実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート   作:TE勢残党

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パワプロの新作も出たので初投稿です。


おまけ①

 川星ほむらは焦っていた。

 

「…………」

 

 眼前では、同い年とは思えないほど大柄な──それこそ、既に教師陣と遜色ない体格の男子が、しげしげとこちらを見つめている。

 

 ほむらは中学に上がったばかり。男子が体格相応の老け顔であるのも災いして、傍目にはかなり危ない絵面に見える。

 

 だが、ほむらの焦りは男子の威圧感によるものではなかった。

 

「え、えと、北条君ッスよね。どうしたッスか? じろじろ見て……」

 

 大の野球マニアであるほむらは、男子のことを一方的に知っていた。知っていたから、彼女は大いに狼狽えている。

 

 ──北条元哉。同中(というか、同じクラス)の同い年。身長は小6の時点で174cm、左投左打、4月21日生まれ。

 

 リトルリーグではチームそのものがせいぜい中堅どころだったため、全国に出場はしたがそれまで、よくいる強豪の域は出ない。しかし彼は早くも球界の注目を浴び始めていた。

 

『とりあえず一球投げてみろ』

 

 入団の時、監督は何の気なしにそう言ったそうだ。まあ普通、体が大きく左利きとなれば、何はともあれピッチャーの適性を試すだろう。運が良いのか悪いのか、丁度手元にスピードガンもあった。

 

 元哉ももちろんそれに応じた。と言っても野球始めたてとすら言えない素人である。フォームは雰囲気で真似ただけ、ボールは鷲掴みで投げるのは力任せ、暴投スレスレのボール球。誰がどう見ても素人の投球、よく見る光景であった。

 

 違ったのはただ1点。103km/hという表示のみ。

 

(……6年の頃には球速も120キロに到達して、あっという間に噂が広まって、地元の新聞に特集記事が載って)

 

 この世界でダントツの競技人口を誇る「野球」というスポーツは、小学生であろうと活躍すれば「将来のスター」として全国の注目が集まる。元哉はすっかり地元の有名人だった。

 

 そして隣の校区で活躍を聞いていたほむらからすると、彼は一番身近で、一番活躍を実感できる「憧れの野球選手」だったのだ。

 

 つまるところほむらは、元哉のファンだったのである。

 

 もっと平たく表現するなら、突然「推し」にこちらを捕捉されてしまい限界化しているのである。

 

「や、やっぱ勝手に練習見に来たらダメだったッスかね?」

 

 無言を貫く元哉。いたたまれなくなって言葉を続けるが、いっこうに反応が帰ってこない。

 

「うぅ……何か言ってくださいよぉ……」

 

 ついには半泣きになってしまったところで、元哉はようやく「……ああ」と低い声で唸った。

 

「川星か。同じクラスの」

 

 なんのことはない。入学して日の浅い元哉は、クラスメイトとはいえ席の離れている彼女の名前を思い出すのに数秒かかっただけだ。

 

 だが、ほむらにとって重要なのはそこではなかった。

 

「お、覚えててくれたッスか!? えっとえっと、光栄ッス!」

 

 さっきまでの気まずい空気が嘘のように、『ぱぁっ』という効果音のついてきそうな勢いで元気を取り戻すほむら。この感じだとさっきまでの話は全部吹っ飛んでそうだぞ、と初対面の元哉からも分かる舞い上がり度合いであった。

 

 コロコロと忙しく表情を変える様に、元哉も内心悪い気はしていない。……ただしどちらかといえば、子犬か何かを見るような微笑ましさであるが。

 

「あ、えと。ほむらは東町の小学校行ってたッスけど、西町に同い年ですごい野球のうまい子がいるって聞いてて、ほむら野球好きだから、ほんとすごい尊敬してて、えっと、えっと!」

 

 憧れの存在にいきなり会ってしまったせいで脳内がショートし、わたわたと要領を得ない説明をするほむら。

 

 しばらくは首をかしげていた元哉だが、彼はこう見えて頭の回転も早い方である。目の前でわちゃわちゃしている女の子が「隣町から噂を聞き付けてきた自分のファン」だということは、とりあえず理解できた。

 

 元哉も年頃の男だ。行動力のある女子に突撃されて悪い気はしなかった。

 

「落ち着け……ジュースやるから、これでも飲んで」

「いいッスか!? うわー、うわー! ホントに貰っちゃった!?」

(面白いやつだな……)

 

 それゆえ、とりあえず練習用に用意していたスポーツドリンクを飲ませ落ち着かせてやることにした。それ自体は、中学に上がりたての彼にしては冴えた行動だっただろう。ただ彼は、この大野球時代における「天才小学生」の称号の重さが、まだよくわかっていないだけで。

 

 結果として、嬉しさのあまり語彙力を失ったほむらを宥め、監督のところに連れていき見学の許可を取り付けてやるのがシニアでの最初の仕事となった。

 

 面倒に巻き込まれたと語る割には終始楽しそうにしていたと、後にチームメイトにからかわれたのは別の話である。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 野球部(正確には、シニアチームのメンバー)の生活というのは単調だ。

 

 最低限の内申点を確保できる程度に授業を受け、先輩方の命令を聞き、全体練習をこなし、個別のメニューをやって、自主練をして、寝る。土日は大人の運転するマイクロバスで試合の旅に出る。

 

 休みなどないに等しいが、これでも「常識的」の範疇に収まるというのだから驚きである。

 

「高校くらいになると強豪でも帝王実業とかあかつき大附属みたいに『常識寄り』の練習をするところもあれば、アンドロメダみたいに怪しげな噂がつきない所まで千差万別ッス。ひどい所になると人体改造疑惑まであるッスからね」

 

「なるほどでやんす……けど、普通強豪校の練習方針って似たような感じに収束してくものだと思うでやんす」

 

 ほむらの『講義』を受けているのは、元哉のほかにもう一人。同じチームに所属している矢部明雄がいた。

 

 チームメイトの中でも何となく元哉と親しくなった彼は、いつの間にやら定例化した練習の合間の講義会にほぼ皆勤の勢いで参加している。

 

 最初はあからさまにほむら目当てだったが、やがて彼女の関心が元哉にだけ向いているのを把握しても、講習会に参加するのはやめなかった。本人に言うと調子に乗りそうなので黙っているが、そういう何だかんだ筋を通す所を、元哉は気に入っている。

 

「そう! 普通のスポーツなら科学的に『正解』が示されて、強豪が一斉にそれを真似し始める……みたいな流れをたどるのが一般的ッスけど、なぜか野球ではそういう『練習の統一化』が起こりづらいと言われているッス! 理由までは未だに解明されてないッスけど、いろんな方法でトップ選手を目指せるってことが経験的に知られているのも、人気の原因かも知れないッスね!」

 

 水を得た魚のように、普段のわちゃわちゃっぷりが嘘のように饒舌に話すほむら。幸いにしてこんな強豪シニアの部室で好き好んで座学しに来るような連中には野球バカしかいないので、その知識量が純粋に尊敬されていたのだった。

 

「本当に詳しいな……何聞いても答えが返ってくる」

 

 質問した張本人である元哉が、感嘆したような言葉遣いで締め括る。彼は無表情で寡黙な質だが、比較的声に感情が乗る方だ。

 

 ──あの後結局、紆余曲折を経てマネージャーの地位に落ち着いたほむらは、小学生のうちに野球規則をほぼ全て頭にいれてしまったという異次元の野球愛によって生き字引として活躍していた。

 

「えと、こんな感じで良かったッスか?」

 

 ほむらがおずおずと元哉の方を見る。

 

「ありがとう。助かった」

 

 言葉少なに礼をいい、褒められたほむらがにへら、と頬を緩める。

 

 それを見た矢部は「まーたいちゃいちゃしてるでやんす」と嫉妬を通り越してあきれ気味な表情を浮かべる。これもまた、お決まりの流れであった。

 

 しかし矢部を知る人物なら、その反応は僻み根性の強い彼にしてはかなり控えめであると気づくだろう。

 

 それは元哉がこのタイミングで突っ込んだことを聞き返した場合、二人にしか理解できないディープな野球談義が勃発して余計ひどい目に遭うということを、この1ヶ月ほどでみっちり分からされているためだ。

 

 興味のない・理解できない話を延々聞かされるくらいなら、まだ他人の色恋沙汰を見せつけられる方がマシ。矢部の心は、大変な葛藤を経てそう結論を出したのである。

 

 もとより元哉は理論派である。理屈屋、と言い換えてもいい。科学的な手法を取り入れたり、高校レベルで行われているトレーニングを体に負担のかからない範囲で先取りしたり、選手たちの行動を見て意味を考察したりするのに余念がない。

 

 野球をはじめてまだ数年の彼だが、既にその知識量はほむらにも匹敵しうるものへと成長しつつあった。

 

 そして、ほむら。彼女の野球マニアっぷりは、恐らく全国でも屈指の代物だろうと元哉は見ている。

 

 近年の球界の動向に始まり、戦術、詳細なルールその他もろもろ、およそ「野球」と名の付く事柄を余すことなく網羅する彼女は、既にプロ球団のスコアラー級の知識量を有していると言っていい。

 

 実際、ほむらが正式にマネージャーを任されることになったのは、(彼女を気に入った元哉による推薦があったのは確かだが、最終的には)正式なスコアブックを書けると監督にバレたのが決め手だった。

 

「よし、いい時間だな。次紅白戦だろ」

 

 元哉は立ち上がると、「1」の背番号が入った真新しいユニフォームを正してそそくさと出ていく。

 

「ちょっ、待つでやんす! 北条くんが出たらもう打てないでやんすからせめてちょっと遅れるでやんすよ!」

 

 謎の、しかし気持ちは分かる理論を振りかざしながら追いかけていく矢部を見送って、ほむらは一人部室に残された。

 

 紅白戦のスコアとりも彼女の仕事なので早めに出発すべきなのだが、つい元哉のことを考えてしまう。

 

 120キロという球速で無敵を名乗れるのは小学校までだ。中学にはもっとすさまじい投手がいるし、高校に上がれば当然もっとレベルが上がる。

 

 だが、監督は元哉に1番を与えている。上の世代からも文句は出たが、結局覆らなかった。

 

 全く贔屓されていないとは言わない。だが主たる原因は、その成長の早さにあった。

 

 一球投げ込む度に、目に見えてフォームが改善されていく。モーションが流麗になる。見ただけで、他の投手のモーションを分析できる。

 

 現時点での能力値だけとってみても、まあこのシニアのエースと大体同じくらいだった。

 

 が、野球はチームの競技である。実力が同じとするなら、将来性より年功序列を考慮してエースまでは与えないことが普通だ。他のチームメンバーとの連携もイチからやらなければならないのを考えると、多少能力的に優れていても総合的には赤字である。

 

 それでも元哉が「1番」なのは、前のエースが認めたからだ。

 

 正確に言えば、前のエース(のプライドや技術やなんやかんや)を、元哉が粉砕してしまったからだ。

 

 たった数ヵ月で、元哉の球速は10キロ近く伸びていた。

 

 いや、その表現はきっと正しくない。

 

 ──「120」で、止めてたのか。

 

 半笑いの、壊れたような呟きを、ベンチで近くに座っていたほむらは聞いてしまっていた。




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 ステ振りを済ませた瞬間急に強くなる現象を、ここでは「試合等で初披露した」という表現にしています。

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