かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

124 / 217
四ノ巻18話  大暗黒天の来し方(後編)

 

 

 ――さぁぁ、さぁぁ、と音がした。どうやら映像がちらつくのは、仕様のせいばかりでもなく。その中で、雨が降っているらしかった。傘を持たずに出れば、たちまち濡れそぼるほどの雨が。

 

 映像の中の全てはその雨に濡れていた。雨粒は黒く、辺りもまた墨をまいたように暗い。モノクロの映像だから、というだけではなく、夜の光景だろうか。

 

 やがて、目が慣れるにつれ見えてきた。木の茂る間に、三つほど人影が見えた。といって、森や山の中ではなさそうだ。背の低い植え込みが、こんもりとした丸みを帯びて辺りに点々と生えている。辺り一面の地面には背の低い芝が広がっていた。

 どうやら、どこかの庭らしかった。茂みの間からは建物の壁と、アルミサッシの窓が見えた。その窓から漏れ出る明かりが、白く薄く辺りを照らしていた。

 

 殺されていた、東条紫苑と鈴下紡は。薄明かりの差すその庭で。

 

 いや、死んではいなかった、まだ。

映像の中の紫苑は、芝の伸びる地面にひざをついて座り込んでいた。力なく震える両の手が、ナイフの柄を握っていた。学校指定のジャージを着たその腹に、深く刺さったナイフを。

 傷口からは黒く黒く、下半身を塗り潰そうとするかのように血が溢れた。震える指はその血にぬめり、ナイフを抜き出そうとするも、何度も手を滑らせていた。抜ける気配はいっこうになかった。

 

 鈴下はいよいよ死にかけていた。あお向けに倒れた芝の上、顔は雨に濡れて草葉が張りつき、制服の胸から下は血に濡れていた。胸と腹の中間辺り、体の真ん中にナイフが突き立っていた。誕生ケーキのロウソクのように。その回り、制服の腹辺りには、いくつも破れた後があった。ナイフで何度も刺されたみたいに。

 鈴下はゆっくりと、静かに、瞬きをしていた。ナイフに添えられた手も、もはやそこにあるだけだった。ナイフを抜こうとはしていなかった、彼女の意思でその手が動くかどうかも怪しかった。

 

 三人目の人影だけが、一人そこに立っていた。

 見知らぬ男。全身を雨に濡らした、中年の男。

スーツを着崩した、その男は震えていた。足もひざも肩も。何より激しく、その腕が。熱病にでもかかったかのように、その手が。黒く黒く、拭えぬほどぬらぬらと黒く、血に染まったその手が。

 

「紡……紡いぃぃ……っ!」

 肺の底から絞り出すように、食いしばった歯の隙間からうめくように、男は声を上げて。目の前に倒れた、鈴下のそばへと歩み寄った。一歩一歩、崩れるような足取りで。そして彼女のかたわらに、落ちるようにひざをつき。

 

 叩いた、拳を振り上げて。その顔を胸を。

 殴るのではなく、拳の小指側から叩いた、何度も、何度も。泣きじゃくる子供がそうするように。

 

 叩きながら男は名を呼んだ、彼女の。

 男の目は頬は濡れていた、雨に降られる以上に濡れていた。

 そうして、そっ、と両手を当てる。彼女の喉に。絞めるように。

 

 その腕に、血管が浮かぶほど力が込められ。

 鈴下が苦しげに口を開け、震える舌が天に向いて突き出されたとき。

 

 震えながら、東条紫苑は立ち上がっていた。腹のナイフを揺らしながら。手に印を結んで。

「オン……マカキャラヤ、ソワカ……」

 その背後には浮かんだ、三眼三面六臂(さんがんさんめんろっぴ)――三つの顔にそれぞれ三つの目、そして剣を手にした六本の腕――、夜より闇より血よりも黒い、鬼神の姿が。

 その姿は幻のように消え。変わりに紫苑の手には、黒くもやを上げる剣が握られていた。鬼神が、怪仏が手にしていた剣。

 

 一方、目を、歯を剥き出し、紫苑をにらんで立ち上がる男の背後には。

浮かんでいた、薄黒い肌の鬼神が。人と同じ一面二()ながら、蛇のような目で()めつけ。片手に三叉の(げき)、もう片手に髑髏(どくろ)の杯を持った怪仏が。

 

 ふらつく紫苑と、揺らぐ男は。互いに歩み、駆け寄り、叫び、振るった。紫苑はその手の剣を。男は背後の怪仏の腕を、それが握る(げき)を。

 

 鈴下紡は震えていた。そのかたわら、男が蹴飛ばした洋酒の瓶が音を立てて転がり。

 その向こうにはよく見れば、もう一人が倒れていた。男と同年代の女性が、衣服にいくつも穴を開け、全身を血に染めて。

 

 紫苑の剣と怪物の(げき)が、真っ白く火花を上げてかち合う。

 

 

 ――そこから先、映像の全ては。突如湧き出た、黒く濃いもやに潰された。

 

 

 

 

「……ここまでだ。ここまでだよ」

 今、そう言った。東条紫苑は椅子にもたれ、優雅に脚を組んだまま。

 組んだ指を、震えるほどに握り締めて。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。