アプリ産です。通っていいですか?   作:フドル

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誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は後半から温度差かなりあると思う。


迎え入れてくれました。なので通りました!

「テイオー、そろそろ離して欲しいんだけどなぁ……」

 

「あとちょっと、ちょっとだけだから。」

 

 あれから控室に戻り、トレーナーとの話もそこそこにしてラモがいる控室に突入して椅子に座っていたラモのお腹に顔を埋めている。

 ラモも最初は汗臭いからという理由でボクを剥がそうとしていたが離れないボクを見るとため息を吐いて頭を撫でてくれている。

 さっきラモの保護者と思われる人が入ってきたがボクたちの姿を見てラモと少し話すと出ていった。

 

(久しぶりにラモの匂いを嗅いだけど、なんだか落ち着くなぁ……なんでだろ?)

 

『ボクは帰ってきたァァァァァァ!!そしてこのチャンス!逃すわけにはいかない!』

 

(え!?レース中にしか話せないはずじゃなかったの!?)

 

 突如聞こえてきたボクの声に思わず困惑する。ボクたちは全員燃えたはずだし、そもそもボクたちが話せるのはラモとのレース中だけだって言っていたからだ。

 

『こんな大チャンスを前にして呑気に復活してる場合じゃないってことだよ!ってなわけでもっとラモの匂いを嗅ぐんだ、ほら、吸ってー、吐いてー、今度は勢いよく!ほら!ほら!』

 

 あ、このボクはしっとりの方だ。なんだかボクの中が急にジメジメしてきている。他のボクは何をしているんだ、早くこのボクをどうにかしてくれ。

 

『ふひひ、快晴組がいない間に表のボクをこちら側に引き込めばこちらの勝ち『はーい、そこまで。しっとりのボクは大人しく下がろうねぇ〜』なっ、なんでボクが復活してるの!?まだ復活には時間がかかるはずでしょ!?』

 

ボク()が先に復活したから表のボクが危ないってことで他のボクの復活時間を伸ばしてでも先にボクの復活を優先したってことだよ。』

 

『こ、こんなところで……!いや、最高傑作がなんだ!ボクは負けないぞ!!』

 

『その意気やよし!……ところでこれなーんだ?』

 

『な、なんでお注射持ってるのー!?ってやめて近づかないでここでボクが倒れても第二第三のボクうわー』

 

ボク(しっとり)は倒れた。ってなわけで改めて勝利おめでとう。これでようやく燻りがとれたよ。』

 

 ドタバタしていたボクたちが静かになったと思ったら称賛が飛んできた。急転する展開に気持ちが追いつかないがひとまず返事をしよう。

 

(うん、ありがとう。ところでボクたちは大丈夫なの?)

 

『スキルの代償で少し眠っているだけだから心配しないで。一部は過剰供給で復活したけどね。』

 

(ははは……ところでなんでボクたちは話せるようになったの?)

 

『ボクもよく分からないけど、多分スキルを一気に使ったから繋がりが強くなったんじゃないかな?』

 

(そうなんだ。また話せるようになってボクは嬉しいよ。)

 

『そう言ってくれるとボクたちも嬉しいよ。ところで、脚は大丈夫?』

 

 やっぱりボクにはバレるか。レース直後からズキズキと脚が痛む。歩けないことはないのでいつも通りに振る舞えている。

 トレーナーと話をしている時は冷や汗ものだった。無茶な走りだったので異常がないか触診しようとするトレーナーをなんとか押し退け、そのままラモの控室に避難したというわけだ。

 ラモもボクがお腹に抱きつく前にボクの脚を見たので、気付かれたのかもと思ったが何も言ってこないので気付かれていないのかな?

 

(レースが終わってから少し痛むかな?多分、ヒビが入ってるかも。)

 

『うん、この痛みはヒビだね。スキルの代償とはいえヒビで済んでよかったよ。酷い場合だと骨折してるからね?』

 

(ボクにも痛みが来るんだ……。はぁ、病院行かないとダメだよね。お注射とかされないといいけど……。)

 

『あー、そのことなんだけどね。別に何もしなくても治るよ?』

 

(え!?どういうことなの?)

 

『これはあくまでもスキルの代償だからね。まぁ、時間付きのデバフだと思ってもらっていいよ。悪化もしないから安心して。もちろん医者に適切な処置をして貰えば治る時間も早くなるけどボク()は嫌なんでしょ?』

 

 流石ボク。ボクの思ってることを理解している。医者に行かなくていいのなら後でテーピングでも巻いて軽く処置をしておこう。

 

『あとこれも言っとかないとね。ボク()は日常生活とか他の子たちとレースをする時は前より少し速いぐらいまで能力が落ちるからね?』

 

(えぇ!?なんで!?)

 

『最初に言ったでしょ?ボクたちが解放されたのはボク()がラモを認識した時だって。それまでは他の子たちと合わせるために三女神様が封印していたってこともね。』

 

(だったらラモとレースをする前はなんで能力値が上がったままだったの?)

 

『あれはお試し期間。レースで一発勝負なんていくらボク()が天才でも出来るわけないでしょ?だから特別にって訳。』

 

 確かにボクたちはそう言っていた。ボクはまだまだレースに出るつもりだし、それだと他の子たちが明らかに不公平だ。ラモとのレースならいいと思うけどそれ以外はダメだろう。

 

(それなら仕方ないね。諦めるよ。)

 

『そう……それは良かったよ。それとこれはボクからボク()が勝ったプレゼント。』

 

(痛みが……)

 

 脚が一瞬だけ蒼く光ると痛みが引いた。ラモに気付かれないように動かしてみるが全く痛みを感じない。

 

『痛みは無くなったと思うけど、ヒビは入ったままだからね?』

 

(いや、十分だよ。ありがとう。)

 

『プレゼントなんだから気にしないで。……言いたいことは言ったし、ボクはまた少し眠るね?久々のラモに甘えるのもいいけどまたボクたち(しっとり組)が復活してくるかもしれないから程々にね?』

 

(うん、おやすみ。)

 

 ボクの中から気配が消える。ボクも復活を急いだせいかまだ眠る必要があったみたいだ。

 

「テイオー?そろそろ勝利者インタビューだよ?みんなもテイオーを探しているよ?」

 

 ラモの言葉に周囲の気配を探ると確かにさっきより騒がしくなっている。そういえばトレーナーに行き先をちゃんと言ってなかったし、控室にボクがいないとなれば騒ぎになるのは当然だね。

 

「もうそんな時間なんだ。そういえばラモってこの後夜まで予定は空いてるかな?」

 

「一応空いてるけど……。」

 

「だったら少し付き合ってほしいな。先に手を打っておくことにしたんだ。それじゃあインタビューに行ってくるね?」

 

 え?どう言うこと?って戸惑うラモを尻目に控室から出る。ボクとラモが全力で競ったレースなんだ。ドーピングをしただなんて疑われてたまるか。

 

 

 

 

 テイオーが勝利者インタビューをするために控室から出ていった。テイオーってあんなにスキンシップが激しい子だったっけ?

 疑問を感じて年月のせいで朧げになっている僕の記憶を辿っていると上島さんが控室に入ってきた。

 

「お兄さん、ごめんね?負けちゃった。あんなに啖呵を切っていたのに格好がつかないね。」

 

「ラモ……気にしないでいい。ラモは全力を出して負けたんだ。それにあのレースを見れば誰も文句なんて言えないだろう。」

 

「本気を出した僕に勝てる奴なんていないってずっと思ってた。だけどテイオーは僕に勝った。本気の僕にだよ?その時、僕はとっても嬉しかったんだ。独りぼっちだと思ってた僕の隣に並んでくれる子がいるんだって。」

 

「それと同時にお兄さんやコスモさん。それから僕に想いを託してくれた子たちに申し訳ないって思っちゃった。だけど何より──」

 

 レース後からずっと抑えつけていた感情が噴き出てくる。目の前が潤んで見づらくなり、手で何度拭っても余計に酷くなるだけだ。

 

「とっても悔しい。おかしいよね?嬉しいのに、悔しい。こんな感情、僕は初めてなんだ。どうしたらいいのかな?」

 

「素直に受け止めればいい。今は戸惑っても時間が経てば消化できるさ。」

 

 上島さんが僕に近寄って頭を撫でる。いつもより優しく感じるそれは、僕の感情を落ち着かせてくれる。

 

「……うん、少し落ち着いたよ。ありがとう、お兄さん。」

 

「そうか、走って空腹だろう?なにか食べに行くか?」

 

「ごめん、今は食べる気分じゃないや。それとやりたいことがあるからライブ後にまた会おうね?」

 

「……分かった。ライブを楽しみにしてる。」

 

 上島さんが控室から出て行く。暫くしてからドアを開け、通路に誰もいないのを確認してからドアを閉める。

 

「テイオーの勝利者インタビューから少し休憩を挟んでライブが始まる予定だったはず。後一時間ぐらいかな?その間に数回は踊れるはずだからそれまでに二着の振り付けを覚えないと……。」

 

 僕はアプリの世界でも一着の振り付けでしか踊ったことがない。つまり、どの曲でも一着以外の振り付けは知らないってことだ。

 動画を流して二着の振り付けを真似して必死に覚える。えっとここがこうで、ここでこう。キスシーンは驚くような振り付けね?オッケーオッケー。

 動画が終わるとまた再生して踊る。途中でトレセン学園を名乗る黒服が来たが追い返した。ただでさえ時間がないんだ。後にしてくれ。

 

『URAファイナルズ決勝戦のウイニングライブに──』

 

「もう時間なの!?いや、数回は踊れたんだ、大丈夫。大丈夫。」

 

 動画で動きを覚えた僕に隙はない!見てろよ観客!僕の華麗な踊りで心ゆくまで感嘆するといいさ!!

 意を決して控室から出て、僕はライブが行われる所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、その、かわいい踊りだったよ?」

 

「 り ん ご 」

 

「うわ、凄い顔になってるよラモ。大丈夫なの?」

 

 ライブの結果?僕に聞かないでくれ……。一つ言えることは改造ウマ娘でも出来ることと出来ないことはあると言うことだ。

 

「ところでこれってどこに向かっているの?」

 

「急に戻った……。向かう先はメジロ家が保有する病院だよ?」

 

 ライブが終わった後、顔が色々な意味で真っ赤になっている僕の手を引いてテイオーが乗り込んだのは黒いリムジン。中には執事らしき人が運転しており、テイオーを見ると出てきて車のドアを開けてくれた。

 上島さんにはテイオーのトレーナーが話を通しており、二人は上島さんの車でこちらに向かっているそうだ。

 

「病院?なんでそんなところに向かうの?もしかしてテイオー、何処か怪我をしたの!?」

 

「ほら、ボクたちって凄い走りをしたでしょ?素直に称賛してくれる人もいるけどドーピングを疑う人もいるってこと。だから騒がれる前にドーピング検査をして、その人たちに叩きつけようってことだよ。」

 

 そんなこともあるんだ。そんなこと今までなかったのにって思ったがよく考えたらアプリ世界は疑われる訳ないし、地下レースは何でもあり。他のレースは二着の子とアタマ差をずっと守っていたので疑われる可能性は低かったんだろう。

 

「そうなんだ。それでこの車はテイオーの家のもの?凄いのに乗ってるんだね。」

 

「これはね、マックイーンにお願いして貸してもらったんだ。病院の検査の予約もマックイーンがやってくれたんだよ!ラモは知らないはずだから今度また紹介するね?」

 

 メジロマックイーン。アプリ世界では持っていなかったのかレースで見ることはあっても話すことはなかった。古い記憶ではスイーツを与えておけばオッケーと出ているが本当なんだろうか?

 直接会ってお礼を言いたいがテイオーの話し方から今この場にはいないようだ。少し残念だが仕方ない。テイオーが紹介してくれるらしいし、その時に改めてお礼を言おう。

 テイオーと話しながらそんなことを考えているうちに車が止まる。信号かなと思って周りを見るがどうやら目的地に着いたようだ。執事がドアを開けてくれたのでお礼を言って外に出る。

 再びテイオーに手を引かれて病院に入ると受付のところに上島さんと特徴的な髪型をした人がいた。多分テイオーのトレーナーだろう。名前は……えっと、なんだっけ?

 

「ラモ。来たんだな。」

 

「お兄さんの方が来るのが速かったんだね。……ところで、僕を見るなり脚を触ろうとする変態さんは誰なの?」

 

「痛い痛い、あっ!テイオー!助けてくって何その目!?今まで見たことないぞ!?」

 

 上島さんを見つけたので近寄ると僕に気付いた上島さんは僕に手を振ってくれたが、もう片方の変態は僕を見つけるなり後ろに移動して脚を触ろうとしたので両手の手首あたりを踏みつけて床に固定する。

 トレーナーって何で身体を触りにくるのだろうか?そういう趣味を持つ人しかなれないのかな?

 暫定テイオーのトレーナーはテイオーに助けを求めているが反応的に拒否されているみたいだ。テイオーの方を見てみるとなんか凄い目をしていた。まるでギャグ漫画で犯人を見つけてしまったウサギのような目だった。

 

「彼は沖野トレーナーという人だ。ウマ娘の脚を触る癖があってよく蹴られている。人間離れの頑丈さがあるからラモも触られたら蹴っていいぞ。」

 

「ふーん、そうなんだ。では早速「まだ未遂だしラモが蹴れば大変なことになるから触られるまで我慢しろよ?後、そろそろ離してやれ。」……はーい。」

 

 上島さんの話を聞いて抑えてる方とは逆の脚で蹴り飛ばそうとしたが流石に止められた。仕方なく彼から脚を退けると手首を摩りながらまた僕の脚を触ろうとする。

 ここまできたらいいだろう。肌に手が触れると同時に蹴れるように準備をしたが僕の脚に彼の手が触れることはなかった。触れる前に止められたが正しいかな?

 

「あの?テイオーさん?何か言って欲しいんだが。後その目をやめて欲しいな〜なんて。」

 

「……………」

 

「おい、待て!引っ張るなって!どこに行くんだ!?」

 

 テイオーに引き摺られて沖野トレーナーは病院の通路に消えていった。その後に野太い悲鳴が聞こえ、暫くするとテイオーだけが戻ってきた。

 

「それじゃあ受付を済ませよっか!」

 

「テイオー?沖野トレー「トレーナーは少し疲れて寝てるみたいだからそっとしておこうね?」そうか。」

 

 上島さんが沖野トレーナーの安否を聞こうとしたが途中であの目をしたテイオーに遮られ、追求をやめたようだ。

 病院の案内に従って通路を進む。どうやら僕はテイオーと隣の部屋で検査を受けるようだ。ちなみに部屋に入る時には沖野トレーナーは復活していた。凄いなあの人。

 医者から色々検査を受ける。少し纏めることがあるらしく医者が部屋を出ていき部屋が静かになる。

 

『ほ、ほら!この程度固定していたら勝手に治るから大丈夫だよ!』

 

『大丈夫なわけあるか!悪化するかもしれないんだぞ!?』

 

『早めに気付けて良かったですね。これなら適切な処置をすれば問題はないでしょう。』

 

『なんでお注射持ってるのー!?』

 

『それはお嬢様の主治医だからです。』

 

『何言ってるの!?ワケワカンナイヨー!』

 

『諦めろテイオー。お前のためだ。』

 

『やーだーやーだーやーだー──』

 

『お願いします。』

 

『はい。』

 

『ピギャア!?』

 

 隣の部屋が騒がしくなったら静かになった。あのメジロ家の主治医ってここにいたっけ?何処か懐かしいやりとりを思い返していると僕の方の医者も帰ってくる。何気なしにその手元を見て硬直する。

 そこにあったのは注射器だった。しかも医者はそれを手に取っており、明らかに使う気満々だ。

 

「お、お兄さん?僕は怪我をしてないから注射をする必要はないと思うんだけど?」

 

「怪我の治療じゃない。丁度病院に来たから予防接種を受けさせようと思って準備してもらった。」

 

「予防接種!?だ、大丈夫だよお兄さん!僕は病気なんて絶対にならないからその注射器はしまおうよ!ね!?ね!?」

 

「ダメだ。それじゃあお願いします。」

 

「はい、初めての接種みたいなので別々のものを四回うちますね?」

 

「よ、四回も!?僕死んじゃうよ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──」

 

「お願いします。」

 

「はい。」

 

「ひぎゃあ!?」

 

 

 

 

 

 あの後、病院の待合室で僕たちは抱き合っていた。お互いに予想外の注射で傷心だからだ。

 

「うぅ〜、ラモ〜」

 

「よしよし、注射器ってあんなに怖いんだね。僕はもう懲り懲りだよ。」

 

 テイオーの頭を撫でつつ、まだ予防接種が残ってる事実に気が遠くなる。きっと上島さんは僕が何も予防接種を受けていないと思っているし、事実その通りなのだがどうにかして回避出来ないかな?

 

「ラモとテイオー。検査の結果は後日に出るそうだ。今日はもう帰るぞ。」

 

「分かったよ、お兄さん。それじゃあまたね?テイオー。……テイオー?」

 

 回避方法を思考していると上島さんから帰る旨を聞いたのでテイオーを離そうとするがテイオーが離してくれない。それどころかさっきより抱き付く力が上がっている。

 

「どうしたのテイオー?」

 

「また……会えるよね?消えたりしないよね?」

 

 テイオーがジッと僕を見つめてくる。その目は不安に揺れており、僕に抱き付く身体も震えている。きっとテイオーはまた僕が消えないか不安なんだろう。

 

「うん、大丈夫だよ。テイオー。僕はもう消えない。だから──」

 

 こちらを見るテイオーの額にコツンと僕の額を合わせる。

 

「──またね?テイオー。」

 

 目を見開いたテイオー。いつの間にか身体の震えも収まったようだ。

 

「うん、うん!また会おうね?ラモ!」

 

 お互いに笑い合い、今度こそ離れる。携帯で連絡先も交換したのでいつでも話せるだろう。

 病院の前で手を振って別れる。次はいつ会えるかな?

 

 

 

 

 

 

 テイオーと別れ、上島さんの家に帰ってきた。コスモさんは僕を見ると笑顔でお疲れ様って言ってくれた。負けたことを謝ろうとしたが口を開く前に指先で口を抑えられてウインクされた。

 言わなくていいってことなのかな?その後も謝ろうとした時だけ口を抑えられたので多分あってる。

 その後はいつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけとなった時に上島さんから呼び出された。

 

「来たか、そこに座ってくれ。」

 

「お兄さんにコスモさん……どうしたの?」

 

「レースの前日に話したいことがあるって言っただろ?それのことだ。」

 

 いつもとは違う雰囲気を出している二人に困惑しながら二人とは逆の椅子に座る。僕が椅子に座ったのを見て上島さんが話し出した。

 

「俺たちが出会って数ヶ月が経ったな。」

 

「うん、そうだね。」

 

「そこでそろそろ俺たちの関係も変えようと思う。」

 

 上島さんが一枚の紙を僕の前に置いた。

 

「えっ……」

 

「ラモ……。俺たちと家族にならないか?」

 

 そこにあったのは養子縁組の紙だった。理解が追いつくにつれて身体が震えてくる。

 

「ぼ、僕なんかでいいの?食費とか大変だよ?」

 

「ラモちゃんだからいいのよ?食費は心配しなくていいって前にも歩さんが言ってくれたでしょ?だから気にしなくていいのよ?」

 

「そうだ。だからラモがよければ家族になろう。」

 

 その後も色々聞いてみたが全部優しい笑顔と言葉で返される。もうダメだった。目の前が涙で何も見えなくなる。嗚咽を漏らす僕にいつの間にか隣に来ていたコスモさんが優しく撫でてくれる。何でこんなに涙が出るなんて僕にも分からない。

 だけど欲しかったものをやっと手に入れた気がして嬉しくてたまらないんだ。

 

「これからもよろしくね?……お義父さん!お義母さん!」

 

 二人は顔を見合わせてから笑顔で

 

「「よろしく!ラモ(ちゃん)」」

 

 そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が正式に上島家の一員になってから数週間が経った。その間に結構世間は盛り上がったみたい。

 まず、やっぱり僕とテイオーはドーピング疑惑をかけられた。一時期は過激派によってニュースに出るほど燃えたみたい。

 だけどそれに対してテイオーは自分のウマッターで自分と何故か僕の検査結果を貼ることで反撃。過激派は偽物だと反論したがトレセン学園とメジロ家が叩き伏せた。

 まぁメジロ家が主導して検査したのに偽物って騒がれたら怒るよね。後は何故かシンボリ家とURAも出てきて騒ぎはだいぶ収まった。

 それとテイオーが今回のレースで大きな怪我をし、それによってあのレースのような速度を出せなくなったとも放送されていた。それを見て慌ててテイオーに電話をしたが問題ないらしい。ついでにテイオーの怪我が実は全く問題ないことは黙っといて欲しいとも言われた。どういうことなんだろう?

 そのニュースが放送されたことでやっぱり無茶をしてたんだと思われたのか今だと全く騒がれなくなっている

 他にはトレーニングが出来なくて暇なのか結構な頻度でテイオーが遊びにくる。ゲームをしたり、特に意味もなく僕のお腹に顔を埋めたり、散歩したりと色々だ。テイオーが僕の部屋を覗いた時はテイオーの背後に宇宙が見えたがきっと気のせいだ。

 そういえばあの時に来たトレセン学園の黒服の人って何を言いに来たんだろう?ライブが終わった後は少し汗を流してすぐにテイオーに連れていかれたから用件を聞きそびれたままだ。

 上島さ……お義父さんに学園で何か言われたかを聞いてみたが何も聞いてないとのこと。本当に何だったんだろう?

 そんなある日、我が家に川西さんがやってきた。

 

「川西さん。こんにちは!お義父さんとお義母さんなら今はいないよ?」

 

「おう、ラモも元気そうだな。今日はラモに用があるんだ。」

 

 川西さんとはあの後も色々話すことがあって愛称で呼んでもらうことにした。

 

「僕に?何の用かな?」

 

「あぁ、ラモ。今度俺の会社が主催をする特殊なレースを走ってみないか?」

 

「特殊?悪いけど僕はもう地下レースには出ないよ?」

 

「言い方が悪かったな。心配するな、しっかりURAから許可を貰った正式なレースだ。ルールはこの紙に書いてある。」

 

 川西さんが鞄から紙を取り出して僕に渡して来たので受け取って軽く読んでみる。

 

「これって……地下レースのルールに似てるけど安全性を更に高めたって感じだね?」

 

「あぁ、ついでにここも見てほしい。」

 

 川西さんが紙のある一行を指差す。そこを言われるがまま読んでみる。

 

「えっと?『今大会のプライバシーを守るため、正式枠は番号のみ、色物枠は仮名があればそれを呼称する。』と。……色物って何?」

 

「ラモで言うとハリボテモドキみたいなものだ。後はこのレースはお遊びみたいなものだから現金は出ない。それだと誰も参加するとは思えないから代わりに食べ放題のチケットや高級人参セットなどの直接金にはならないものが景品になっている。」

 

「食べ放題。」

 

「まぁ気が向いたら参加してくれ。それじゃあな。」

 

 言いたいことは言ったのか川西さんが帰っていく。それを見送ってからリビングに戻り、椅子に座りながらジッと考えるが答えは決まっているようなものだった。

 

(これは久々の出番になるかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース当日、僕はパドック裏で待機していた。周りの正式枠の子達からの視線が痛いが、僕の他にも色物枠がいるのでそこまで気にならない。

 

『では!今レースのメインである色物枠を紹介していきましょう!』

 

 その実況の発言に観客たちが騒めく。今回は周りの人たちからすると物珍しいのかかなりの観客がこのレースを見に来ていた。

 

『二人いる中の一人目!番外一番!チャリデキタ。』

 

 パドックにママチャリを漕いだウマ娘が現れる。観客たちは歓声というよりか困惑の声をあげている。

 

『ママチャリってアリなんでしょうか?」

 

『今回のルールでは自身の脚を使うものならなんでもオッケーらしいですのでチャリデキタはセーフとなります。』

 

『そうですか。見たところ普通のママチャリに見えますがチェーンは大丈夫なんでしょうか?』

 

『そこは彼女の腕……脚次第でしょう!その自転車捌きに期待が掛かります。』

 

 チャリデキタはパドックを少しママチャリで回り、こちらに帰ってくる。通り抜け様にグッジョブとされたので僕も返しておく。

 

『さぁ!次は二人目!パワーアップして帰ってきた!だけど初代は何処にいった!?番外二番!我らが……じゃない。ハリボテモドキ2.0です!』

 

 呼ばれたのでパドックに上がる。先程の困惑から抜け切れていない観客は僕を見て更に困惑しているが一部では歓声が上がっている。

 

『ダンボールはまだ分かりますがドラム缶を装着している意味が分からないですね。』

 

 実況の一人も僕の姿に困惑しているようだ。それは仕方ない。だって僕の今の姿はドラム缶の底を突き破って頭を出し、そこにハリボテ頭を装着。更にドラム缶を突き破って腕を出して後は動きやすいように脚と尻尾の部分を改造しているだけだ。

 

『えー、ここでハリボテモドキ2.0からメッセージがあります。』

 

『今大会の特別ルールである希望者はメッセージを出せるというものですね?』

 

『その通りです。では読みます。【ぶっちゃけ54キロ増えただけで装着する意味がなかった。】とのことです。』

 

『それじゃあ何でつけてきたの!?』

 

 せっかく作ったのに一度も使わないのは勿体ないと思って装着してきた。後悔はしている。だってこれ地味に重いし動きづらいしでデメリットにしかなってないもん。

 観客へアピールは済ませたのでパドックから引っ込みバ場へと向かう。その途中で係の人から色物枠専用のリタイア用の白旗とまだ続けられるという意思表示の緑旗を受け取る。

 色物枠は自分でダメだと思ったら即座にリタイアを出来るようになっている。多分ルールに書いてある自分で持ち込んだ物をゴール時に全て所持した状態でなければならないってルールのせいだと思う。

 バ場に出て大外の端を見てみるとクッションが敷き詰められている。確か色物枠が突っ込んで来た時用のものだっけ?更ににそこら辺にいっぱい審判が配置されており、その審判が赤旗を振れば即座にリタイアとなっている。これも確か色物枠が転倒で意識を失ったりしたら直ぐに救助出来るようにだったはず。

 しかし僕みたいな第一コーナーで確定転倒をする者もいると川西さんは思っているようなので意思表示の緑旗を持たせるようになったのだろう。

 ルールを思い返しながらゲートに入る。ドラム缶のせいで割とキツキツだ。ほんとこれ邪魔にしかなっていない。

 

『各ウマ娘、ゲートインを完了しました。今スタート!っとチャリデキタが大幅に出遅れている!』

 

『ママチャリを漕がないといけませんからね。当たり前です。』

 

 いつものように駆け出し先頭に飛び出す。ドラム缶が邪魔でスピードは出ないがそれでも速い方だ。

 

『ハリボテモドキ2.0!ドラム缶を装着してるとは思えない速度で先頭を駆けていく!!』

 

『収納場所がなかったのでしょうか?片手に一つずつ持った旗が綺麗ですね。』

 

 仕方ないじゃん!引っ掛かるところが何処にもなかったんだから!!実況にツッコミを入れてる間に僕の宿敵である第一コーナーにやってきた。

 

『さぁ!第一コーナーがやってきました!先頭はハリボテモドキ2.0!後方からはチャリデキタがママチャリで追い上げてきている!』

 

『ベルがチリンチリンとうるさいですね。』

 

 後ろからの音に気が散るが意識を集中して第一コーナーに入る。観客席からまばらに曲がれぇ!と聞こえてくるが多分気のせいだろう。

 いつもなら転倒しているところを通過する。おっ?これ行けちゃう?まだ2.0だけど行け……あっ、ですよね?

 

『ハリボテ転倒!緑旗を振りながら何処までも転がって行くぅ!!』

 

『彼女は顔が見えませんから早めに審判に意思表示をしているみたいですね。』

 

 いつものように転けたが今回はドラム缶を装着しているので予想よりだいぶ転がる。このままだとコースアウトするので係の人には申し訳ないが白旗を地面に突き刺すことで無理やり止まる。

 

『先頭が変わって一番。その後ろに三番がいる。その外からチャリデキタがってここでチャリデキタも転倒!どうしたのか!?』

 

『チェーンが彼女の脚力に耐え切れずに切れたみたいですね。』

 

『緑旗を振っているので大丈夫らしいです。実況を続けます。』

 

 どうやら僕のお仲間も転倒したらしい。色物枠は転倒しないといけないお約束があるのかな?

 

「そろそろ追いかけないと間に合わないや……んん?」

 

 立とうとするが立てない。あの手この手で頑張ってみるが見事にドラム缶が邪魔をして立つことができない。

 

「ハリボテエレジーだと頼りになるのにモドキだと全く役に立たない!」

 

 その間にも先頭はドンドン先に進んでいる。仕方ない、奥の手を使う。

 いそいそとドラム缶を脱ぐ、今回はハリボテ頭が簡単に取れないようにドラム缶とくっ付けていたのが仇となった。しかし僕は素顔を晒さないためにきちんと対策をしているんだよ!!

 ドラム缶を脱ぐと横倒しのままその上に乗る。そしてそのまま玉乗りのような感じで前に進む。

 

『おっと!ここでハリボテモドキ2.0が復活!頭のダンボールを脱いでいるがついにその素顔が明かされ……ない!何ですかあのマスクは!?』

 

『あの頭をリアルに寄せた感じでしょうか?』

 

 僕はウマのマスクを対策として装着しているんだよ!この世界には存在しなかったからもちろん自作だよ!

 ドラム缶に乗りながらドンドン前に進む。すると僕と同じ色物枠のチャリデキタが僕を見ていた。

 

『チャリデキタがハリボテを見ていますね。どうしたのでしょうか?』

 

『背中にずっと括り付けていたプラカードを外して何か書いていますね。』

 

 チャリデキタが僕にプラカードを掲げる。そしてチャリデキタは僕にポーズを取った。

 

『こ、これは!?ヒッチハイクだぁ!きらりと輝くプラカード!そこに書かれた【ゴールまで】!ハリボテモドキ2.0!これにどう対応するのか!?』

 

 チャリデキタは美しいポーズを決めている。天に突きつけられた親指、顔はゴーグルで見えないが口からは綺麗な歯が見えており、点数は文句無しの100点、しかし僕の答えは。

 

『無視!ハリボテモドキ2.0!そのまま横を通り過ぎたぁ!!』

 

『チャリデキタもさすがに無視されると思ってなかったのか少し呆然としていますね。おっと、ここで白旗。チャリデキタ、リタイアです。』

 

 ごめんね?このドラム缶は一人用なんだ。彼女の想いを無駄にはしないとドラム缶を更に強く転がす。踏むごとになにか軋む音が聞こえるが走行に問題は無いので多分気のせい。

 

『大外からハリボテモドキ2.0が上がって来た!先頭も粘るが距離が近づいて来ているぞ!』

 

『この末脚?は凄まじいものですね。』

 

 他のウマ娘たちをドンドン抜いていく。今回はまだゴールまで余裕があるところで一位に戻れそうだ。

 

『ハリボテモドキ2.0!他のウマ娘を抜いて一位に返り咲いた!』

 

 よし!これで食べ放題チケットはいただい【メキャ】た?

 

「ぶへぇ!?」

 

『ゴール目前でハリボテ再び転倒!!』

 

『力強く踏みすぎたようですね。』

 

 地面に顔をめり込ませたまま緑旗を振る。その後に起き上がり脚を見るとドラム缶を突き抜けていた。

 なんとか抜こうとするがなかなか抜けない。焦りが募り、片脚だけで走ろうとするがその前に他のウマ娘たちがゴールを通過していた。

 

『大切に扱えば幸を呼び、適当なら不幸を呼ぶ。確定しました。一着は二番。二着は五番となりました。それではまた会いましょう!物は大切に。』

 

「ぼ、僕の食べ放題チケットがぁぁあ!!!」




最初に考えてた書きたい所は養子になる所までだったので次から投稿するならネタ寄りの日常になるのかな?
あとハリボテ3.0まではいきたい。

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