もう二度と思い出せない。それは一期一会だから美しい。それは人との出会いも同じだろうか?
私は本当にその光の意味を知っている?
『彼女』なんて本当に居たのだろうか――?
「……い鶴乃。おきろよ、おい!
「ふあっ……! なんで、朝から……?」
私が衝撃で目覚めると腹の上に馬乗りになっている少女がいた。フェリシアだった。
「……? ……うひゃっ! くすぐったい!」
「あ、ご、ごめんなさい……おはようございます、
ベッドの下側にはおっかなびっくり足をくすぐっている子がいた。さなちゃんだった。
「ふぇ、フェリシアちゃんがやれと……」さなちゃんは申し訳無さそうに手を丸めている。
「なっはっは! もっと遠慮なくやらないとダメだぞ~、さな! ……こうやるんだっ!」フェリシアは飛びかかってくる。
「……! ……あっ、ははは! あはは! っちょ、駄目だってフェリシア、あはははは!」
あの電波塔の一件から数週間が経っていた。
私のお腹の怪我はすっかり治っていた。
あれから数日間は、ふとした瞬間にお腹に痛みが走って、顔を歪め、お父さんにかなり不審がられてしまった。
「どこか具合悪いんなら病院にいけ!」って結構本気で怒られてしまった。
だから仕方なく、病院にも行ったフリをした。
だってそうだろう。
お腹周りだけ不自然に打撲している怪我なんて、病院に行ったところで説明しようがない。『飛び降り魔法少女を助けるために、お腹に鎖を巻いてダイブして、内蔵破裂しちゃいました‼』とでも言えばいいのだろうか……?
――ここは頭の病院じゃないよ。
そう真面目に返されても困るので、自力でなんとかした。気合と根性、そしていくらかの治癒魔法だっ!
まあ、そういった怪我は魔法少女をやっていると割とありがちな事態ではあった。でも、お父さんを心配させたいわけではない。
そういうとき、罪悪感で胸が少し詰まる。
私たちは三人で魔女狩りにいくようになった。
その帰りには商店街で当たり付きのアイスを買って食べた。お決まりの公園の片隅にある、東屋の下で。さなちゃんは当たり付きアイスを食べるのなんて初めてだと言っていた。
さなちゃんは聞けば聞くほど家庭の事情が複雑のなようだった。お母さんは再婚していて、家の中に居場所がなかったらしい。
家出同然で実家を飛び出していた。だからフェリシアと境遇が近い。今は、いつも二人で寝泊まりするところを探しているようだ。
飛び降りを決めるなんて、いったいそれまで何があったのか当然気になったけれど、しかし無理に聞こうとは思わなかった。そんなこと、進んで話したいこととは思えないし、機会があれば自然と教えてくれることだろう。
……なんだろうな。
さなちゃんは雰囲気からしてロクでもない人生を歩んできたんだろうなという哀愁があった。そういう匂いがするのだ。物理的なものじゃなく、気配というか。所作や振る舞いに。
だから、フェリシアと波長が合ったんだと思う。フェリシアのやつ、最初は「辛気くせえ」とか、「陰気なんだよ」とか、ぶつぶつ言っていたけれど、いつの間にかすっかり仲良くなっていた。
凸凹コンビの姉妹みたいに。
そしてたまに、こうしてフェリシアと一緒にウチに泊まりに来たりする。
……そうだ、昨日は家に二人が泊まりに来たのだ。お父さんはフェリシアのことしか見えないけど。
私の部屋には、二人がUFOキャッチャーで取ってきた『こねこのゴロゴロ』のぬいぐるみがあった。置く場所がないからと、私の部屋に預けてある。
今は元から部屋に住んでいた首長竜くんと戦わされていた。
「ゴロゴロ! 食らえ! ダイナソータックル!」「ひゃあ!」「ははは、食ってやるぅー! 覚悟しろ! ゴロゴロ!」「わあ! ……で、でも、草食恐竜は、肉を、食べないんですよ……?」「マジ……? 逆に、食われるのか……?」「…………え、えい! ……ガブっ」
私にとっては、妹が一気に二人増えたみたいだった。
私的には、こうやって何気ない時間が増えて、少しでもさなちゃんの笑顔が取り戻せたなら、それでいいと思っていた。
それからまたキュゥべえに話も聞いた。例の並行世界についての話だ。
「驚いたことに、例の
「それって、もう宇宙の崩壊とか、時空が崩れるとか、そんな心配をしなくてもいいの……?」
「そうさ。ボクらにもなにもわからないまま、危機を脱したらしい」
キュゥべえにわからないことが、私たちにわかるわけがない。
そして結局、宇宙の分岐の生成の謎だけが残った。
しかし、それを考えて、解き明かすのはキュゥべえの仕事だろう。私はこの宇宙と平和が守られるなら、それで幸せだよ。
そう、私は幸せだったのだ。長年使い込んで馴染みのあるタオルケットみたいな、優しい幸福と安寧を享受していたのだ。
やちよがみかづき荘を解散してから、私はずっと一人で頑張ってきた。師匠に顔向けできるようになるまで、そうしなきゃいけないと戒めてきたから。
でも、今はもう違った。二人と一緒にいて、魔女を退治するときも一人で戦わなくて良くなった。
魔女と戦う前に、待ち合わせをすると待っていてくれる人がいるのだ。
戦いで勝利を収めると、一緒に鬨のアイスを楽しんでくれる人がいるのだ。
それはまるで――以前みかづき荘のみんながいたときと同じ。
私は、一人ぼっちじゃなかった。
そう思うだけで、
それから――フェリシアと因縁がある、ななかという人にも出会った。相対しているときは気を抜けないような、張り詰めた雰囲気の人だった。かこちゃんによると、フェリシアが傭兵時代に迷惑をかけたらしい。
「鶴乃さん、でしたか……? あなたも、深月フェリシアと関わっているとろくなことになりませんよ」
フェリシアのことで忠告されるの、何度目だよ……。それだけ悪名高いということなんだろうけどさ!
「もうフェリシアは改心したんだよっ! 私が面倒見てるから、だいじょーぶだよっ!」
「そう。ならいいのですが。……次にフェリシアさんが問題を起こした時に責任を問われるのは、あなた、ということもあるので。……いえ、余計なお世話ですね。本題に入りましょう。七海やちよとは今でも連絡をとっているのですか」
「えっ……と。いや、最近は……あんまり」
最近は、ではなく、結構前から。
あんまり、ではなく、もう全く連絡をとっていなかった。
だけど部外者の人にまでそれを言いたい気分にはなれない。
「そうですか。最近、大東の鏡屋敷で怪しい動きをしていると耳にしたもので。今は
その物言いが何よりも嫌味っぽい、とは、流石に口には出さなかったけれど、それを態度に出さなかったかは自信がない。
かこちゃんは、この人とチームで仲良くできるのがすごいなと思った。
あるいは、今のやちよを知っている人は、かつてチームを組んでいた私達に対して同じことを思っているのかもしれない。
本当に仲良くしていたのか、……もはや、それは記憶の彼方だ。
ある日フェリシアは、カブトムシを取りに行きたいから付き合えと言ってきた。朝から早起きして向かうのだと。
いやいや、私は至って真面目な学生で、皆勤賞すら狙っている。学校をサボりがちなあなた達にその価値がわかるまい。そんなことを平日に言われても困るのだよ、と懇切丁寧に伝えると、さなちゃんを引っ張って連れて行ってしまった。
私が学校から帰って、厨房で洗い物をしていると、フェリシアが戸を引き、ただいまと帰ってきた。
私は振り返ってぎょっとした。三つも四つもぶら下げた虫かごの中に、沢山のカブト虫をみっちり詰めて帰ってきたのだ。いや、そのうち何匹かはクワガタだったらしい。そんなことはどうでもいい。気持ち悪くて奇声を上げてしまった。
「さなのやつ、役に立たねえと思ってたんだけど、すっげえんだぜ! あいつポイントでじっとしてろって言うと、本当に何時間でもずっとじっとしてるんだ。にんたいりょく、ヤベー! 虫たちもさなのこと自然と一体化して見てて、ぜんぜん逃げねーの! 入れ食いだったわあ……!」
当然、殆どは逃してあげた。飼えないので。虫かごに一匹だけ残したやつも、名前をつけたのに三日で死んでしまった。……南無。
「カブキチー‼」
余ったゼリーを土を掘って作ったお墓にお供えしてやった。
その日食べたスイカは塩を振っていないのに少しだけしょっぱかった。と、フェリシアは言っていた。
それから、近所の商店街でやっている夏祭りにも行った。水徳商店街の夏祭りは地域密着型で、神浜で一番盛り上がる全神祭と比べると規模は小さいが、私は好きだった。
ヒーローのお面を被ったり、水風船を釣ったり、射的や、くじ引き。さなちゃんは直接参加できないけど、雰囲気を味わっているだけでも満足そうだった。私が代わりにお金を払って、水風船を釣らせてあげた。
花火を大量に買って、公園でやった。線香花火を十本同時に付けたらどうなるのかとか、ねずみ花火を手に持って振り回したりとか。おおよそ、思いつくことはなんでもやった。馬鹿みたいに沢山笑った。
「見なよー! フェリシア!」
私の右の掌の上に載せている水風船は、バシャバシャと中の水をかき混ぜているような音が鳴っていた。私は風船の周りで左手を無茶苦茶に動かしている。
「えっ⁉ お前なにやってんだ! 鶴乃!」
「これはねえ、魔力のコントロールの修行だよっ‼」
私が更にコントロールする魔力を強めると、中の水が回転する勢いは強くなり、パシャンと水風船は割れた。
「すっげぇぇええ! オレも‼ オレもやるっ!」
「鶴乃さん……それ昨日読んだ漫画のやつですよね……? ……気をコントロールするとかいうやつ……」
その通り、昨日読んだ漫画から着想した由比鶴乃式の修行法だ!
「見てろよっ!」フェリシアが水風船を手に載せ力を込めるとバシャバシャと音がし始める。
「あっ、フェリシアさん! それ、私のっ……水風船! ああっ!」
「あっ」私は無慈悲にも破裂する水風船を目撃した。……南無。
水を汲んだバケツに花火の残骸が突き刺さっている。私たちは、それを囲んで円陣を組んでいた。
祭りの本会場の方向には櫓の明かりが見える。そろそろ盆踊りでもしている頃合いだろう。
「なー、なんかお前らとこうしてるの、普通になっちまったなー……」
「少し前までは私たちバラバラだったもんね……不思議なもんだよ」私はしみじみと語ってしまう。
「私もこんな……落ち着いて安らげる居場所が見つけられるなんて……思ってもいませんでした」
「そうだよねえ……さなちゃんは願いのせいで魔法少女の子にしか見えないんだよね」
「そうです……。……でも、そのおかげで鶴乃さんに見つけてもらったのかも」さなちゃんは照れくさそうだ。
「……ふっ。フェリシアだって、放浪してたもんね」私はフェリシアに水を向ける。
「なんだよ……、お前だって中華屋の娘だったじゃねえか」
「中華屋の娘は悪口じゃないよっ⁉ というか今も中華屋の娘だよぉっ!」
「……ふ、ふふっ。あははっ」
さなちゃんが屈託なく笑った。私はそれだけで心が温まる。
「なーほんとうにな。……オマエの願いって、宝くじなんだっけ、中華屋の娘」
「名前で読んでようっ! ……そう。はちおくえんです」
「八億円⁉ すごいですねっ……⁉」さなちゃんは初めて聞いて驚いた。
「んでもさ、けっきょく鶴乃の母ちゃんと婆ちゃんはそれ持って出て行っちまったんだろ……? だったらさ、オレたちの願いって、結局なんだったんだろうな……」フェリシアは遠い目をした。何かを懐かしむような目。
「出ていったんじゃないよ! 旅に出たの! そのお金のおかげで、お爺ちゃんの遺品も守られたんだから!」私は訂正する。
「……そ、そうですよ。みんな色々あったから、こうして出会えたんですし……! ……そう考えると、私は今まで起きたことも悪くはないかなって、少しだけ思えるんです」
「ふん。そうな……。ま、中華屋の娘も悪くねえよな」フェリシアは納得したわけじゃないけど、何かに諦めはついたみたいだった。
「中華屋の娘って言うな! ……そうだよ。悪くないよね」
フェリシアは長い溜息をついた。
「全く、『願い』なんて、なーんの意味もねえのかもしれねえな。オレの『願い』だって……」
「あれ、そういえば、フェリシアの『願い』って、何なの……?」
「ん――? だからオレの『願い』はだな。オレの――、ん……?」フェリシアは自分の名前を忘れてしまった人間のような、すごく不自然な顔をした。
「フェリシアさんは、ご両親を助けるために、魔女を倒したかったんですよね」
「あ、ああ。そうだよ。つまりそういうことだな! にっくき悪い魔女を倒すっ! そいつがオレの願いってわけだな! オレは何があってもそこだけはブレたことがねえんだよ。他に、なにもねーからな」
その日はそれからもしばらく話し、線香花火を追加で購入し、今度は普通に一本ずつ楽しみ、そして解散した。
次の日、フェリシアは夏目かこと会っていた。別段用事があったわけでもない。ただ暇があったから暇つぶしの相手が欲しかっただけだ。
木陰になっている、バス停のベンチで二人は駄弁っていた。
フェリシアは前日からなんとも形容しがたいしこりのようなものを覚えていた。
気にしなければ、それですぐに忘れる程度のもの。だけど、背中を掻きたいのに、痒いところに手が届かない、そんなもやもやに近い掻痒感。
だから、夏目かことの雑談の中で、フェリシアは深い意味もなくそれを話題に出した。
「なあ、かこ。オレの願いってなんだと思う」
「えっ! フェリシアちゃん! 急にどうしたのっ⁉」かこは動揺した。それは、いきなり話題を振られたことに対する動揺としては、少しばかり反応がいき過ぎていた。
「いや、さあ。……そういや、そのへんの記憶曖昧っつーか、……かことは付き合い割となげーし、なんか知ってねえかなと思ってさ」
「い、いや、私は知らないよ! ま、魔女と戦いたかったんじゃないっけ……?」
「んー、やっぱそうか。……それがオレの願いなのかな。ちゃんと果たせてるしな。……いや、わりい。たいしたことじゃなくて」
夏目かこは深く追求されなかったことに安堵していた。フェリシアはそれに気が付かなかった。
実際、フェリシアはすぐにそのことを忘れた。
すぐに、次の日に見に行く映画の方に興味は移っていた。
その翌日、レイトショーの映画をフェリシアとさなと鶴乃の三人は見に行った。最近流行りのシネマコンプレックスではなく、商店街にある単館系の映画館だ。近頃じゃレイトショーなんていっても年齢制限がある。だけどそこの映画館の親父は適当なので、お構いなしだった。
ちなみに、「さなの料金は、全額割引だぜ!」とフェリシアははしゃいでいた。
映画の内容は、ほとんど頭に入らなかった。チョイスを間違えたのか、エンタメ系ではないものにフェリシアは関心を持てなかった。しかし、誰かと深夜に映画を見に行くという、非日常的な体験が、精神に高揚をもたらしていた。
「ガハハ、おもしれー! 深夜に映画を見るとか、冒険っぽくていいな!」
帰り道、フェリシアはいつも以上に上機嫌ではしゃいでいた。
さなも言葉少なだが、機嫌が良かった。映画を見ている途中、怖いシーンがあり、ギュッと目をつぶっていたのだが、隣の席の鶴乃が、手を握ってくれたのだ。誰かのぬくもりを感じる機会は、どれだけ久しぶりだろうと、さなは感じ入った。それは、友達だった猫のゴローがいなくなってから、初めての経験だったのかもしれない。
「なあ! 今度冒険に行こうぜ! 計画立ててさ! 鶴乃もせっかく夏休みだろ! どっか行きてーじゃん!」
「そんなお金無いようっ! うーん……貧乏旅行で良ければ……?」鶴乃は腕組みをして思案をする。
「貧乏だろうがなんだろうがいいよ! てか普段から貧乏宿なし生活だしな! な、いいだろさな!」
「私は、お二人がいいのなら。……お二人と一緒なら、どこへ行っても楽しそうですし」ふふ、と笑う。
それから、冒険旅行の大まかな予定を立てた。本当に遂行できるかわからない。でも、そういうのは考えるのが楽しいのだ。
さなは期待に大きく胸を膨らませた。愉快な三人での珍道中、いったいどれだけハラハラするイベントが起きて、忘れられないものになるだろう。
「じゃあなー」
帰り道、フェリシアとさなは方向の違う鶴乃と別れた。最近よく根城にしている廃ホテルは、商店街を抜けてもうしばらく先だった。
「ん、かこじゃん」
フェリシアは魔力の気配を感じ取った。二ブロックほど先の路地、見知った魔力の反応があった。
「さな、先帰っとけよ。おれちょっとかこに挨拶してくっからさあ」
「あっはい、そうですか」
普段だったらさなも挨拶程度はフェリシアに付いて行っただろう。だけどその日は多幸感に包まれふわふわとした心地で、フェリシアに言われるがまま、さなは先に拠点に戻ることに決めた。
ホテルまではそれほど遠くないし、どうせ大した話でもあるまい。そう考えて。
一人になったフェリシアは、しかし違和感を覚えた。その魔力反応はいつもよりも弱々しく、だが次第にもとの自然さを取り戻していた。それはまるで、誰かに聞かれたくない話があるから、自身の痕跡をなるべく隠していたのに、話に熱中するにつれて、魔力を隠すという行為が頭から抜けていったみたいに。
三軒先のバー、その向こうの路地にいるのは当たりが付いた。ジャズバーのネオンサインがちかちかと瞬いている。
生ぬるい空気の夜だ。不意に、フェリシアはその温度が気持ち悪いもののように感じられた。不吉さの前兆のように。ネオンは二番目のOが消えかかっていた。Point of No Return.フェリシアはその文字の意味がわからない。だけどあまり良くないことだった気がする。ネオン管が爆ぜる音が聞こえてくるほど近づく。なんだか、これ以上進まないほうがいいような気がする。こういう勘は、経験上大抵当たるものだ。……そうだ、父ちゃんと母ちゃんが死んだ日だって、マンションに帰る前、こんな風に悪い予感が、……いやいや、何を考えているのだ。そんなの関係あるわけがない。……無駄にビビって馬鹿らしい。だけど足は地面にへばりついたように動かない。
ええい、と、引き剥がすように一歩ずつ踏み出し、路地の様子をうかがう。話し声が聞こえた。
「――ださいね! お願いしますよ! フェリシアちゃんには言わないでくださいね。絶対ですよ‼」
かこはそれだけ言うと、急に駆け出した。ヤバい――! 訳もなくフェリシアは慌てたが、かこの足音は自分がいるのと反対方向へ向かって遠ざかっていった。
心臓が早鐘を打つ。平静を取り戻すにつれて、かこが何を必死に取り繕っていたのかに興味が立ち上ってくる。
――かこのやつ、なんであんなに真剣に――一体何があるってんだ。
「おい、キュゥべえ、ちょっと待てよ」
路地を覗くと、キュゥべえはまだそこにいた。
「やあ、深月フェリシア」
「オマエ、かこと何の話をしてたんだ」
「ふむ、それについては話すなと言われているからね。生憎だけど、答えることは出来ないよ。もしどうしても気になるのなら、直接本人に聞けばいいんじゃないかな」
「ふーん、そうか……」
聞きたいことも聞けず、居心地の悪さだけが残った。なんとも手持ち無沙汰な感覚。
「なあ、オマエって、なんでも知ってるのか。鶴乃になんかわけわかんねー話してるのたまに見るけどさ。オレたちが知らないことでも、聞けばなんでも答えてくれるのかよ」
「なんでも、なんて、荒唐無稽なことを言うつもりはないよ。この宇宙はボクらでさえ解明できない神秘や謎が、いまだ満ちているんだからね。――だけど、キミたち魔法少女のことについてなら、キミたち人類より少しだけ詳しいというのは、間違いじゃないね」
ふーん。まあそりゃそうだ。オレたちはひとり残らずコイツと契約をして、こいつに話を聞いて魔法少女になるんだから。こいつらがオレたちより魔法少女に詳しくないだなんて言われても困る。
そうだよ、オレだってコイツと契約――
契約、したんだよな?
「なあ、オレの願いって、……なんなんだ?」
「それこそボクが夏目かこに口止めされたことだから言えないね」
「なんか言えないことでもあんのかよ」フェリシアはむっとする。
「さあ、ボクとしては別に隠したい要素は特に感じられないよ。ただ、そういう約束してしまったからね。ボクからは話すことができないかな」
「ああ――? なんかおかしくねえか、それ。オレが、オレの『願い』を知れないって、なんだよ?」
「フェリシア、キミの疑問はもっともだ。キミにはキミ自身の願いを知る権利がある。それは当然の権利さ。ボクは口止めをされているから話すことはできない。だが、知りたいのなら方法はあるよ」
可愛らしい白いマスコットは、悪魔のような提案をする。
「キミの能力を使えばいい」
能力――『忘却』。
「キミの能力は忘却だ。だったら、その能力を逆に作用させればいい。そうすればキミの望みはすぐに叶うだろう。そのハンマーで自分の頭を叩けばいいのさ」
◇
おかしい。フェリシアがいない。さなちゃんも帰ってこないと言っていた。二人で探した。
フェリシアと連絡が取れないなんてしょっちゅうだ。携帯端末を持っていないのだから、それ自体はよくある。だけど、さなちゃんにも無断で出かけて、丸一日近く帰ってこないのはなにかおかしい。
虫の知らせとでも言うのか、私の第六感に警笛が鳴り響いていた。
あっちこっちを探し回っていると、途中でかこちゃんにも会った。フェリシアが帰ってこないことを伝えると、「もしかして……」と血相を変えてしまった。
私は、渋るかこちゃんに何があったのか聞いた。かこちゃんにはずっと一つの懸念があったのだそうだ。
かこちゃんは、フェリシアの願いの真相を知っていたのだ。だからそれをフェリシアに知られないように、キュゥべえを説得していたのだ。
私は真実を聞いた。
その真実は、恐ろしかった。
私は街中を探し回った。参京区を駆けずり回り、区の外へ捜索範囲を広げようか悩み、最後に、いつもの公園をもう一度訪ねた。一度、探しに訪れたのだが、念の為にもう一回来たのだ。空には雲が立ち込め、陽の光は閉ざされていた。そのせいか、やけに暗い。気配を辿りながら歩くと東屋に人影が会った。いつも商店街でアイスを買って、魔女退治の帰りに寄るお決まりの場所。それは、多分フェリシアだった。
不審なほど、暗い。近づくにつれて異様さが迫ってくる。まるで、その東屋の周りから瘴気が吹き出しているかのよう。
「なっ――おいっ! フェリシアっ!」私は急いで駆け寄る。
「――なんだ。――鶴乃か。はは、なんとなく来てくれる気がしてたぜ」フェリシアの表情は半分影になっていてよく見えない。
「ねえ、フェリシア、まさか、聞いたの――?」
「……ふ。……ふふふふふ、ふふふふふふはははははははははははは」
乾いた笑いが辺りに響く。
「聞いた――? オレの願いのことか? 聞いた――ねえ。聞いた、というか、ハンマーで頭をぶっ叩いたらさあ、全部わかっちまったよ」
ごくりと生唾を飲み込む。ちがう、違うんだよ……!
「フェリシア! 別に自分のことを責めなくてもいいよ! フェリシアが悪いわけじゃない! ただの……不運な事故だったんだ!」
「ふぅーん……。鶴乃も知ってるんだな。オレの親のこと。……本当はいったい誰がオレの親を殺して、そいつはどんなツラしていまものうのうと生き残っているのか。……まったくさあ、何が『仇を殺したい』だよ。アホらしいよな。毎日顔洗うたびに鏡の向こうにいたんだぜ? ケッサクだな! オレの仇は、オレ自身だったってワケだ‼」
「違う、ちがうって‼ ぐうぜん、火事が起きてしまっただけなの! 誰かが悪いとか! そんなんじゃないんだよっ‼」私はもう訳がわからなくなっていた。とにかく必死になだめようと言葉を紡ぐ。
「その火事を起こしたのがオレなんだろっ‼ そうして、そのことも全部忘れて、魔女に擦りつけて生きてきたのもオレだッ‼ 何も違いやしねえんだよッ‼ ざけんなっ! オレのやってきたこと全部茶番じゃねえかっ‼ それ以下だよ……っ、畜生……。オレが、オレが父ちゃんと母ちゃん殺したのに、正義の味方ぶって、何が、魔女を殺すだ、クソ……っ」
フェリシアは頭を振る。拭いきれない悪夢から目を覚まそうとするように。
「ああ、もう、救えねえ……。こんなやつ、死んじまうしかねえんだ……。こんな救えないやつ、生きていちゃいけないんだよ」
そんなことない、そんなことはないよ。
私の言葉は届かない、こえはひびかない。
私はその言葉が心の中で響いているのか、ちゃんと口に出して伝えられているのかもうわからない。
「なあ、鶴乃。今までありがとうな……。こんなオレになんか優しくしてくれてさ。居場所をくれてさ……。オレは優しくされちゃいけない人間だったんだよ……。本当に、ありがとな鶴乃」
――ワルイナ、ツルノ。アリガトナ。
世界の意識は、そこで途切れた。