実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート   作:TE勢残党

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日刊1位になったので初投稿です。
ちょっと遅れました。


おまけ③(後編)

 一般的に、習い事を始めるのは早ければ早いほどいいとされる。世界一の人気スポーツと言われて久しい野球も例外ではなく、自分の子供に少年野球をやらせようという親は多い。

 

 中・高・大またはプロと、十数年に渡って同世代のライバルとしのぎを削る、というようなストーリーは枚挙に暇がない。

 

 後にプロとして大成する天才たちのほとんどは甲子園で活躍しており、甲子園で活躍する選手たちのほとんどは中学時代に全国で名を揚げている。

 

 そういう「金の卵」が集まるのが、日本三大リトルシニアと呼ばれるチームだった。

 

 かつて6リーグ時代にはいくつもあった強豪チームだが、台頭してきたレシプロ財団による組織再編の荒波の中で統廃合が相次ぎ、最終的には3つのチームが際立った大会実績を残す構造となった。

 

 関東、東京都三鷹市。

 近畿、大阪府高槻市。

 中部、愛知県豊田市。

 

 日本三大都市の近隣に本拠地を置くそれらのチームは、やはり分母の多さからか大会成績も突出したものとなる。

 

 過去10年の全国大会においては夏秋あわせて20回の優勝のうち17回(三鷹6回、高槻8回、豊田3回)を3チームで分け合うほどだ。

 

 他にも横浜北、仙台、小倉あたりも全国常連(それぞれ過去10年で全国優勝1回ずつ)とされるものの、やはり上記の三チームは別格とみられ、スカウト等からの注目も相応。

 

 ちなみに、夏の大会と秋の大会は運営母体こそ同じだがあくまで別の大会であるとのスタンスが取られており、前回優勝チームがいることによる追加枠は昨年の同じ大会の結果によって選定される。

 

 ──昨年秋の中学全国大会における優勝チームは、三鷹リトルシニアだった。

 

「…………」

 

 その時の()()()()である「朝倉(あさくら)杏香(きょうか)」は今、ベンチから後輩の登板を見ている。

 

 対戦相手は、数ヵ月前に夏の全国大会で優勝している高槻リトルシニア。()()からすれば、1年当時から何度となく対戦してきた因縁のチームだった。

 

 マウンドに立っていなくとも鮮明に思い出せる。

 

 1年の秋、打力はあっても投手力が壊滅的だったチーム事情からエースを任されてしまったこと。

 

 2年の夏、先輩方の強力過ぎる援護により炎上しても勝ててしまうものだから、連投に次ぐ連投を強いられ肩を壊しかけたこと。

 

 2年の秋、13-11の乱打戦の末に山口・清本のエースと四番コンビを下したこと。

 

 3年の夏、1回り強くなって帰ってきた二人に徹底的に打ち込まれたこと。

 

 そして今。チーム最大のライバルと言える高槻戦に、杏香の居場所はない。

 

 彼女は体格に恵まれている。13歳の時には既に170センチ近い身長があって、女子でありながらチームの入団基準をパスできる程度には身体能力が高かった。

 

 今の時代、実力が追い付くのであれば大会に女性選手が出場するのは認められているし、ほんの数名ではあるが女性のプロ選手も存在している。

 

 それでも、「あの」三鷹シニアが1年の女子にエースナンバーを渡したとあって、当時はかなり波風が立ったのを覚えている。

 

 それをねじ伏せて、勝ってきた。清本以外には力負けしない自負があった。

 

 だから、1年の北条にエースナンバーを渡すという相談を監督から受けた時、あっさり頷いた自分に驚いていた。

 

 監督が杏香からの1番剥奪を決めたとき、客観的に見て元哉と杏香の実力はだいたい同じくらいだった。

 

 伸び悩みつつあった自分が、夏大会で打ち込まれたことで見きりをつけた監督の判断はわかる。だが、それは理屈だ。

 

 いつもの杏香なら、キレて監督につかみかかってもおかしくない。自慢ではないが、3年生になった杏香は監督の背丈を追い越している。

 

 だが、杏香は理解してしまっていたのだ。自分の実力が既に、完成してしまっていることを。

 

 つまり杏香は、早熟の天才だった。人より体が大きくなるのが早くて、技術を磨き終えるのが早くて、実力の最終形を大会まで持ってくるのが早かった。

 

 なまじ元哉と同じくらいの実力だったからこそ、それを否応なく理解させられた。

 

 杏香が2年の時から球を受けてもらっている占部が、不思議そうな顔で捕球するようになった。

 

 言葉にするなら、「この人の球はこんなに簡単だったかな?」といったところだろう。彼は元哉の荒れ球に引っ張られて、見る間に捕球技術を上げていた。

 

 そして、彼は気遣いのできる男だ。自分の違和感の原因に気づくと、杏香の前ではその戸惑いを一切見せなくなった。

 

(なーにが鈍感だよ。気づいてた癖に)

 

 杏香の凋落と元哉の台頭を、占部恭介は知っていた。

 

 杏香もそれをわかった上で、表面上は何もなかったように振る舞っていた。

 

「キャッチャーフライだ!!」

「やっぱすげぇなあの一年坊、あの清本を完封してんぞ」

 

(だって仕方ないじゃんか。……格好よかったんだから)

 

 元哉の投球を見て。

 

 杏香はつまり、その()()()()()に惚れていた。

 

 それは自分のなりたかった姿そのもので、ただの早熟な大女だった自分には絶対にたどり着けない場所だったから。

 

 彼に対抗心を持てず、純粋な憧れと、好意さえ向けていることを自覚した時、彼女は自分の選手寿命を悟ったのだ。

 

 清本を相手に、それまで一切使ってこなかった技術の数々を解禁していくのを見て、彼女はベンチで訳知り顔だった。

 

 自分しか知らない元哉の技術が白日のもとに晒されるのは少し嫌だったが、逆に言うとそれだけだ。

 

 数ヵ月前に「5打席5安打2本塁打6打点」をやられた相手を抑え込んでいることへの嫉妬も、対抗心も、既に彼女にはなく。

 

 まだある残り火のような力をこの大会で出しきったら、きっぱりと野球からは引退しようと決めていた。

 

 ここまでの青春を野球につぎ込んできた彼女は知らないが、それは概ね、世間では惚れた弱みだとか、男を知って腑抜けたとか言う。

 

(でも、後輩くんによわっちいとこは見せられないね。あたしこれしか取り柄ないんだし)

 

「元哉が一回戦に立候補してきた」と監督に聞かされた時、それが意味するところを彼女はかなり正確に読み取っていた。

 

(全国だもん、出番ナシで終わったら最悪だもんなあ)

 

 元哉が立候補したのは抽選会より前だったが、つまり彼は1回戦を杏香に任せ、敗北して自分の出番がなくなるのを嫌ったのだろう。

 

 杏香の読みは、概ね正しい。

 

「ふふ、かーわいい」

 

 それを杏香は、元哉が功を焦ったと受け取った。元哉としては投手・朝倉を微塵も信用していなかったというだけなのだが、知らぬが仏であろう。

 

(せっかく決勝は譲ってもらったんだし。勝たなきゃね)

 

 監督の言うところでは、決勝を3年の杏香に任せたいから自分が1回戦をやりたいと言ってきた、ということだった。

 

 せいぜい二年連続優勝の栄冠を手に入れて、後輩くんに自慢してやろう。

 

 杏香は1回戦が終わらないうちから、決勝での算段をつけ始めていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 杏香の見込みは、甘かったと言わざるを得ないだろう。

 

 6回にして1アウト満塁、7-4。

 

 打線の援護のお陰でだましだましやれているが、ついに年貢の納め時が近づいてきた。

 

 誤算の原因は相手チームの1番2番。2年蛇島と、1年霧崎からなる二遊間コンビである。

 

 抜群の守備力でセンター前ヒットをただのゴロにすること2回、併殺2回。打ってはここまで全打席で出塁している蛇島と、1本塁打を含む3打点を上げている霧崎。

 

 有り体に言って、全く太刀打ちできていなかった。

 

 序盤にかなり粘られたせいで投球数は100を超えようとしており、息は上がり、ただでさえ胸でつっぱりがちなユニフォームが汗で張り付いて気持ちが悪い。

 

 腕はとっくに精密なコントロールができる状態ではなくなっている。この大会で使い潰しても構わないという心構えで投げていたが、この分だと本当にそうなりそうだ。

 

 それでも、彼女の闘志は失われていない。

 

 同級生たちに続々と実力で追い抜かれても。実力を純粋に尊敬できてしまう後輩が現れても。同じ女の子の遊撃手に散々打ち込まれても。後のことは元哉に任せて引退すると決めていても。

 

 朝倉杏香は、強豪三鷹シニアの元エースであり、中学全国の優勝投手である。

 

「……っ!!」

 

 打席に立つ9番打者(捕手)が、その気迫に一瞬、たじろぐ。

 

 すかさずスライダー──スタミナ切れにより、まともに動かないが──を投じた杏香だが。

 

 極限の集中状態は、9番打者の口角がほんの少し上がったのを杏香に認識させた。

 

 地鳴りのような歓声が上がる。三大リトルシニアのうち、高槻を下して上がってきた関東1位・三鷹と、往年の三鷹と同じ1年女子をスタメンに入れた中部1位・豊田。

 

 野球に興味のない一般人でも名前くらいなら知られている2チームによる決勝戦。試合前に流れていたテレビ中継によると、観客動員数は歴代最多を更新したらしい。

 

 杏香の頭を走馬灯のように情報が駆け巡る間、豊田シニアは3塁走者を返して1点を確保。守備には定評のある三鷹シニアである。球が外野へ行こうが、滅多なことではツーベースにならないのだ。

 

 被害は最小限に抑えられたが、これで7-5。打順も1番からとなる。

 

 打席には1年、霧崎。

 

(……まだ、まだ)

 

 やれる。

 

 その言葉が脳裏に出てくるより早く、マウンドに監督がやってきた。

 

 監督の言葉に、杏香は呆けたように、しかししっかりと頷く。

 

 

 

「選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、朝倉杏香さんに代わりまして──北条元哉君

 

 ──一瞬の沈黙。その後、どよめきが爆発するような歓声へと変わっていく。

 

 すっかり熱を持った肩をかばいながら降板すると、大急ぎでブルペンでの投げ込みをすませてきたらしい"後輩くん"が待っていた。

 

「先輩。お疲れさまでした」

 

 元哉は真面目くさった顔でそう述べる。「優勝投手が転がり込んできた」と顔に書いてあったが、杏香はぷっと吹き出したように笑うと、騙されてやることにした。

 

「……生意気だぞ、後輩」

 

「すみません」

 

「後。任せたからね」

 

「はい」

 

 自分より4センチほど背の低い、けれどすぐに追い越すだろう大投手が頼もしくて、杏香はひらひらと手を振りながらベンチに消えていった。

 

 ──この後。北条元哉は自身の通算奪三振数を5つ増やし、先発としては史上初の大会通算防御率0.00を達成。おなじく史上初となる、1年生優勝投手になった。




朝倉杏香(あさくら きょうか)
右投右打 オーバースロー
適性:先発・中継
球速:125km/h
コン:B73
スタ:D58
変化球
スライダー3
フォーク2
特能
軽い球(赤特)
キレ○
回復B

 関東の強豪、三鷹シニアの前エース。身長178cm。非常に早熟な選手で、中学1年の時にはほぼ体が出来上がっていた。長い黒髪をポニーテールにまとめ、ぱっちりした目元が特徴。体格相応に発育がよく、しばしば男子に二度見される。

 女子選手であることを考慮すれば国内トップクラスと言える体力と筋力を持っており、大会史上初となる女子の1年生エースとして全国大会に出場し話題になる。

 2年秋の大会では全国の優勝投手となった一方で、プロのスカウトからは典型的な早熟型で伸び代がないことを見抜かれており、性別の壁もあって評価が低い。

 負けん気が強く男勝りな性格。しかし本人も自覚していないが、世話好きなところがあり自分で戦うよりは他人を応援する方が性に合っている。

 本編では長々と理屈を並べ立てているがその実、元哉に力で理解らされて雌堕ちしたということになる。

 余談だが、保険会社に勤める従姉が近頃働きすぎなのを心配しており、従姉の彼氏にさっさと家庭に入れてやれと圧を掛けているらしい。

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