かもす仏議の四天王  ~崇春坊・怪仏退治~   作:木下望太郎

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五ノ巻9話  司(つかさど)るもの

 

 梁に腹を引っかけ、手足をぶら下がらせた格好のまま。崇春はただ、瞬きしていた。

 言葉は出なかった。呼吸がどうにかできるばかりだった。

腕は動くか、脚は――四肢の指先だけがそれに応えた。手足を動かし、よじ登ることができるかは怪しかった。

 

 遥か下、こちらへ合掌する軍荼利(ぐんだり)が小さく見えて、崇春は息をこぼした――よすがええわ、仏様でもあるまいし。拝まれるようなもんじゃあ、わしはないわい――。

 

 ステージ上に座ったままの斉藤に目をやる。その目、真っ直ぐに向けられた視線に、崇春は首を横に振った。先ほど、明王に振り回されていたときと同じく。

 ――まだぞ、まだ。お(んし)の力を使(つこ)うてもらうには、まだ早い――。

 

 おそらく斉藤の力は、この戦いで見せたほどの大技は。使えたとして、あと一度。

 ゆえに、窮地を脱するためだけに使うわけにはいかない。相手を倒す方法を見切った上で放つ、詰みのための一手でなくてはならない――そうした感覚を言葉や思考ではなく、体感として崇春は得ていた。

 

 首を巡らし、辺りにつかめそうな鉄骨がないか探ろうとして。崇春は目を細めた――まぶしい、目を向けた方にちょうど照明が――。

 そこでふと、口を開けた。

「……こりゃ、あ……?」

 

 手足をぶらつかせたまま、腹の奥からどうにか声を絞り出す。

「ぉお……う。のう、軍荼利(ぐんだり)よ」

 

 軍荼利(ぐんだり)は驚いたように顔を上げたが。すぐ、静かに微笑んだ。

「――無理をなさらぬよう。勝負あったと見受けましたが」

 

 ぶら下がったまま崇春は笑う。

「どうかの。ところで、じゃが」

 横の照明を目線で示す。

「これら電気、それに水道も……お(んし)らがこの異界の中に、創り出したと言うちょったが。四大明王に、雷や水の力などあったかのう」

 苦笑して続ける。

「百見ならすぐに分かるんじゃろうが、何分不勉強での……」

 そこで息が詰まり、むせ返った。

 

 軍荼利(ぐんだり)は穏やかに言う。

「――なかなかの慧眼(けいがん)。確かに我ら四大明王、いずれにも左様な力はありませんな。自分こと軍荼利(ぐんだり)明王の、仏としての利益(りやく)も病魔調伏(ちょうぶく)息災(そくさい)延命。それが、水や電気など扱えておるのは。裏獄(ここ)が、我らが(つかさど)る地(ゆえ)でして」

 八腕の一つで首の後ろをかく。

「――我らの術で創り出した異界、我らが(つかさど)る地。それ故、ある程度の事象は意のままにすることが可能……仕切る壁を創り出したように。ただ、それも四尊揃えばのこと……自分の一存でそれらを操ることはできませんな」

 

「なるほど、の……」

 崇春は改めて照明に目をやる。白くまばゆい光、目を細めずにはいられないほどの。

 この電気、この光が、怪仏の創り出したもの。軍荼利(ぐんだり)が言うには、水も――

 

 そこまで考えたとき、顔を上げたせいでバランスが崩れたか。崇春の腹が鉄骨の上を滑り。

 足から、宙へと落ちた。

「む……ううううぅぅーーっっ!!?」

 

 数秒ほどの間に思う、体全てで風を切りながら――そう風、空気、この空間の、体に当たり肺に入る、つまりは本物と(たが)わぬ空気、水や電気だけでなくこれも怪仏の力、司る場所のそれらを操る、操ることができる――。

 

「……む?」

 知っている。知っている、その感覚を――思い出した。

 

「オン・ビロダキシャ・ウン!」

 放つ真言と共に、床へと突き出す手の印。その周囲で空気が渦を巻き、吹きゆく風となり、溢れ。崇春の手の先で、躍る。

「喝ぁっっ!!」

 目前に迫る床へと叩きつける、風を。

 

「――な……!?」

 風圧から顔を背け、いくつかの腕を頭の方へ上げる軍荼利(ぐんだり)

 

 その前に、崇春は立っていた。軍荼利(ぐんだり)から受けた他は、何の傷もなく。

「ほう……敵を目前に、目を背けるとはの」

 笑う。かすれた呼吸を繰り返しながら。

「どうやらわしの……勝ちのようじゃい」

 

 

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