かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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四ノ巻16話  明王の過ぎし日(後編)

 

 あるとき、師僧は自ら禁を破りました。寺院にて封ぜられている怪仏を持ち出し、その封を解いたのです。

 

 抹香の香りが垂れ込める中、昼なお暗き怪仏堂に安置された、無数の墨絵や巻物、壺に鉢。

 怪仏は多様であり、怪仏を封じた物体もまた多様にございます――封じる守護仏の力によって、また封じられる怪仏の特性に合わせて――。

 その中で師が持ち出したのは、金襴緞子(きんらんどんす)の小さな巾着(きんちゃく)。そこに封じられていた、荼枳尼天(だきにてん)

 

 

 皆さんご存知のとおり、仏教においては様々な神仏が伝えられております。そしてそのご利益(りやく)もまた、様々にあるといわれております。

 業と因果の塊たる怪仏は、伝承の影響を強く受けます。ゆえ、その力は経典や説話に語られるもの、あるいはその仏のご利益として伝わるもの。それらを模したものになることが多いのです。

 

 豊作、財徳、栄耀栄華(えいようえいが)荼枳尼天(だきにてん)のご利益として伝えられるものは数多くございますが。

 師僧が求めたのはその中の一つ、『安産』でございました。

 

 『荼枳尼天祭文(だきにてんさいもん)』にはそのご利益が「利生(りしょう)を施すこと十九種あり」と語られ、うち一つに「難産の所に向かっていくに――安穏にして産ましめる」とあります。他にも「端正の子、衆人愛敬の子、利発自在の子を生ずる」とも。

 とはいえ、師は決してそのように多くを――外見がよく人に愛され、賢い子を、とまでを――望んだのではないでしょう。

 母子ともに無事な出産、それだけを念じていたはずです。

 

 

 

 

 申し遅れましたが、師僧には奥様がおられました。というと、何やら師が破戒の人ではないかと思い違われるやもしれませんが。

 

 無論、拙僧もいつやら自身のこととして申しましたように、僧侶の戒律として不淫戒(ふいんかい)――性的な交わりを持ってはならない――というものがあります。

 

 一方、その戒律に対する反論というものも古くよりございます。

 たとえば、浄土宗を開かれた法然(ほうねん)上人(しょうにん)は『和語灯録』において「ひじりで(念仏を)申されずば、()をもうけて申すべし。()をもうけて申されずば、ひじりにて申すべし――独身でいて念仏を唱え難い者は妻帯して唱えなさい。妻帯して念仏を唱え難い者は独身でいて唱えなさい――」とおっしゃっています。

 つまりは、『戒律を守るということは、必ずしも仏法の真髄や目的ではない』と言い換えてもよいでしょう。

 

 また浄土真宗の開祖、親鸞(しんらん)上人は法然上人の教えを受けた人物ですが、僧でありつつも(おおやけ)に妻帯されておりました。その流れを汲み、浄土真宗は僧侶の結婚を公式に認めております。

 

 そして明治五年には、日本の法律上も僧侶の結婚が認められております。

「今より僧侶の肉食・妻帯・蓄髪等勝手たるべきこと」との太政官布告(だじょうかんふこく)があり――これは神仏分離令、いわゆる廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の影響による後継者不足となった寺院への救済策とも、世俗化を推し進めることでのさらなる弾圧ともいわれていますが――、とにかく、日本においては以降、僧侶であっても結婚することはごく普通のこととされております。

 

 無論、そうしたことに対する反論もまたあって(しか)るべきではございましょうが。拙僧(せっそう)は至らぬ愚物(ぐぶつ)、愚が中の極愚でございますゆえ……特に厳しく不淫戒を守らせていただいているだけのこと。とても、師に異論を唱えるものではございません。

 

 

 

 

 ……また話が()れました。

 師僧挨律(あいりつ)は結婚しておられました。晩婚といって差し支えない年齢でのご結婚でしたが、それはそれは仲(むつ)まじいものであったと――師ご自身はおくびにも出しませんでしたが――他の僧の方々より聞き及んでおります。

 沙羅などは「オレらをクソしごいときながら自分だけよろしくやってんじゃねぇぞあのクソハゲ」などと申していたようですが。拙僧はもちろん、そのような不敬の念を抱いたことなどございません。ええ、本当に。……本当でございますよ。

 

 さて、その師僧ご夫妻です。なかなか子宝に恵まれずおりましたところ、幸いにも奥様がお子を宿されたそうでございました。

 けれど、師僧には懸念がございました。奥様のお体が元々丈夫でない上、具合も思わしくなく。母子の身が危ぶまれているというのです――専門の医師から見てどうであったのかは存じませんが、少なくとも拙僧はそう聞き及んでおります――。

 

 それゆえ、師は禁を犯されたのでした。怪仏・荼枳尼天(だきにてん)の封を破るという禁を。

 

 

 しかし、疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。

 そうした事情であればむしろ、怪仏の力を利用しても良いのではないか。何の不都合があるのか、と。

 

 

 ……怪仏は業、積もり積もった人の業。一人一人はか細き業でも、積もり、(つな)がり、力を宿す。強大な力を、ただし、余りに多くの想いが積もり、重なり、(きし)み、()じれ。

 もはや元の形も留めぬ、どこを向くかも分からぬ力を。

 

 怪仏はその力を以て人の願いを叶えます、ただしおおむね『歪んだ形で』。

 そのことは、皆様方も薄々はお気づきではございませんか。ここ斑野(まだらの)町での怪仏事件、その顚末は沙羅よりうかがっておりますが。それらの事件でも同様であったはずです。

 

 斉藤殿は賀来殿を守ろうとし、多くの生徒を地獄の幻に引きずりこんだ。ですがそれは、決して彼がそこまで望んだものではないはずです。彼自身が身代わりに責め苦を受けてまで、引きずり込んだ生徒らを守っていたのですから。

 

 また、黒田殿は阿修羅の力を用い、平坂殿を一度は打ち倒した。しかし崇春殿の(さと)しにより気づいた、借り物の力で平坂殿を倒したところでそもそも満足などなかった、と。

 つまり、彼自身の願いは決して叶っていなかったのです。

 さらには、阿修羅に乗っ取られた黒田殿は、他の者までもその手にかけようとされた――それも、彼自身の願いとはほど遠いはずです。

 

 

 ご存知のとおり、怪仏は同じ業を持つ者を本地とし、その者に力を与えます。

ですが同時に、本地の意識へと干渉する。本地の業――執着、欲望――を強め、それにより怪仏がさらなる力を得るように。そうして、本地の意識全てを乗っ取ってしまうことすらある。

 

 つまり怪仏が叶える望みは、元より本地が求めたものから()じれ。さらには本地自身の意識をも歪め。

 果てには、本地そのものを怪仏が乗っ取る、その望みをも捻じ曲げて。……怖ろしいものです。

 

 

 我らが怪仏を守護仏として扱えているのは、危うい例外に過ぎません。その制御のために必要なものは、あるいは怪仏との適性、さらには、一度その怪仏に憑かれたことがあるという経験や慣れ。

 そして、その怪仏に関する『業を抱きつつ、それに囚われないこと』。

 

 矛盾することと申してもよいでしょう、怪仏とつながるほどの強い業を持ちながら、それに囚われないなどと。ですが、それができたときにようやく、結縁者(けちえんじゃ)は怪仏の力を使いこなすことができるのです。

 一度怪仏に憑かれた者が、その怪仏を再度憑けて使いこなすことができたという場合も。あるいは慣れといったことより、業に振り回される恐ろしさを身を以て知った、そのことが大きいのやもしれません。

 

 

 さて、そうした危惧がございましたので、南贍部宗(なんせんぶしゅう)は怪仏の力を利用することを認めてはおりませんでした。怪仏を倒して封じるために怪仏の力を以てする、という例外の他は。

 

 それでも、師、挨律(あいりつ)は安産をもたらす力を求め、荼枳尼天(だきにてん)の封じられた巾着を持ち出しました。

 それはひとえに、妻子への愛情。そしてその死を恐れる心からでございましたでしょう。

 

 が、それもまた、業。

男女(なんにょ)、家族の『愛』すらも業、すなわち執着。そのように仏教では捉えております、厳密には。

 仏門に入ることを『出家』と申すのもまさにそれゆえ。家を出て家族という執着を捨てる、ということを表しています。

 

 もっとも中国における『(こう)』の思想を受けた経典『父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)』では両親への孝養が説かれ、原始仏教においても在家(ざいけ)――出家した修行者ではない、一般の仏教信者――向けには親への孝行が称揚されるといった例もございますが……それは方便と見るべきでしょう。

 

 

 また話が逸れました、恐縮です。

 とにかく、師は荼枳尼天(だきにてん)を持ち出しました。とはいえ、師はすでに帝釈天と結縁(けちえん)している以上、同体でもない別の怪仏と併せて結縁することはできません。

 そうせぬまま怪仏の力を――本地がない以上、弱いながら――利用するか、あるいは奥方に憑けるつもりであったか。

 

 

 ……あるいは、それだけなら無事だったのかもしれません。その力で無事に出産がなされ、師は寺院よりお叱りを受け、何らかの罰を受けた後にまた調伏師(ちょうぶくし)として復帰する……それで丸く収まったのかもしれません。

 ですが、そうはならなかったのです。

 

 師は気づいておられなかったのでしょう。荼枳尼天(だきにてん)の封を解いた際、別の怪仏まで解き放たれていたことに。

 

 その怪仏の名は、大黒天。またの名を大暗黒天。

 

 

 

 

 説話にはこうあります。

 かつて、人を取っては喰らう、夜叉(やしゃ)とも羅刹(らせつ)とも語られる鬼女がいたと。それが荼枳尼天(だきにてん)

 

 その暴虐を見かねた大日如来は、恐ろしい鬼神たる大暗黒天へと姿を変え――密教における大日如来はこの世そのもの、仏法そのものの化身。全ての神仏は大日如来が姿を変えたもの、そう解釈されます――、荼枳尼天(だきにてん)()らしめました。

 またあるいは、大日如来の(めい)を受けた大暗黒天がそうした、とも語られております。

 

 ともかく、そうして荼枳尼天(だきにてん)は仏法に帰依(きえ)しました。また、日本に仏教が伝わった後には稲荷(いなり)神と習合し、血肉を喰らう鬼女ではなく、狐に乗った天女の姿で描かれるようになりました。

 

 さて、その大暗黒天が()らしめた、ということですが。一説には説法し改心させたとも、また一説にはその力を以て懲罰(ちょうばつ)したとも言われております。

 ですが、南贍部宗(なんせんぶしゅう)にはこのような説話も伝わっております。

 ――破壊神たる大自在天(シヴァ神)、その変化身たる大暗黒天はその暴威を以て荼枳尼天(だきにてん)を打ち倒した後。

 その『大黒袋』に、かの鬼女を封じた、と。

 

 大暗黒天、サンスクリット語での名は『偉大なる(マハー)暗黒(カーラ)』。その名は全てを吞み込む暗黒を、すなわち全てのものを必ず吞み込む『死』と『時』を表しているといわれております。

 その後日本においては『だいこく』という読み方から大国主(おおくにぬし)(のかみ)と習合。福神としての性格を強めると同時に、大国主(おおくにぬし)(のかみ)の持つ大きな袋を持物(じぶつ)とするようになりました。

 

 それを象徴した『怪仏・大暗黒天』の力、それこそが『大黒袋』。多くの怪仏をその中に封じ、あるいは取り出し、操る力。

 先ほどの説話も、その怪仏としての力を伝えるものなのやもしれません。

 

 

 ……さて、業と因果の塊たる怪仏は、他の怪仏の影響を強く受けます。(こと)に、伝説上で関連ある怪仏同士の影響を。

 師は気づかれなかったのです。荼枳尼天(だきにてん)の封印を、その巾着袋を解いたときに……もろともに封印が解けたことに。

 『荼枳尼天(だきにてん)を封じた大黒袋』が解けた際、『大黒袋の主たる大暗黒天』の封印もまた、引かれるように解けていたことに。

 

 そして、多くの怪仏を封じた大黒袋、それを(つかさど)る大暗黒天の封が解かれたということは。

 袋の内の怪仏らもまた、その封を解かれたのでした。

 

 

 

 

 南贍部宗(なんせんぶしゅう)全ての調伏師が――そう人数がいるわけではありませんが――溢れ出たそれら怪仏と必死に交戦する中、拙僧と沙羅は師僧を追いました。

 師はその怪仏――ご自身の扱う帝釈天、そして封を解いた荼枳尼天(だきにてん)、さらには大暗黒天も――の力を用い、奥方の身を引きさらい。山中へとこもっておりました。

 

 ひどく雨の降る日でした、師のそばには身に(いかずち)をまとった帝釈天が控えておりました。灰一色の空の下、帝釈天の独鈷(どっこ)に走る火花が異様に映えていたことを覚えております。

 

 そして、師が抱きかかえられた奥方、目をつむられたその身を包むのは、金色のもや。けばけばしく、見せつけるように輝くそれは彼女の上に集い、幻のように形を取ります。妖しく体毛を揺らめかす、金毛九尾の狐と、それを従えた天女。

 

 そして師の体を包むのは、先も見通せぬほど黒いもや。そのもやは師の肩の上に集い、黒き鬼神(おにがみ)の顔を見せていました――その姿は大国主(おおくにぬし)(のかみ)と習合する以前のもの、全てを吞み込む偉大なる黒――。

 その鬼神の顔は、そそのかすように師の耳元に浮かび。そのもやは師の耳を、目を覆っていました。何もかも、見るべき真実を何もかも隠すかのように。

 

 拙僧らは説得を重ねました。ですが師は聞く耳持たず、怪仏の力を用い、攻撃をしかけてこられました。

 沙羅が烏枢沙摩(うすさま)明王(みょうおう)の力を振るい、帝釈天と戦ううち。

 拙僧は師と対峙しました。その身を、そしてお子を宿された奥方の身を、怪仏に呑まれた我が師と。

 

 ……その後のことは。

 その後の、ことは……。

 

 

 

 

 ただ、沙羅が帝釈天を足止めするうち――あるとき、不意に光って姿を消したそうですが――、そして他の調伏師が、解き放たれたほとんどの怪仏を封じた頃。

 (わたくし)も、本山へと帰還いたしました。

 衣に包み隠した、三本の腕を抱えて。

 

 一本は成人男性の腕。黒く変じた――焦げたのではなくその内から、肉や骨まで――鬼の如く化した腕。

 

 また一本は女性(にょしょう)の腕。ただし金の体毛を備えたか細い腕。

 

 もう一本は赤子の腕。これもまた、黒く変じた小さな腕。小さな、小さな、それはもう、掌にすっぽりと包んでしまえそうな、小さな腕――ただしまるで、鬼のそれに変じた腕。

 

 その三本を、持ち帰ったのです。証として。

 

 

 

 

 ……恐縮です、恐縮でございます。これ以上の話は、どうかご容赦下さいませんか――。

 

 

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