 

 

 と。

 

 かくして、上条は吉良と出会った(出会っていた)。

 これは図らずしも、上条にとっての幸運であり、吉良にとっての人生中トップクラスの不幸となるのだが…………まあ、置いておこう。

 

 

「もう、あれから一ヶ月以上が経ってるんだもんな……」

 

 

 感慨深げに頷く上条。

 だがして、学園都市で経験した事件の二割は吉良が巻き込まれている。吉良は完全に被害者である。

 

 

「──────待たせた…………貴様、何している?」

 

「ん?」

 

 

 待つこと三分ちょっと。

 扉から顔を見せた吉良は、訝し気…………というには、あまりにも殺意が籠った声音で上条に問い掛けた。

 

 それに対して困惑の声を上げる上条。

 だがそれは、上条の視点では、の話だ。

 

 吉良の視点からすれば、扉を開けたら待っていたはずの友人(不本意)が無性に頷きながら腕を組んでうんうんと言っているのだ。

 上条の動作は周囲の人からすれば、不審者として言っても差し支えのない行動であった。

 

 

「あ、ああっ、吉良か! 早かったな」

 

「…………そういうお前はいつもワイシャツ姿だな」

 

 

 最早突っ込むことすらも疲れたのか、吉良は会話を再開した。

 

 

 上条はいつも通りにワイシャツに制服のズボンを履いた準学徒の恰好。

 基本的に如何なる場でもブレザーやワイシャツの姿でもいいのが学園都市の良い所ではあるが、休日や私的な状況で食事処へ行くのに制服で行くのは疑問残る。

 

 対して、吉良はいつもの制服姿とは異なり、ラフな格好であった。

 紺色のジーンズに薄紫のシャツ、そしてその上に白色のジャケットを羽織っている。褪せた金髪は軽く分けられているのみで、「私服」という印象が強い。

 

 

「そういう吉良はお洒落だな」

 

「これぐらいで洒落とは言わん。寧ろ多少でも着飾らんと低く見られることがある。私服の一つや二つぐらい持っていても問題はあるまい」

 

「確かにそうだが…………服あんまり持ってないんだよな……」

 

「ふん、それぐらいは自分でどうにかしろ」

 

 

 吉良は冷たくあしらい、扉に鍵を閉める。ガチャリと硬質な音がして、扉が施錠された。

 

 手に持った鍵をズボンのポケットへと仕舞った吉良は、意を返さずに歩き始める。

 上条は慌てながら続いた。

 

 

「そういえばさ」

 

「む……。なんだ」

 

 

 吉良の家より数百メートル程離れた歩道、そこで上条は突然話題を上げた。

 

 驚く、というよりも面倒そうな表情で吉良は反応した。

 

 

「吉良が能力を発動する時に言う、『キラークイーン』って何なんだ?」

 

「………………」

 

「…………?」

 

 

 思わず開き掛けた口を閉口する吉良。

 突然黙り込んだ吉良に首を傾げる上条。

 

 これは痛い所を突かれた。

 

 いや、想定していたはずだが、タイミングがあまりにもシビアだ。

 もう少し落ち着いた時期か、場所だと思っていた。

 

 吉良は、誤魔化すように咳払いをして開口する。

 実家一族特有の脳が最適解を弾き出す。

 

 

「ふむ…………あれは、一種のキーワードだ」

 

「キーワード?」

 

「そうだ。知っての通り、能力者には高い演算能力に付属する能力がある」

 

「ん? 待ってくれ。演算能力ってのは、能力に依存するんじゃねぇのか?」

 

 

 上条の意見は無能力者……レベル0に多い疑問だ。

 

 

「それは少し違うな。 自分だけの現実(パーソナルリアリティ)は知っているな? 能力者の殆どはこれを起点にして能力を発動する。分かり易く言うと、能力は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)がなくしては発動しない。言うならば、能力(エンジン)自分だけの現実(ガソリン)で動かしている状態だ」

 

「ほーん…………エンジンだけあっても車は動かないもんな」

 

「その通りだ。故に能力研究に詳しい研究者ほど、能力を自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の副産物として認識する」

 

「だけど、それが吉良の言う、キーワードとなんの関係があるんだ」

 

 

 吉良は歩みを緩め、首元を手で仰ぎながら言う。

 ジリジリと肌を焼く紫外線が痛い。

 

 

「そこだよ。能力者は能力発動の為に演算能力を鍛え、使用するが、その演算能力は常日頃から発動されているものか?」

 

「………………」

 

「能力を発動させるほどの脳の演算能力を日常で使うと思うか?」

 

「あ」

 

 

 ポンと手を叩き、上条が声を漏らす。

 得心がいったかのような表情で頷く。

 

 

「分かったな? そう、能力者は能力発動の場合と日常を別けて脳の演算を行っている。そのため、緊急時に発動する場合に、致命的なまでの()()が発生する。それを抑制するためにキーワードを使う能力者は多い」

 

 

 照る太陽を手で隠しながら、日陰を歩く。

 

 

「一種の催眠だな」

 

「催眠……」

 

「ああ。スイッチだ。もっと言えば、パブロフの犬」

 

 

 パブロフの犬。

 

 それは、ソ連時代に存在した生理学者・パブロフが行った反射実験の愛称である。

 学者のパブロフは、自らの飼っている犬へ、餌を与える毎にベルを鳴らした。それを毎回毎回繰り返していくと、最終的に犬はベルの音を聞くだけで唾液が分泌されるというものだ。

 

 

「自分の中で切り替えとなるキーワードを設定することによって、反射的に能力を発動するための演算能力を起動する」

 

「なるほどなあ……能力者ってのも大変なんだな」

 

「…………私としては、お前の幻想殺し(みぎうで)も能力の一種と思っているんだがな」

 

 

 興味深そうに吉良が上条の右腕を凝視する。

 そんなことお構いなしとばかりに上条は、頭の後ろで腕を組んで呑気に欠伸をした。

 

 吉良は、馬鹿み条(コイツ)に何を言っても無駄か、と嘆息し、溜息を吐く。

 

 

「なぁ、何食う?」

 

「────────―」

 

 

 一拍。

 

 吉良は、上条の問い掛けに答えることもなく、道の半ばで立ち尽くしていた。

 俯きがちに伏せられた表情は伺えず、一つとして読み取れない。ただ分かるのは、吉良が()()()()()()()()光景だった。

 

 

「ん、どうした?」

 

「──────…………い、や。何でもない。少し、腕が攣りかけてな」

 

「そうか。気を付けろよ。水分補給は大事だぞ」

 

「…………ああ」

 

 

 いつも通りの覇気が感じられない吉良に、上条は首を傾げるも、気のせいかと思い歩みを再開する。

 

 吉良は引き攣った表情で、先程とはまた別種の汗を浮かべて、辛酸極まる顔で歯を食いしばっていた。

 

 そんな、彼へ、

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。セブンミストってお店知ってる?」

 

 

 声が掛けられた。

 

 吉良が顔を上げると、そこには溌剌(はつらつ)とした表情でこちらを覗き込む一人の少女の姿が。

 歳は小学生低学年ほどだろうか、黄色のスカートにピンクのバッグを下げている可愛らしい格好だ。

 

 

「あ? なんだ? 迷子か?」

 

 

 声を聞き付けた上条が屈み、少女と目線を合わせる。

 

 

「んーん、ちがうの。わたし、セブンミストへ行きたいの」

 

「セブンミストか…………そりゃあまた」

 

 

 セブンミスト。

 

 それは学園都市内でも最近よく話題に上がる店舗だ。

 主に女子中学生から高校生の間で流行し、名を売り始めている衣服を販売する、衣服販売の店舗が複合されたショッピングモールである。

 

 

「どうする、吉良?」

 

「だめ?」

 

 

 困ったような表情で眉根を潜める上条と、潤んだ瞳で見上げる少女。

 

 この二者に挟まれた吉良は…………。

 

 

 

「チッ。仕方あるまい。さっさとするぞ。こちらも空きっ腹で気が立っているんだ」

 

「おしっ、そう来なくっちゃな」

 

「やったー!」

 

 

 吉良はイライラとした内情を押し込んで、速足に先頭を往く。

 その後ろへと手を繋いだ上条と少女が続く。

 

 

(これは普通。普通のことなんだ。これが日常だ。一般人は「善意」で動くのだ……!)

 

 

 吉良は自分にそう言い聞かせて、頭の中でセブンミストへと道のりを先導する。

 

 カッ、カッ、とコンクリートのタイルを蹴る。

 セブンミストまではそう遠くない。徒歩であったとしても三十分もしない内に着くだろう。

 

 

 

 

 

 そんな彼の指先──────爪は今朝より、数ミリだけ伸びているのであった。

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