かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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四ノ巻25話  立ちはだかる者たちは

 

「な……なん、だと……!」

 崇春の放った、燃えるような光の双拳。吹き飛ばされ、机と椅子の群れに半ば身を(うず)めたシバヅキ。

 その光景を見て、声を上げたのは東条紫苑だった。槌を杖にしてどうにか立ち上がったまま。

 

 両拳を突き出したまま、崇春は立ち尽くしていた。口を半ば開けて、ぼう、と視線を宙に向けていた。

 だが、ようやく気づいたように、吹き飛んだシバヅキに目をやり。それから自分の両腕を見る。

 その両腕は、未だ炎にも似た金色のもやが上がっていた。【真・スシュンパンチ】――【南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王拳】――を放ったときには、拳の前の空間に甲冑(かっちゅう)をまとった鬼神の腕、そのヴィジョンが浮かび上がっていたが。それは無かった。

 

 ただ、代わりだとでもいうように。鬼神が身につけていた黄金(こがね)色の甲冑、その籠手(こて)部分。それが崇春の腕に、実体としてまとわれていた。

 【閻浮提(えんぶだい)覇王拳】、自らがそう呼んだ技を放った今は。

 

「むう……?」

 目を瞬かせ、その手を見つめる。

 

 かすみはそうする崇春を見ていた。口は半ば開いていた。ただ、唇が小さく震えていた。

 いったい。何だ、あれは。あの力は――。

 思いながらも、立ち上がる。前へ出る、崇春の方へ。

 

「崇春さん!」

 何なんですその力、無事でよかった、大丈夫ですか、シバヅキはどうなってるんです――言いたいこと、言うべきことは頭の中に渦巻いていたが。

 

 とにかく、崇春を指差した。

「……崇春さん!」

 今言うべきことでもない、別に言いたいことでもない。

 それでもかすみは知っていた。

 

「めっ……目立ち過ぎ! 目立ち過ぎですからーー!!」

 この言葉が、それこそが。崇春にとって、必要な言葉だと。

 

 崇春は目を見開いた。そして何度か瞬きをする。

「…………おう! そうじゃ、またしても! 滅多やたらと目立ってしもうたのう! がーっはっはっは!」

 両手を腰に当て、背を反らせて高らかに笑う。

 

 身を起こした平坂がつぶやく。

「……いや、今言うことかよ」

 

「ぅ……」

 かすみは息を詰まらせ、うつむく。――それはまったくそのとおりで、頭の内から火が出るように、額が、頬が熱を帯びていく。

 

 だが、隣で百見は頭を下げた。かすみに向かって。

「ありがとう。それでいいんだ」

 

 その意味をつかみかねて、かすみが目を瞬かせるうち。

 

 片手を口の横に添え、百見も声を張り上げた。

「そうだ目立ち過ぎだぞ崇春! あー、これは! 倒れたあの敵を拘束したなら、もっと目立ってしまうだろうなあ!」

 

 崇春は目を見開き、拳を握り締めた。

「何じゃとおおおお!? よっしゃあ、この崇春に任さんかぁいっ!」

 倒れたシバヅキの方へと駆けていく。その手に着けられた黄金色の籠手(こて)は、もやとなって消えていった。

 

 だが、それよりわずかに早く、紫苑が槌を抱えてシバヅキの方へと駆け出していた。

「待て! 奴との因縁、ここで決着を……!」

 

 元々距離が近かった分、紫苑の方がわずかに早かった。振り上げた槌を、シバヅキの目の前、床へと叩きつける。噴き出す黄金の間欠泉(かんけつせん)を放つべく。

 

 が。受け止められた、その槌が。

 シバヅキの陰、あるいはまさにその影から、現れた幾本もの腕によって。

 

 目を閉じたままのシバヅキの手ではない。すでにかき消えた大自在天の腕でもない。

 黒いもやから形作られた、幾本もの、幾本もの腕。それらがまるで、花びらのように広がり。生き物の触手のように、紫苑の槌を、腕を、絡め取るようにつかんでいく。

 

「な――」

 声を上げかけた紫苑の口を、それらの腕の一つが塞ぐ。

 

「こりゃあ、いったい……」

 崇春がつぶやいたとき、シバヅキの影から何かが飛び出す。

 

 だん、と足音も高く着地した四つの人影。いずれも人並み以上の背丈を備えた偉丈夫(いじょうぶ)。その隆々たる肉体は、布をまとっただけのような簡素な衣に包まれている。

 それらの人影全てが六本、ないしは八本の腕を(そな)え、それぞれに剣や戟を携えていた。

 

 それらのうち一体――四面八()、正面の顔は三眼――が、捕らえた紫苑を床に横たえ。踏み締めながら、重く唱える。

 その怪仏は、多くの腕のうち一対を合掌させていた。正確には合掌から、五指それぞれの先だけを交差させた形。

「――オン・キリキリバザラバジリ・ホラマンダマンダ・ウンハッタ――地界金剛橛(じかいこんごうけつ)

 

 走った、何かが床を。薄く黒いもやのような。それは生徒会室全てを走り、あるいは壁をすり抜け、他の教室を廊下を校庭を、学校全てを走ったような――そんな感覚があった。

 

 別の一体、一面三眼八()の者が唱える。その手足には蛇が身を巻きつかせ、時折舌を閃かせる。そのうち一対の手は、先の者と同じ合掌をしていた。

「――オン・サラサラ・バザラハラキャラ・ウンハッタ――金剛墻(こんごうしょう)

 

 走った、何かが目の前の空間を。

 そう認識したときにはもう、それはあった。まるで分厚いガラスのような壁。黒いもやが(こご)ったような、薄墨色の壁。それが崇春らと、紫苑とを分断していた。

 いや。それだけではなかった、辺りを見回せば、崇春、百見、平坂、かすみ。それぞれの間にさえ、同様の壁が築かれていた。

 

「何ィ……!」

 平坂が顔を引きつらせる間にも、壁の向こうで次の一体が真言を唱える。六面六()、さらには六脚の異形の者。これも、同じ形で合掌をしていた。

「――オン・ビソホラ・ダラキシャ・バザラハンジャラ・ウンハッタ――金剛(もう)

 床と同じく、天井にもまた黒いもやが走る。

 

 次の者――三面六()、正面の顔のみ五眼――が同じく合掌し、唱える。

「――オン・アサンマギニ・ウンハッタ――金剛火院」

 壁を、窓をもやが走る。

 そして、四方全ての壁と窓、そこにもやがかかった後――窓から見える街も空も太陽も、歩く人も飛ぶ鳥も、道行く車も風にそよぐ木も。サングラスごしのように薄暗く、嘘くさく見える――。

 

 四体の怪仏は、同時に重い声を響かせた。

「――オン・バザラギニ・ハラチハタヤ・ソワカ――()に! ()に! 網に、火に! 天地四方囲み護られし大壇よ、今こそ結界し被甲(ひこう)せよ! ――【四大明王・裏獄(りごく)結界】!!」

 

 

 揺れた。ご、と何かが鳴った。大地の底から、あるいは天のその上から。

 何が揺れたか、何が鳴ったか。それは分からなかったが――、かすみには、舞台が揺れた、と感じられた。

 舞台劇の、その舞台が床ごと回り、去りゆき。裏にしつらえられていた、別の舞台が現れたような。

 舞台が揺れ。仕掛けが駆動し、鳴ったような――つまるところ、全てがぐるりと回ったような。この世全てが。

 

 

 かすみは目を瞬かせた。揺れも音も一瞬だった、今はもう静かだった。

 いや、静か過ぎた。

 

 外を見た。相変わらず――いや、よりいっそう――薄黒いもやがかかり、嘘くさく。

 いや、本当に嘘のようだった。

 

 薄墨色の窓の向こうに見える街はそのままだった、本当にそのままだった。さっき見たとおりだった。

 木々は風にそよぐその姿のまま、ぴくりともしなかった。枝を軋ませたまま、葉をなびかせたまま、そのままの姿で停止していた。風に飛ばされた何枚もの葉が、宙のその場にいつまでもあった。

 道行く車も同じだった、さっき見たまま、そのままの位置で停まっていた。その中から降りていぶかしむ者は誰もいなかった。いや、あるいは。車の中に、そもそも誰もいないのではないか。

 歩道に、あるいは校庭に、見たはずの位置に、歩く人はいなかった。飛んでいた鳥も。付近のどこにも。

 

「え……? え……」

 

 震えるかすみ、辺りに目を走らせる百見、紫苑と隔てる壁を叩く崇春、四体の怪仏に目を向ける平坂。

 

 そこに、声がかけられた。重いが、穏やかではある声。

「――御足労いただき、真にかたじけない。(あるじ)(めい)により我らが創り出せし異界、【裏獄《りごく》】へと」

 

 そう言って頭を下げたのは、一面三眼八()、手足に蛇を巻きつかせた怪仏。

「――申し遅れた、自分は四方を司りし『四大明王』が一。南方守護者『軍荼利(ぐんだり)明王』と申す者」

 

 顔を上げ、穏やかに言葉を続ける明王の双眸(そうぼう)は、そして額の第三の眼は。油断なく、かすみらを見据えていた。

「――我ら怪仏・四大明王、(すなわ)ち大自在天と同根たる者。四天王の皆様方におかれては、願わくば我らとお手合わせいただきたい。お嫌とあらば無理強いしたくはないが……どうあれ、お待ちいただきたい。大自在天、その力が再び一つとなるまでの間は」

 

 軍荼利(ぐんだり)明王の横に、他三体の明王が並び立つ。一人は先ほど踏み締めていた、紫苑を腕に抱えていた。紫苑は踏まれた際の打撃に意識を失ったか、目を閉じていた。

 そして四大明王の中央、その奥には。倒れた椅子と机にもたれかけ、埋もれかけたシバヅキが、目を見開いていた。臣下に守られ、玉座に深々と座る征服者のように。

 

 

 

 

(『四ノ巻  胸中語るは大暗黒天』了)

 

 

(『五ノ巻  立ちはだかるは四大明王』へ続く)

 

 

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