襖を開けた先は、中庭らしき場所が見渡すことのできる屋敷の縁側だった。
周りに灯りは一切ないのに、眩しいと感じる程の月の明かりが美しい庭の全貌を曝け出していた。その光景は何とも妖しく、そして美しく、偉大な美術家が美しさだけを追求して完成させた絵画の世界を目の当たりにしているようだった。
そのあまりの美しさに目を奪われる。動作が一瞬止まってしまったが、はっとなり周りを見渡すが中庭には人影は無かった。
改めて周りを確認すると、確かに広い屋敷ではあることには違いないが、先ほどまでの廊下の長さを誇る程の広さでは無いことが見て取れる。
やはり自分がいたあの廊下は何かおかしな場所だったみたいだ。
周りの様子を確認していると、遠くから何やら人の声や物音が聞こえてきた。
慌てて聞こえてきた方向に向かって縁側を進んでいく。
突き当りを一度、二度、縁側にそって急ぎ足で曲がる。
外を見渡すと、どうやらこの建物の周りは竹林で囲まれているようで、わざわざ塀を建てる必要が無いのか、庭と敷地の境界は竹林で仕切られているようだった。
さらに縁側を中庭に沿って進んでいくと、三度目の突き当りに差し掛かった時、物音が聞こえてきた。
すぐそこだ。
慌てて裸足のまま中庭に縁側から飛び降りて、物音が聞こえてきた方向に駆け出す。
どうやら、中庭を通じて建物の玄関らしき場所まで来たようだ。
相変わらず古風な屋敷を思わせる玄関が目につく。ふと視線を落とすと石畳が屋敷の外の竹林に向かって続いているのが分かる。
そして、視線を辿って行った先には信じられない光景が広がっていた。
「貴方っ! どうしてここにっ!」
部屋の中に居たはずのメリーの姿に気がつき、信じられないという表情でこちらを見てきた。その彼女の周りには大量の出血した跡が地面を濡らし赤黒く染めていた。彼女自身もまた、自身の血なのか返り血なのか分からないが、体や装いを汚していた。
「永琳さん! 何があったんですか! その血はどうしたんですかっ!」
部屋を勝手に飛び出してきたことは余所に、彼女のただ事で
は無い様子を見て言葉を返す。
「これは、これが私なんです」
「何を言って……」
瞬間、彼女の体を細い針のような物が何本も貫いた。
自分に注意を向けていたのか、この騒ぎの元凶から背を向けていた
らしく、背中から何本もの針を刺され体を貫通していた。
「……っ! 永琳さんっ!」
突然起きたあまりの光景に、ただ声を出すことしかできなかった。
針で負傷したダメージと、その衝撃で彼女はその場に正面から倒れてしまった。
「いやぁっ!」
思わず叫び声をあげてしまう。
無理もない。目の前で人が殺される現場なんて一般的な生活をしていれば、まず出くわすことのない事だ。
ふと視線を地面に倒れた永琳から上にあげると、倒れた彼女の向こう側に人影が見えた。
「……巫女……さん?」
それは、紅白を基調とした巫女服を身にまとった黒髪の少女だった。
月明かりに照らされる竹林を背に、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
彼女との距離は正確には分からないが少なくとも十メートルは離れている。月明かりだけでは、正確に表情を見ることが難しい距離ではあったが、微かに見えるその表情は決して穏やかなものでは無かった。
そして、その目はこちらを見据えている……。
それだけは明確に分かった。
「なんで……どうしてこんなことをするの……?」
かすれる声で呟く声は彼女の耳には届かないだろう。
「どうして、次から次へと私から何かを奪っていくの……」
穏やかな日常。
かけがえのない友人。
自身の左腕。
そして、さっき会ったばかりの者たち。
自分の目にするものが全て奪われていく。
一体誰が、どうして私がこんな目に逢わないといけないのか……。
これ以上の不幸なんてあり得ない。そう思える程に、彼女は絶望の淵に立たされていた。
「私が……私が何をしたって言うのっ!」
あふれ出る感情が、心の叫びとなって喉を震わした。
きっと目の前の巫女にも届いたはずだ。
その声を聞いてか、その巫女はゆっくりとこちらに歩み始めた。
「―っ!」
明らかに私を狙っている!
目の前で人が殺されているのだ。こちらに近付いてきたということは、次は自分の番だ。
あまりの恐怖に体の奥底から今まで経験をしたことの無い、得もしがたい感情か何かが沸き出てきて、全身を支配する。
あと何秒自分が生き残れるのかという状況に立たされるとこんな気持ちになるのか。
全身が一気に熱く感じて汗をかく感覚と、眩暈がするほどの悪寒を感じる感覚が同時にやってくる感覚だった。
「―殺されるっ!」
目を瞑り、身を強張らせる。
一秒……二秒……。
僅かの時間が果てしなく長く感じる。
そんな時、ふと声をかけられた。
「……やっぱり。この子が目的ですか」
聞き覚えのある声だった。
「永……琳さん……?」
先程まで地面に倒れていたはずの彼女が、目を開けると自分の目の前に立っていた。
「あり得ないって顔をしてるわね。でもね、これが私です」
体に刺さったままの針が痛々しく見えるが、彼女は毅然とした様子で何事も無いようにふるまっていた。