それは、何故だろう、封印されたパンドラの箱のように、掘り起こせば蘇りそうな気がした。
私の足は自然と、とある場所へ向かっていた。
もう久しく訪れていない、大東の
――そんな気がしたのだ。
私は店の手伝いを抜け出し、大東にある、鏡屋敷、いわゆるミラーズへと足を運んでいた。
鏡の魔女は発生したその当初こそ、魔法少女の
人気のない大東区の隔離地区へと誘導され、ヒトが立ち入ることがないように管理されていた。
鏡の魔女は普通の魔女と違い、人間を食うことではなく、侵入してきた人間の魔力を少しずつかすめ取ることで、生きながらえる。だから、人の立ち入りがないのなら、弱るのも道理だった。
そして、ここは私にとって馴染みの深い場所でもある。
私は"最強"の魔法少女を目指す過程で、このミラーズでコピーたちを倒して鍛錬していた時期があったのだ。
数多くの魔法少女に勝負を挑み、喧嘩を売り、決闘少女なんて呼ばれていたのも昔のこと。
いまは、全てが懐かしく思えた。
とても、一人きりになりたい気分だった。
誰も来ないような場所。――私に、『現実』という名の『真実』を突きつけてくることがないような場所へ。
鏡屋敷の中は凛と空気が張り詰めていた。入り口の扉を開けると、中に化石時代の空気が冷凍保存されているような気がした。
静かで、もはや、誰の気配もなかった。燭台に弱々しく明かりが灯っている。目が慣れると、シャンデリアには薄っすらと光が宿っているのがわかった。
ゆっくりと奥へ進む。
鏡の魔女の結界は、奥のほうが想像以上に入り組んでいるらしい。一時期、調査をしたほうがいいんじゃないかという声も魔法少女たちの中で上がっていた。しかし、ご覧のように、放置したら次第に結界の存在感も薄くなった。なので、話題に上がることもなくなっていった。
この際だ。最奥まで探検してみるのも悪くはないのかも知れない。それは、この状況下にしては冴えたアイディアだと思った。
フェリシアとした、――そして果たせなかった、冒険しようという約束がよぎる。
――そうだね。これが、私にとっての
これが
私は降りていく。予想よりも深い。
段々と違和感が、胸の内で結実していくのを感じた。
なぜだ。いままでこんなに深い層まで潜ったことはないのに、その先にあるものを知っている気がする。
「違和感を抱いているみたいだね、鶴乃」
一匹のキュゥべえがどこからともなく現れた。こんなところで何をしているのだろう。
キュゥべえが契約に関して、私たちを騙していたことへの、怒り、虚しさ、悲しみ、それらは遠くどこかへ過ぎ去っていた。全てがどうでもよくなっていた。
「キミは以前から、知らないはずのことを知っている、知っているはずのない記憶があるという症状に苛まれてきたみたいだね。
その答えはボクが教えてあげよう」
私は更に下層へと降りていく。地の底よりも深く。
降りれば降りるほど、反比例するように、内装は結晶を纏ったように豪華絢爛に、きらびやかになっていった。
「特別な
ボクらは観測したその世界を《第二十八特異点世界線》と仮称していたんだけれど――、そうだね、ここでは便宜的に《
壁に額縁のような内装が増え始める。額縁の中は近代美術のような絵画が飾ってある場合もあるし、中身がなく、ただガラスが濁っている場合もあった。
中には、薄汚れた鏡と言い張れなくないものも混じっている。しかし、丹念に洗剤で磨かなければ鏡としての機能は果たせそうにない。
「ワームホールと言われても、具体的には何のことだかわからないよね! 何を隠そう、このミラーズの中の『合わせ鏡』が、別世界へと繋がる
私は、それに納得する前に疑問を覚えた。
それは少しおかしい。ここのミラーズは廃れていく一方だから放置されていたんだ。この中の『合わせ鏡』を使って別の世界に行けるだなんて話は聞いたことがない。
「由比鶴乃。キミの疑問は大いに正しい。――実際、
――だけど、もし仮に、別の世界では違う道筋を辿っていたとするなら?
《
《
そっか。じゃあ、この世界のミラーズはそんな事にならなくてよかったな。――いや、そんなこと、もうどうでもいいか。べつに、この世界に守りたいものなんて、残って無いし……。
私が守りたかったものは全て、無くしてしまったから。
――けど、キュゥべえ。
「……それは、私の頭の中の、あるはずのない記憶の説明にはなっていないよ」
「鶴乃、キミは本当に賢いね。――ここで面白い事実を教えてあげよう。――実は、
私は唐突に答えを理解した。
そうか。それが、――夢の中の
私の夢の中に何度も現れた少女――。彼女は現実に"いた"んだ。
私は、
「そう。その通り。それが――
教会のステンドグラスが弾けるように、私の記憶は急速に蘇った。
◆
閉店間際の万々歳、店の前に変な子がいるから見てきてくれとお父さんが言った。その子は数時間うろうろしているという。お前と同じくらいの歳の子だから、俺が話すよりお前の方が話しやすいだろうと。
その子は店に入るんだか入らないんだか、明らかに挙動がおかしいらしい。
私は特に心当たりも思いつかないまま戸を引いた。すると、入り口のすぐ脇にその子はまだいた。
歳の頃は私より一つか二つ下。長い髪をハーフアップにしてまとめている。学生服から私と同じ付属の子だとわかった。
見るからに不安そうで、頼りなげに見える。
「どったの? ウチでご飯食べたいなら遠慮しなくてもいいよ? もうそろそろ閉店間際だけど、ラストオーダーはまだ受け付けるからねっ! ……お嬢さんは可愛いから、ちょっとだけならサービスしてあげてもいいよっ!」
その子の不安を取り除くように、少しだけふざけてみる。彼女は、私の言葉なんか聞いていない様子だった。
「あ、あの、鶴乃……ちゃん。……鶴乃、さん」
「ん、と……知り合い……だっけ?」
彼女は伏目がちになり、瞼が涙で濡れそぼる。まるで、最後の期待が外れてしまったかのように。
「……。……もしかして、昼間電話してきた、……いろは……ちゃん?」
私はかなり自信がなかったのだが、彼女はこくんと頷いた。
とりあえず自室に彼女を招き入れた。お父さんには友達の妹で、ちょっとしたワケアリなんだと説明しておいた。
温めた紅茶を二つのマグに注ぐ。
昼間、おかしな電話がかかってきたのだ。
それは知らない女の子の声で、みかづき荘のことを知りたいと話し、やちよの名前を出した。
やちよの知り合いなら様子が聞きたいと思い、私からも質問を投げかけたんだけど、すぐに電話を切られてしまった。
私はやちよともうずっと話をしていない。だから、繋がりがありそうならどうしてもすぐに飛びついてしまうのだ。
「えー、と、いろはちゃん、だよね……? やちよとは知り合いなのかな」
「はい……」彼女は不安そうに、マグカップに手を添えていた。
「あっわかった、魔法少女なんでしょ!」彼女の左手には指輪が嵌っている。「そっか、それで私のことも知ってたんだね。私も魔法少女としてはそこそこやってるからね! 何か困っているなら、鶴乃おねーさんになんでも! 相談していいよっ!」
「鶴乃、さん…………。その……もとの世界へ帰るには、どうしたらいいんでしょう。私、別の世界から来たんです……」
……それはちょっと期待に沿うのは難しいかも。
流行に敏感な最強魔法少女、由比鶴乃ちゃんも、流石に異世界転移ものには対応していないのだった。
彼女、いろはちゃんの話はとっても不思議で面白かった。
彼女のいた世界でもみかづき荘は解散して、やちよは一人で戦っているのだという。しかし、彼女は自分の妹を探すという過程で、やちよと共に行動するようになる。そして、徐々にやちよの心は軟化していく。ついには、みかづき荘でチームを再結成するのだという。
やちよは別の世界でも、みふゆを探し続けているらしい。その事実に、少し切なくなる。
やっぱり、それが気掛かりの一つなんだね、やちよ。
「でも、みふゆさんとは無事! 再会できたんです! ……そして、新しいみかづき荘のメンバーは……私、やちよさん、鶴乃ちゃ、鶴乃さん、……フェリシアちゃん、さなちゃん、そして私の妹のういなんです。……あ……そうですね、ももこさんも元気にしていますよ! ……騒がしい二人と、仲良くしています」
いろはちゃんは苦笑した。かえでとレナはそっちでも相変わらずらしい。
「
「えっと、でも――」
「いいから!」
いろはちゃんははにかんだ。
彼女の話はまるで奇抜だった。
マギウスと呼ばれる魔法少女達の『救い』と『解放』を求める凶悪で強大な組織。そして彼女らが作ったウワサという怪異のような謎の先兵たち。それらとの戦い、冒険、謎解き、スペクタクル、――そして愛すべき日常。
長編映画が何本も撮れそうなスケールの話に、私は聞き入った。何時間も聞いていられた。全く知らない世界の話なのに、体に馴染むようなリアリティがそこここに存在した。私は、いろはちゃんが空想の世界の話をしているだなんて、とっくに思えなくなっていた。
この子は、少なくとも本当のことを話しているのだ。
この子の主観では、実際にあったことを。
「――というわけで色々あって、友達のまどかちゃんと合わせ鏡に飲み込まれたんです。気がついたらこっちの世界に来てしまっていて――。私とまどかちゃんは帰りの分の合わせ鏡も見つけたんです。それで、まどかちゃんは無事に帰れたみたいなんですけど……私は弾き飛ばされて見失ってしまって……。こっちの世界で知り合いに電話をしても、誰も私のこと、……知らなくて……」
私はようやく話が飲み込めた。
「なるほどなるほど、よーくわかったよ! つまりいろはちゃんは、元の世界に戻る合わせ鏡を見つけたいってワケなんだね! それで帰るのが目標なんだ!
オーケー、わかったよ! 協力する! こっちで頼れる子がいないなら、いくらでも頼ってくれていいからねっ‼︎」
彼女はそこで今日初めて、安堵をした顔を浮かべた。
「……鶴乃ちゃん、やっぱりこっちの世界でもぜんぜん変わらない……。良かった……私、不安で。……私、私ね、家に電話したら、怒られたの……、ぅ、ウチの子、もう、交通事故で死んで、イタズラ電話なんか、しないでって、私の、お母さんが、……私、もう、し、死んでるんだ……う、うっ。こっちの世界だと私もう死んでいるのっ」
事態は、私の想像を上回って深刻なのだと、遅まきながら理解した。ほんとうの意味で、彼女には帰る場所が存在しないのだ。この世界には、もう。
いろはちゃんは泣き崩れた。私はたまらず、肩を強く抱きしめた。
胸を貸してやって、落ち着くまでずっと、長い間、長い間、冷えた腕をさすってあげた。
私は部屋に布団を敷いて、彼女を寝かせた。その晩、疲れていたのか彼女はすぐに眠った。
私は、夜中に目を覚ました。なにか物音がすると思えば、啜り泣きが聞こえたのだ。「……うい」その小さなつぶやきは、私の胸を刺した。なんとしても、彼女を帰してあげようと固く誓った。
次の日、私は里見メディカルセンターへ行ってみようと提案した。
いろはちゃんの妹さんが入院している病院。退院していても、なにか話が聞けるかもしれない。
いろはちゃんは渋ったけれど、いろはちゃんが探していた妹さんに会えれば、きっと元気を取り戻せると思ったのだ。
私は向かう道すがら、いろはちゃんから話をたくさん聞いた。
いつしか、私は丸一年冒険を共にした同志のように、いろはちゃんを想い始めていた。
北養区へ向かう電車内で、彼女の話を聞いた。聞けば聞くほど、十年来の親友のように信頼が滾るのを感じた。
いろはちゃんの話に出てくるのは、私がよく知っているやちよの姿だった。みかづき荘の年長者として、しっかりもので、優しくて、みんなを想ってくれていて、そして時々お茶目なやちよ。
やちよは変わっていないってことが、私はとても嬉しかった。
いろはちゃんは、神様がくれた
諦めなければ、きっとなんとかなるんだって、そう思わせてくれる奇跡。
そして、そんな奇跡をくれたいろはちゃんを、絶対に助けたいなって、思ってしまった。
半時間後、私たちは病院の裏手の公園で立ちすくんでいた。
今にも落ちてきそうな空の下で、子供たちが無邪気に滑り台で遊んでいた。
私は自分がした行為を、ひどく呪った。
病院の受付で話を聞くと、もう既に、環ういは亡くなっていた。ういちゃんと同室に入院していた、灯花ちゃんとねむちゃんという、ういちゃんと仲が良かった子達も同様に。
公園のベンチで項垂れるいろはちゃんに、私は掛ける言葉が見つからなかった。私が、余計なことをしたせいで……。最悪だ。最低だ、私は。
いろはちゃんはもうこの世界に頼れる人がいないのに、更に、妹まで奪うなんて、私は、なんて、愚かな事をしたんだ。
病院の人は、いろはちゃんのことを覚えている人もいて、気にかけてくれた。……こっちの世界のいろはちゃんが交通事故にあったことは、まだ知らないらしかった。
遥か上空でジェットエンジンの音が唸り、飛行機が天を切り裂いた。飛行機雲が消えていくのを、私は見送った。
私は寂寥の念に支配されていた。
どうしてこの世界には、こんなにも救いがないんだろう。
ういちゃんの友達の灯花ちゃんは、宇宙のことをすべて知りたいと願っていたらしい。知的好奇心に溢れた子だったと。立派な学者さんになったんじゃないかな、といろはちゃんは言った。
ねむちゃんは本をたくさん読んで物知りで、泣き虫だけど情緒的な子だったという。有名な作家さんになれたと思う、といろはちゃんは言った。
ういちゃんは歌が好きな子で、ついつい口ずさむのだという。いつか元気に学校へ行くのが夢だったのだと。別に特別な人になれなくてもいい、普通の大人になってくれたら、それだけで。
そう、いろはちゃんは言った。
「『絶望』――、『絶望』がなんなのかって言われると――、人の死は、そのまま『絶望』だよね――。"人の死ほど人間の形而上的な骨組みを破壊する事象はない"。……それが私にはもう、灯花ちゃんの言葉だったか、ねむちゃんの言葉だったかも思い出せないんだけど…………。今も、その言葉だけが胸に残っているんだ……」
こんなにも空は澄み渡って蒼いのに。
優美に生い茂る樹木のざわめきの中に、安らぎが宿っているはずなのに。
まるで見守ってくれている神様も何もいないかのように、見捨てられ、見放され、私たちはいつも惑っている。どんな世界でも、たった一つの『希望』にすがって生きてきた私たちは、けれど、その因果律が引き起こす、『絶望』への歩みを止めることができない。
それこそが、
全てが『絶望』に収束する、『魔法少女』の
瞼が熱くなる。いろはちゃんにつられたように、こらえきれない衝動で、胸が熱くなる。
――不意に、気配を察知した。魔女の反応だ。こんな病院に近いところで、なんてことだ。弱っている人が多い場所で魔女の瘴気が吹き出せば、目も当てられないことになる。
私は、いろはちゃんを一瞥し、一人でいくことに決める。
なにも、こんな日まで戦うことはない。妹の死を知った――こんなときまで。
「いろはちゃん、私、行くね」
「――ああそっか、魔女の反応だ。……じゃあ、いかないとね」彼女は涙を袖で拭い、立ち上がろうとする。
「えと、いや……。いろはちゃんは無理しなくてもいいよ。こんなときくらいは、ね。……心配しないで! 私だって強いんだからね!」
「……ううん、行くよ。……行かせて。お願い」
彼女の瞳には、しっかりとした意思があった。さっきまで項垂れていたのに、そこには確かに心が宿っていた。
「――私ね。魔法少女に成れてよかったんだ。それはもちろん、ういを助けられたから。それだけで、どんなことだって、頑張れるって思える。何だって出来ると思えるんだ。――でもね、だんだん戦っているうちに思ったんだ。私は、こうして戦うことで、この世界に『希望』を与えられているのかもしれない――って。魔法少女の使う魔法って、別に優しくないよね……。全部戦うための力で、夢を見せたりとか、誰かを元気にして希望を与えるような、そんな幻想的な力じゃない。……でもね、戦うこと自体が、戦い続けること自体が――この世界に魔法少女が『希望』を振りまくことなんだなって、そう思えたの。それが、この世界の誰かを助けているんだって。――だから私、後悔していない。この世界では、ういも助けられなかったけど、でも、こうして、今からみんなを、誰かを、助けるために戦いに行けるんだから」
彼女は視線を下げ、逡巡し、また口を開く。
「ううん、ごめん、これも強がり」彼女は小さく苦笑する。
「ほんとはね、怖くて仕方ないんだ。……ういを失うことが。……ういを救えたことが、たまたまだって知って、手が震えて仕方ないの。ね、……私のドッペル、目も耳も塞いでいるんだよ。怖くて怖くて仕方ないのを隠すように。それが私の本当の心」
手の震えを抑えるように右手で左手を握る。
「でも、だからこそ、『希望』を紡ぎたいの。……それがどれだけちっぽけで、みっともなくても……」
『魔法少女』として。
それから数日後、私の人生で最も濃密な三日間を過ごしたあと、彼女は合わせ鏡を発見し、元の世界へと帰郷することになった。
私が彼女が帰れると知って大喜びしたのは言うまでもない。腹の奥底には薄い靄のような寂しさもあった。だけど、彼女が元の世界へ帰れる喜びの方が圧倒的だった。
彼女は帰るのだ。元いた、彼女が、いるべき
話によれば、帰ったあとに合わせ鏡を割ると世界が改変されてしまうらしい。
こちらの世界へ彼女は
彼女がいた記憶は、白昼夢の夢として、処理される。
「やっぱり鶴乃ちゃんは変わらないね。私、会えて良かったよ。鶴乃ちゃんがいなかったら私、死んでたかもしれない。本当にありがとうね! ……欲を言えば、さなちゃんと、フェリシアちゃんにも会いたかったかな……。いや、ううん、……会わない方が良かったんだよね……たぶん」彼女は視線を下げる。
私は最後に言うと決めていることがあった。別れの挨拶の前に。
「ね、いろはちゃん。こっちの世界に来てくれてありがとうね。感謝したいのはこっちの方なんだよ、いろはちゃん。――だっていろはちゃんのおかげで、私も希望を持てたんだから! 私は今は一人で、ときどき落ち込みそうになることも何度かあったけど……でももう大丈夫なんだ! だっていろはちゃんが別の世界の『希望』を教えてくれたからね! ……だからひとつ、約束をさせて」
十年来の親友のように、よく知った――全く知らないフードを被った彼女に言う。
「合わせ鏡を割った、改変後の世界でね、私は、また『仲間』を集めるんだ! 『仲間』を集めて、チームみかづき荘を再結成する! それが私の夢!
えーとね、……フェリシアちゃん、さなちゃん、だよね。……その二人も私が見つけ出すから、絶対。それから――やちよのことだって任せておいてっ! 無理やり引きずってでも仲間にしてみせるよ! ……やちよのやつ、頑固だからね! ぶん殴ったって仲間にしてみせるよ!」私はふざけてファイティングポーズを取る。「……いろはちゃんが帰ったあとも、私がこの世界を守り続けるから。だから心配しないで。絶対大丈夫だから! ……約束する。指切りしよう。ありがとね、いろはちゃん。逢えてよかったよ」
私は、彼女の後ろ姿を見送った。この目に焼き付けるように長く、結界が消失してからも。
◆
そうだ。
そうだそうだそうだそうだそうだ。
この
私が環いろはと、――
この、
「私は、いろはちゃんを、裏切ってしまった……。フェリシアも、さなも……助けられなかった……。やちよの、ことだって……」
すべての記憶を回復し、そこにいた私は無残な死に体だった。
いろはちゃんとの約束さえ破ってしまった、裏切り者の私。
私は全ての思い出を、もう二度と取り戻せない彼女との美しき友情を、――完膚なきまでに破壊してしまった。
キュゥべえは平常通りに告げる。
「由比鶴乃、キミは真実を知って『絶望』しているようだね。だけど心配しなくてもいい。願いを求め『希望』を手にした魔法少女が、その願いに裏切られ『絶望』するプロセスは、この宇宙においてごく自然なことなんだよ。キミの『絶望』は、無事エントロピーを覆し、この宇宙の礎となってくれるだろう。――かつて『絶望』していった、数多の魔法少女と同じようにね」
キュゥべえの言うことも、もはや耳に入ってこなかった。
だけど、続く言葉で、私は急速に意識を取り戻すことになる。
「――しかし、キミの犠牲を伴う必要はなかったかもね。だってボクらは、これから
キュゥべえ、……いったいなにを、言っているの………………?
長い長い旅路の果て、私たちは結界の最下層、広いホールへとたどり着いていた。
ここが旅の終着地点。
最期の場所。
しかし、そこは今までの層と違い、内装に違和感があった。
得体のしれない、機械に埋め尽くされていたからだ。
さながら、よく出来たミニチュアの都市模型みたいだった。
小さなビル群は、それぞれが何らかの役割を果たすモジュールなのだろう。
その機械に埋め尽くされたホールの、中央より少し奥に、大きな門がある。
そして、そのビル群の隙間を、あっちこっちでキュゥべえ達が走り回っている。
こんなに数がいたのかと、驚くほどに。
「神になる、と言っても、もちろんそれは比喩的な表現だ。その定義は文化圏によって様々だからね。――ここでボクたちが言いたいのは、人の次元を超えた存在に昇華してもらうってことさ」
「いったい、あなたは何を言っているの……」
さっぱりわからない。私の胡乱な頭は、状況の飛躍についていけない。
「由比鶴乃。キミには言ったよね。《
そして、ボクはこうも言った。その特異点を生み出した、原初に存在するのが環いろはなんだってね。
そんな才能のある、環いろはがどうして、この世界ではボクらには発見されず――もう死亡してしまっているのかは謎のままだが――、恐らく、その事象は《
《
「だから、いろはちゃんを契約させようっていうの……⁉ でも、どうやって――! 《
「鶴乃、キミは、環いろはが、こちらの世界へ来るときに使用した合わせ鏡と、別の鏡を使用して、《
こちらの世界に来るのに使用した分――?
「そう、合わせ鏡は二枚あったんだよ。キミが破壊したのは、環いろはが元の世界に帰るために使用した方さ。来るために使用した分は、このミラーズの最奥に、ひっそりと放置されていたんだ。――随分不安定になっていて、使えるようにするのに苦労したんだよ」
その結果が、この結界を埋め尽くすような機械群か。
「だって――でも! いろはちゃんは、《
「だったら、――それもミラーズを使えばいいよね。《
理屈がわかるようで、わかりたくない。何も考えたくない。
「《
驚くほど大きい、惑星に匹敵するサイズのソウルジェムを生み出せるかもね。
これからボクらは《
環いろはは、分解され、裁断され――
私の小さなつぶやきが、大気を揺らした。
「ふ……いで……」
「なんだい?」
「ふざけないでよっ‼」
私は鉄扇をキュゥべえへ投げつける、キュゥべえはひらりと飛び跳ね躱す。
当たろうが当たるまいが、委細構わず鉄扇を投げ続けた。
キュゥべえ――っ‼
あなたは、いろはちゃんがどれだけ些細な願いを叶えたくて魔法少女になったかわかってるの――!?
ただ妹と一緒に生きたい、そんな些細でありきたりな、誰もが普通に抱く幸せを守るため、彼女は魔法少女になったんだよ!
マギアレコードの彼女は、そんな小さな奇跡を守るためだけに戦っているんだ――!
お前に、その価値がわかるのか――‼
私はめちゃくちゃに鉄扇を振り回し、炎が飛び散る。しかし、キュゥべえには当たらない。もう、大した余力も残っていないのだ。
くそッ、何も知らないくせに!
誰よりもこの世界に希望を灯し続けようと走り回っていたあの子のことなんか、なんにも知らないくせにっ‼
あの子は私にとって『希望』だったんだ! あの子は、どれだけくじけても、折れても、絶対に最後の瞬間まで諦めたりしなかったんだ! だから、私が、ここで、折れるわけにはいかないのに――。
奪わせて、ならないのに――。彼女の頑張りを、彼女がいた世界の祝福を。彼女が唯一平穏無事に妹と暮らせる、《
「まったく、人間の感情というのはわけがわからないよ。この惑星に何十億と繁栄している種の、一個体の人格の死よりも、宇宙の熱的死の回避の方が重要なのは、損得の計算をするまでもなく、すぐにわかることなのにね。
……しかしどちらにしろ、キミにはもう大した力は残っていないようだね」
大勢のキュゥべえ達が、中央に躍り出た一匹のキュウべぇを見据えた。
その動向を、残りの全てが注目していた。
「由比鶴乃、心配なんかしなくていい。神となり、条理を越えた環いろはは人間としての個体を保てなくなるだろう。
誰もその存在を覚えていることはできない。環いろはは全ての並行世界において、あまねく知的生命体の記憶から永劫に消える。
つまり、今キミが支配されている後悔という
私の手はキュゥべえに届かない。
いつもそうだ、私は、……手遅れになる。
フェリシアも、さなも。
メルも、みふゆも。
――いろはちゃんも。
「さあ、由比鶴乃。とくと見てくれ。ボクらが《
一匹のキュゥべえは巨大な門へと歩いていく。
そこへ、新たな世界へ、キュゥべえは、最初の第一歩を踏み出そうと、する。――
キュゥべえは爆散した。
雨のように槍が降ってきた。
爆音とともに、何十、何百という槍が降ってきた。雨あられなような巨大槍の攻撃に、キュゥべえ達も惑い、傷つき、屠られる。キュゥべえたちは混乱のままに、それが攻撃だと気がつく前に、死体の山となっていく。敵襲だった。
驟雨が止み、一人の人間が中央に降り立っていた。
――いや、魔法少女が……。
「いいかげん、私の後輩をイジメるのは止めてもらえるかしら……? キュゥべえ」