アプリ産です。通っていいですか?   作:フドル

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アプリ産です。通っていいですか?

「あー、ここって何処だろ?」

 

 最初の頃は違和感しかなかった尻尾と耳を動かしながら、急に路地裏に投げ出された僕は外の賑わいを見てそう呟いた。

 

 前回のあらすじ? はい、トラ転。

 

 詳しくいうとテンプレみたいな死に方をした。買い物に行こうと曲がり角を曲がったらトラックの操作をしくじったのか荷台部分がドリフトしながらこちらに迫っていた。まぁ躱せるはずもなく轢かれて死亡だよ。

 それで何か転生した。ウマ娘に。しかもアニメの世界じゃなくて誰かのアプリの中のウマ娘に、だ。

 最初は鏡に映る自身の姿から既存のキャラに憑依してしまったのかと焦ったが時間が経つにつれてそれは違うと理解した。

 自身のキャラが本来話す言葉と俺が話す言葉が違うのだ。このアプリの世界だと持ち主が俺を選んでプレイしている時は一切の自由がなくなる。虚空に向けて話し始めるわ、勝手に身体も動くわで最初のうちは凄く大変だった。特に一番困ったのは景色が急に変わることだ。トレセン学園にいたのに瞬きしたら外にいるしで次に瞬きしたらゲーセンの中だよ?普通に怖いわ。

 それも今はもう慣れたものでボケーとしながら勝手に動く身体と一緒にレースを走ったり、ウイニングライブをしている。中身がどんなにだらけていても外はキリッとしているのは楽だった。

 まぁこんな感じで生活?をしていたのだがある日自分のステータスを見れることに気づいた。そこで初めて自分のことを知った。

 

「これって、明らかに改造されてるよなぁ。」

 

 ステータスの表記は賢さ以外、表示されていない。そして何故か賢さはFだった。どうせ残すならG+にしろよ。後ろに宇宙背負ってやるから。スキル欄は空白が一つだけあるがレース中の急な加速などからスキルが何も無いということはないだろう。多分全部盛りしたとかそういうのだと思う。

 

「このアプリの持ち主は一体何を考えているのやら……。レースの勝利ポーズとか多分自分で作ってるだろ。」

 

 

 自分が改造ウマ娘というのは分かったがそれで何か変わるということはない。強いて言うなら自身の一人称が俺から僕に変わったことだろう。勝手に話す時の一人称が僕なのでそっちの言い方の方が楽になったからだ。

 持ち主がいる時は身体が動くままにレースなどに出て、いない時は一切動かない他のキャラに話しかける日々。アプリが終わるまでずっとそれが続くと思っていたのだが急に状況が変わった。

 持ち主が改造データ。つまり僕を消したのだ。それは僕がアプリから消滅することを意味する。

 

「だからってあんな消し方はないでしょ。近くにいたテイオーに泣きついちゃったじゃん。」

 

 ノイズがそこら中にはしっている電脳空間で愚痴る。どうせ消すなら一気に消して欲しかった。何故身体の一部が消えていく方式にしたのやら。

 

「僕はどうなるのかな?このままゆっくり消えるのか、それともこの空間で生き続けるのか。」

 

 幸い身体は消される前の改造ウマ娘のままだがこの何処を見てもノイズだらけの世界にずっといるのはいつか気が狂いそうだ。何か暇を潰せるものがないか探しに僕は動き出した。

 

 

 

 

 

 

「それで何で現実に飛び出てるのかなぁ?」

 

 どれだけの時間をノイズだらけの世界で過ごしたかは分からない。ある日偶然ノイズが無い場所を見つけて興味本位で近づいたらこれだ。

 

「この世界はウマ娘がいるからアニメ時空?それともアプリの世界?」

 

 路地裏から道に顔を出して辺りを見渡す。そこにはアプリではなかった人の話し声が聞こえて来る。

 

「アプリ……では無さそう。ならアニメかな?今はどこら辺なんだろう?もうアニメの時間軸なのかな?」

 

 それはまたおいおい確認するとして、まずは自分の生活環境を整えなければ。

 

「よし、何処かでバイトでもして金を稼がないと。頑張るぞ、オー」

 

 

 

 

 

 

「ダメでした!!身分証とか何も無い。しかも顔を見せない怪しいウマ娘を雇う人なんて物好き以外いないかぁ。はぁ……。」

 

 あれから数週間、すっかり橋の下が定位置になっている僕です。バイト募集を見つけて突撃したのだがその全てが全滅した。そもそも住所も無い。連絡手段もない。何なら顔を隠しているウマ娘を誰が雇うというのか。

 

「顔を出したら良いんだけどこれで元になった子に迷惑をかけるわけにはいかないし。」

 

 僕の身体はとあるウマ娘にそっくりだ。持ち主がコピーして少し弄っただけなので当たり前なのだけど。性格は違うキャラを使っているのでだいぶ違うけどね。

 雇ってくれた人にそっくりなだけで別人ですと言えば問題ないと思うが通りすがりの人が働く僕の姿を見てどう思うかなんて分からないし、それで元の子がバイトをしていると噂になったら申し訳ない。あの子は自身の不幸体質を気にしているしきっと話を耳にすれば自分のせいで僕が迷惑していると思いそうだ。

 そんな訳でいろんなところで不採用を貰い、お金が無いので仕方なく橋の下生活だ。そこらで拾ったダンボールと穴の空いた毛布はお友達。

 たまに酔っ払った人やグレたウマ娘が絡んでくることもあるけどこの身は改造ウマ娘。撃退に何の問題もない。

 

「少し不便になったのはトイレと食事だよなぁ。」

 

 慣れるまで本当に大変だった。食事は適当な野草を食べている。

 

「助かったのはこの身体が悪いと判断したものは勝手に治すことかな。治す過程は嫌だけど。」

 

 お陰で切り傷とかはすぐに治る。これがなければ知識もないのに野草なんて食べていない。

 しかし治す時は『〇〇を確認しました。〇〇としたバッドコンディションと判断し、修復します。』と機械音声みたいな声で発音してから治すので少し嫌だ。でも声を出さないと治せないのでどうしようもない。

 

「後は風呂にも入りたい。周りを警戒しながら身体を拭くだけなのもなぁ。けど金が無いしなぁ。金さえあればなぁ……」

 

 そんな時、横からチラシが飛んでくる。なんとなく手に取って読んでみるととんでもないことが書いていた。

 

「地下レース。誰でも参加オッケーで、賞金あり。……何このご都合主義。」

 

 更に賞金は直渡しでも可能らしい。馬鹿馬鹿しい、こんなものに引っ掛かる奴が

 

「居るんだよなぁ、ここに。お金欲しい。」

 

 知らない間に僕は開催場所に来ていた。チラシの地図にはここと書いてあるので間違いないはず。

 

「あ、そうだ。顔を念入りに隠さないと。」

 

 一応マスクで隠してあるがレース場だと何かの拍子で外れるかもしれない。どうやって隠すべきか。

 

「……ベストフレンド。君の力を借りたい。」

 

 手に持っていたダンボールに目を向ける。任せろと声が聞こえたような気がしなくもない。いや、多分した。したっつってんだろぉお!?

 

「よし!なら早速準備だぁ!!」

 

 路地裏に入り、僕はダンボールを組み立て始めた。名前は何にしようか?ここは名前を少し借りて後は僕の名前を入れればいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、登録したいんですが……」

 

「はい、ではここの紙にお名前をどう……ぞ?」

 

 机で書類をまとめていたら前から声をかけられる。レースの登録者だろうと顔を上げた受付はそこで硬直する。

 まず何故ダンボールを被っている。それとそれは何をモチーフにして作ったのか?白のダンボールと黒いペンでつけられたつぶらな目は何となく間抜けさを見せる。首のところに二つの穴が空いておりそこから本来の目がこちらを見ている。

 

「失礼、一応確認しますがウマ娘ですか?」

 

「当たり前です!ほら尻尾!!」

 

 念の為にと質問すると相手はこちらに尻尾を見せる。謎の生物を模したダンボールの首辺りからペチペチ音が聞こえてくるので多分そこに耳もあるのだろう。

 

「確認しました。この書類にお名前の記入と注意事項を書いておりますので確認をしてください。」

 

「はい……、確認しました。名前もこれで。」

 

「では、控室でお待ち下さい。良いレースを。」

 

 ダンボールを被ったウマ娘を通す。静かになった受付で一人呟く。

 

「何だあれ?」

 

 

 

 

 

 

『さぁ、始まりました!地下レースのお時間です!早速今回のウマ娘たちを紹介しましょう!』

 

 実況の声を聞き流し、脚の確認をする。長らくレースから離れていたが大丈夫そうだ。筋力なども衰えてる気配が一切無いため、ここも恐らく改造パワーだろう。

 

『ここで八番、八番人気のハリボテモドキです』

 

『何故ダンボールを被っているのでしょうか?』

 

 周りの観客から嘲笑が聞こえてくるが聞き流す。所々で応援の声が聞こえてくるのは僕に賭けてくれた物好きな人かな?

 今回のレースでは中止は無い。注意事項のところにそう書いてあったし、明らかな妨害行為以外は禁止されていないので一応、気をつけていたほうがいいだろう。

 アプリの時で一番精神的に走りやすかった作戦で行くから問題は無い筈だ。

 

『地下レース、2400m、今始まりました。』

 

『おっとハリボテモドキ、するりと飛び出て先頭を走る。かなりスピードが出ていますが大丈夫でしょうか?』

 

『かかっているのかもしれません。落ち着ければいいのですが』

 

 別にかかってなどいない。僕のステータスにものをいわせたただのゴリ押しだ。

 

『さぁ、先頭からかなり距離が空いているぞ!他のウマ娘達は追いつけるのか』

 

 後ろから感じる気配はかなり遠い。しかし気を引き締めて更に加速する。

 

『ここでハリボテモドキ更に加速した!まだ序盤ですがもつのでしょうか?』

 

『先に距離を稼ぐ作戦なのかもしれませんね。』

 

 目の前に最初のコーナーが見えてくる。その後の直線でまた加速を……

 そんなことを考えながら走っていると突然脚が滑った。

 

「は……?ぶへぇ!?」

 

『おおっと!ハリボテモドキが転倒したぁ!!ダンボールの首が折れてるぞぉ!』

 

 実況の声が届くが今はそれどころでは無い。何故滑った。僕はしっかりと地面を踏み締めていたし、今までの感覚からこれで転倒するとは思えない。

 

「これは……ハリボテの呪いか!?けどこんなに勢いよく転倒しながら怪我してないってのはハリボテの加護も混在してる?」

 

 ウマ娘たちに追い抜かれるが、地面に倒れたまま考察を続ける。

 

『ハリボテモドキ動かない!大丈夫なのか!?』

 

『まぁ自己責任って事でしょう。他のウマ娘を見ていきましょう。』

 

「ってそうだ!レース中だった!」

 

 ガバリと起き上がり、状況を見る。ざっと見た感じまだ間に合いそうだ。

 

「逃げから追込に変わっただけだ。つまり問題ない。」

 

 彼女たちには申し訳ないが僕も金が欲しい。なのでこの改造パワーをフルで使わせてもらう。ハリボテの呪いも第一コーナーだけだったはずだ。

 地面を思いっきり踏み込み駆け上がる。身体もかなり前傾姿勢になりスパート体勢に入る。

 

『一番と三番の一騎打ちだ!勝つのはどっち……おお!?ここでハリボテモドキが来た!!後続を猛烈な勢いで追い抜き、先頭を追いかける!』

 

『凄まじいでは済まされない末脚ですね。ダンボールの首が折れてるのがシュールですが。』

 

 一人、二人と追い抜いていき先頭も追い抜こうとするが先頭の子がこちらへ突っ込んでくる。

 

「邪魔だ!そこを退けぇ!」

 

「行かせない!きゃあ!?」

 

 接触するもすぐに弾き飛ばす。転倒しない様に力加減はしたので許して欲しい。邪魔する者はいなくなったのでそのまま走り、ゴール。

 

『い、一着は八番ハリボテモドキです!あの状況から凄まじい勢いで全てを置き去りにしての一着です!二着は大差で五番、三着は七番になります。』

 

 ゆっくりとスピードを落とす。後ろを振り向くと彼女たちがあり得ないようなものを見るような顔をしていた。

 話すことも特にないのでそのままレース場を後にして賞金を貰いに行った。ウイニングライブ?こんな所にあると思う?

 

 

「ふへぇ〜、良い湯だなぁ。」

 

 念願のお金が手に入り、取り敢えず物を入れる鞄を買ってからそのまま銭湯に来た。久々に入るお湯は大変心地良く、このままずっと入っていたい。あ、僕は自分の身体を見ても何も思わないよ。何年この身体だと思ってるの。

 

「暫くは大丈夫なぐらいの金は手に入ったからこれからどうしようかな?」

 

 まずは何処か部屋でも借りる?けど身分証とか何も無いのに借りれるのか?ならキャンプ道具を買ったほうがいいかもしれない。

 

「そもそも身分証ってどうやって発行してもらえばいいんだろうか?」

 

 確か市役所でなんかして取れた気がする。多分。考えても分からないのでまずキャンプ道具を買いに行こうか。それで困ったら部屋を何とかして借りよう。

 今後の予定を纏めているとドアが開く、他の客が入ってきたのだろうと何気無しに目をやってすぐに顔を背ける。そこにいたのはウマ娘界のハジケリストと呼ばれることがあるゴールドシップだった。

 

(あれぇ?確か寮って門限あったよね?今もう夜だけど?ゴルシだからか?)

 

 彼女はかけ湯を行った後に湯船に入ってくる。その間、僕は一切彼女を見ていない。

 

(ゴルシもこっち見てないけど気配がビンビンこっちを探ってるのよ。絶対目を向けたら絡んでくるって。)

 

 何度もいうが僕はあるウマ娘を元に造られている。遠目から見たら見分けはつかない。ゴールドシップもまだ完全に知人だと決めきれていないのだろう。でも彼女のことだから似ているっていう理由で絡んできそうなのだ。そしてそのまま僕の元になった子のところまで僕を麻袋に詰めて連れていきそう。

 僕からも全力で今は一人で満喫してるから邪魔しないでね的なオーラを出す。ゴールドシップはハジケてはいるが人が本気で嫌がることはしない。なのでこの気配を出していれば問題ない筈だ。現に彼女から僕を探るような気配は消えた。

 

(こうやって見ると確かに美人だなぁ。)

 

 隙を見てチラッとゴールドシップを見る。大人しくしていると美人というのは確かなようで、ジッとしている時とハジケている時の姿が全然一致しない。

 またチラッと見てみると今度は水中ゴーグルをしていた。いや、どっから出した?

 突っ込みたくなるのを抑えて目が合う前に前を向く。しかし気になるのでまたチラッと見る。シュノーケルに進化していた。いや、本当に何処から出してるの!?

 

(突っ込まないぞ。これは誘いだ、引っ掛かるわけにはいかない)

 

 けど気になる。というかさっきからチラチラ見るたびに付けてるものが違うんだけど?その足ひれはいつつけたの?酸素ボンベはいつ持ち込んだ?てかここ風呂場だけど!?

 突っ込みたくなるのを必死に抑える。これは勝負だ。負けるわけにはいかない。僕は耐えた。耐え続けた。

 やがてゴールドシップが出した物をいそいそと片付け始めた。そして出口に向かい、こちらを見る。そこで初めて目が合った。

 ゴールドシップがフッと笑って出ていった。また一人に戻った風呂場で僕もフッと笑い……

 

「だから何だったの!?」

 

 我慢しきれず、思いっきり突っ込んだ。

 

 

 

 

 銭湯からはや数ヶ月後、もう家のような安心感を感じるようになってきた橋の下で僕は生活を続けている。あれから何度か地下レースには出ていてお金を稼いでいる。キャンプ道具も買って生活に困ることは少なくなった。

 

「お金に余裕が出来たし、そろそろ美味しい物を食べても良いんじゃないか?」

 

 僕が僕自身に問いかけるとお腹もそうだそうだと返事をする。満場一致なので鞄を担ぎ、以前から目をつけていた店に足早に移動した。

 

 

「取り敢えず、ここからここまでを下さい。」

 

「は、はい。暫くお待ち下さい。」

 

 席に着いてから注文を済ませて店内を見渡す。辺りは香ばしい香りが漂い、更に空腹感が増す。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」

 

「ありがとうございます。いただきます。」

 

 店員にお礼を言ってから手を合わせ、目の前のご飯を食べ始める。前からコンビニ弁当を食べていたが当たり前のように足りないので野草で誤魔化したりしていたこともあり、久々のしっかりとしたご飯はとっても美味しい。無我夢中で食べ始めるがすぐに無くなってしまった。

 

「すいません。今度はここまで下さい。」

 

「分かりました。お待ち下さい。」

 

 再び注文し、出された水を飲んで待つ。厨房あたりが騒がしくなっているがきっと気のせいだ。

 あれだけでは足りないだろうし今のうちに追加分を考えていよう。

 

 

 

 

 

「お、お会計は──万円になります。」

 

「現金でお願いします。」

 

 鞄から札束を取り出して渡す。満腹なんてこの身体になってから初めての感覚でとても気分が良い。

 

「俺ぁ、やったぜ……。しっかりと客を満足させることが出来た……。」

 

「料理長!しっかりして下さい!料理長ぉ!!」

 

 何やら燃え尽きた人の声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。食べ過ぎで膨らんだお腹をさすりながら僕は店を出た。

 

「久々の店の食事で満足したけど……お金が無くなった。」

 

 今まで通りの生活ならまだまだ余裕があると思っていたので店で食事をする気になったのだが、まさか自分がこんなにも食べるとは思わなかった。お陰で財布の中身が空に近い。

 

「確かそろそろレースがあった筈、そこでまた稼がないと。」

 

 しかし出るにあたって問題がある。今まで僕が愛用していたハリボテが度重なる転倒によってボロボロなのだ。ガムテープで何とか誤魔化していたが既に限界が近い。

 

「新しいダンボールを集めないとね。うん……あれは?」

 

 予定を立てながら歩いていると横にある店の広告が目に入った。

 

「えぇーと、『ウマテープ、ウマ娘が全力で引っ張っても剥がれない超!強力な粘着力があります』か……。これならいけるかな?」

 

 店に入って購入。これで補強すれば多分今回のレースでも耐えてくれる筈。

 

「よし、これで今回のレースは大丈夫だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所は早く取り締まればいいのに上は何をやっているんだが。」

 

 この地下レースを取り締まりたいがバックにいる財団のせいで迂闊に手が出せないなどと言っていたがどこまで本当なのか。

 ため息を吐き、レース場へと向かう。ここに出走するウマ娘は何らかの事情がある場合が多く、このレース場の独自のルールもあって無茶をする比率が高い。なので時々このレース場を見に訪れ、出走するウマ娘たちの中で危ない走りをする子は止める。そしてそのウマ娘の事情を聞き、解決出来そうなら手を貸す。

 全てのウマ娘に手を貸すことは出来ないが、だからといって見ているだけは嫌だ。なので自分の仕事の傍らで、この監視の仕事も続けている。

 パドックの前に陣取り、出走するウマ娘たちを待つ。

 

「今のところは無理して出ている子はいないな。」

 

 出てくる子たちを順次確認していく。中には怪我を隠しながら出走しようとする子もいるのでしっかりと確認する。仮に怪我に気付いてもレースが終わるまで手が出せないのが歯痒いところだ。

 

『続いて一番人気、七番ハリボテモドキ』

 

『いつものようにゆったりとしていますね。今回は曲がれるといいのですが。』

 

 パドックにダンボールを被ったウマ娘が現れる。何かを模して作られた被り物は何処かへたっていて無理矢理ガムテープで補強しているようだ。だが注目すべきはこの子の肉体だ。ダンボールで隠れているが時々見えるその身体はかなり鍛え上げられている。何故こんな子がここにいる?

 

「お?兄ちゃん、もしかしてあいつを見るのは初めてかい?」

 

「えぇ、どういった子か聞いてもいいですか?」

 

 怪訝な表情をしていたので隣の人が話しかけてきた。以前から彼女のことを知っているみたいだしここで情報を集めておこう。

 

「彼女はここ数ヶ月前にひょこっと現れてなぁ。一見、ヘンテコな見た目なんだが走り出したら誰も止められねぇ。今まで何回もこのレースに出てきて全部一着をとっているとんでもねぇ奴だ。」

 

「それは……凄いですね。」

 

 だがそれもあの肉体を見れば納得する。あれならG Iレースに出走していてもおかしくないはずだ。

 

「ただあの子はちょっと困った癖があってなぁ。」

 

「それは一体なんですか?」

 

「このレースを見れば分かるさ。そろそろ移動しないといけねぇ。」

 

 そう言って移動し出す男性の後ろを追いかける。レースの見やすい所に陣取り、始まるのを待つ。

 

『各ウマ娘の準備が整いました。……今、スタート!』

 

『いつものようにハリボテモドキが先頭を走っていきます。』

 

 ゲートから一斉に飛び出したウマ娘たちの中から特徴的なダンボールを被ったウマ娘がバ群から抜け出し、そのままグングンと距離が開いていく。

 

『さぁ、ハリボテモドキ。今回も大逃げだが曲がりきれるか!?第一コーナーが近づいて来ます。』

 

「頼むぞぉ、曲がってくれよ……。」

 

 横にいた男性が何かを呟いている。周りを見渡せば何人かは祈るように彼女を見ている。

 そして、

 

「「「「「曲がれぇぇぇぇええええ!!!」」」」」

 

 彼女が第一コーナーに差し掛かった時に何人かが叫び出す。そして彼女が第一コーナーを曲がろうとして……転倒した。

 

『ハリボテ転倒!ガムテープの剥がれる音ォ!!』

 

『最早お約束ですね。』

 

「なっ!?」

 

「あー、今回もダメだったかぁ。」

 

 地面に顔から倒れ込み、それでも勢いが止まらずに転がる。大外まで転がって、やっと彼女は止まった。

 

「あれが彼女の悪い癖だ。何故かいつも第一コーナーで転倒するんだ。」

 

「何を呑気に言ってるんだ!?転倒したんだぞ!?」

 

「まぁ待て、落ち着いて彼女を見てみろ。」

 

 こいつ……!何を平然と言っているんだ!?急いでスマホを取り出し救急車を呼ぼうとして、止まる。彼女を見てしまったからだ。

 ゆらりと彼女が立ち上がる。ゆっくりと歩き出し、徐々に速くなってくると先程の大逃げより速く走り始めた。

 

『ダンボールの頭の部分が取れているがハリボテ来た!ハリボテ来た!四番粘るがハリボテの脚色は衰えない!今ハリボテがゴール!一着です!』

 

『いつ見ても恐ろしいスピードですね。』

 

 首だけになったダンボールを被った彼女はスピードを緩めると、もげた頭を回収してすぐにレース場から引っ込む。

 それを見て慌ててレース場を後にする。あんな転倒をしたんだ。何処か怪我をしててもおかしくはない。後ろからこちらを呼ぶ男性の声が聞こえてくるが無視して走り出す。

 外へと飛び出して彼女を探す。周りを見渡すと路地裏にあの特徴的なダンボールの顔が入っていくのが見えた。

 

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」

 

「何ですか?僕に何か用ですか?」

 

 彼女を呼び止める。未だに首だけになったダンボールを被っているが首に開けられた二つの穴から覗く瞳がこちらを怪訝そうに見つめている。

 

「少しでいいから身体を見せてくれないか?」

 

「…………は?」

 

 怪我がないかを確認したいので率直に言うと、瞬間的にこちらに近づいた彼女が拳をこちらに振るう。反射的に後ろにのけぞって、それを躱すが突然のこともあり体勢が崩れて倒れてしまう。次に彼女がこちらを踏みつけようと脚を振り下ろすので転がって何とか躱す。

 

「ちょっと待ってくれ!何で攻撃してくるんだ!?」

 

「変態は死すべき、他の子たちに被害が行く前に僕が貴方を捕まえる。」

 

 彼女の言い分で確実にこちらと彼女で何らかの齟齬があることが分かった。何とかその誤解を解くべく頭を回転させる。

 

「ほんの少しだけでいいから身体を見せて欲しいんだ。君が心配なんだ!」

 

「こんなところで女性に身体を見せろって言うことが変態って分からないの!?」

 

 彼女が身体を隠しながら叫ぶ。そこでやっと自分がとんでもないことを言っていることに気付いた。あまりの羞恥で顔が熱くなる。

 

「すまない。さっきのレースで君が転倒したのを見たんだ。だから怪我がないかを確認したかったんだが。とんでもないことを言ったな。」

 

「あぁ、だから身体を見たいって言ったんですね。色々端折りすぎててただの女性の身体を見たい変態にしか見えませんよ。」

 

 幸い彼女はすぐに納得してくれた。頭を下げてさっきのことを謝罪する。

 

「それと怪我は大丈夫です。この通り、怪我は一切ありませんので!」

 

 彼女が腕まくりをしてこちらに腕を見せる。確かあの部分は転けた際にぶつけてた所だ。確かにそこが無事なら他の部位も大丈夫かもしれないが確証は無い。しかし彼女の信用がない今は確認する方法がない。

 

「なら次に聞きたいんだが君は何であのレースに出走しているんだ?」

 

「何故そんなことを聞くんですか?貴方には関係ないですよね?」

 

 彼女の目線が険しくなる。そんな彼女にこちらの身分を明かす。

 

「あぁ、済まない。俺はこう言うものだ。だから君を心配したし、君があの危険なレースに出走するのを止めたい。」

 

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園所属の……トレーナー!?貴方が!?」

 

 心底びっくりしたという表情が瞳だけで分かる。そんなに意外なのだろうか?ただ彼女からの険しい雰囲気が霧散した。

 

「それで、君は何であのレースに出走するんだ?もしかしたら俺がどうにか出来るかもしれないし、話してくれないか?」

 

 彼女の瞳がじっとこちらを見つめる。つい目を逸らしてしまいたくなるが、ここで逸らせば彼女は何も話さないだろう。グッと我慢して彼女を見つめ返す。

 

「…………お金が必要です。僕が生きていくためのお金が。」

 

「それはあのレースじゃないと稼げないのか?俺に出来ることはないか?」

 

 彼女が考え込む。暫く待っていると何かを閃いたような顔をしたような気がした。

 

「生きるためにお金が必要なだけで、急いでいくら稼がないといけないとかそんなものじゃないんです。それよりも欲しいものがあります。」

 

「それは何だ?」

 

「僕の立場。書類上で僕の存在を証明出来るもの。」

 

 彼女が欲しがったのは普通なら産まれた時に誰もが持っているものだった。

 

「それがあれば、あのレースには出ないのか?」

 

「出ないよ?どうしようも無くて仕方なく選んだんだから。」

 

「なら任せろ。それぐらいなら俺がどうにか出来る。」

 

「そうなんだ。流石だね。ならどうすればいいかな?」

 

 彼女が喜びこちらに近づいてくる。ある程度は信用して貰えたのかもしれない。

 

「準備が出来たらこちらから行く。普段はどこで暮らしているんだ?」

 

「えっとね。〇〇川の橋ってわかる?そこの下に住んでるの。」

 

 ちょっと待て。今この子はなんて言った?

 

「すまない、もう一度聞くが何処に住んでる?」

 

「えぇ〜、しょうがないなぁ。〇〇川にある橋の下だよ!」

 

 子供の女の子が橋の下で住んでる!?ウマ娘だからといっても危ないことに変わりはないぞ!?

 

「………今日から俺の家に一緒に住むぞ。そんな危ないところで生活させる訳にはいかない。」

 

「え、でも貴方と二人だけって色々迷惑じゃない?」

 

「心配するな。俺はとっくに結婚して奥さんもいる。」

 

 彼女があり得ないようなものを見る目になる。そんなに意外そうな目をするんじゃねぇ。

 

「………うん、ならお世話になろうかな。本当にいいんだよね?」

 

「あぁ、ウマ娘一人増えたところで何の心配はない。大船に乗ったつもりでいろ。」

 

「なら……よろしくお願いします。」

 

 彼女が礼儀正しく頭を下げる。そういえばまだ自己紹介もしていなかったな。

 

「自己紹介が遅れたな。身分証で見たかもしれないが俺の名前は上島 歩。君はハリボテモドキでいいのかな?」

 

 彼女に問いかけると少し悩むような気配を出した後にダンボールを掴んで脱ごうとする。

 

「顔を隠したいならそれでいいんだぞ?別に強制はしない。」

 

「ううん、いいの。これは僕の問題。けど凄く似てるから驚くと思うよ?」

 

 彼女がダンボールを脱ぎ捨てた。そして素顔をこちらに見せる。

 

「確かに似ているな。とても。だが、君は君だ。気にすることはない。」

 

「ありがとう。そういって貰えて嬉しいよ。」

 

 彼女の素顔はとても似ていた。かつて悪役(ヒール)と呼ばれ、一度は折れかかったものの、再び立ち上がり、黒い刺客と呼ばれた彼女と。違うとすれば普段は隠れている右目が常に見えているのと、ハイライトが一切ない黒い瞳だろう。

 

「自己紹介するね。ハリボテモドキ改め、僕の名前はライスモドキ。たった一人の望みで生まれて、その一人に捨てられた()だよ。よろしくね?お兄さん!」




実はテイオーがアプリの記憶を持っていて、ずっとオリ主を探してるんだけど見つからなくて、レースの勝利時にオリ主の勝利ポーズを真似したり、インタビューで戦うのを待ってるよ的な発言をオリ主がテレビ越しで見て、テイオーが待ってるなら行かなくちゃってなる所まで考えたんだけどそこまで繋ぐ話が思いつかないからきっと続かない。

あ、あと最後の物はわざとです。

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