――華陽が闇派閥と接敵する30分前――
「待ちなさい!この放火魔っ!」
オラリオの南東、華陽が営業する花屋とは少し離れた薄暗い住宅街を舞台に、アストレアファミリアの団長アリーゼと副団長の輝夜が、オラリオを恐怖に陥れていた放火魔と思われる黒ローブの男を追跡していた。
「おい、団長。逃げているが、あの男…レベル3に匹敵する冒険者かも知れないぞ。私達第二級冒険者がなかなか距離を詰められない。リオン達を呼ぶか?」
「増援ね、悪くない作戦だわ。けど、もしかするとこれが囮で、他の区画が被害に遭う可能性もある。ここで呼んだら、他の区画が手薄になるわ。ここは何とかして私と輝夜で解決しましょ!」
「まったく……団長は人使いが荒いな」
第二級冒険者ならではの、人離れした脚力で住宅街を走りながら、少しずつターゲットである放火魔を追い詰め、舞台は行き止まりが多い路地裏へと移り変わる。
「どうやら、ここまでのようだな」
放火魔が向かう先は行き止まり。固そうな壁と第二級冒険者二人に挟まれ、放火魔は脱出できる経路を見失う。この展開に、刀の先端を放火魔に向ける輝夜も勝利を確信していた。
「大人しく投降しなさい。抵抗しなければ、これ以上は痛い目を見ないで済むわよ」
アリーゼも剣を放火魔に向け、刀を手にする輝夜と共に手ぶらの放火魔と距離をジリジリと詰めていく。
だが、それこそが男の望む展開だった。
ブチっ!!
三人がいる路地裏に、何かの栓を引き抜いたような音が響き渡る。その音にアリーゼも輝夜も反応し、即座に違和感と警戒感を強めるが、もう遅い。
路地裏の両脇に仕掛けられた木箱が光を帯び、発熱反応を引き起こし、そして
「くぅっ!!」
「ぐっ……ワイヤートラップか!!」
アリーゼと輝夜は爆発の直前で即座に後退し、直撃を何とか回避。だが、その爆発は路地裏の一辺を満たすには濃密なもので、爆発で辺りが熱に包まれ、粉砕した木箱やガラスが飛び散っていく。
「団長…!?その傷は……!?」
「あはは……爆発なら、私のスキルでどうにかなったけど、ガラスまでは無理だったみたい。そういう輝夜もさっきの爆発で利き腕がやられたみたいね」
「ああ……互いに不覚を取ったみたいだ」
爆風が収まり、ようやく視野の確保ができるようになったが、直撃を避けたとはいえ、互いに戦うのも困難なほどに怪我を負っていた現実が二人の乙女の目に入る。
アリーゼは爆風で飛び散った鋭利なガラスの無数の破片が、両腕に突き刺さっている状態。特に剣を持つ利き腕は酷く、血も垂れ流しのまま。一刻も破片を抜いて、血止めをしなければならない。
一方、輝夜は刀を持っていた右手が爆発の熱波で火傷をしている。着物は焼け焦げ、痛々しい素手が丸見えだ。そして、本命の刀は先ほどの爆発で、刀身が欠けていて使い物にならない。
「ふふっ、流石はアストレアファミリアの幹部。直撃は回避しましたか。だが、その様子ではまともに戦うこともできまい。残りは私がトドメをさしてあげましょう」
「そんなことさせないわっ!!」
形成逆転。たった一つの罠で、攻守が入れ替わり、黒ローブの放火魔が剣を手にし、アストレアファミリアに襲いかかろうとする。アリーゼもすぐに自分の剣を取り、立ち向かおうとするが、剣を握るのも辛いであろう深手を負っている。
そんな場面で、アストレアファミリアの中でも頭が回る輝夜は、この場面を打開する策を考え続けた。しかし、仲間に救援を求めるために離脱をすれば、アリーゼの命が危うい。何より、他の仲間達はオラリオの各地に散開しており、駆け付けるまでかなり時間がかかる。
そこで、輝夜は思い出した。
ここは南東。
輝夜にとって、彼は尊敬できる人物だった。同じ極東出身で、彼の噂は貴族の彼女の耳に届いていた。
彼とは数年差遅れて、輝夜はオラリオに来たが、そこでも彼は変わらない有名人だった。自慢の剣技で所属するファミリアに貢献し、たった2年だけだったが、ゼウスやヘラのファミリアと共闘したと聞く。
だが、それよりも輝夜が彼に惹かれたのは、ゼウスとヘラのファミリアが壊滅した後の暗黒期で、彼と彼のファミリアが『正義』を掲げ、オラリオに尽くした一件。
当時は本当に混沌としていたが、彼と彼のファミリアは今のオラリオに『何が必要』かをよく理解し、『現実』を見ていた。そんな混沌の時代でも冒険者としてダンジョンに潜り続け、理想と夢を掲げる他人事主義の奴等とは雲泥の差だ。
しかし、彼はそんな『現実』を見ながら、同時に『理想』も見ていた。将来のオラリオのビジョンを想像し、それを糧に彼は闇派閥を一掃し、復興に努めた。
理想……それをファミリアで持っていたのがアリーゼだ。彼女はいつも楽天的で、彼のような頭の鋭さや真面目さとは程遠い人物だった。しかし、その『理想』は周りを巻き込む力を持っており、団長に必要なカリスマ性をも兼ね備えていた。それは現実主義者の輝夜には合わないものだ。
しかし、彼はその『理想』と『現実』という合わないもののバランスを自分の力で取り、体現していた。だからこそ、輝夜は彼に惹かれていた。期待をしていた。彼なら、どんな未来をオラリオで実現するのかを。
だが、彼はファミリアが全滅し、現実を直視し過ぎるようになり、積極的な冒険を止め、前よりも仲間を大事にする堅実な性格になった。仲間を大事にするようになったと聞こえは良いが、彼のは過保護だ。まるで戦場に息子や娘を連れて行かせないようにする親の様である。
私はそんな彼に失望した。私は彼にとって娘のような存在。肩を揃えられる信頼できる実力を持つ仲間じゃないと。だから、危険を冒すような真似をするなと言われたんだ。
同時に、私にも失望した。彼のお眼鏡に合わない実力不足を指摘されて。だから、私は彼の店を出て、数日はひたすら剣を振るった。……周りに少し心配されたがな。
それがこの始末。攻めていたら、敵の罠に嵌まり、刀は振るえない。情けない程に皮肉なものだ。この姿を彼が見たら、どう思うだろうか。
だが、今の現状で最適なのは彼だ。
もし、私達が頑張っているのに店で寝ていたら、二度と口は聞かない。だが、彼はそんな人物ではない筈。期待ではない……確証だ。
「団長!!火を空に向けて打てっ!!」
「えっ!?わ、分かったわ」
言葉通り団長は自身の魔法で、空に火柱を建てる。闇派閥には分からない彼に伝えるメッセージだ。
「場所を少し移動するぞっ!花屋の近くに向かえ!」
団長に指示を出しながら、私と団長は路地裏から素早く移動。そして、それを追いかける闇派閥の男。手負いの私達をどうしても始末したいらしい。
「逃がすかよっ!!ここで、お前達を始末すれば、俺の闇派閥での地位は上がるんだっ!」
ふんっ……地位か。だが、それは無理だな。お前を倒す『花剣士』が私の予想よりも早く来たぞ。
「ハナミヤ流……花閃」
私と団長、闇派閥の放火魔、その間に割るように黒ローブの男に斬撃を喰らわす男がスッと参戦。
「まさか、俺が来ることを信頼してたとはな」