かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻3話  地獄に仏

 

 薄墨色の壁に仕切られた校内を、崇春は一人駆けていた。草鞋(わらじ)履きの足で、どたどたと。息を切らして。

 生徒会室を出て、しばらくの間こそ勢いのあったその足取りは、だんだんと重く、遅まっていた。それでも決して止まりはせず、足を進める。胸の底から絞り出すような、息の音を荒く立てながら。

 

 やがて壁はそれぞれの道へと伸び、別々の廊下、あるいは階段へと導き。もはや仕切る必要もなくなったのか、それより先の道には姿を見せなかった。

 走りながら振り返ってみるも、もはやどこにもかすみたちの姿は見えない。廊下の窓の先にも。

 

 それを確認してようやく、崇春は足を緩め、立ち止まろうとして。その足がもつれ、よろめき、廊下の壁に肩からぶつかり。やっと止まる形となった。

 

「ぅ……く……」

 (うめ)きながら、そのまま壁にもたれるように。ずるずるとその場に崩れ落ちた。

 うつむき、片手を床について。かすれたような音を立てて、荒い呼吸を繰り返す。

 

「ちぃと……大盤振る舞いが、過ぎた……わい……」

 息が上がっていたのは、決して走ったからではない。

 使ったからだ、増長天の力を。百見に――特にその許可があるまでは――使うなと言われていた、癒しの力。そしてその前には、新たな技まで。

 

「……むう……?」

 未だ整わない呼吸に肩を上下させながらも、崇春は目を瞬かせた。

 新たな技――だったろうか、あれは。光をまとう双拳【閻浮提(えんぶだい)覇王拳】。むしろ、思い出したような気さえした。【真・スシュンパンチ】こと【南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王拳】、その名を忘れていたのと同じく。

 

 だが、思い出したのだとすれば。いったいいつ、その技を習得したのか。そしてなぜ忘れていたのか。そうだ、百見は先ほど言っていた、「思い出すな」と、それはなぜ――

 

 思い出そうと記憶の糸をたぐるも、その先はすぐに途切れた。別の記憶をたぐろうとするも、それもすぐに。

 思い出せなかった。いつ【閻浮提(えんぶだい)覇王拳】を身につけたのか。そもそも【南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王拳】、それもいつ覚えたのか、なぜその名を忘れたのか。そもそもいったい、いつ増長天の力を――

 

 考えど分からず、酸素不足のせいか。頭の芯に、締めつけるような痛みが走る。

「ぐ……」

 片手を床についたまま、目をつむり歯を噛み締め。軋む頭に片手を当てた。

 

 そのとき。不意に何かが崇春の背に当てられる――いや、添わされる。大きく、厚く、温かな手が。

 

 突然のことに崇春は身を震わせ、目を開けたが。その手の主を認め、緩やかに息をついた。

「お(んし)、じゃったか……」

 

「……ス」

 朴訥(ぼくとつ)な、返事ともいえない返事をした男は。その巨体を縮こめ、崇春の傍らにひざをついていた。守るように。

 閻魔(えんま)天、そして同体たる地蔵菩薩、勝軍地蔵との結縁者(けちえんじゃ)。斉藤逸人(そると)は。

 

 もう一度胸の奥から息をつき、崇春は身を起こした。壁を背にもたれかかり、あぐらをかく。

「地獄に仏とはこのことよ。何とも助けられた気分じゃが……お(んし)、どうしてここに」

 

「……ス」

 再び返事ともいえない返事をして、斉藤は語り出した。ひどくゆっくりと。

 いわく。昨晩、渦生に家へ送り届けられた後、賀来から謝罪の連絡を受け。一方で、かすみらに連絡するも応答がない、と聞いた、と。

 それで、賀来と話し合い。今日は早朝から登校し、朝一番に、崇春らから事情を聞こうと――賀来はかすみに謝罪をしようと――いうことになったのだ、と。

 

「で、教室で待ってたら。突然壁が出てきて、賀来さんと……離されて。で、この変な学校にいた……ス。……壁も壊せそうにないんで……とにかく、それぞれ進んで……ここへ、ス」

 

「なるほどのう」

 崇春は――未だ、ゆっくりとだが肩を上下させたまま――背筋を伸ばす。あぐらをかいたまま、両ひざに手を置き。深く頭を下げた。

「お(んし)らには心配をかけた様子、すまなんだ。じゃが――」

 顔を上げ、笑った。

「お(んし)ほどの(おとこ)がおれば千人力、来てくれて嬉しいわい。ありがたい」

 再び深く頭を下げた。

 

「いや、そんなこと……ス」

 斉藤もまた、巨体を縮こめるように深く頭を下げる。

 

 しばらく互いにそうしていた後、ようやく頭を上げる。

「さて、いつまでもこうしてはおれん。この先に待つ怪仏を倒さねば、この結界は――」

 言って立ち上がろうとした崇春の、地についた足が、ひざに乗せた手が。芯を失ったかのように揺れた。

 倒れかけたところを、斉藤の分厚い手が、さらに肉厚な腹が支える。

 

「おお……すまぬ、わしとしたことが――」

 崇春は体勢を立て直し、頭を下げるが。

 

 それよりも早く、斉藤はしゃがみ込み、背を向けていた。

 背中越しに崇春を身ながら、両手を後ろへと伸ばす。

「乗る……ス」

 

 

 どすどすどす、と、廊下を揺らす如くに駆ける、斉藤の背におぶわれながら。崇春は――崇春なりの言葉で――今までの状況を説明した。

 

「……ス。オレ、頭悪いんで、どうも、スが」

 走りながら、前を見たまま斉藤が言う。

「とにかく。生徒会長が黒幕、けど別の敵がいる。……そいつを倒して、会長と話し合えば解決。……けど、それを邪魔する奴らがいて。この先にいる、そいつを倒す、必要がある……ス、ね」

 

 斉藤の走るリズムに揺れながら、背にしがみついた崇春はうなずく。

「そのとおりよ。ただ、敵の明王は四体……その全てを、わしらでそれぞれ倒さねば結界は解けん、という話じゃ」

 

「……ス」

 

 それで二人とも黙り。斉藤の足音だけが廊下に響く。

 

 やがて崇春が口を開く。

「それにしても、あいすまぬことよ。体力だけがとりえのわしが、まさかおぶってもらおうとはの」

 

 前を見たまま斉藤が言う。

「……いい、ス。オレこそ、とりえ、体力しかない、んで……役に立てて、良かった、ス」

 

 崇春は目を瞬かせた。それから、ふ、と息をつき、ふふ、と続けて息をこぼす。

「冗談を。とりえも何も、お(んし)ほど()(おとこ)。そうそうおるものではないわ」

 

「…………」

 何も言わず、うつむいて走る斉藤に。

 崇春は再び声をかけた。

「心根が好い。怪仏に操られてなお、その身を犠牲にしてまでも、皆を救おうとするほどにの。……心根が好い、それよりも好いものなどと。この世にいったい何があるんじゃ?」

 

「…………」

 斉藤はなおも無言で、いっそう顔をうつむかせ。ただ、その脚を速めた。

 

 やがて、再び現れた壁が道を仕切る。それに沿って進み、体育館への渡り廊下を――その両側も薄墨色の壁に阻まれ、外へ出ることはできない――通り抜ける。

 体育館の正面、大扉を開けた先には。

 

「――これはこれは、ようこそお()で下された」

 広い体育館の先、背後に校旗の下がるステージの上。

 一面三眼八臂(はっぴ)の、肩幅の広い体躯。それぞれの手に武器を携え、たくましい腕に蛇を巻きつかせた怪仏。軍荼利(ぐんだり)明王が、浅く頭を下げていた。

 その双眸(そうぼう)は控え目に伏されていたが、額の第三眼は、蛇のようなその瞳は。値踏みするように、油断なく二人を見据えていた。

 

 

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