「俺は美沢高校三年、常磐ソウゴ。んまとりあえずよろしくゥ」
「花園学園三年、常磐ソウゴ」
「えっあ、光ヶ森高校三年、常磐ソウゴ……です」
校長室。ふかふかな椅子にぐったりともたれかかり天井を見るスウォルツ。
それは恋愛部で無様を晒したからなのか、目の前の光景から目を逸らしたいからなのか。
「ソウゴ先輩がいっぱい……萌える〜!」
アホなことを言うウールはオーラの拳を喰らった。この二人は扉を小さく開けて覗いている。
「なるほど。我々以外に学園が存在し、生存者がいるということか」
「問題はそこじゃないですよ!」
同じ名前、同じ顔の常磐ソウゴが三人いること。常磐ソウゴにとっては大問題である。
「確かに分かりにくいな」
合点が入った、とばかりにスウォルツは立ち上がり、光ヶ森高校のソウゴをソウゴA、花園学園のソウゴをB、美沢高校のソウゴをCと便宜上名付ける。それでいいのか。
「だからそうじゃなくて──」
「ちょっと待ってよっ、なんでウチのソウゴはソウゴBなんや」
「変えられるならOがいいな、俺は」
「じゃあBは俺が貰うわ。ええか?」
いやそういうことでもないんだけど。口に出したらこじれそうなのでソウゴAは心の中で留めておく。
「いやそうじゃなくてな。ソウゴはな、いずれは世界の王になる身なんや」
「くすぐるねェ、俺と同じやん」
ソウゴCはニヤケ顔で同意。勿論ソウゴAも同じである。
「……一つ聞きたい」
「何だ、名称についての意見は求めんぞ」
「それはいい。この学園の生徒会長は誰か知りたいんだ」
訝し気に目を細めるスウォルツ。一瞬だけソウゴBの真意を考えたが、まあいいかと答えることにする。
「月読君はボランティアで海外に行っていてな。今はいない」
「ならば、俺はたった今からこの学園に転校する。そして生徒会長になろう」
何言ってんだこいつ。ソウゴAとスウォルツの心境が一致した。
「王たる者に相応しい役職だ」
「ええぞ、ソウゴ!」
「待てや」
盛り上がるソウゴBとミサに口を挟むのはソウゴC。
「そういうことなら俺がやるわァ」
「選挙だッ!」
急に叫んだスウォルツに全員の目が向く。
「光ヶ森高校の生徒会長の座を賭け存分に争えソウゴA・B・C!」
勝手に宣言した後スウォルツは後ろを向きしめしめと笑う。
「これも、現実逃避の大イベントになろう……!」
それが本音だったようだ。とりあえず現実逃避できれば何でもいいらしい。
「俺もぉ……?」
机に突っ伏すAを気にせずバチバチに睨み合うBプラスミサとC。
「勝つのは俺に決まってる」
「俺や。俺が王や」
そのまま俺俺合戦が始まる。Aは突っ伏したまま、なんとなく違和感を感じていた。
「誰に投票しよう……悩むなぁ」
更にアホなことを言うウールの頭をオーラはペチンと叩く。一途でいてくれの念を込めて。
「……何やってんだか」
部屋の外壁に寄りかかって、一連の流れを聞いていた飛流は呆れたようにぼやいた。
屋上。ソウゴから一連の話を聞いたゲイツは呆れたように大声で感想を言う。
「──何が選挙だ。大体何なんだあのソウゴB、Cは」
何なんだと言いつつも、しれっとB、C呼びをしているのは適応能力の高いゲイツらしかった。ちなみに先程いなかったのは何人ものソウゴを見ると混乱しかねないから、とのこと。
「要するに俺の偽物ってこと?」
「それは違うよ、我が魔王」
「ウォズ……」
相変わらず急に現れる男、ウォズ。思えばこの怪現象に巻き込まれてから一ヶ月間、ずっと現れていなかった。ゲイツは文句でも言ってやろうかと思ったが、とりあえず話を聞くことにする。
「彼らもまた、生まれた時から常磐ソウゴ」
「ありえなくない?」
「ありえるんだよそれが」
「飛流」
どこ行ってたの、というソウゴの問いに「ちょっとな」と返す。
「あの常磐ソウゴ達は別の並行世界のお前だ。並行同位体とでもしておくか」
「並行同位体……」
「俺は奴らについて探るためにここに来たんだ」
「何でお前がそんなこと……」
「俺は愛と正義のタイムパトロールになることを決めたからな」
飛流がさらっといった言葉にソウゴとゲイツは目を合わせて、その直後に笑い出す。
「あっ、愛と正義のぉ、ハハハ」
「たっ、タイムパトロールぅ、ククク」
「お前らだって王様と救世主だろ」
あっ、とソウゴとゲイツの笑いが止まる。そうでした。どこからか鳩時計の音がした気がする。
「……いいかな、加古川飛流」
「悪い」
「この本を見ても、まるで未来が見えないんだ。
あるいは、未来が無いのか……」
全員の顔が険しくなる。
「この荒廃した世界は、無数の次元が融合した結果。今や世界は滅亡の危機に瀕している」
あの時と同じか、とゲイツと飛流は思い出す。かつてのスウォルツ──アナザーディケイドが引き起こした二十の世界の融合、そしてアポカリプス。この場でその惨劇を知らないのはソウゴだけだ。
「そして、世界存続のキーとなるのは──」
ソウゴとゲイツの喉がゴクリと鳴る。飛流は続く言葉をなんとなく察していた。
「──常磐ソウゴ」
そう言い終えた後、健闘を祈ると言い残してウォズは消えていった。
「オイ、ちょっと待て!」
こうなったら、とゲイツはソウゴの肩を強く掴んで強く揺さぶる。
「なんとしても選挙で勝て! ソウゴ! な!!」
「選挙なんてくだらんと言ってたやつの台詞じゃないな……」
「思ってはいたが言ってないぞ。想像で喋るな加古川」
「思ってたら実質正解でいいだろ。それと選挙にうつつを抜かすのもいいが」
飛流はピシッと人差し指を伸ばし、中庭にも蔓延っている化物達を指差す。
「アイツらをどうにかすることも考えなきゃな」
「そうだよ加古川!」
「えっ急に何お前」
ゲイツが急に興奮しだすので飛流はビビる。ソウゴは長年の付き合いだしとっくに慣れている。
「お前の力なら奴らを全滅させるのだって夢じゃないだろ!?」
「悪いが無理だ」
飛流は二つのものを取り出した。ヒリュウウォッチとアナザータイマー。どちらとも石化している。
「……使えないのか?」
「悪いがアナザージオウIIも無理だ」
「アナザージオウならどうだ、あの力でアナザーライダーを増やせば──」
「できなくはないが、この学園の生徒をアナザーライダーにしなきゃいけない」
それは駄目だな、とゲイツは手を上げて降参のポーズ。自分達と同じく時と場合を見てこっそりと戦うことになるだろう。
と、ここでソウゴがおずおずと手を挙げる。
「……えっとさ、じゃあアナザーディエンドの力で怪人を喚び出してもらうのは?」
「怪人は三体しか喚び出せない。カッシーンは数に限りは無いがいかんせん耐久力が紙だ」
「でも怪人で校舎付近の警備ぐらいならできるよね?」
「出来るだろうな。怖がられて他のソウゴに倒されるのがオチだろうが」
「なら話通せばいいじゃん。それに不気味なやつじゃなくてヒロイックなの喚べばいいと思うけど」
「……それぐらいならなんとかなるか」
「よーし」
「話はお前が通せよ。提案したのはお前だからな」
選挙で有利になるかもしれないし、と飛流はまだ言えなかった。
「じゃあ早速怪人選びを──」
「お前は許可取りと選挙活動だ。選定は加古川と俺でやる」
「……はーい」
俺発案者なのに、としょんぼりとしたソウゴは渋々階段を降りていった。と思ったらすぐに戻ってきた。
「なんだソウゴ、お前のわがままは聞かんぞ」
「いやそうじゃなくてあの、どう他の俺や先生に説明すればいいかな……?」
「わかった、着いてってやる。加古川、後でやるぞ」
「ああ」
ソウゴとゲイツは連れ立って今度こそ階段を降りていく。それを少し羨ましげに見てしまう飛流。そんな権利は俺なんかにないのにな。
ネガティブになりがちな思考を振り解きながら、飛流は背後を向く。
「……ウォズ、まだいるんだろ」
「なんだい、加古川飛流」
「今回はやけに非協力的じゃないか。他のソウゴに肩入れしてしまいそうになるからか?」
「別にそんなことはないよ。今回は私の出る幕では──」
「それとも真実のソウゴに逆らうのが怖いか?」
ウォズは思わず目を見開く。アタリか、と飛流は薄く笑う。
「そりゃわかるに決まってるだろ。門矢士だって動き出してるからな」
「門矢士が……?」
何、と飛流は眉を寄せる。ウォズは既にかの存在を察知していると思っていたのだが。
それにしても、
「せっかくQuartzerから解放されたのにまた変な役割に束縛されるとはな」
何故飛流がそのことを知っているのかわからないが、ウォズは開き直ることにした。
「……いいのさ、私は"常磐ソウゴ"の従者だからね」
「なら決めておくんだな、どちらに付くか」
「では君は──聞くまでもないか」
自分のウォッチと裏の王たらしめるものを犠牲にしてまでこの世界に来て、真っ先に光ヶ森高校にやって来たのだから。
○○○
何はともあれ、生徒会長選挙スタート。
食堂で生徒達に群がられているのはソウゴC。
「はいはいはいィ、焦らへん焦らへん!」
正確に言えば、生徒達が群がっているのはソウゴCの前に置かれたダンボール箱。その中にはガムや飴、チョコレートといったお菓子がたくさん入っている。それが取り放題だというのだから驚きだ。
食料不足を嘆いていた生徒はもちろん、甘味に飢えていた生徒達の心をソウゴCはガッチリ掴んだ。
「この俺、ソウゴCに一票を!」
その教室の壁に貼られているソウゴCの選挙ポスターには、『経済力は圧倒的やで。』と書かれていた。
一方のソウゴB。いくらでもある空き教室の一つを丸ごとクラブハウスへと改造してしまい、毎日毎日ディスコディスコ。
ミラーボールは回り、生徒達は跳び、ミサは露出の高い衣装で艶かしく踊る。
彼はどこからか、スウォルツの掲げる現実逃避の話を聞きつけたらしい。
実際、生徒達の多くは食料と同じぐらい娯楽に飢えていた。何せ唯一積極的に提供してきていたのはスウォルツである。彼の作った部は一日か二日で自然に消えてしまうのがいつものことだった。
「みんな〜、清き一票をよろしくなぁ〜」
「よろしくぅ!」
自分は踊らずDJに徹するソウゴBはマイクを使ってその旨を伝えた。
ソウゴBのマニフェストは『ノリとバイブスでブチアゲろ!!』だ。
そして、堂々と『生徒の皆を守りたい。』と宣言したソウゴAはというと──射的をしていた。他にはいつも来て金魚すくいをしているゴロウしかいない。空気砲の乾いた音がやけに響いた。
「また来てくれて嬉しいんだけどさ……正直飽きない?」
「いいんだ。僕、友達いないから」
微妙に答えになってない気もするが、ソウゴは目を伏せる。ゲイツや有日菜と会う前の一人の自分を思い出したから。
目の前で金魚を掬おうとしても逃げられてしまう彼は、誰かに寂しいと伝えられるのだろうか──と考えたところで思考が遮られる。ゲイツと飛流がやって来た。ゲイツはソウゴへまっすぐ進むが、飛流はきょろきょろと飾り付けられた教室を見渡している。
「お前、まだこんなふざけたことやってんのか!? ソウゴBもCもやりたい放題してるんだ!」
「それにあの提案だって、明光院が言ったことにしたらしいじゃないか」
「このままだとお前、勝てないぞ!」
またゲイツに肩を掴まれたソウゴは、その手を掴み返して肩から離す。
「俺、よく分からなくなったっていうか」
「何がだ」
「皆、俺が俺がって言うでしょ。まぁ、ある意味俺が、俺俺俺って」
「はぁ?」
"俺"のゲシュタルト崩壊。ゲイツは首を捻った。
「王様になろうって者が、そんなんでいいのかなって」
そう言ってから、ソウゴはゲイツにポイを差し出す。
「話にならん。俺はもうお前のことは知らん!」
ゲイツは肩を怒らせてお祭り会場から去っていく。そして、もう一人はというと。
「……えっと、飛流?」
「見て分からないか、輪投げだ」
飛流は話の途中で飽きたのか、輪投げを始めていた。しかも案外楽しそうだ。
「えっと、金魚すくいは?」
「後でやる」
手持ち無沙汰になったポイは、ちょうど穴の空いたゴロウのものと交換された。
○○○
同時刻、森。助けを呼びに行けと無理矢理自分の学び舎、鳥羽学園から追い出された常磐ソウゴ。彼は今──
「ああああああああああ!!」
──ジープに追いかけられていた。昭和でも滅多にしないぞ。
草むらに飛び込んで逃げようとしたが、すでに袋小路。木が密集し、壁のようになっている。
ジープから出てきたのは、長身の男。ソウゴには悪魔のように見えた。
「俺が何したっていうんだよぉ!」
「お前の罪は、お前が"常磐ソウゴ"だということだ」
どういうことだ。俺が学園から追い出されたのも、ジープに殺されかけるのも、俺が俺だからだというのか。
顔をくしゃくしゃに歪ませるソウゴを冷たく見据え、男──門矢士は、ライドブッカーからカードを二本指で引き抜く。
「変身」
〈KAMEN RIDE──DECADE!〉
二十一体の虚像が一つに重なり、Oシグナルが紫に妖しく光る。士が変身したのは、世界の破壊者の真の姿。仮面ライダーディケイド・激情態。軽く手を叩き合わせ、ソウゴを仮面越しに睨む。
その悪鬼のごとき姿にソウゴは怯え震えながらも、ドライバーとウォッチを取り出す。
「永夢、せんせえ」
〈"エグゼイド"〜ッ!〉
ソウゴはジオウ・エグゼイドアーマーに変身。ガシャコンブレイカーブレイカーで、ディケイドの胸部を叩く叩く。
「俺の運命は、俺が変えてやる!」
「できるといいな」
胸に『ヒット!』のエフェクトが出ながらも、ディケイドは微動だにしない。ドライバーのバックルを開き、左手でカードを取り出して、ドライバーに入れる余裕すらある。
「たとえできたとして……」
〈ATTACK RIDE──PAUSE!〉
「その運命も俺が破壊するけどな」
入れたカードは、仮面ライダークロノスがクラッシャーに人差し指を当てた様子が描かれたもの。
バックルが閉じた瞬間、ジオウの猛攻が止まる。否、止めさせられる。時そのものが止まったのだ。その中でも、ディケイドはゆっくりと動きだしていく。
〈ATTACK RIDE──THOUSAND JACKER!〉
〈ATTACK RIDE──CLUSTER CELL!〉
〈FINAL ATTACK RIDE──A A A ARK-ONE!〉
色とりどりの動物達が。視界を覆い尽くす程の量の金属の飛蝗達が。足の踏み場を無くすように広がる黒い液体が。未だ動かないジオウに押し寄せる。
〈ATTACK RIDE──RESTART!〉
そして時は動き出す。
ライダモデルに蹂躙され、クラスターセルに噛み砕かれ、スパイトネガに呑まれる。
そしてジオウ──ソウゴは悲鳴すらあげられず、破壊される。
スパイトネガが消えた跡に残されたのは一枚のカード。ジオウ・エグゼイドアーマーが描かれたもの。
「……悪いな」
ディケイドはカードを拾い上げ、ライドブッカーから取り出した束に加える。
残りは、五枚。
○○○
丑三つ時の光ヶ森高校。化物以外は寝静まったそんな時に、ソウゴは目を覚ます。何か、物音が聞こえたような気がする。生々しい音だ。
もぞもぞと寝袋から音を立てないように抜け出し、ランタンを持って教室を出る。音はまだ聞こえていた。
音の出どころは調理室だった。扉を開けてこっそり覗く。
まず見えたのは肉。これが包丁によって切られるのが音源だった。次に見えたのは──スウォルツ。エプロンを律儀に着けていた。
「何してるんですか先生!」
「先生は止めてくれ。……見ればわかるだろう、料理だ」
「……すごい肉ですね。何の肉ですか」
「知らん、拾った肉だ」
食糧が尽きかけているのはソウゴも薄々わかっている。なら、この肉は何だ。まさか、死んでいった生徒ではないのか。そんな考えが、ソウゴの脳を支配した。
観察してみようと下を向くと、明らかに人のものではない鉤爪や頭蓋骨が。
「……まさか、化物の!?」
「しっ、皆の眠りを妨げてどうする」
スウォルツは口に人差し指を当て、扉に顎をしゃくる。
「閉めてくれ」
ソウゴは素直に従った。人肉でなくて安心したのもあるが、ちょっと怖かったのもある。
扉を閉めても、未だにそれを軽く睨むように見ているスウォルツに、おずおずとソウゴは先程の質問を続けようとする。
「いやでも、これどうやって……」
「言っただろう。お前が喚び出させた怪物共が拾ってきたんだ。奴らは同族争いが激しいらしい」
「へぇ……ってえ!?」
「だから静かに」
スウォルツの指摘にソウゴは口を押さえ、数秒間深呼吸。ボリュームを再び下げて問う。
「何で分かったんですか」
「どれだけの付き合いだと思ってる」
一言で済まされた。なんか、少し嬉しくなる。
「用は済んだか」
「いや、あの……手伝います。スウォルツさんと久々に話もしたいし」
スウォルツは険しい顔を緩める。笑っているように見えたのは、ソウゴだけだろうか。
「助かる」
ソウゴとスウォルツは包丁を動かしながら色々な話をする。とはいえほぼソウゴが一方的に話し、スウォルツは聞き役だ。選挙のこと。友人のこと。恋愛のこと。叔父さんの料理のこと。有日菜のこと。
昔みたいだな、とソウゴは思った。昼休みに社会科準備室や進路指導室で色々と喋ったのが昔のようだ。
しかし今のスウォルツは一人でこの高校全員を導かなければならない。そのせいでスウォルツはほぼ狂気じみた人間に見えてしまっていた。それはソウゴも同じで。
「……ごめんなさい」
「なんだ、どうした」
「みんな、スウォルツさんに任せっきりで──」
「いいんだ」
え、と思わず声を出してしまう。
「たとえ道化に堕ちようと、お前達子供を守るのが大人の仕事だからな」
そう言い切ったスウォルツはカッコ良く見えた。ソウゴは玉ねぎを切っていないのに目が潤んだ。
「さて、と」
スウォルツはフライパンを取り出し、油を垂らして火をつける。
「もう焼くんですか?」
「少しだけな」
他のものより小さく切ってある肉片を何個か、フライパンに落とす。
「まぁ、つまるところ毒味だ」
「ですよね」
「食わないでいいぞ」
「……いや、俺も食べます」
「お前には俺がどうにかなった時に誰か──明光院や加古川あたりを呼んでもらおうと思ってたんだが」
「だって、大人と子供で毒の効き方が違ったらどうするんですか?」
「……一理あるな」
スウォルツは渋々二つの小皿に肉を分ける。
「だが、先に俺が食べる。意見は求めん」
スウォルツの心気を無下にすることはできない。ソウゴは頷く。
スウォルツの口に、熱々な肉が放り込まれる。噛み砕かれる。しばらく噛まれた後、喉に通っていく。
「どうですか……?」
「美味い」
「へ?」
「特に痺れも無いな。外見はどうなってる」
「え、特には」
「そうか」
次、ソウゴ。
「もし俺に何かあったらよろしくお願いしますね」
「ああ」
ソウゴはゆっくりとちょっと冷めた肉を口に運ぶ。ぎこちなく噛む。時間をかけて噛んだ後、喉に通っていく。
「どうだ、外見は問題無いが」
「……普通に美味しいですね」
「だろう」
スウォルツは少しドヤ顔をして肉を冷蔵庫に運ぶ。ソウゴは料理器具を洗い始めた。まずは菜箸から。
「ソウゴ」
「なんですか?」
「お前は優しくて勇気のある者だ」
「……あ、ありがとうございます」
「明日──いや、もう今日か。今日のメニューは串焼きにすることを決めていたが」
なんだろう、とソウゴは少し首を傾げる。
「明日からのメニュー。お前の意見を聞くのも、やぶさかではない」
「いいんですか?」
「その代わり下拵えは参加してくれ。人手は常に足りんからな」
「……はい!」
すき焼きを提案したら、風ならできるだろうと妥協案が出た。ソウゴ的には、スウォルツに認められたようで少し嬉しかった。
スウォルツはソウゴとの親交を楽しみながらも、外に気を向けていた。
それもそのはず、彼らの団欒を盗み聞きしていた人間が一人いたからだ。そしてその痴れ者は状況を見計らって、こっそりとベランダの扉の鍵を下ろした。ソウゴが帰りに通るであろう道だった。
久しぶりに話せて良かったなぁ。ソウゴはニコニコしながら廊下を歩く。
そんな雰囲気をぶち壊すように化物が現れる。ソウゴは驚きながらも化物を窓から蹴り落とした。
「……言いたくないなぁこれ」
窓はバリンバリンに割れている。あの後でやらかしを言いに行くのは気まずい。
幸い、こんなことはほとんど無かったため事務室にガラス自体は残っているが、このままガラ空きにしておいてもまずいのは確かだった。
そんなことを考えていたら不意に人影が階段を降りるのが見えた。ソウゴは抜き足差し足で向かう。そこにいたのは──
「しくじったみたいやなァ」
──ソウゴC。誰かに話しかけているようだ。
「だから言うたやん。悪魔の科学者の一番弟子のこの俺がやるって」
問題は、その相手が見えないこと。
「次こそはァ、俺がこの手で……必ずゥ」
ソウゴCは悪辣な笑みを浮かべて更に下へ降りる。
ソウゴもとりあえず人の気配が無くなった後、調理室に向かう。もしいなくてもスウォルツの寝場所は職員室だ。
「ターゲットは俺、か」
何か、嫌な気分になった。
○○○
数時間後、朝食。生徒達は久々の肉に大はしゃぎだ。スープは更に薄くなった気がしたが、肉の追加に比べたら些事である。
ソウゴは生徒達と共に列に並び、それらをもらう。もちろんソウゴも笑顔だった。久々の肉が嬉しいのもあるが、更に嬉しいのは皆の笑顔だった。
よくよく考えてみれば、これも現実逃避の一種なのかも? そんなことを考えながら席を探す。
ちょうどその時、Cの後ろ姿が目に入ってきた。隣の席は空いている。というか、誰も同席していない。当然といえば当然だが。
席を確保しつつ、昨日のことについて少し揺さぶりをかけてみることにする。
「ちょっといいかな?」
「なんや」
「俺、昨日校内で化物に遭って」
先程まで動き続けていたスプーンが止まった。
「偶然やなァ、俺もや」
声は少し上擦っている。
「いや倒そう思てんけど、逃げられてもうて。でもあんま騒がん方がええで」
そう言うが否や、残りのスープをかき込んでお盆を持って立ち上がる。
「センセェには俺が言っとくわ」
「もう昨日のうちに言っといたから大丈夫。
それとさ、せっかく俺と同じ常磐ソウゴ同士出会ったんだ。どうせなら仲良くしたいなって」
所詮生徒会長程度の選挙なのに、何故俺を殺そうとしたのかはわからない。正直、怖い。
でも、その言葉も本心だった。
「おう、俺もや」
少し笑って、彼は去っていった。先程の笑みは嘲笑に見えなくもなかった。
ソウゴはもやもやした気持ちを誤魔化すように肉をかじる。毒見した時と同じく美味しかった。
○○○
「結局恋愛部で残ったのは私達だけか」
恋愛部室。沢山の椅子が並んでいる中で使われているのは二脚だけ。オーラとウールだ。オーラは未だに恋愛マスターなコスチューム。
「マスター質問!」
オーラは無言でそちらを向く。ウールの椅子は化粧台代わりに使われていた。
「男が男を好きになるって、やっぱり変ですか」
ウールの心には、ゲイツが性別について言及したことが大きなしこりとなって残っていた。
「そんなこと無いわよ。恋愛に男も女も関係無いし」
「そうですよね!」
と喜びつつも、ウールは鏡を見る。自分には色気があるように見えなかった。その旨を伝えると、オーラは首を小さく傾げる。
「そうかな……見方によっては案外あるかも」
「本当!」
実際オーラは一学期、何人かの女子が「ウール君×××××だよね〜」と話しているのを聞いてしまったことがある。その時は柄にもなくドン引きしてしまった。
その記憶をオーラは必死に振り解きながら、ウールの椅子の上の口紅を手に取る。
「可愛くしてあげる」
丁度メイクが終わる頃、扉が開く音をウールは聞いた。
「何か用」
ハッと後ろを向くと、そこにはソウゴが。その顔が困惑に変わるのをもちろん気づけず。
「私が呼んでおいたのよ。さ、頑張んなさい」
「そういうオーラはゲイツ先輩とどうすんの、恋愛マスターなんでしょ」
「私はいいの、さぁ早く!」
オーラに押し出されウールはソウゴに急接近してぶつかる。
「あの、ソウゴ先輩。あの、僕、男かもしれないんだけどゆくゆくは結婚とか出産とか考えてて、子供は二人ぐらいかなぁって──」
突拍子もない話にソウゴは混乱し、教室から逃げ出してしまった。
「ちょっと待って!」
ウールはソウゴを追う。オーラははぁ、と溜息を吐く。これで吊り橋効果も切れればいいけど。
それはそれとして。
「……ゲイツについては私にも計画があるのよ」
足音で追ってきているのはわかっていた。ソウゴは外の通路に出て、階段の踊り場にこっそりと隠れる。
胸を押さえて呼吸しながら、ウールのことについて考える。化粧を施した顔は、元の顔も相まって素晴らしい美貌と化していた。
でも、ソウゴからしたらウールは仲の良いかわいい後輩だ。恋人、とはどうしても見えない。あと話が飛躍し過ぎてたと思う。
「どないしたんや」
かけられた声は自分のものと同じで。関西弁ということはソウゴCだ。
「隠れんぼかいなァ」
ソウゴはしーっと少し大きめな声を封じ、同じ背丈の男を屈ませる。
その瞬間、ウールもやってくる。しかし二人のソウゴに気付くことなく階段を上がっていった。
「はッはァーん、なるほどなァ」
モテる男は大変や、とソウゴCはニヤニヤ笑う。
「いやなんていうか、あんまりそういう気持ちは無いんだけど……」
「おっしゃ、俺に任しとき。その代わりィ──」
一方、オーラもウールを探すことにした。ソウゴを見つけてまた告白したのか、それとも見つけられずにべそべそしているのか。どちらの展開もありえるので教室一つ一つを見て回る。
なお慰めるつもりは無い。
屋上に行ったかな、とそこへ繋がる外の通路に出ると、ウールの叫び声が聞こえる。その直後、ウールが仮面の戦士と共に落ちてくる。
「戦えソウゴォ。早よせんとコイツ化物のエサなるでェ」
二色の装甲を付けた、見たことのないタイプ。仮面を纏う人物の正体はその関西弁でわかる。ソウゴCだ。
「お、来た来たァ」
大声につられて化物達が寄ってくる。オーラはウールを助けようと階段を降りようとするが、その前にまた一人仮面の戦士が現れる。よく噂になる二人のうちの一人。
ソウゴCの言葉からわかるのは、隣の戦士はおそらく残りのソウゴのどちらか。ウールが狙われたということは、この仮面の戦士はAだ。
オーラは一瞬でそんな思考を組み立てながらも、身体が止まった。結構長い時間を共に過ごしてきたつもりだけど、そんなこと知らなかったから。
「どういうことだよ! 何考えてんだ!」
ウールに近づく化物を殴り倒しながらソウゴA──ジオウはC──ジオウ・ビルドアーマーに叫ぶ。
「遊びの時間は終わりっちゅうこっちゃ……!」
ビルドアーマーのジオウは普通のジオウの装甲を、右手に装備されるドリルクラッシャークラッシャーで削っていく。ジオウはそれを受け止めながら跳びついて殴る殴る。ジカンギレードを振り回すよりもそちらの方が速い。
二人のジオウはウールから離れていく。それすなわち、ウールを守る者もいなくなるということで。
怯えるウールの周りに集まってくる化物達。更に悪いことに、ちょうどオーラも下に到着してしまう。
近寄る化物からウールを守るために、オーラはとっさにその華奢な身体に覆い被さった。
──その時、オーラは身体から迸ろうとするなにかを感じた。オーラは無意識に手を化け物に向ける。力は解放されて、化物達を次々に消滅させていった。
「……オーラ?」
その光景を見たウールは唖然としている。オーラは自分の手を見つめるばかりだったが、やがて立ち上がって先程出てきた場所を見上げる。そこにはスウォルツが。
「行って」
「……え?」
「常磐のことが気になるんでしょ」
ウールは戸惑う。確かに先輩のことは一番気がかりだけど、でも先程のオーラの力についても同じぐらい気になっていて。
「行きなさい」
いつになく頑ななオーラに、ウールは頷くしかできなかった。
「オーラ。ようやく思い出したようだな」
「……久しぶりね、スウォルツ」
オーラに睨みつけられても、スウォルツの笑みはますます深まるばかりだった。
校庭で、二人のジオウは殴りあう。片方のビルドアーマーは解除されていた。パンチという形で放たれたタイムブレークには流石のアーマーといえども耐えられなかった。
化物達の体液や足跡によって凸凹になった校庭は滑りやすく、殴られればすぐに体勢を崩してしまう。どちらがAなのか、Cなのか、判別することは困難だった。
ジオウが殴り合う中でひっそりとジープが侵入してきたのは、ようやく辿り着いたウールにしか気づけなかった。
殴り合い殴り合い殴り合い、渾身のパンチが互いの胸を捉える。
距離が離れた二人のジオウはそれぞれ必殺技の態勢に入る。一方はベルトに装填されたウォッチを起動させ、もう片方は二本の剣を合体させる。
〈タイムブレーク!〉
〈キィング!ギリギリスラーッシュ!〉
巨大な光剣が振り上げられ、その刃の根元に蹴りが突き刺さる。
膠着は呆気なく終わる。光剣の振りの勢いでジオウは吹っ飛ぶ。地面を転がり変身解除したのは、ソウゴA。
「先輩!」
ウールは迷いなくソウゴに近づく。
「しっかりして──ッ」
顔を覗き込んだウールは慄きながらも肩を揺するのだけは止めない。そんなウールの胸にソウゴは何かを押し付け、消滅した。
地面にほろりと落ちたものを掴んでみる。くしゃり、と音を立てたのは紙切れだった。
ウールは変身解除したソウゴCを睨む。その迫力は、スウォルツにも劣らないものだった。
「何すんだ」
「……しゃあないやんなぁ。弱い奴はやられるんや」
その様子を見て、ジープから出てきていた男は笑っていた。所詮お前達もその程度か。
「なんや、どうしてん」
ソウゴBとミサもやってくる。ただならぬ様子に、それ以上何も聞くことはできなかった。
──その時。自転車のベルの音が鳴る。現れたのは、また新しいソウゴ。天然パーマで、自転車のカゴにはなんとテディベアだ。
「ソウゴ様が到着だぁ!」
更に新しいソウゴだ。赤いシャツに学ランを羽織り、頭を丸めて肩には金属バット。随分と古風なヤンキーだ。
「え?」
「嘘やろ」
「おめぇら誰だ。同じ顔しやがってこの野郎」
「また増えたで……」
昨日と同じく困惑するソウゴ達。そんな様子をジープから見つめる門矢士。カードを数えながらぼやく。
「これで役者は揃ったな」
そんな男を見つめる者が二人。アナザーディエンドの力で透明になり、こっそりと見つめる加古川飛流。
そして、校門に背をもたれる男──海東大樹。
○○○
夜の森の中。結局森を抜けられず、制服のまま眠りにつく有日菜。
その前にふらりと一人の子供が現れる。浮世離れした雰囲気の男の子だった。
男の子は有日菜に近寄ってつんつんと人差し指でつつく。起きた有日菜はガバッと上半身を上げる。
「誰!?」
「お姉ちゃんは、だれ?」
「……私は、有日菜」
最低限の自己紹介をした後、有日菜は男の子に何故ここにいるのか、ここがどんな場所なのかを訊く。返事代わりに男の子は首を振る。
それどころかまた質問を返してくる。
「ぼくは、だれ?」
男の子は、記憶喪失のようだった。
「じゃあ、本当に憶えてないんだ。名前も、ご両親のことも」
「うん」
有日菜は水筒の中のお茶を差し出す。ぬるいが、無いよりはマシだろう。
「ごめんね、力になってあげられなくて」
「……私も、どうしていいのかわからなくて」
大きくなっていく不安が、口から溢れてしまう。男の子は、受け取ったお茶を見つめるだけだ。
苦手なのかな、と有日菜はカバンを漁ってポーチを取り出す。その中から飴を摘み出し、男の子に差し出す。
「これ食べて」
「……お姉ちゃん」
男の子は受け取らない。
「ぼく、家に帰りたい」
「それは、そうしてあげたいんだけど」
有日菜は自分の不甲斐無さが悔しくなる。と、男の子が急に腕と人差し指を伸ばす。
「向こうの方」
「憶えてるの、お家の場所」
自分の名前や親のことは忘れているというのに。
「なんとなく」
再び顔を下げてしまう男の子。有日菜はよし、と決意を固める。
「行ってみようよ」
「え?」
この子を家に帰すために。
F:エグゼイド→髪の毛の色
原作7ジオでも大概盛られてたのに、それ以上に良い人度マシマシな今作のスウォルツ先生とソウゴの料理シーンが我ながら好きです。原作でもあのギャグみたいな行動にはそういう意図があるんじゃないかなーと。
それにしても脚本家繋がりとはいえオーバーキルすぎたネオディケイド激情態さん。反省してます。