少女、
驚天動地、奇妙奇天烈。常識と理解の範疇に収まらない、そんな出来事たちが次々と彼女を襲い来る。
待ち受けるのは
彼女は選択を迫られる。
たった一人の女の子を救うのか。それとも世界を救うのか。
由比鶴乃は二度と帰らぬ日常を胸に、ただ一人、女の子を救いに行く。
【挿絵表示】
前代未聞の猟奇殺人犯が巷を騒がせていた頃、
実家の中華料理屋、『万々歳』が繁盛した影響で、店の手伝いが忙しくなり、魔法少女まで手が回らなくなっていたのだ。
中華飯店『万々歳』は、私――由比鶴乃の実家である。
ひいお祖父ちゃんの代からの歴史があるお店で、かつては大繁盛していたそう。最近では私のお父さんの代になって味が落ちたなどと、無責任なことをよく言われたりもしている。
それでも、私はこのお店が大好きだった。
そう、だから――かつて神浜一の名店と呼ばれていたお爺ちゃんの頃のように――万々歳を盛り上げるのが、私の目標なのだった!
だから、私の思いつきのアイディアの一つ――学生向けの大盛りサービスセットメニュー――が口コミでヒットして、その結果が直に帰ってきているのは、嬉しい誤算だった。
おかげで万々歳は繁盛し、急に忙しくなる。
私は平日の昼は学校があるから手伝えないが、夕飯時の一番混む時間帯はつきっきりだ。
店じまいの時間帯にはへとへとのくたくただ。
バイトの一人でも雇えば? とお父さんにも提案したけれど、あまり真剣には聞いてもらえないし。
流行るのはどうせ一過性のものだろう、と、様子見のスタンスらしい。
まったく、もっと真剣に聞いてほしい――ところではあるんだけれど。
しかし
なぜなら――私は『
『魔法少女』というものがなんなのか、聞き馴染みのない方にはここで説明をしておこう。
いや、『魔法少女』くらい聞いたことがある人のほうが多いだろうか。――多いに決まっている。ファンシーな衣装を纏い、悪者を見つけては、可愛らしくもえげつないビームで滅殺する、アレである。
それは突然のことだった。
キュゥべえと名乗る、白い猫みたいな形をしたそいつは私に、『魔法少女』になる契約を持ちかけた。曰く、『魔法少女』になる契約をすれば、どんな願いでも叶うのだと。
テストで毎回満点を取りたいとか、あるいはいつでも美味しいものが食べられるようになりたいだとか。漫画家の才能がほしいでも、はたまた素敵な恋人が作りたいでも。不老不死だろうが、最強の幸運だろうが、どんな怠惰なものから、突飛なものまで、
当然、対価はある。
『魔女』というこの世に呪いを撒き散らす、悪しき物と戦う運命が課せられる。――戦いの運命。逃れられない宿命。
『魔女』は強く、『魔法少女』というのは、その愛らしい響きと反して、戦いで命を落とす子も珍しくはないのだ。
しかし、
なんでもというのは、全部ということで、それだけの価値があると言わざるを得ないだろう。普通はどんな一生を過ごしていたって、人為的に『奇跡』を起こすことなんて不可能なのだから。……それこそ、
私は、家族を支えるために願いを使うことを決めた。八億円だ。それは私が願いで手に入れた金額である。
宝くじの一等賞、八億円を当選し、そのおかげで私の家族は救われた。こうして私の物語はハッピーエンドを迎えた。――ちゃんちゃん、おしまい。
と、御伽話なら典雅な字句が添えられ、幕引きが図られるところだが、現実は続く。私はもはや契約して魔法少女になったのだ。魔法の世界こそが、
――そんなわけで今日も今日とて、『魔法少女』の由比鶴乃ちゃんは万々歳の手伝いでへとへとになった体を引きずり、魔女退治へと赴くのであった。
この二重生活が目下の困りごと。ときどき、嫌になって投げ出したくなってしまうことだってある。
しかし誰かに助けを頼んだりはしない。
魔法少女ってのは、自身の祈りのためだけに戦い続けるものだと、かつて師匠に教わったからである!
それに魔法少女は、悪しき『魔女』から世界を守る、正義の存在だしね!
めげてはいられない――のだ。
「ふう。よっし、行くよキュゥべえ!」
「ああ。先導は任せてくれ!」
私達は、発見したばかりの『魔女』の結界の前にいた。
キュゥべえと出くわしたので、先導を頼むことにしたのだ。
『魔女』の刻印が押された結界の入り口。
それを引き裂き、中へと侵入する。
その内側には薄暗い異質な空間が広がっていた。二次元のコラージュで三次元の背景を埋め尽くしたようだ。
キュゥべえは迷宮のように入り組んだ道を突っ走る。
「鶴乃。キミは相変わらず熱心に『魔女』を狩ってくれているね。ボクとしても助かってるよ!」
「当ったり前でしょー。師匠に
忙しさを思い出して、いくらかテンションが下がりそうになる。けど、気合で吹き飛ばす。
魔法少女は年中無休だ。
悪しき『魔女』を倒す希望の存在に、休んでいる暇などないのだ。
「キミもよく知っていると思うけど、神浜の魔女は他の地区よりも強いんだ。だから神浜の魔法少女はチームを組んで戦うことが多いね。――キミが以前、七海やちよが率いる"チームみかづき荘"に所属していたように。
だけどキミは、そのチームが解散してからも一人で戦い続けている。これはかなりの才能と実力がないと不可能なことだよ。自信を持っていい」
「えへへ……」褒められるのは悪くない。
「そんな実力のあるキミに、ボクからお願いしたいことがあるんだ」
「改まってどうしたのさ、キュゥべえ」
「――魔法少女の調査をお願いしたい」
あらたまってキュゥべえがお願いすることなんて珍しい。私は興味を持った。
私達は結界の奥へ進みながら、話をする。
キュゥべえの説明によると、何やら異常事態が進行しているようだった。
それは、かなり突飛な話だった。ある意味で私達から全く関係のない遠い世界の話であり、同時に、身近に重なり合ったすぐ裏側の世界の話だった。
「キミは
「信じるって……それって、私達の世界とは別の世界ってこと、だよね……?」
お話や物語でだったら聞いたことがある。だけど、馴染みがあるとはいい難い。
「その通り。
それが存在するかどうかというのは、ボクらにとっても未知の領域なんだ。どうしてかっていうとね、それを理論的には証明できても、直接的には観測することが出来ないからなんだ。別の世界線を観測するのはほとんど不可能なんだよ」
「ほとんど……ってことは、でも、できるにはできるんだね……?」
本当に何もわからないのなら、この話をそもそも振ってこないんだろう、たぶん。
「キミは理解が早いね、鶴乃。……そうとも。それはキミ達が、深宇宙に存在する小さな恒星を周回する惑星に、生物が存在するか観測するみたいなものだ。
次元断層を隔てたその先の世界を掌握するというのは、それくらいの苦難があるんだよ」
「ふーん……」
キュゥべえがそうだというのならそうなのだろう。
「そう。だがしかし――そんなボクらの観測機器に近々、異常が検知されたんだ。とある
「平行世界が……いっぱい増えたってこと?」
増えるワカメじゃあるまいし、そんなことがあるのか?
「平行世界ってのは、常に分岐して、数を増やしているものだよ。――だけど、ある一点から無限に増殖しているというのは、はっきり言って異常事態だね。――しかも、
指数関数的な分岐の発生、それに伴う等比級数的な増殖、
なんだか、あんまりにも話のスケールが大きすぎる。
それがなんなのだ……? キュゥべえにわからないような話を私に振られても困るぞ……?
「別の
キュゥべえは言い含めるようにして、ゆっくりと焦らず話を続けた。
「その
因果律の因果係数というのは、どれだけの多大な運命を束ねているかったことによって決まるからね。
――
ボク達がその因果律の集積点、事象の収束点の謎を解き明かせば、その膨大な
『因果』の集積を『奇跡』に変換するのが魔法少女の力であり、ボクらのテクノロジーだからね。
もしその特異点の
この宇宙の熱的死を回避できるほどのエネルギーが得られるかもしれない。いや、それどころか――
「それは、つまり――魔法少女を、その皆を……全員、救えるかもしれない、っていうこと……?」
キュゥべえは私の呟きに対して、はっきりと断言した。
「その可能性はある。と、ボク達は踏んでいる」
私にはスケールが大きすぎて、実感が湧かなかった。
しばし、不気味な結界の中で、沈思黙考した。
壮大過ぎて、逆にむしろ、落ち着いて受け止められるような気もした。
私が魔法少女を救えるかもしれない。それ自体、とても光栄で、私が目指す――最強の魔法少女に相応しい偉業に思える。
そして。
私は
やちよはある時期を境にしてどんどん憔悴していった。周りに当たり散らすように、やりきれない思いを発散するようになった。
あれだけしつこくうるさかった、みかづき荘の片付けも滞るようになった。
庭の木は伸び放題になり、階段の手摺には埃が積もるようになった。廊下には雑誌や書類が積み重なり、リビングには高価な服が散乱した。そしてテーブルの上には生ゴミが散らばる醜悪な様。
彼女は人を遠ざけ、いつしか、キュゥべえにすら敵愾心を見せるようになっていた。
やちよは、……はっきり言っておかしくなってしまった。
私が思うに、
そして、
――あの悪夢のような日。
今では、やちよは魔法少女の
暴言を吐き、粗暴になり、不必要ないざこざを起こして魔法少女と揉めることが絶えない――とか。
些細な争いから二、三人病院送りにしたとも聞く。
私はその噂のどこまでが本当なのかすら――知らない。
私は、やちよがああなってしまった原因をわかっているつもりだった。近くで見ていて、そして私もまた、同じ種類の傷を負ったのだから。
――だけど、それは違う。
私が本当にやちよの苦しみを理解していて、やちよに信頼されていたならば、やちよは私を追い出したりしなかっただろう。
私は信頼されなかったのだ。
私なんかには、救う手立てなんかない。
そう思われたということ。
私は、あの日以来、一度もみかづき荘の敷居を跨いでいない。
――連絡さえ一度もとっていない。
実際のところ、電話をかけようと思えば、いつでもかけられた。――ただ、怖かったのだ。
『勘違いしないで。あなたは他人なの。もう、二度と連絡してこないで』と、はっきり言われてしまうのが。
だけど、――これはチャンスだ。もしかしたら唯一無二、空前絶後のチャンスかも知れない。
私にはどうしてだか、確信があった。
その謎を解き明かせば、やちよを救うことができるのだと。
天啓としか言いようのない感覚だった。非現実的だけど、まるで神様からの啓示のような。
「わかったよ、キュゥべえ! 私にできることは何でもする! そうしたら魔法少女達を救えるかも知れないんでしょ――!?」
私たちは、話しているうちに結界の最奥にたどり着いていた。
私は仰々しい扉に手をかけた。
「ありがとう鶴乃。協力してくれてとても助かるよ。まずはこの世界の魔法少女に異変がないか確認したいんだ。――平行世界と言っても、もとを辿ればこちらと同じ世界だからね。
最近の神浜の事情はわかるだろう? 魔女も以前に増して強くなって、最近じゃ手伝ってくれる単身の魔法少女もあんまりいなくてね」
私は扉をゆっくりと押し開けた。
広い空間の中心にはぽっかりと――湖ができるほどの――大穴が空いていて、そこは溶岩のるつぼになっていた。
大小の浮島があり、ひときわ大きい中心にある浮島に、大樹が生えていた。枝が節張った腕になっている。あっちこっちへと沢山の手がひらひらしている。
陸地には、前後のわからない広葉樹の葉っぱに目玉を付けたような使い魔が、本体の魔女を遠巻きにきょろきょろしていた。
不意に使い魔達が一斉にこちらを向いた。――気づかれたか⁉ 私は戦闘態勢に入り、姿勢を低くした。本体は枝が厄介そうだ。鉄扇で剪定しながら、急所に一撃を入れるのが定石だろうか。あまり迷っていると先手を打たれる。
ふと、おかしな気配を感じた。
今入ってきた入口の方からだ。すぐにそれは大きな声とともにやってきた。
「うおおりゃあぁぁぁぁああああああああああああ‼‼」
その紫色の大砲は私が入ってきた扉を粉砕し、運動エネルギーを保持したまま重力加速度によって落下した。
魔女の本体めがけて飛んでいく。「うわっ!」私は突然のことに驚きつつ、"それ"が空中で大きなハンマーを生成したのを見逃さなかった。
あっけにとられている間に、魔女は倒された。
少しの間放心していたが、すぐに陸地から身を乗り出して"それ"が落ちていった方向に目を凝らす。小さな浮島の一つに、大の字になって横たわっている紫色の衣装を着た少女が倒れていた。落下の衝撃で気を失ったらしい。
それが、私と