定められた宿命というものには一体どれほどの意味があるのだろう。
魔法少女。
定められた運命。
『絶望』へと至る道筋が定められた者たち。
たとえ、それがどんな物語であれ――
全ての物語には終わりがある。
私たちの物語は、いよいよ佳境へと向かう。
この世界と、数多の宇宙を懸けた戦いへと、臨む。
――全てが、終わる。
キュゥべえたちの生み出す機械群はさながら一個の稠密都市だった。密集し林立したビルを思わせるそれは、小さなミニチュアの都市を形作っている。しかしそんな計画都市も、大怪獣の来訪にはなすすべがない。
ただ蹂躙されるのみだ。純粋なる暴力の前に、打つ手はない。純粋なる暴力――都市を襲う大怪獣――七海やちよの破壊行為の前においては。
七海やちよは数十ではきかない槍達を展開し自在に操り雨を降らせる。破壊の雨だ。ひとしきり雨を降らせ、都市を沈黙させたあと、七海やちよは由比鶴乃の姿を認め、悠然と歩いてくる。
凛とした佇まい、淀みない足の運び。その優美さは、会わない時間があっても変わりがないようだった。
「や、ちよ」
「私には、理屈はよくわからないけれど――、ここを破壊し尽くせば、キュゥべえたちの企みを阻止することができるんでしょう――?」
鶴乃は、突然のことに何を言っていいのかわからない。
ああ――こんな時に言うべきことは、山ほどある筈なのに!
七海やちよは、石を――それはキャッチするとグリーフシードだった――投げて寄越す。
「それで少しは時間を稼げるでしょう」
「えっと、でも、……なんでっ?」鶴乃はようやく一言を絞り出す。
七海やちよは、ふ、と笑う。
「"なんで"じゃあ何が聞きたいのかわからないわね」それから視線を反らし、「あなたが限界だとするならば、私の『生き残りたい』という願いももう関係ないと思っただけよ。――こんなこと、あなたには意味がわからないでしょうけれど」
キュゥべえの生き残りの一匹が慌てて、やちよに話しかける。
「七海やちよ! ボクたちの目的とキミの動機は、利害関係にはないはずだよ! ボクたちがやろうとしていることは、この宇宙のためになることなんだ、キミだってわかるだろう⁉ いったい、"なんで"こんなことを――⁉」
「――"なんで"、ねえ。なんでかしら」やちよは槍の穂先をためつすがめつし、切っ先を降ろした。「――後輩を痛めつけられて、
背後に複数の槍が展開される。
七海やちよ自身も、己の行為の正当性はよくわかっていなかった。強いて言うなら、八つ当たり、という表現が一番近い。
自身に対するイラつき、後輩に何もしてやれない不甲斐なさ、キュゥべえ達にいいように使われるだけの魔法少女に対する憤り。
冬眠から覚めた熊の如く、ただイライラとして、それの捌け口に使っているだけだった。
――後輩をかっこよく助けに来た、なんて、嘯けたらどれだけ良かったことか。七海やちよは自嘲する。
だけど、それでも。
それが由比鶴乃にとって、『希望』だったことは言うまでもない。
鶴乃は久方ぶりのツーマンセルに心が踊っていた。目線を合わせるだけで、テレパシーで合図しなくても、阿吽の呼吸で互いの間合いを図る。
まるで、いままで隔ててきた時間などなかったかのような連携に、鶴乃は、七海やちよは変わっていないのだと思えた。
あらかた破壊し尽くし、瓦礫と屍の山の上に二人は立っていた。
それでもなお、
やちよは、ひときわ大きな――電車の一両に匹敵しそうな槍を創造する。それは巨大なだけではなく、魔力が高密度で圧縮してあり、殺傷力の高い攻撃手段となっている。
指揮者のように手を振り下ろす。
巨大槍は
不意に空気が――空間が鳴動した。地響きのようなそれは、地面というより
「七海やちよ! キミたちは取り返しのつかないことをしようとしている――! このままだと時空連続結節点が破壊されてしまう! キミのいるこの世界も、その周りの世界も、つながっている時空すべてを巻き込んで壊してしまうかもしれないんだよ! 時空が引き裂けてしまう! キミは時空間崩壊を理解していないんだ! この世界だけじゃなくて周りのパラレルワールドまで巻き込んで、全て時空間の裂け目に飲み込まれて何も残らなくなるかもしれないんだ! 並行宇宙全てを巻き添えにするなんて、――どうかしている!」
なおも、空間は鳴動していた。
これが、キュゥべえの言っていることの影響なのだろか。
このまま
やちよはこの世界に未練があるのかと問われると、どうでもよかった。
世界に対する未練など大してないが、しかし時空間を巻き込むのは――そんな時。
ゲートの向こう側のトンネルが、不安定になっているように見えた。
――不意に、その奥が別の世界を映し出した。
そして――その遠い向こう側に、人影も。
向こうの世界の人間――か? 別の世界、《
それから、響くような声が聞こえた。
声――?
そんな――
うそ――まさか――
「――はミラ――から――――直ちに修――でないと――――――ません――――――タシが――――」
それは、とても微かなもので、とぎれとぎれで、内容は何を言っているのだか全く判別できない。
でも。
確かめなくてもわかってしまった。
それは、六年間側にいた人間の声。誰に認めてもらわなくてもわかる。他の誰が間違ったって、私自身が聞き間違いようのない声。
この世界で――六年間側にいた人間の声を、聞き間違うやつなどいるものか――‼
梓みふゆの声を、――
七海やちよはその親友を忘れたことは片時たりともない。
思い出にしたこともない。いつだって彼女の存在はすぐ側にあったから。
七海やちよが彼女を探し続けるのは、いなくなってしまった現実を、自分に言い聞かせるため。
戦い続けるのは、失った物の大きさを、何度も自分に刻みつけるため。
誰よりも、何よりも七海やちよが一番――過去に囚われている。
――やちよは、つい先程まで、由比鶴乃が語り聞かせてくれた話を思い出す。
《
『ドッペル』などという、摩訶不思議な存在があるという世界線の話だ。
もし、その《
《
それはつまり――逆に考えると、ドッペルの存在しない、それ以外の世界全てでは――……。
みふゆ、あなたは――――
七海やちよは、とつぜん、全てを理解した。
こんなにみっともなくもなりながら、後輩たちに迷惑をかけ、魔法少女としては疎まれ、ヒトとしては目的を失い、屍のような毎日を送っていた理由が。
自分がこんなにも無様に生き延びた理由が。
そうだ。私は――今日この日のために生きていたんだ。
この日、この瞬間のため。
私は梓みふゆが生存する――ただ一つの世界、《
彼女の生きる可能性を、――守り抜くため。
人は言う。いつでもやり直せるだとか、次の機会にまた挑戦すればそれでいいのだとか。――そんな事を言っているやつに次の機会なんて訪れないなんてことを、芸能界という厳しい業界にいる七海やちよは知っている。
七海やちよにはわかっている。今の自分のみっともなさが、適当に投げやりに、おざなりに生きた結果がなのだとよくよくわかっている。本当はもっと向き合うべきだったのだ。後輩だとか、周囲の人間関係だとか。勝手に投げ出して、自己満足のように孤独に浸る生き方が、ただの横着でなくて何なのだ。体のいい言い訳を利用した、怠惰でなく何なのだ。本当はもっと早く――後輩たちに向き合うべきだったのだ。後悔してももう遅い――だけど、だが、しかし――!
それでも――っ!
最後のチャンスを無駄にしたりはしない――!
やちよは再び電車の車両程もある大質量の槍を生成する。今度は一本じゃない。複数――それはやちよにとってもかなりの消耗だった。威力がある分、たった一本だけでも、恐ろしいほど燃費が悪い。
だが、躊躇はいささかもない。自らの身体に秘められたエネルギーを全て振り絞るように、魔力を発散させる。その体は、炎のような、
力を発散する過程で、不思議と――かなえとメルに見守って貰えている気がした。二人の存在が、側に、身近に感じられたのだ。
――ああ、あなた達は、ずっとそばにいてくれたのね。
キュゥべえも、当然、七海やちよがこれから何をしようとしているのか、すぐに理解する。ぼんくらじゃないんだから、巨大な槍を何本も、切っ先をゲートに向けていれば、嫌でもわかる。
天からの――襲来。
やちよは攻撃に移る前に、大きく息を吸い込んだ。
声を張り上げる。
「戦いなさい鶴乃――! あなたは私と違ってまだ最後の希望がある――! もう終わってしまった私とは違う――あなたにはまだ叶えたい願いがある――守るのよ、あなた自身の力で――あなたの願いを叶えるためにっ!」
「やめるんだ! 分節点を破壊するのはやめるんだ七海やちよ‼ 余剰次元に分散していたエネルギーベクトルが支えきれなくなる! こんなこと――ありえない! 七海やちよは衰えたはずだ! どこからこんなエネルギーが湧いてくるんだ! ――
「あなた、私たちのこと舐め過ぎなのよ」
やちよの声はもはやキュゥべえに届いていなかった。やちよはそれも委細構わない。
最後に見つめるのは一人の魔法少女。
「愛していたわよ鶴乃。来世でまた会いましょう」
「――――――――‼」
――私は大声で叫んだはずだった。やちよの名前を。
それが届いたのかわからない。跡形も残っていなかった。
圧縮したエネルギーは爆散し、あらゆるものを吹き飛ばしていた。
機械群は見る影もなく、その残骸ですら粉々に破壊され、原型を留めず、塵となり吹き飛んでいた。
計測機器は完全に崩壊していた。――しかし、門のあった場所の中心にはまだ光があった。
ワームホールだ。
「え……どうし、て…………?」
瓦礫の下からキュウべぇが這い出す。
「今の破壊規模は凄まじかったね。さすが七海やちよといったところか。これほどの破壊規模を出せる魔法少女は、他に類を見ないだろう。歴史的に見ても稀有な事例だよ。――危ないところだったね。……しかし、もう既に手遅れだったようだ。ワームホールは、永続的に接続されてしまっていたようだ。
なんだよ――くそ、ふざけるなよ……。
私はあふれ出た涙をこぼす。
やちよ、やちよ、うぅ、やちよ……くそ……。
この手にはもはや何も残っていないのに、私は、それでも。諦めてなるものか、――絶対に、絶対に諦めてなるものか――‼
この世界がどうなったっていい――、私はただ一人、あの約束をした、いろはちゃんを守らないといけないんだよ――!
私が――最後まで――いろはちゃんのいる世界を守り抜かないと――。
もはや体は動かない。腕も上がらない。指一本さえ動けない。
魔法少女・由比鶴乃は、――最後まで希望を――捨てるわけには、いかない、のに――。
僅かに生き残ったキュゥべえは、ワームホールへ向かって進む。今度こそ、目的を達するために。時間がスローモーションのように、終末に向かいゆっくりと進んでいるように見えた。
ゆっくりと、それでも、確実に一歩踏み出そうとする。
映写機の回転速度を落としたように、ゆっくりと、コマ送りになっていくようにパタパタと、進む。
そう――映像が切り替わる――ように。コマ送り――のように……だ。コマ送り?
スローモーション――?
時間は、完全に停止していた。
キュウべぇは完全に静止し、固定している。
キュゥべえたちだけではない、瓦礫や破片、塵や埃のひと粒に渡るまで、空気中で静止している。
何だ、これは――?
その瞬間、私の頭の中に声が響き渡った。
知らないはずなのに、懐かしい声。
それは実際の空気の振動を介した音波でもなければ、テレパシーによる念波を介したものでもなかった。
だけどそれははっきり、「声」だった。
『鶴乃ちゃん、つるのちゃん。久しぶりだね』
それは、環いろはちゃんの声だった。
そして同時に、頭の中に概念が直接的に流れ込んできた。
どういうわけか知らないが、テレパシーを超えて、いろはちゃんは私の頭の中に直接、
それはまさに
彼女によってダウンロードされた情報によって、私は私の内在がはっきりと変容していくのを感じた。
自身の高次元的な変化を、俯瞰情報により自分で上から見下ろしていたのだ。
『ここから先に何が起きるのか教えてあげるね』
いろはちゃんが言うと、眼前の光景は変容していく。
悠久の時を貫く、
私の視点は、三次元的な軛から解き放たれているのだ。高次元方向へ浮かび上がるような感覚。
普通の人類はXYZの三軸による三つの空間次元により視界を捉える。
しかし今はそれにプラス、時間を含む四次元時空の世界を見――そして更にそれを超え――そう、
私の感覚器官は
キュゥべえ達は、平行世界の際限ない増大、
宇宙を数多く分裂させて、平行世界を生み出し、数多の運命を作り出したその根本にあるもの。莫大な
因果とは運命の力である。量子論に置いて場と粒子は同等の存在として扱われる。故に、運命の場には運命の粒子――
因果の集積に当たる膨大な
キュゥべえたちは無数の並行宇宙を観測し、それらの間接的な情報演算のすり合わせの結果、一つの特異点を発見するに至る。それは一人の魔法少女の契約の瞬間。
さらに遡れば、一つの小石が蹴り飛ばされた瞬間が発生源であったのだけど、それはどうでもいい。石に運命は宿らない。
感情エネルギーは人間の情動素子の働きによって発生するから、当然のことだ。
運命と感情が宿るのは、ヒトの魂だけ。
魂のシステムによる情動素子が生み出す、
人間の魂が構成する要素、感情を生み出すモジュールこそがこの宇宙で唯一キュゥべえが発見した、エントロピーを凌駕する仕組みなのだから。
いろはちゃんは言う。
『
ミラーズを使い、時空間を跳躍したキュゥべえたちは、《マギアレコード》の彼女に接触することに成功した。
多数の宇宙を束ねる彼女の因果力は既に一人の少女が抱える力としては、宇宙を滅ぼすことができるレベルに匹敵していた。
キュゥべえはすぐさま契約をさせる。彼女は地球サイズのソウルジェムを生み出す大魔法少女になり、そしてすぐに、惑星サイズの魔女となる。最大にして最高の魔法少女だ。
そしてその魔法少女は誕生と同時に、膨大な因果係数により上位存在へとアップグレードしていた。
上位存在とはなにか。
彼女は条理と化し宇宙と一体化していた。この宇宙に存在する様々な物理法則と同列の存在になっていた。相対性理論のE=mc^2や熱力学の第二方程式と同じだ。
数式に意識は宿るのか?
否。
彼女はすでに人間にあるはずの意識というものを失っていた。
しかし人としての意識を喪失しても
彼女は、ふと、思い出す。あれ……? そういえば私にはやるべきことがあったんじゃなかったっけ?
宇宙意識とは、――
そうでなければ多宇宙同士が好き勝手にざっくばらん、好き放題に干渉し、お互いの宇宙を傷つけてしまう。
宇宙には、宇宙を傷つけない進化の淘汰圧があったのだ。
宇宙が意思を持って生物のように振る舞うのはとうぜんのことだ。宇宙も、分裂し、子宇宙が生まれ、更には孫宇宙が生まれる。その子孫宇宙が生まれなかった宇宙は進化圧により淘汰される。進化のプロセスは、何も生物だけの特権ではない。
宇宙の恒常性を保つ機構に、環いろはは取り込まれていた。彼女の宇宙意思で最初に悟ったことはなにか。
彼女が契約すると決めた瞬間に、宇宙の開闢ビックバンから、熱的死を迎えた終末までの歴史が彼女に流れ込む。
《マギアレコード》が、別の
その白い糸は、一本一本がミラーズの合わせ鏡による別の世界への
このままだと迷惑を掛けっぱなしの、迷惑宇宙である《マギアレコード》は、宇宙に存在する恒常性によって破壊されてしまう。
空気の読めないやつは、宇宙社会でも爪弾きにされてしまうのだ。
そう、それは視覚化することなど出来ないが、無理やり例えるなら――あまねく宇宙を見守る
それは困る。
彼女は自身の契約する瞬間まで時間をさかのぼった。
宇宙意思と理の世界は――
一般的に我々は三次元の空間次元と違い、時間次元は一方向に直線的に進むことしかできない。
三次元方向ならば縦横高さ、我々は好きな方向に好きに動くことができるだろう。
しかし、時間は違う。
過去から未来。一方向に矢のように突き進むだけだ。
しかし、量子世界では「時間」と「空間」の区別はなくなる。
時間は特別視されるものではなくなるのだ。因果関係というルールから解放され、ただ「A」と「B」という事象を関係付けるだけの物になる。
彼女は、自身の願いの瞬間を捉えた。
自分の契約によって、マギアレコード世界が損耗することがわかった彼女は自身の願いを変更した。
――
こうして《
《神・いろは》の仕事は、《
私は星々に彩られた漆黒の中に光が見えた。それは、巨大な糸巻きだった。
白い糸が手繰られ、その糸巻きに巻き取られていく。
手繰り寄せているのは、真っ白い純白の服を着た人。――神々しい神秘性を放つ、だけどよく知った吊り目のあどけない顔。
いろはちゃんは
解いた糸は糸車にクルクルとしまわれていく。その糸の一本一本が、無数の時間線によって編まれた運命の糸、運命の力場によって編まれた世界糸なのだ。
広大な宇宙の上で、
別の
なんだかお婆ちゃんが縫い物をしているみたいな、落ち着く光景だなと思った。
そんな、場違いな感想を抱いてしまうほど、その光景には安心感があった。
だけど彼女は
《神・いろは》は環いろはでありながら、もう人間の《環いろは》とは別の存在なのだ。
「鶴乃ちゃん、久しぶりだね……」
彼女は手を止め、私に微笑みかけた。
「いろはちゃん。…………ごめんっ! 私、何も守れなかった! いろはちゃんと約束をしたことも! いろはちゃんのことも、それに、それに! さなちゃん、フェリシア! やちよのことだって……‼ 何一つ……」
彼女は首を振る。
「ううん。そんなことないよ。鶴乃ちゃんはみんなを――この世界を守った」
彼女は優しい手付きで、
「守って、ないよ……」
「ううん、守ったんだよ。キュゥべえ達の機械によってまた
私は思わず、すがるような声を出してしまう。
「本当に、本当に無駄じゃなかったの……?」
「そうだよ。安心して、鶴乃ちゃん」
彼女は微笑む。女神のような微笑み。
「それに、フェリシアちゃんとさなちゃんを見つけてくれてありがとね。きっと、あの子達も、寂しくなかったと思う……」
違うよ。私は、そのことでお礼を言われるようなことなんかしていない――。
「ううん。関係性から昇華した私は、直接助けにはいけないからね。鶴乃ちゃんがいてくれて、本当に良かったんだよ。――でも、ちょっとだけズルしちゃったけどね」彼女は悪戯っ子みたいに笑った「ちょっとだけ鶴乃ちゃんを助けちゃった」
そうか――。
私は、あのフェリシアと絶対絶命の場面で見た、光を思い出した。隙間から漏れていた、私に力をくれた光――。
「鶴乃ちゃんは《
だから、さなちゃんが電波塔のてっぺんで見た光もそう。さなちゃんがいることが、鶴乃ちゃんを助けることになるから」
やっぱり、《いろはちゃん》はずっとそばにいて、見守っていてくれたんだ――。
でも、それでも、だとしたら、
それなら、だってさ――
「私は、《
いろはちゃんの《
いろはちゃんはゆっくりと首を振る。
「心配しないで、鶴乃ちゃん。私の《能力》――いや、《機能》は《
だからね、《
『マギアレコードを守ること』。それが私の願いだからね。
今もきっと、みんなと一緒に希望の未来を掴む為に走り回ってる。
それはもう、この『私』とは違う「私」だけど――、いつでも見守って、ここから応援しているんだよ」
でも、それじゃあ、いま、ここにいるあなたは――?
「鶴乃ちゃんはもうわかっていると思うけど、
人間だった頃の私と、今ここにいる──
関係性や繋がり、物語から昇華した存在は、もう人と関わることはできないの」
それって、ずっとここで孤独ってこと……?
たった一人で、世界を守るために、存在しているの――?
どうして――!?
「そんなのってないよ……! 私のことも、《
いろはちゃん言ったよね!? 『絶望』って、人が死ぬことだって、それこそが『絶望』だって! でも、こんなのはそれより酷いよ! 誰からも忘れられてしまうなんて、そんなの、死ぬよりひどいよ……」
これを『絶望』と言わずして、なんと呼べばいいのかわからない。彼女ば誰に気づかれることもなく、ただ『存在』し続けるのだ。
「ふふ。大丈夫だよ鶴乃ちゃん。――この場所からはいつもね、頑張っているみんなの姿が見えるんだ。
この《マギアレコード》の世界の中で、『希望』を掴もうと頑張っている、私や、やちよさんや、鶴乃ちゃん、それに、沢山の人達。その願いが見える。――みんなの一生懸命な姿が、いつだって見えているの。――だからね、全然平気なの」
いろはちゃんの輪郭は薄れ始めていた。
少しずつ、存在感が薄くなる。それは、彼女が消えているんじゃなくて、私が、彼女がいる場から遠ざかっているんだ――。
私の高次元を見る視覚も次第に力を失っていた。私は、かろうじてまだ見える足元を見た。私のいた世界線は、キュゥべえと私達の行いにより不安定になって、その形を失い始めていた。
運命子は飛び散り、この宇宙の藻屑となるのだろう。
そうか。私のいた世界はなくなるんだ――。
「鶴乃ちゃん、心配しないで。私はいつだってそこにいるから。
あなたが、いると感じたら、いつだってそこに私はいるの。
だからね、そうだなあ――。できれば、頑固な
いろはちゃんの姿はもう殆ど見えない。
感謝を伝えたいのは私の方なのに、最期に聞こえたのは――むしろ彼女の言葉だった。
「私の守りたかった世界を守ってくれて、ありがとうね」
静寂に包まれた、私の寝室。
誰もいないその場所で、突如目覚めた一人の人間がいた。
というか、私だった。
「はっ……!」
私がベッドで目を覚ましても、そこにはもう誰もいなかった。
長い長い夢から覚めたような心持ちがした。
宇宙を巡る果てしない長旅から帰ってきたような感覚が、私の体には残っているのに、不思議と頭の中はすっきりしていた。
私は、『日常』へと帰ってきた。