「そっちには行っては駄目!」
後ろから聞こえる必死の叫び声。
おかしい……聞こえてくるその声は……紛れもなく……。
「メリーっ!」
黒い裂け目の中に入ってこうとするメリーを制止する蓮子の声が耳に入った
気がつくと私は既に黒い裂け目の中に足を踏み入れていた。
黒い裂け目の中に何かが見える。
中は暗く殆ど何も見えない黒い景色が続いていたが、確かに彼女の目には見えていた。
それはまさしく……。
彼女は確かめられずにはいられなかった。
その向こうに見える―を。
「―メリーっ! 聞こえないのっ?」
ふと、耳に入ってきた蓮子の声で我に返るメリー。
「……っ! 蓮子!」
既に踏み入れていた黒い裂け目の内側から、まだ外側にいる蓮子に慌てて助けを求めるように声をかける。
「何してるのメリー! 危ないから早く戻ってきて!」
必死の形相で蓮子が呼び戻そうと声をかける。
自分は何をしてるんだ。
早く戻らなければ! ここは危ない。
自身の身の危険を感じ慌てて戻ろうとする。
まだ中に数歩入っただけの距離だ。引き返そうと思えばすぐに……。
そう思っていた矢先、メリーの目には黒い裂け目が閉じていく光景が目に入る。
一気に体から血の気が引くと同時に、これまで経験したことのないような恐怖に体が強張る。
―まずいっ! このままだと戻れなくなる。
事態を察知するや否や、慌てて身を翻し、手を伸ばす。
「蓮子!」
「メリー! 早く!」
向こう側から蓮子も手を伸ばしてくれていた。
僅かの距離だ。これならまだ間に合う!
伸ばされた手を掴もうとする。
僅か数秒の出来事がとても長く感じる。
すべてがスローモーションのような感覚だった。
―掴んだ!
確かに彼女の手の温もりを感じることができた。
「メリー!」
掴んだ手が蓮子によって引っ張られる。
「良かった間に合っ―」
―そこで世界は閉じた。
ただ一つ痕跡を残して……
「―私が覚えているのはここまでです」
思い出せる事は全て話した。
所々朧げな部分がありながらも、殆どの出来事は覚えていた。
「そう、ありがとう。思っていた以上に鮮明に覚えているのね」
「私はきっとその時、この怪我を負ったのだと思います……」
自分の右腕があるはずの場所を見つめて悲しげにそう言う。
「そうみたいね。残念ながら貴方の右腕を治療することは現物がない以上難しいことです。貴方が外の人間である以上、そちら側に無い技術で腕を治すことは可能と言えば可能ですが、その場合、貴方が元の世界に戻った場合、何が起きるか私には保証ができないので」
「そう……ですか。あの……、『こちらの世界』と言いましたが、ここは一体どこなんですか?」
とりあえず自分の身に何が起きたのか、少しばかり分かることが出来た。
なら次に確認しなければいけないのは、いま自分は一体どこにいるのかということだ。
「ここは、『幻想郷』と呼ばれている場所です」
幻想郷―
耳にしたことの無い言葉だ。
「私たちが『外の世界』と呼ぶ貴方たちが住んでいる世界から『非常識』として否定され、忘れ去られたものが流れ着く場所。人妖様々な者が蔓延る世界と言えば、貴方には通じるかしら」
人妖様々な者……。
確かに先ほどから、自分とこの永琳と名乗る者以外に、部屋の片隅に立ってこちらを見ている少女の頭には兎の耳が生えている。初めは何かのコスプレかと思っていたが、どうやら今の話を聞いているとあの耳は本物なのだろう。
「まぁ、そこにいる助手の姿を見れば分かるでしょう。この世界は人間以外の者が多く住まう場所です。はっきり言ってしまえばあなたの様な力の無い人間が夜道をおいそれと夜道を歩けるような場所では無いということね」
「そうですか……。なんだかとても危ない所に来てしまった気がします」
「当然の感想ね。此処は……そうね。力のある者しか生き残れない。残酷な世界と言ったところかしらね。人と妖が手を取り合って生きていくなんて夢のようなお話があれば別かもしれないけど……」
人と妖が共に手を取り合って……。
そこにる兎耳の彼女を見た感じは危害があるようには見えなかった。
この世界はこの世界の複雑な事情があるのだろう。
そう考えていくうちに一つの疑問にたどり着く。
「待ってください。じゃあ永琳さんも人間じゃないって言うんですか?」
「私は―」
「永琳!」
突然部屋の扉が勢いよく開かれる。
けたたましい音を立てながら部屋に立派な桃色を基調とした着物を着た黒髪の美しい女性が入ってきた。
「姫様! どうされたんですか?」
「どうもこうも無いわよ。あいつが、あいつが外からここに入ろうとして来ているわよ」
「なんですって? 結界が破られたというのですか? 外界と遮断している此処にどうやってたどり着いたっていうの?」
何やらただ事では無い様子だ。
先程まで落ち着いて喋っていた永琳も、姫様と呼ばれる彼女の言葉を聞いた途端、尋常じゃない雰囲気で部屋を飛び出そうとしていた。