「……博麗の巫女?」
また、聞いたことの無い言葉だった。
「あいつは……とうの昔に……どうして今……ここに……?」
苦痛に顔を歪めながら、何とか声を出していた。
「私は大丈夫です。なんたって妖怪なんですから……。これくらい……師匠がすぐに治してくれ……ますので……」
確かに妖怪と聞く限り人間より丈夫なのは想像に容易いことだが、怪我の様子から明らかに、命の危機に反している様子だった。
「それより……早くここを……離れてください。今ならまだ貴方を逃がすことは師匠ならできるはずです……。なんて言ったってあの人は…………っ…………ぐっ…………」
「しっかりしてくださいっ!」
明らかに苦しむ様子に、焦燥感が募る。
「少し……休ませてもらいますね……」
そう言うと彼女はその場にへたり込み、意識を失った、
「どうしよう……? どうすれば?」
再び、部屋に静寂が訪れると同時に、突きつけられた惨状に戸惑いを隠せない。
次から次へと事態が酷くなっていくように感じた。
このまま此処に居ても駄目なのなら……。
気がつくと自分はあの部屋を飛び出していた。
あのまま、あそこに居ても埒が明かない。
廊下に出ると、どうやらこの建物は立派な古風の屋敷造りになっているらしく、自分がいた部屋以外は基本的に襖で仕切られた部屋がいくつも続いていた。
香り高いヒノキの匂いが鼻孔をくすぶる。
古い屋敷づくりなのだが、まるで最近建てられたような気配を漂わせていた。
まるで、自分が古い時代にタイムスリップした気分になる。
「出口を探さないと……」
とにかく、廊下を走る。
廊下は非常に暗く、所々にかけられた行燈の明かりが廊下を照らすのみだった。
どうやら時刻は夜らしい。
屋敷の中は人の気配が無く、もぬけの殻に等しかった。ふ何処かの部屋に固まって避難をしているかもしれないが、それにしては人の気配が無さすぎる。
ふと、遠くから物音がメリーの耳に入ってきた。
音を頼りに進むしかない。その先で何が起きているか分からないが、あの兎はどうにかしてくれると言っていた。今はそれを信じるしかない。
ふと、頭の中に傷を負った先ほどの兎の少女の姿がちらつく。
自分も、もしかしたらああなってしまうのかもしれない。
いや、既に片腕を失くすほどの怪我を負っているが、それでも命の危機を感じれば誰しも恐怖を抱く。
だが、それしか頼りが無いのなら……今は進むしかない。
廊下と襖はどこまでも続いており、走っても、走ってもその景色は変わらなかった。
―おかしい……。
いくらなんでも、広い屋敷と言えどこの広さは尋常ではない。明らかに常軌を逸している。
どこまでも続く、廊下をただ走らされている感覚だ。
それでも、進む方向からは時折、音が聞こえてくる。
それに先程から、傷を負った箇所が妙に痛みを訴えている。
それは、聞こえる音に近付けば近づくほどそれは強くなっていく。
きっとこっちで合っている。
そんな予感がしていた―
ふと、同じような襖が続く光景に違和感を覚える箇所があった。ぱっと見た感じでは他のものと見た目は変わらない。
しかし、彼女の目は確かにその襖から違った何かを捉えていた。
ここだ―。
この無限に続く廊下から脱することが出来る。
何故だか彼女の中に確信を得るものがあった。
「きっとこの先に……」
襖に手をかける。その手は、恐怖からか焦りからなのか小刻みに震えていた。
この先で一体何が起きているのか。そもそも、この不可思議な廊下は何なのか。
答えの分からない疑問ばかりが脳裏をかすめるばかりで、この廊下と同じように彼女を夢幻回廊の先の見えない底に突き落としてくる。
行かなければ、ここから出なければ何も分からない。
そして震える手でその襖を開けた。