かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻5話  明王対四天王

 

 飛び出す崇春は声と共に、必殺の拳を繰り出した。

「先手取ったり! 【南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王拳】じゃああ!」

 

 鬼神の腕が浮かび上がるその拳は、しかし。

「――先手、確かに(ゆず)り申した」

 十字に交差させた隆々たる腕で受け止められ、横合いから出されたさらなる二本の腕につかまれ。

 床を擦る音を立て、軍荼利(ぐんだり)の体を大きく押し込むも、真正面から止められていた。

 

 その腕をつかんだまま、にこりともせず軍荼利(ぐんだり)は言う。

「――後手参るぞ、これにて詰み!」

 短い柄の斧、短戟(たんげき)三鈷杵(さんこしょ)。接近戦において最大の力を発揮するであろう武具が、浅く振りかぶられて崇春へと向かう。

 

 だが、まさにそのとき。

 

受身(うけみ)……用意、ス」

 斉藤逸人(そると)が、その巨体を滑らせるように、音も無く。軍荼利(ぐんだり)の背後を取っていた。

 絡みつく太い片腕が、軍荼利(ぐんだり)の腰を固定し。もう一方の腕が多腕の一つを脇からつかむ。

 

 そのまま。斉藤は腰を跳ね上げ、身を反らせながら。背後へと自ら倒れ込みつつ、軍荼利(ぐんだり)の体をもろともに後ろへ投げる。

 柔道における真捨身(ますてみ)技の一つ【裏投げ】。いや、相手の後頭部から打ちつけるようなそれは、二人の巨体で床に(アーチ)をかけるかのようなその動きは。むしろプロレスの【裏投げ(バックドロップ)】にも近かった。

 

 ステージの床を重く震わせ、軍荼利(ぐんだり)の後頭部が打ちつけられる。さらにはその多腕、受身を取る暇もなく。どころか床へと打ちつけられ、あらぬ方へと曲がったものと。武器を手にしたまま叩きつけられ、自身の身に刃を突き立てたものすらあった。

「――ぉ……あ……!?」

 

 (うめ)き声に耳を貸す様子もなく、斉藤は身を起こす。横たわったままの相手に覆いかぶさる動きを見せたが――柔道の押さえ込みをかけるように――、相手の持つ武具に目を向け、その動きを止めた。

 その代わりにか、八腕のうち空いた二本の手、これをつかむ。相手のそれぞれ小指だけを、握り締めるように。

 それを曲げた、無造作に。だが、曲がるはずのない方向へ。関節と逆方向へ、満身の力を込めて。

 結果、生木をへし折るような湿った音を立てて。軍荼利(ぐんだり)の二本の小指は曲がるはずのない、曲がってはいけない角度まで折れ曲がっていた。

「――ごぁ……!」

 

 敵のさらなる(うめ)きに表情一つ変えることなく。斉藤は身構えたまま、近くでひざをつく崇春の方へと下がる。

「ウス……大丈夫、スか」

 

「すまぬ、助かったわい」

 敵の腕二本につかまれていた崇春は、斉藤が投げを打つ動きに巻き込まれかけたが。どうにか腕を振り払い、逃れていた。

 握る拳から金色のもやが立ち昇る。

()くぞ、すまんが……これにて詰みじゃあ!」

 

 数歩駆けた後踏み切り、跳んだ崇春は。その拳を叩き込んだ。自らの真下にいる敵、その腹と胸の間。急所たるみぞおちへ。

「垂直落下式・【南贍部洲(なんせんぶしゅう)護王拳】じゃあああ!!」

 

 ぼご、と(えぐ)れるような音と共に、崇春の拳は深々と突き立つ。杭を打地込んだかのように。

軍荼利(ぐんだり)の肉体を、穴が開いたようにへこませ――肋骨(あばら)も内臓も打ち抜いたかのように――、周りの床すら、クレーターのように(まる)くへこませ、ひびを走らせていた。

 

「――~~……っ!!」

 声にならない叫びを上げて、軍荼利(ぐんだり)は引き裂けるように口を開け。薄桃色の液体を、飛沫(しぶき)のように吐いていた。胃液か血かも分からないそれを。

 

 崇春は拳を打ち抜いたままの姿勢で長くいたが。やがて敵の体から下り、合掌した。

「二対一、目立ち者としちゃあ恥ずべきことじゃが。先を急ぐ身ゆえ……すまぬ」

 深く頭を下げる。

 

「……あざっ……ス」

 斉藤もまた、深く頭を下げる。

 

 崇春はきびすを返し、茶の入った袋をつかんで、ステージを下りようとした。

 

 が。

「――……ほ、う……敵に、後ろ、を……見せると、は」

 倒れた軍荼利(ぐんだり)が首だけを起こし、崇春を見ていた。焦点を失った目で。

 吐瀉物(としゃぶつ)を口から垂らし、自らの武器が刺さった腹から血を流し、震えながらも笑う。

「――これは、つまり……自分の、勝ちですか……な」

 

 崇春はそちらへ向き直るが、首を重く横へ振った。

「お(んし)の負けよ。……できるなら、お(んし)のことも救いたかったが……許せ」

 

「――否」

 つぶやいた軍荼利(ぐんだり)の、二本の腕が。親指と人差指で輪を作り、残り三本指は伸ばした形で。斜めに交差した。

「――オン・アミリテイ・ウン・ハッタ」

 

 とたん。止まった、腹の傷から流れる血が。

どころか、それは。まるで時が巻き戻るように、流れ落ちた跡を逆にたどり。流れた血の全てが、傷口へと収まっていた。そして肉が膨れ、傷を(うず)め。皮が伸びてその跡を覆い。どこにも傷はなくなった。

 それは崇春に打たれた箇所も同様だった、べごべごべご、と音を立て、粉砕されていた骨がつながり、肉が膨れ、たくましい腹筋を形作り。完全に、元に戻っていた。

 斉藤に折られ、あらぬ方向に曲がっていた指も。元の向きへと立ち上がり、鈍い音を立てて関節をかみ合わせた。

 

 軍荼利(ぐんだり)は立ち上がり、頭を下げた。

「――貴殿らの武技、真にお見事。斉藤殿の鮮やかな投げ、多腕と武器を警戒して押さえ込みにはいかない判断。代わって指を躊躇(ちゅうちょ)なくへし折る――古流柔術の技【指()り】。本来なら指関節を()めて相手の動きを制する技だが、これも多腕を警戒なされたか――。そして、崇春殿の拳の威力。並の怪仏なら、それで散っておりましたが」

 

 顔を上げる。

「――この軍荼利(ぐんだり)明王、その名が示すものは『甘露(かんろ)――不死の霊薬――の壺』、あるいは『とぐろを巻くもの――つまりは蛇、脱皮するもの――』。それらが示すものは『不死』、すなわち。自分の力は【再生】」

 

 八本の腕と、武器を構え直す。

「――芸のない武骨者にて、他にこれといった力はありませぬ。四大明王の内においても、とても最強とは名乗れぬ身。されど」

 口の端を上げ、不敵に微笑む。

「――この自分、誰にも負けることは有り得ませんな。四大明王においても、貴殿らのいずれと戦おうとも」

 

 

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