実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート 作:TE勢残党
「ピッチャーの交代をお知らせいたします」
──それは、いわゆる理不尽だった。
6回ワンアウト満塁。7対5。つい先程、1点タイムリーが入ったばかり。打順は1番、つまり私。
相手のピッチャーは見るからに疲弊していた。
逆転優勝の目はある。私──霧崎礼里はそう思った。
去年秋の大会の優勝投手──ものすごく体格のいい女性選手──が降板して、
不思議だったのは、降板していく朝倉投手から感じられる【思考】。
そう、私は本当にボンヤリとだが、他人の考えていることが分かる時がある。私はこれを「声を聞く」または「受信する」と表現しているが、誰にも打ち明けていないからどれくらい正確かはわからない。
例えば試合中。お互いの闘志がぶつかり合う時、希に相手投手の考えが読めることがある。
内、とか。外す、とか。恐らく、相手が強く思っている時だけ、思考の上澄みというべきものが私にまで漏れ聞こえてくるのだろう。
人の思考が発信源で、私が受信装置。だが私の
外では「察しがいい」で通しているけれど、中学生にもなれば何となく分かる。これは、皆にはないものだ。
しかし私は、便利で野球にも応用できるそれに密かな自信さえ持っていた。
先程の朝倉さんは、意識がマウンドの外に向いていたように思う。闘志を漲らせてこそいたが、何となく、それは打者を打ち取るためではなく、味方にむけたもっと別の──
そこまで考えたところで、新たな投手の登板が完了した。
マウンドに立つのは、私と同じ1年生。
かの山口賢と延長11回まで投げ合い、あの清本と互角の勝負を演じた、三鷹シニアの隠し球。
つい一昨日、九州の主砲と呼ばれる牛島外野手を軽々と完封して一部界隈を騒がせたばかりだ。
この場に出てくるのは、監督から朝倉投手以上の評価を得ていることの証左。
上級生に華を持たせるという綺麗事に惑わされず、非情だろうと1年生だろうと、勝つために使えるものはなんでも使う「三鷹らしさ」の真骨頂。
(……そこまでやるか)
正直に言って、誤算だった。
だがそれでも。中学1年生にして全国の決勝にまで手を掛けた私は、どこかで自惚れていたのだろう。自分が放つ渾身の決勝打を、私は疑っていなかった。
この時点までは。
「ストライク!」
「──ぇ?」
球が、見えなかった。
そりゃあ、明らかに疲れていた朝倉から全開の北条だから、球が速くなるのは分かる。
MAXからかなり落ちた110km/hそこそこが一気に132km/h。左と右。明らかに段違いな球威。
捕り方が上手いのだろう、微動だにしないキャッチャーミットからは、聞いたこともないほど重たい音が響いてくる。
しかし何より、分かってしまったのだ。
それは、強い気持ちを持っていないということ。この状況を、私を、なんとも思っていないということ。
まるですっかり慣れたルーチンワークをこなすみたいに、彼は淡々と投げていた。
腕を振りかぶって、ボールを投げる。何も聞こえない。強く意識されていないのだ。歯牙にもかけられていないのだ。普段通り投げればそれで抑えられると、舐められているのだ。
「ストライク!!」
なのに、打てない。掠りもしないどころか、バットが出ない。
正直に言おう。怖かった。
「……っ!」
だが。少しビビっただけで三振してやるほど私は甘くない。聞こえないなら、能力に頼らず打撃するまで。
私は強豪・豊田シニアの1番だ。大会通算6割を打つ遊撃手だ。
飛び込んできた白球に狙いを定め、力の限りバットを振った。
あの球は目で追えるようなスピードではない。ほとんど当て勘だ。
そしてこの力の副作用なのか、私のカンは昔から良く当たる。
「ファールボール!!」
観客席が爆発的な歓声をあげている。ただバットに当てただけでアレだ。
手の痺れが酷い。気にするものか。
あの荒れ様だ、芯で捉えられていないのだろう。前に飛ばないどころか金属バットを押し戻された気さえした。だが修正は可能だ。
──次は、打てる。
いつしか私は、今までにない闘志を投手にぶつけていた。
「私を、見ろ……っ!!」
口から漏れだした呪詛じみた主張に、背後の敵キャッチャーがわずかに身じろぎした。どうやらサインを変えたらしい。
──まずいぞ。
確かに聞こえた、キャッチャーの「声」。それに投手は、北条元哉はしっかりと頷き、一度目をつぶって深呼吸した。
その仕草を私は知っている。
地区大会で完全試合を演じた彼が、最終打席で見せた構え。全国の一回戦で、清本を相手にした時やった行為。
トップギアにいれる時の、ルーティーン。
「──っ!!」
全身にぞくりと何かが駆け上った。
来る。
私は先ほどと同じように、直感に任せてバットを振るう。悔しいが、今の私では彼の投球を技術でとらえることはできない。
極限の集中状態だからだろうか。飛んでくるボールが嫌にゆっくりと見え──
「!?」
違、実際に遅っ
まず、もう振り始めて
止め
無理、当た、らな──
──ぶんっ。
気の抜けた、中途半端なスイング音。
一拍遅れて、ミットにゆるゆると収まっていく白球。
「す、ストライク!! バッターアウト!」
外角低め、93km/hのチェンジアップ。それが、私を打ち取った魔球の名だ。
フルカウントからいきなり真ん中にスローボールじみたチェンジアップを投げ込んでくることがあるのを、私は知っていたはずだ。
表情ひとつ変えないどころか、そういう球を投げる時ほど表情に気合いが入っていることを、私は知っていたはずだ。
それを、たった2球と深呼吸ひとつで忘れさせられた。
私の察しのよさを、ルーティーンの研究を逆手にとられた!?
(だとすると、さっきまで何も聞こえなかったのはひょっとして、挑発を兼ねて意図的に無心で──いや、さすがに考えすぎか……?)
私が愕然とマウンドを眺めていると、そこに佇む男が口を開いた気がした。
「
あるいは、口には出していないかもしれない。
だが私には、確かに
何故かは具体的に言葉にできないけれど、それがなんだか、無性に嬉しかったのを覚えている。
◆ ◆ ◆
秋の全国大会を終え、3年生の大半は中学野球を引退となる。
例外は、2月に行われる世界大会に選出された者たちだ。
2年に一度行われるこの大会は、文字通り中学世界一を決めるために大リーグが主催しているものである。
近年両リーグともDH制が導入されたメジャーに合わせたルール大会が運営されることから、事実上メジャー選手候補の品評会という性格を持ち合わせている。
そして当然だが、日本代表に選ばれることはすなわち中学日本一の選手と認められたことを意味する。
選考基準は主に直近の大会での活躍度合いだ。
目だった成績を残した選手はもちろんのこと、全国優勝を果たしたチームは選考を担当しているスカウトたちの目につく機会も多い分、例年多めに選出される傾向にある。
とはいえ、あくまで必要なのは個人技。「強いやつから順番に9人並べれば最強」という球界の盟主がやりがちな力技を、日本代表という権威によって彼らは実現していた。
つまり。全国大会がチームでの戦いの場なら、代表選考はいわば個人戦なのである。
「凄いな」
その「個人戦」にて、清本和重と並んで選考チーム満場一致のトップ通過を果たした北条元哉。
彼は今、自分と同じく合宿先にいた霧崎礼里に絡んでいた。
「そ、そうか?」
「一人だけ、
言葉少なく、しかし鋭い元哉の指摘に、礼里は思い当たるところがあった。
自分の持つ、おそらく他人にはない力。便宜上「読心術」と呼んでいるが、他人に話したことはない。言ったところで、今の年代によくある妄想の類と受け取られて微笑ましく見られてしまいだ。
その力を応用して、打撃では打つ前から投球内容を予測し、守備では打球の到達予測地点を割り出している。
当然、球を見てから反応するより動き出しが早くなる。素の身体能力もかなり高いとは言え、1年の女子である礼里が日本代表ショートに選出された
「打つ時も守るときも、動き出しに迷いが
この合宿が始まって、まだ2日。
全国の時からチェックしていたのだとしても、ものの数試合。
たったそれだけで、礼里の眼前に立つ投手は彼女を丸裸に解析して見せた。
そして同時に、わかったことがある。
(あぁ……この人、すっごい野球バカだ)
確かに元哉は無口だが、声に感情が乗る方なのは話していればわかる。彼は純粋に、礼里の野球の腕を買っていた。
心の声をうっすら読める礼里からすると、相手の褒め言葉に「女子にしては」という枕詞がついているかどうかくらい容易く見破ることができる。
いや、それだけならまだよく、同年代の男子が(酷い時は大人たちであっても)礼里の美貌を前に考えることなど大凡一通りしかないものだ。
男所帯に混ざって野球なんかをやっている手前、男子のあれこれには理解のある方と自負しているが、そんなものを聞かされていい気はしない。
この力が身に付いて以来、礼里は一部の信頼のおける男子たち以外にはドライに接するようになり始めていた。
その点、元哉からはそういうスケベ心が感じられない。
全く無いわけではないのだろうが、彼の場合未だ見ぬ技術への興味が先に来ており、礼里の受信能力ではそれ以外を読み取ることができなかった。
(あはは、どれだけ野球好きなの、この人)
そう考えると、得体の知れない怪物に思えた元哉の印象は、ただの不器用なデカい人に早変わりする。
「じゃああれか、打った時にはどの辺にいくか分かってるのか」
「"分かる"ってほどではないけど、大雑把に予想はできるかな」
元哉ほどの選手に目をかけられれば、当然悪い気はしない。
「凄いな、無敵だろそんな力があったら」
「も、もーくすぐったいなあ、褒めすぎだよ……」
どころか。自分よりよほど優れた同い年の選手が、色眼鏡にかけずに純粋な実力を評価して素直に褒めてくれる。
中学1年のスポーツ少女にとっては、必要十分な劇物であった。普段のクールキャラがどこかに消えて、素の活発な自分が出てきてしまう程度には。
とりあえず野球のことを話していればいい、という安牌があったのも大きい。試合のこと、技術のこと、話せる範囲での「読心術」理論、そして話題が尽きれば10球勝負。
元哉はそれをスポンジのように吸収して、見る間に自分の技術へと転化させていった。それを見て、時には10球勝負でコテンパンにやられた礼里もまた奮起し、二人は切磋琢磨していく。
合宿は恙無く進んでいるように見えた。
「…………っ」
めっきり構われなくなった、一人を除いて。
こ↑こ↓の礼里はまだ改造されてないから、ちょっと仲良くなるとクールキャラが簡単に崩れて素の口調が出てきます。改造後はこうもいきませんけどね。