実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート 作:TE勢残党
この世界において、女子の野球選手は珍しいが皆無ではない。
単純に人気が高いため、世のスポーツ少女たちにも「ソフトボール」ではなく「野球」を選ぶ者が多少おり、その中で男子たちの体力・膂力に立ち向かえる天才少女が数年に1人は出現する。
小学校までなら男女の体格差がほぼない為女子もそこそこの数がいる。しかしこれが中学になり、高校になると、第二次成長による筋力の差で大半の女子がついて行けなくなりポロポロと脱落して行くものだ。プロに行くような「外れ値」達は常に夢を与えるが、実際に並みいる球児たちを押し退けられる女子選手など滅多にいない。
その大半は中学に上がる時か高校に上がる時に性差の壁に打ち砕かれ、世代に数名の天才的才能の持ち主を除いては、大会のことを考えていない弱小校に多少残るのみとなっていく。
そうして野球の夢を諦めたスポーツ少女たちは、しかしその高い基礎体力と身体能力から他競技で活躍することが非常に多く、「元野球少女」の肩書だけで女子バレーやバスケの強豪校に推薦入学できるケースがあるほどスポーツ界で重宝される。
そういう界隈の中で、六道聖は天才だった。
強豪リトルで4番を打ち、U12の世界大会にも女子ながら正捕手として出場している。身体能力はともかく、高いバッティング技術とリードの巧みさは既に高校レベルに匹敵すると評判だ。
日本中のリトルシニアからスカウトを受けたが、その中で彼女は三鷹シニアを選んだ。
往々にして、強力なピッチャーを擁するチームには良い捕手が集まりやすい。名投手の女房役として注目を集めやすいからでもあるし、単純に、レベルの高い投手の球を受けたいと思うのが人情だからだ。
だから今年の三鷹シニアでは、5人いるスカウト入団の選手のうち捕手は聖のみで、あとは全員外野手である。有望なものは向こうから来ると踏んで、スカウト陣がポジション問わず強打者の獲得に全リソースを投入した結果だ。
目論見通り、例年以上に厳しい倍率の入団テストをかいくぐった18人の一般入団選手たちのうちには、捕手希望者が7人もいる。
誰も彼も華々しい経歴の持ち主で、他のチームでなら1年から正捕手を任されてもおかしくない人材だ。
ポジション争いは過酷で、全体練習の初日だというのにもうコンバートを宣告される者が出始めていた。
そんな中で聖は圧倒的な成績で初日の練習(主に体力テスト)を終えて貫禄を見せつけると、自主練の時間になった瞬間、グラウンド端に立てられたポールに向かって走って行った。
7人のライバルたちと比べても頭一つ以上抜けた能力を持つ彼女は、本人にも自覚がないのだろうが、実力に絶対の自信を持っていた。
グラウンド内を小走りに移動する聖は、やがてポール間走を始めようとしていた元哉の前にたどり着いた。
「あなたが北条先輩か」
敬語ですらない、不遜と取られても仕方のない態度。それでも彼女には、相応の実力があったから今まで何も言われなかった。
「いくらか投げ込んで貰えますか」
申し訳程度の丁寧語で、キャッチャーミットを構える聖。有体に言って、彼女は調子に乗っていた。
例えばこれが朝倉だったら、軽くゲンコツでも貰ってまずは先輩に対する礼儀を教え込まれていただろう。
山口賢なら、一喝されて倒れるまで罰走させられている所だ。
「……防具付けてこい。ネット前集合」
普通の後輩を相手にした北条なら、歯牙にもかけなかっただろう。
だが彼は、相手に実力があるなら、そして自分が野球をやるのに有意義と認めれば、それ以外の部分は評価に考量しない。
聖の実力は、元哉に自分のトレーニングメニューを邪魔するに足ると認められた。
「……っ!! はい!」
この時は少なくとも、聖は純粋に闘志を燃やしていた。
占部から正捕手の座を奪い、自分がこの大投手とバッテリーを組むのだ。
◆◆◆
「はぁっ、はっ、はぁ……」
十数分後。
20球ほど投げ込まれた聖は、自分の体たらくに愕然としていた。
取れない。
「次、バックドアのスライダー」
「あ、ああ!」
聖の構えたミットに、寸分たがわずスライダーが突き刺さろうとし……衝撃に耐えきれず、ミットから球が弾かれる。
「ぐ、ぅ」
転がった球を拾い、元哉に投げ返す。
元哉は無表情のままそれを受け取り、すぐに次の球種を予告してくる。
「次、フォーク」
「次、真っすぐ」
ランダムに投げ込みを続ける元哉は、聖のことなど微塵も気にしていないように見える。
だが、キャッチャーとして観察眼を磨いて来た聖には分かる。
自分が一球落とすごとに、弾くごとに、彼の投球がほんの少しずつ早く、そして──こちらのことを考えなくなってきている。
つまり、自分への関心が薄れていっている。
(こんな、はずは……っ!!)
自分なら、どんなボールだろうと軽く捕れる。占部から正捕手を奪えると、素で疑っていなかった。
だが今、聖の自尊心は、高々20球で粉々に砕け散っていた。
「は、ひっ、ぐっ……」
投げるまでが非常に早いため、ポロポロと零れる球を拾って投げ返す際に半ばノックのような移動量を要求され、聖は息が切れ始めていた。
球を受ける。3度に1度は捕り切れずこぼす。そうでなくとも、辛うじて捕れているというだけの素人のようなキャッチングに成り下がっている。
決して聖の技術が足りないのではない。元哉の球威が、中学生の水準を大幅に超過しているのだ。
幾ら上手いとは言え、それは同年代での話で。ついこの間まで小学生だった彼女では、甲子園球児顔負けの元哉の球は受けきれなかった。
悔しさで思考が定まらない。眼が涙でにじんでいる気がする。
「…………この位にするか?」
遂に見かねたか、元哉が口調はそのままに助け船を出す。
だが、聡明で、そして元哉のことを詳しく研究している聖は気づいていた。
見かねたのではない。見切りを付けられたのだ。
自分は見捨てられようとしている。それが、聖には耐え難いことに思えた。
「いえっ!! 次お願いします!!」
思わず、弾かれたように口が開く。
自信を砕かれ、無様を晒せば晒すほど露骨にこちらへの興味が薄れていき、ついには見捨てられかけ──
元哉はたった20球で、見事に聖との上下関係を完成させて見せた。
「北条、何やってんだ?」
そこへ、元哉にとって予期せぬ人物が現れる。
現在の正捕手、占部恭介だ。元哉は最初から軽く走った後ここで投げ込む予定だったので、事前に話を通していた恭介が投げ込み相手として合流してきたのである。
「うら、べ。先輩」
息も絶え絶えと言った風に、軽く会釈する聖。明らかに練習中よりしおらしい態度だった。
(なるほど。六道のやつ、中々やるな)
つまり、北条が認めて試したが、思ったほどではなかったので散々にやられた。北条のことだから手加減どころか途中から露骨に機嫌が悪くなって、自信を砕かれた精神ダメージと先輩に失望されるのが手に取るようにわかる恐怖でここまで仕上げた。
恭介はあっさりと状況を把握すると、六道を心の中で褒めた。彼の関心にとまり、そして今も辛うじてとは言えとまったままなのは、世代トップクラスの能力を持つ証だ。
ポテンシャル十分。そう考えた恭介は元哉に短く指示を飛ばす。
「北条。
恭介の問いかけを受け、元哉はおもむろに、自分の左腕を見ながら軽くひねったり回したりし始めた。
念入りに、しかしテキパキと各関節をチェックする様子は、機械が正常に動作しているか確認する熟練の職人のようにも見える。
「……3球なら」
「分かった。六道ちゃん、構えて」
「あ、ああ」
数秒開けて応えた元哉、ノータイムで指示出しする恭介。三鷹シニアの練習中、よく見られる光景だった。
とは言え今回は、元哉の球を受けるのは恭介ではなく聖だ。
「内角低め、スライダー」
「分かった」
言葉少なに指示する元哉に合わせ、聖はミットの位置を調整する。
それまでの投球との違いは、すぐに理解できた。
公式大会で見せていたクイック染みて早い投球とは打って変わり、平均的な投手と同程度に時間をかけて力を溜めている。
普段の倍ほどの時間をかけ、しかし決して緩慢ではない。むしろ固いバネを無理矢理押し込むような、今にも「ギギギ」という音が聞こえて来そうな不安定さを見せながら、元哉は振りかぶり、そして──
ストライクゾーンを横断するように曲がった球が、聖のミットよりかなり斜め上を抜けて背後のネットに突き刺さった。
「──ッ!?」
聖は唖然として自分のミットを見つめている。
「拾えバカ!! 振り逃げホームランされたいのか!!」
恭介の檄でハっとして、ようやく転がった球を拾い元哉に返す。それほど聖は混乱していた。
次の球はフォーク。聖の直前でワンバウンドして後逸。
そしてその次が、明らかに段違いのノビを持つフォーシーム。すべて宣言通りの球種とコースだ。
元哉の荒れ球が、聖の構えたミットよりボール1つ分ほど上を通過し、聖の胸部に思い切り突き刺さった。
「がっ、ひゅ、いぎぁ……っ!!」
衝撃とともに一瞬目を見開き、強制的に空気が吐き出される。たまらず、両手でボールが当たった部分を庇うように押さえながらうずくまった。色気のあることを考えるより、肋骨の心配が先に来る音量である。
防具越しとは言え、明らかに公式戦より威力のある直球が中学一年生の女子に直撃している。騒ぎになるかと思いきや、様子を見ている二人は至って自然体であった。
いつもの無表情で見ていた元哉は、その様子を3秒ほど見つめてから声をかけようとする。
「わ──」
「
それを制止したのは、意外にも恭介だった。
──今謝ったら、"
恭介の耳打ちを受けて、元哉はまさに「期待外れ」として視界から外そうとしていた動きを止めた。
この時の「悪かった」を最後まで言わせていたなら、六道聖というキャッチャーはこの先現れなかったに違いない。
「う、ぁ、え゛ほっ……」
「見てみろ、あの子ここで潰すのは惜しくないか」
あまりの痛みでのたうち回っている聖は、しかし真っ赤な涙目を見開いて、一点を見つめているように見える。しかし視線の先には何もない。
「本気で考えてる奴は、目をつぶらない。けど何も見てない。今あいつは、
──アレは伸びしろデカいぞ。
こと強さという観点において、恭介はスパルタだ。
実力かポテンシャルか、もしくは両方のない相手には、全く肩入れしない。そういう相手には、彼なりの「適当さ」で接する。それ故恭介は、気を許している者にほど当たりが強くなると言われることがあった。
その恭介に、伸びしろがデカいと言わせた。
無表情な元哉が目を見開いて、次いでニヤリと笑ったほどの、掛け値なしの最高評価であった。
(おれが卒業する頃には、相当なもんになってるだろう。けど2コ下だからおれを追い越すには恐らく5年はいる。……十分だ。おれのいない間、3年の北条の球を受けてくれる
というのが、占部恭介の見立てであった。
そしてその読みは、概ね正しい。
「おれは他の連中の様子見て来るけど、北条」
「はい」
「そいつ鍛えてやれ。おれの後正捕手になる」
「はい」
上機嫌にそれだけ告げた恭介は、元哉がしっかり頷いたのを確認するとそのままどこかへ去って行った。
「今、の、たま。どうし……投げな……っ」
激痛を堪え、途切れ途切れに、しかし真っすぐ元哉に問いかける聖。恐らく「今の球をどうして普段から投げないのか」と言った所だろう。
先ほどまで投げていた球でも、占部なら止められるという確信が聖にはあった。実際、占部は何度かこの球も受けているが、初見の時ですら一応こぼしはしなかった。
腕をほぐすように振っていた元哉はそれを見て──獰猛に笑う。普段のクールな印象とはまるで別人のような姿に、聖は面食らう。
「体が持たない。多分さっき真っすぐで145~6キロくらいだけど、コントロールがイマイチ定まらない上に、本気で10球も投げると肘か肩が痛くなる」
昨年と一昨年、元哉は練習時間のほとんどを筋力トレーニングと走り込みに費やしている。
それは制球力不足を改善するためでもあるが、中2にして181cmもある彼の体躯をもってしても、自分の全力投球に体が耐えきれないのを理解していたからだ。
元哉にとっては投げる以前の問題で、パワーを安定して出すための身体づくりの期間という側面が強かった。
「多分それでも、あと5年くらいは全力で投げられる。……けどそれじゃあ駄目だ。足りない。だから、あと30年投げられるくらいの力で投げて、コントロールと緩急で抑えてる」
それは、全国大会でしばしば見られた「チェンジアップによる三振」と「ボール球を打たせての凡打」に現れている。
技巧で抑えていたということは、つまり力だけでは抑えられなかったということ。事実地区大会までの彼は、力押しで強引に抑えるパワーピッチャーだと認識されていたのだから。
「去年の清本さんとの対戦、なんでおれがあんな器用な投げ方を出来たか、分かるか」
相変わらずグラウンドに転がっている聖に手を差し伸べながら、元哉は問いかけた。
「な、ぜ……」
聖は頭の回転が速く、洞察力が高い。どちらもキャッチャーに求められる技能で、彼女にはつまり才能がある。
「まさ、か。本気じゃ、ないから」
だから
「そう。
球速を出せない分、ある程度余裕を持って投げられる。そこに生まれるリソースの余剰を、「狙った所に投げる」ことに費やしていた。
それで、あの球威。あの球速。あの荒れ球。
理解した瞬間、聖はこれまでにないほどの衝撃を受ける。
(じゃあ、わたしが憧れたあの球は。受けてみたいと思ったあの球は、感動したあの球は……)
「…………っ」
思わず、その場で構えをとっていた。
何故そうしたのかは自分でもわからない。
だがとにかく、元哉の球をもっと受けたくて仕方がなかった。
「……よし」
言葉はいらない。元哉は再びボールを持つと、いつもの簡易投法で振りかぶった。
──恭介の見立ては、概ね正しい。
誤算があるとすれば、元哉が一度は消しかけた聖への評価を再度上方修正したことと、聖が元哉のストイックさについてこられる根性の持ち主だったこと。
「今日1日付き合う。その間に全球種受けられるようになれ」
昔と比べ、元哉が恭介の影響を受けて「見込みのある奴が成長するのは助ける」という考え方を身に付けていたこと。
この日元哉は実に120球を投げ、最終的に聖は「普段の球」なら受けられるようになった。
7/n後のおまけは久しぶりに掲示板回になりそうです。