別に壮大な宇宙の話なんかじゃなくたっていい。
友達との別離とか、家族が離れ離れになってしまうことととか。
あるいは、かつて慕っていた先輩が自分のことを嫌って、自暴自棄になっているとか。
どうしても叶えたかった夢が果たせそうにないって、気付いてしまったりだとか。
ほんの些細なことで、終わってしまう。
『日常』というのはそれだけ些細で壊れやすく、脆いもの。
そして、そう、それから――
「――鶴乃さん、逃げてください!」
私の最後の記憶は、さなちゃんの声だった。私は意識を失っていた。
目が覚めるとホテルの一室だった。見覚えがない天井、そしてシングルベッド。部屋には間接照明がついている。
何があったのか思い出せない、ぼんやりとした頭のまま起き上がる。隣にもシングルベッドがあった。
そこに眠っている少女には見覚えがあった。金髪の少女。
「フェリシアっ!」
私は急いで駆け寄る。良かった。安静にしているみたい。ゆっくり眠っているのだ――うん……?
明らかに様子がおかしい。顔色が悪いなんてもんじゃない。安らかな寝顔だけど、なんだこれ。これじゃ、これじゃまるで……
「フェリシアさん、眠っているみたいに死んでますよね。本当にきれいな寝顔です」
さなちゃん。……さなちゃんは、ウイングチェアに腰掛けていた。さなちゃんも寝不足みたいで隈ができている。
うん……? なんだって? いま何かおかしな言葉が聞こえたような……?
「さ、さささな、……いま、なんて……」
口が震えて、ことばがもつれた。しかしその端的な質問で全て伝わったらしい。
「フェリシアさん、綺麗な顔で死んでますよね。本当にきれいな顔。……前から思っていたけど、やっぱり美人さんです。こんなときまで思うとは」
「い、いや、そうじゃないよ。そうじゃなくって……! ああ、あ、あの」
「フェリシアさんは、あのあと、魔女を生み出して死にました。……キュゥべえから聞いたんですけど、魔法少女のソウルジェムは濁ると魔女を生み出すそうなんです。……私たちはみんな、魔女を生み出すための、畑だったんですね。はは。……落ち着いた時に聞いたらもっと絶望してたんだろうな。だから、とりあえずフェリシアさんの遺体だけ慌てて持ち帰ってきたんです。魔女に痛めつけられたら可愛そうですから」
あ……? あ………………?
一体何を言っている。
ぜんぜん、全く意味がわからないじゃないか。
さっきまでフェリシアは生きていたんだぞ。
それが、いまはもう死んで、遺体だ? そこにある?
しかも何? ソウルジェムは魔女を生み出すだって……?
なんだなんだなんだなんだ。ちゃんと説明してくれよ。意味がわからないぞ、この天才少女にもわからないような難しい説明をしないでくれよ。なあ、頼むよ。わかりやすくわかるように説明してくれ。
「簡単だよ。さなが言った通りさ。フェリシアは死んだんだ」
窓辺にいたのはキュゥべえだった。
「魔法少女のソウルジェムはは濁りきると魔女を生み出しグリーフシードに変化するんだ。これが、魔法少女の最後の秘密。七海やちよ達、旧みかづき荘メンバーたちが、キミから隠し通そうとした真実でもある」
え……何? やちよたちは知ってたの。
「ああ、そうだ。彼女らは安名メルのソウルジェムがグリーフシードに変化したのを直接見届けたからね。それは丁度、キミが魔女退治に参加しない日のことだったはずだ。そのショッキングな事実はキミの精神には耐えられないだろうと彼女らは予測したんだね。――だけどこうして、いつか真実を知るんだから隠しても無駄なのに」
キュゥべえの声色はあまりに冷徹に聞こえた。
ちがうんだ。いつも通りなのだ、キュゥべえの
「さなは思わず深月フェリシアの遺体を持って帰ってきてしまったみたいだけれど、その扱いは慎重にしたほうがいい。下手な扱いをすれば警察沙汰になって、厄介なことになるからね。本来、魔女の結界に放置されれば戻ってこないから、そういう後々の面倒もなくて済むんだけれど」
破壊音が響いた。サイドテーブルをさなちゃんが拳で殴って、破壊したのだ。キュゥべえを睨みつけていた。
「勘違いしないでほしいんだけれど、ボクらは決して悪意があってやっているわけではないんだ。これも宇宙の寿命を伸ばすために必要なことなんだよ」
そこからキュゥべえはエントロピーがどうこう、熱力学がどうこう、感情をエネルギーに変えてどうこう、ひとしきりわけのわからない説明を始めた。それのどこをどう探してもフェリシアが死んでいい理由は一つも見つからなかった。
ぼんやりしていたら、いつの間にかキュゥべえは消えていた。私の頭には、もう情報が入るキャパシティがないらしい。
さなちゃんの顔もすっかり青ざめていた。まるでさなちゃんも死人みたいだ。なんだかそれが滑稽で笑いそうになった。笑うと同時に涙が出てきた。
どうしよう、どうしよう……これからどうしていいのか、もうわからないよ。
「鶴乃さん、フェリシアさんを助けに行きましょう」
助ける? そこにいるのに。私はベッドで横たわっているフェリシアを見た。
「助けるんです。……ねえ、鶴乃さん。もしかしたら、魔女から魔法少女に戻す方法もあるかも知れないと思いませんか」
「……何を言っているの……? それは、なにか根拠があるの……?」
「根拠。それは、ありますよ! だって魔法少女は、奇跡を起こす存在じゃないですか! だったら奇跡の一つや二つ、起こせてもおかしくありません」
それは、契約する時の願いの話なのでは……? さなも、大概、おかしくなっているのではないかと思った。もはや、何が正常で何が異常なのか、私にはわからないけれど。
「奇跡は、信じれば起こせるんです。きっと。……だってそうじゃないですか」
さなちゃんの目は座っていた。
「奇跡は一度しか起こせないっていいます。でも、鶴乃さんは私を見つけてくれた。本来はそんなことありえないのに。フェリシアさんと一緒にいる時間をくれた。だから、奇跡は起こるんです。……二度起こるなら、三度だって」
私たちは、一旦フェリシアを置いて、魔女の結界へと向かうことにした。相変わらず公園に結界はあった。
「ねえ、ほんとうにフェリシアの魔女なのかな……? ちがう魔女だったりしない?」
「いえ、この反応はフェリシアさんのものです。間違いありません」
さなちゃんは、私に比べたらよほどしっかりしていた。
本当は、こんなとき年長者の私がなんとかしなくちゃいけないのに。
結界の中へずかずか入っていく。波の音がした。波打ち際に打ち寄せる、海水の音。塩水の香りがした。
結界は層のようになっていた、どの層にも海があり、潮の匂いがした。幾層も幾層も降りていくと、これ以上降りられない、そんな層にたどり着いた。
「鶴乃さん、いいですか」
私は目で返事をした。私たちの合図を察したわけでもないだろうに、砂の間から、バケモノが飛び出してきた。動物の腸に、金属製の頭を生やし、重機みたいに凶悪なハンマーの腕を付けたような姿。
私とさなちゃんは散開した、左右へと別れる。
「フェリシアさんっ! 思い出してくださいっ! 私たち一緒にアイス食べたじゃないですか‼ ――鶴乃さんも! 呼びかけてっ!」
私は躊躇し、すぐに声を張り上げる。
「ふぇり、フェリシアっ! 私たち最初はさあ、喧嘩したよねっ! でもなんかかんだ一緒にやれるようになって、私、嬉しかったんだっ! 誰かと戦うの久しぶりだったからっ! フェリシアは、私を騙すために近づいたのかも知れないけどさっ」
体を翻し、鉄扇の雨を投擲する。そのうち何本かが突き刺さり、臓物のような魔女は悶えた。
「――私はそれでも不思議と怒る気はしなかったんだよっ‼ まるで」
まるで妹のように思っていたのかも知れない。今になってそんなことを気づくなんて。
魔女は砂の中に潜る。砂丘が鳴動しておおよその位置を知らせる。
もこもこと移動経路の砂が盛り上がり、走り、さなちゃんの手前で爆発した。もたげた巨大なハンマーが迫る。
「さなちゃん――‼」
振り下ろされたハンマーは砂の中にめり込んでいた。埋まってしまって何も見えない。
潰されたかに見えた、そのハンマーが持ち上がると、盾を構えているさなちゃんがいた。
「――フェリシアさん。私、フェリシアさんといた日々、楽しかったですよ」
もう一度ハンマーを振り上げていた、今度はさっきよりも早い。
威力も上げたであろうそれは、しかしてまたもや防がれた。予想外だったのか、魔女は少しの間動きを止める。
「私、外の世界では生きられないと思っていたんです。家でも居場所がなくて、お父さんお母さんに必要とされなくて、なんのために生きているのかわからなくて。……ただ、生存しているだけ。それが私だったんです。……仲が良かったゴローはどこかへ行ってしまったし、友だちができたと思っても、その子はきっと、私と関わると、気まずい思いをさせてしまう。……私はだから、透明になった。奇跡なんて起きないから。お星さまに願っても、優しい家族は現れない。神様にお願いしても、ゴローの鳴き声は帰ってこない。だから、ぜんぶ、諦めたのに……」
さなちゃんが飛び退き距離を取るのと、そいつが地中に潜るのは同時だった。
どこへ行ったのか目を凝らし、魔力の反応を探る。
「だけど、最後の最後に、奇跡は起きた。神様は私を助けてくれたんです。――あの日、私は電波塔から飛び降りようと思いました。噂の通りになにかあるなんて、あんまり思っていなかった。でもどうでも良かった。電波塔のてっぺんに登ったら、とっても眺めが良かった。そして、不思議な光を見たんです。隙間から溢れる光。私が今まで見た中で一番きれいな光。どれだけ見とれていたのかわかりません、でも、あの光を見ていたから、助かった。――鶴乃さんに、助けてもらえた。こんなにも素敵な、ご褒美みたいな時間をもらえたんです」
魔女は、何かを企んでいるのか、ゆっくりと頭から這い出した。
その頭部には目が一つしか無い。瞼は閉じられている。頭部の殆どを眼球で占められているから、鈍いのか。だけど違った。
「フェリシアさん――だから、私、感謝してるんですよっ‼ 一緒に町外れのサーチライトの根本に何があるか探しに冒険に行きましたよね。帰り道がわからなくて、ふたりとも地図持ってないから、大変だった……ふふっ」
魔力は増幅している、鳴動している。その力が膨れ上がるのを感じた。
長いまつげと共にゆっくりと瞼が開かれる。中身は空洞だった。
その空白から泥が溢れ出した。それはさながら、涙のよう。大量に、吐き出す。結界中を埋め尽くすように。今まで泣けなかった分、泣きはらすように。
そのまま、この結界内を埋め立てるのではないかと思われた。それだけ容赦がない。だけどそんなことをしたら――自分だって窒息してしまう。
まさか――道連れに……?
私たちごと……。
「――そっか。フェリシアちゃん、一人で寂しいんですね。わかりました」
「――⁉ さなっ! 何を言っているの⁉」
さなちゃんは盾を生成する。フェリシアの魔女取り囲むように。さなの盾は前面が開く構造になっている。それでいくらか泥涙が結界を覆う速度を遅らせることができる。だけど、止めるのは無理だ。
さなは更に、力の限り大きな盾を召喚し、魔女に肉薄した。だけどそんなことをしたらさなが。
「鶴乃さん、私は、鶴乃さんに救われているんです。だから、いつかその恩を返そうと思っていました。いまが、その時みたいです」
「や、やめてよっ! そんなのいいよ!」
魔女も最後の力を振り絞るように、対抗してくる。盾に食って掛かる。
だけどさなちゃんは一歩も引かない。意思の強さがそのまま魔力に変化しているようだ。
「鶴乃さん、私に、一人ぼっちの私に、大切な時間をくれてありがとうございました。――フェリシアちゃんは、私が一人にしませんから」
さなのソウルジェムはもう濁っている。
ダメだ、さな。私はまだ言いたいことがたくさん――
「さなちゃ――!」
大爆発が起きた。
――気づけば私は外にいて、雨に濡れていた。
結界は消え去り、夕立ちが降り注いでいた。
一人きりになってしまった。
グリーフシードが、転がっていた。私はそれを拾い、あてもなく歩き出す。
「鶴乃……あなた……」
やちよだった。私は駅の待合室で時間を潰していた。家に帰る気分じゃなかったけれど、どこにも行くあてもなかった。
「ねえ、やちよ。やちよは知っていたの。私に隠していたの」
やちよは、驚いた顔をしていたが、私の質問にすぐに表情を引き締めた。
「そうよ。魔法少女が魔女になる運命。そんなもの、知らないなら知らないままのほうがいいわ」
「そっか……そうだよね」
やちよは、数瞬思案し、言葉を続ける。
「……鶴乃、一つだけ忠告をしてあげる。自分のせいだとか悩むのはやめなさい。それが魔法少女の運命なの。自らの『願い』のためだけに戦い続け――」
「フェリシアはっ‼ フェリシアは最初から願いなんてなかったんだよっ‼ たった一つの願いのために戦い続けるのが魔法少女だって、っ師匠は前に言ったよねっ! そのためだったらなんでも犠牲にできるって。それに殉じて生きるのが魔法少女なんだって‼ じゃあっフェリシア、はどうなるの⁉ ふぇり、フェリシアっは、なにもなかったんだよ! 最初っから願いも何も‼ なかったんだ‼ さなちゃんだってっ! 透明になりたいだなんて‼ なんでそんな悲しいことを願わなければいけなかったんだろう……。そんなこと、好き好んで願う人なんているもんか‼ そんなのっ、ひどすぎるよ……っ! 自分から透明になりたいだなんて……! そんなことに、そんなことに奇跡を使うなんて……」
うわああああああ、と泣き出す、涙が溢れてくる。溢れる止められない止まらない。どうして、どうしてこんなことに、フェリシアだけ、フェリシアだけおかしい、絶対におかしい! こんなの絶対に間違っている! 私が突然爆発したことで、やちよは固まっていた。
「『奇跡』も『希望』もなかったんだ。……いや、私や師匠はそれを叶えられたんだから、まだ良かったんだ。……だけど、フェリシアやさなちゃんはあんまりだよ……。もう、いやだよ私……うぅ」
両の手のひらで顔を覆う。だけど、そんなことじゃあ涙は止まってくれない。もう、止めてくれる人もいない。
「ごめんね、ししょー……。こんなこと師匠に当たっても仕方ないのに。……さよなら」
「まって、鶴乃っ――! 私は――‼」
私は現実に背を向ける。
私は家へ帰る。
もうそれが残された唯一の居場所だから。
なくした『希望』に背を向けて、由比鶴乃は傘も持たずに歩き出す。
それから私は万々歳の手伝いを精を出すようになった。魔女退治にも力を入れるようになった。
忙しくしている間は気が楽になった。何も余計なことを考えなくて済むから。
どうやって接客するのかを考える。空いている時間には新メニューを考案する。それでもやることがないときはビラを作って、町内を駆けずり回り、あちこちに貼って回った。
お父さんには、無理をするなと言われた。
「鶴乃、お前おかしいぞ。……俺だってな、親をやってるんだからわかる。……こんな不甲斐ない親父だから話したくなくても仕方ないんだろうけどな……。なんだ……? フェリシアちゃんになにかあったのか? 喧嘩でもしたのか……。最近顔を見せないもんな。俺も久しぶりにフェリシアちゃんの様子が聞きたいよ」
私はふふ、と笑ってしまった。様子が聞きたい。ふ。様子って、もう石ころしか何も残ってないのに。
「ううん、関係ないよ、お父さん。……フェリシアのことは、ぜんぜん関係ない。フェリシアはお父さんお母さんと仲直りして、うまくやってるって。生活環境が違うから、前みたいに手伝いに来れなくなっちゃった。でも、心配しないで。きっと、……元気にしてるからさ」元気にしてる石ころってなんだよ。「……本当だよ。やだな、嘘なんかついてどうするのさ……」
魔法少女は死んでも誰にも本当のことを話せない。今まで街を守るために戦ってきたことだって誰も知らない。フェリシアは願いこそ嘘だったけれど、でも、魔女を倒すために頑張ってきたことだけは本当だったのに。
それどころか、さなちゃんに関しては何一つ痕跡が残っていないのが、私にはどうしていいのかわからなかった。
私の部屋に残されたゴロゴロのぬいぐるみが、彼女の分身なのではないかと時々思う。話しかけてくれそうな気もするのだ。話してくれたことは、まだ一度もないけれど。
だけど、それでも、私にはもう望みが何も残っていないわけじゃなかった。
由比家の再興という立派な目標がある。私は二人と違って、自分の願いがちゃんとあるのだ。だからそれを叶えられるのなら、私は、魔法少女になった意味も、甲斐もあるのだ。恵まれている。
由比家を立派な家にして、お爺ちゃんの意志を継ぐのが、私の願いなのだから。
だから、負けてられない。めげてられない。私がもっと頑張らないと。そうすれば、きっと夢は叶う。
由比家の再興は、私に相応しいとっても素晴らしい偉業なんだから。
…………――――それからまた――時間が過ぎた。
――どれだけ時間が経ったのかわからない。
私の周りだけ時間の流れがおかしくなった気がする。
ジリリリリリリリリン。年代物の黒電話が鳴っている。
夕暮れの風景。店内。赤い陽が引き戸から差し込んでいる。
ジリリリリリリリリン。電話が鳴り響いている。
これからご飯時だって言うのに、店内にお客さんはいない。
ジリリリリリリリリン。電話がうるさいな。
あんなに繁盛していたのに、すぐに、客足は途絶えてしまった。
ジリリリリリリリリン。……ああ、なんだ。本当に用があるのか。
お父さんの言う通り、繁盛したのは、一過性の流行りだったみたいだ。
ジリリリリリリリリン。
でも、私が頑張ればきっと……この店は、まだ……。
ジリリリ、ガチャ。
「ああ、鶴乃? いるなら、でてよ、もー。ぜーんぜんつながらないからさー。……どう? 元気してる? お父さんがすっごい心配してたよ。お姉ちゃんもちょっと心配になっちゃってさ。いつもみたいにテレビ電話出てくれないんだもん。……ねえ、鶴乃。お父さん、本当はアンタにそのお店継ぎたくないんだよ。そんなこと、アンタには直接言わないだろうけどさ。でも、アンタが自立したら店を畳むつもりなんだから。だってさー、わかるでしょ。そんな寂れたお店をさあ、可愛い娘に残したくないんだよ。負担になるだけだろうにね。……ねえ、アンタもしかしてまだ万々歳の復興とか、本気で言ってないよね。まあ、普通に考えたらそんなの無理だってわかるもんねえ……。由比家の復興とか、そりゃ荷が重いって。仕方ないんだよ。別にアンタは悪くない。……そういうものなんだって、時代の流れというか、ね。……お姉ちゃんね、最近思うんだ。その家を出て、適当に男でも見つけて、そんで隠居したお父さんに孫の顔でも見せてやるのが一番の親孝行なのかな、とか。……別にお爺ちゃんも店継ぐこと望んでなかったしね――。……私たちが由比家のことにこだわると、お爺ちゃんやんわり拒絶してたもんね。……そろそろ大人になるべきなのかもね、アンタも、私も――、ね。……鶴乃。あんたは頭がいいんだから。本当はもう全部わかってるんでしょ? ……あんた、たまにワザとわからないふりするもんね。……だって、お母さんとお婆ちゃんだってもう帰ってこな」
ガチャリ。
◇
新西区内、万々歳から遠く離れたどこかの廃墟。青い衣装の魔法少女が魔力の痕跡を探っている。
七海やちよは魔法少女として魔女の残り香を検分していた。
建物の影から四本脚の白い来訪者が現れる。夜闇に赤い目が光る。
「七海やちよ。ボクの協力者になってくれないかな」
「ふざけているの?」
一瞥することもなく答える。その声色には明確に怒気が含まれている。
「ボクは本気だよ。……キミの気がかりは由比鶴乃だったんだろう? それももう解消したよ」
「どういうこと」
「キミは、由比鶴乃と関係を絶っていた。自身の『生き残りたい』という願いが仲間に作用するのを恐れてね。キミ自身が『生き残る』ために仲間を犠牲にしているんじゃないかという発想だ。実際のところ、願いがどんな叶い方をしているかは、ボクたちにも予想がつかない。だから、キミの懸念の正当性を判断することは、ボクたちにもできないんだ。――そんな理由で、キミはかつての仲間たちとの交流を絶っていたわけだけれど、しかし、キミは陰ながら由比鶴乃を監視していた。彼女に危害が及びそうになったら、それを、それとなく排除できるようにね」
「――私が聞いているのは、"解消した"というのは、どういうことかと聞いているの」
「キミだって、言われなくてももうわかっているんだろう……? 由比鶴乃は限界だよ。ソウルジェムの濁りが予想以上に早い。……大東の鏡屋敷に向かったらしいが、そう長くは持たないだろう。そこでだ。いままでは彼女に協力者を頼んでいたんだけれど、代わりにキミが――」
生肉が切断されるようなベシャリという音がした。キュゥべえの頭部は真っ二つに切り裂かれていた。
やちよは槍の穂先に付いた血を振るった。
七海やちよは、目的地を見据えるように、姿を消した。