実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート 作:TE勢残党
応援ありがとナス!
川星ほむらは、三鷹シニアのマネージャーである。
一般の雑用にとどまらず、様々な情報収集や助言の数々を行うこともある。
遠方の無名チームだろうと内情を丸裸にしてしまう情報収集能力とその知識量から、一部のチームからは選手以上に警戒されるほどの存在だ。
それらは別に、猛勉強の末に身に付けたものではない。
小学生の頃から野球が好きで、野球と名のつくあらゆる書籍、ネットの記事、実際の試合、プロの交流会を通じて自然と身に付いたものだ。
残念ながらこの強豪チームで選手をやれるほどの身体能力は持ち合わせていなかったが、「好きこそものの上手なれ」を地で行く彼女は、立派にチームの頭脳として活動していた。
そんな彼女にかかれば、世界大会で日本を出た代表チームの合宿先くらい簡単に調べがつく。
同じく会場を訪れている気合いの入ったファンを囮に使えば、ちょっと球場のフェンス横に入るくらい容易なことだ。
日本ほど野球の盛んでない今回の開催国では、警備も日本ほど厳重なものではない。
──来た当初は、そこまでするつもりはなかった。
代表選出チームの関係者ということで、世界大会のチケットは優待券が届いている。
親の仕事の関係で決勝ラウンドの開催に前乗りするのが精一杯だったが、空いた時間を利用してチームの……もとい、元哉の練習をこっそり覗くつもりでいた。
差し入れ等するとさすがに問題になるから、一声くらいかけてまた帰る、というのが当初の予定だ。
実際、簡単にグラウンドまでたどり着き、自主練で外に出ていた元哉を発見する。
「あっ!」
ぱぁっ、と表情を明るくするほむら。誰かがその様子を見ていたら、「飼い主を見つけた時の犬」という評価を下すだろう。頭の上でぴこぴこ動く耳と、激しく揺れる尻尾を幻視するような有り様だった。
そんなほむらの意中の男子は、相変わらずストイックに練習をしていて──
「凄いな、無敵だろそんな力があったら」
「く、くすぐったいなぁ。褒めすぎだよぉ……」
そして、一人ではなかった。
ほむらは物陰に身を隠しているが、この角度からはグラウンドがよく見える。
二人きりのようだ。既に全体練習は終わっているらしい。というか、時間的には夕飯の後、就寝までの隙間時間だろう。
(あれは、豊田の──)
こげ茶の、光の具合によって微妙に変化する髪色。スポーツ少女らしい健康的な肉付きの肢体に、凛とした目元。
ほむらからすれば見間違いようがない。元哉と同じく世界大会に選出されている、霧崎礼里だ。聞いていた話と違い、元哉には気を許しているように見える。
(こんな時間に二人で……いやいや、あの北条君に限ってそんな)
──別に、この二人がこの時間、ここで練習をしていることに不自然な点はない。
(そ、そうッスよ。きっと決勝の打席の話でもしてるに決まってるッス)
チームメイトだし、礼里の守備は動き出しの早さで知られる。元哉のことだから、その辺りに興味を示して絡んでいるのだろう。
ほむらの情報処理能力と元哉への理解は、瞬時に正答を弾きだした。
(そうそう、だから大丈夫……あれ?)
あるいは、ここまで思考がめぐってしまうほど、ほむらの中で受け入れがたい事態が起こっていた。
今までは何となく一緒にいたし、元哉のことはよく知っているつもりだ。
元哉は、野球のことにしか興味がない。多分だが、彼もまた、方向性は違えど
元哉には、興味の有る無しがはっきり態度に出るという悪癖がある。
ほむらの語るコアな野球論には嬉々として付いてくる割に、流行りの音楽だのファッションだの映画だのの話になると露骨に興味なさそうにしているのを、彼女は何度も目撃していた。
ほむらはチームで唯一、元哉と同じ中学の同じクラスである。
普段から誰よりも遅くまで自主練しているので家にはほとんど寝に帰るだけらしく、彼女の知る限り、元哉には野球以外に趣味らしい趣味はない。
地頭がいいのか学業成績も実は優秀なのだが、無口な上に口を開けば野球の話しかしないので、クラスメイトの評価はおおむね「野球
とはいえ世界一の人気スポーツで全国優勝したという肩書きの力は大きく、「やっぱり全てを野球に注ぎ込むくらいじゃないと全国は獲れないんだな」とか「あれに付いていけるとか流石は日本一のマネージャーだ」とか、好意的に解釈されることが多かったが。
そしてプロ入りが確実視されているからか、極端なストイックさがツボに入るのか、女子からはそれなりに人気があるのだが、当の本人がむしろ迷惑そうにしている有り様だ。
中学の教室でもほむらと絡みがちで、何なら傍目には付き合っていると思われているらしい。
元哉が噂話に無関心なのをいいことに、ほむらは敢えて肯定も否定もしていない。
──普段がそんな感じだったから、彼女はすっかり安心していた。朝倉先輩には悪いが、「元哉が興味をむけている異性」というポジションには、明らかに自分しかいなかったから。
まさか元哉が、自分から女子に絡みに行くとは。
しかし同時に、ほむらの明晰な頭脳は「ありうる」とも思っていた。
元哉は、野球に関係することなら誰よりも貪欲で熱意に溢れている。優れた技術があれば褒め倒すだろうし、そこから何かを得るために積極的に関わろうとするだろう。
そして恐らく、今回それがたまたま女性だっただけだ。
彼女には知る由もないが、ほむらの読みは概ね正しい。
しかしそのような理論武装が済んでもなお、彼女の胸のうちでは、自分でも良くわからない感情が荒れ狂っている。
(大丈夫って、何。ほむらは、何を心配して……あれ?)
つまりほむらは、礼里に嫉妬していた。
「……川星?」
自分に向けたかなり困惑気味な声が聞こえて、ほむらの意識はようやく戻ってきた。
見れば、元哉がしげしげとこちらを見つめている。奇しくも、初めて会ったときと同じだ。
「え、へへ、来ちゃった、ッス」
困惑するばかりで何も言えなかった最初とは違い、いたずらが見つかった子供のように、弱々しくほむらは答えた。
「来ちゃったってお前……応援に、来てくれたってことか?」
初めは驚愕していた元哉も、数秒としないうちにほむらの行動力を思い出して質問を変える。
ここで嬉しそうにできるのは、ある意味元哉の才能と言えるだろう。
他人への関心のなさ、極端なマイペースさは、時に肝の太さや器の大きさに転化しうる。
「あ、そ、そうッスね。応援、来たッス、うん」
こうなると、テンパっているほむらは分が悪い。
異性経験など皆無と言っていい、しかも奥手な方であるほむらには、礼里との関係について問い詰めるとか、対抗してアピールするとか、そういう行為に出る勇気はない。
「そうか。ありがとうな」
「……ッス」
こちらの目線に合わせるためか、少し屈んで礼を言われる。それが嬉しくて、ほむらはますます、礼里について聞く気がしなくなってしまった。
興味のないもの、使えないものに対して、元哉は極端に無関心だ。
それを誰より知っているほむらには、自分がそのくくりに入れられてしまったら耐えられない自信があった。
だから、今の関係を壊せない。
「えと、練習、邪魔して悪かったッスね。またあとで、来るッス、あはは……」
結局ほむらは、何ひとつ聞くことができないままその場を後にし、翌日以降の試合をモヤモヤとした気持ちで観戦する羽目になった。
◆ ◆ ◆
「悪いこと言わないんで、止めといた方がいいですよ」
ほむらと元哉が会っていたほぼ同時刻。
占部恭介は、 朝倉杏香の相談を一刀両断にしていた。
「うぐぅ……あたしそんなに魅力ないかな……」
「北条にとって、って前提付けるなら、そうなりますね」
元哉に告白するか迷っている。
杏香は占部を呼び出すと、おもむろにそう言ってきた。
一切の遠慮なく、思ったまま答えてくれという前置きを付けて、彼女はその爆弾発言を、自分のもっとも信頼を置く元・女房役に持ちかけたのだ。
それに対する占部からの返答が、冒頭の即答である。
「……確かにあたし、好みのタイプ正反対っぽいもんなあ、ほむらちゃんの構われ方見るに。でもほら、結構長いこと二枚看板やった戦友だし、決勝助けてくれたし、顔面にはまあまあ自信あるし……ワンチャンないかな?」
杏香の身長は178cm。既にほぼ成長が止まっているので、2月になった今では元哉にほぼ追い付かれている。
普段の元哉が恐らく140センチもないだろう川星ほむらばかり構っているところから見ると、元哉の好みはああいう小動物タイプのように思われた。
「そこでその認識になる辺り、朝倉さんじゃ荷が重いですよ」
が、占部はそれにも容赦なくダメ出しを敢行する。「まさかこれがジャマになるとは」と自分の体格相応に豊かな胸を持ち上げていた杏香は、驚いて占部を向き直った。
「えー!? 今のどこがダメだったの!?」
「……言っちまっていいんすか。これ結構エグいですよ」
真剣な顔で聞き返す占部を見て、杏香も茶化すような口調を止めて近くのスツールに腰かけた。
「聞くよ。占部くんの見立てなら多分間違ってない」
「信頼されてるようで何より。じゃあ言いますけど、北条は多分、
天井から釣り下がっている旧型電灯の、ごくわずかな駆動音だけがその場に響く。
「まぁ、みるからに野球しかできないタイプだもんね。男の子はそれくらいの方がいいと思うけどな」
「そういう考えもありますけど、あいつのはちょっと度が過ぎてますよ」 占部は一息置いて、手元に用意していたペットボトルのお茶を一口飲む。
「あ、あたしも飲みたい」
「どうぞ」
「ありがと……ぷは、それで、度が過ぎてるっていうのは?」
杏香が問い返すと、占部は考え込みながらぽつぽつと口を開く。
「くくり、レベル、……いや多分
「……きょーみのある無しがはっきりしてるなあとは思ってたけど」
「そんな生易しいもんじゃないですよあれは。考えてみると、あいつが普段から仲いいのは川星ちゃん、おれ、矢部で、合宿所来てから絡んでるのが霧崎ちゃん、友沢、たまに清本さんでしょう。マネとしてめちゃ有能な川星ちゃん以外は同世代の最強格が勢揃いだ」
「……そこに、あたしが入ってないのはなんでかな」
不服そうに、しかし自覚はあるのだろう。あくまで疑問という形で、杏香はそれを口にした。
「……言いづらいんすけど」
「あぁ、それで大体わかった。
自分の限界を事も無げに口にする杏香に、今度は占部が閉口する番だった。
「……北条の見る目は恐ろしく正確だ。なんせ5月の時点で矢部の才能を見抜いてたくらいだから、小技でごまかすのは不可能と思っていい。あいつの気持ちを向かせたいなら、恐らく野球で役に立って見せるのは絶対条件と思っていい。けど」
言いよどんだ占部に代わって、杏香があっけらかんと答える。
「そうだね、そりゃ抱きついても反応しないわけだ。もう北条くんに教えられることないもん」
「それもあるし、多分使えなくなったら容赦なく捨てますよあいつは。北条はそういう奴だ」
占部は、あくまで分析結果を話すのに徹している。だが彼としても、2年間球を受けた大先輩を勝ち目のない戦いに行かせたくはなかった。
「現にあたし、捨てられようとしてるもんね」
「先輩……あんま自虐しないでくださいよ。調子が狂う」
「ごめんごめん」
へらへらと謝って、すぐに杏香は表情を引き締めなおす。
「つまり、あたしがもっと野球上手くなれば、北条くんはこっち向いてくれるってことだね!」
意気揚々と宣言した杏香に、占部は驚愕の視線を隠せない。
「今の聞いて出す結論がそれですか。正直、朝倉さんにゃそのまま卒業してってほしかったんでちょっと盛って話しましたけど、あいつの傲慢さはマジですよ?」
「そのマジかこいつみたいな目やめてよ。……それが強さの秘訣でしょ、正直あたしに言わせれば、それ含めてカッコよさでしかないかな」
──あたしが好きになったのはね、北条くんの人柄でも見た目でもなくて、あのどうしようもない"力"だから。ある意味、あたしと北条くんは似た者同士なのかもね。
愛おしそうにそう語る杏香を見て、流石の占部も説得は不可能と悟った。
「……やっぱり、北条に朝倉さんはもったいないですよ」
「ふふふ。おれでよくない? とか言ってくれてもいいんだよ?」
「勘弁してくださいよ、朝倉さんおれに彼女いるの知ってるでしょ。今こうして会ってるのでもバレたら結構ヤバいんですからね」
「分かってるよ、言ってみただけ」
二人は二年来の付き合いで、その大部分をエースと正捕手のバッテリーとして過ごした。お互いのことは知り尽くしている。
杏香が言い出したら聞かないのも、それを分かっていて占部があれこれ入れ知恵するのも、今に始まったことではなかった。
「とりあえず、高校どうすんですか」
「そうだね。野球やめようと思ってたけど、北条くんをぎゃふんと言わせたくなってきたからなあ。スカウト貰ってた中だと一番強いとこ……"大東亜"にしようと思うよ」
早熟選手であることを見抜かれて評価の低かった杏香だが、実績は実績。それなり以上の強豪校からも、いくつかスカウト話は来ていた。
「あそこの人材ほしい病も大概ですね。案外北条も入ってきたりして」
「だったらいいなあ。3年までにきっちり仕上げて、入ってきた北条くんに頼れるところ見せてやるんだー」
それなり以上に甘い見通しではあるものの、決意を固めた先輩に、占部はそれ以上かける言葉を持ってはいなかった。
(応援はしてますよ、先輩)
占部はただ、心の中で尊敬する"エース"の恋路を応援する。
そして自分に残された1年で、北条の性根を最低限叩き直してやろうと決意を新たにするのだった。
走者に人の心は分からない。
占部はそれをバッチリ分かっているんだな!(一般通過ホップ)