「――な……」
三眼を見開き口を開け、
「――ほざけ……! この四大明王が一、
それに取り合わず、崇春は背を向けた。ふらつきながらもステージの方へと歩く。
「それより一杯、茶をくれんか……斉藤、そっちは大丈夫かの」
「ウ……ス! そっちこそ、ス」
弾かれたようにその巨体を起こし、斉藤は茶の袋を取った。足音も重くステージから降り、崇春へと駆け寄る。
よろめいた崇春の体を、その太い腕が支える。
「大丈夫、スか」
荒い呼吸を繰り返しながら崇春は笑う。無言のまま、手を差し出した。
斉藤が慌てたように取り出す、茶のボトルを受け取って開け。底を天に向け、喉を鳴らして飲み干した。
「かぁーっ! 美味い! 美味いわい! 生き返るわ!」
胸の底から息をつき、震えながらペットボトルを握り締める。手の中でそれがへこむ音を立てた。
「…………」
空のそれに目を落とし、何度か瞬いた後。ふたを閉め、懐に入れた。
笑って斉藤の肩を叩く。
「お
ささやいた。
「それと、の。合図したら、針を全て
「茶は美味かった、有り難い限りじゃわい。じゃが――」
顔だけ向け、笑ってみせる。
「言わんでええんか。『敵に後ろを見せるとは、自分の勝ちのようですな』、との」
すぐにその頬が震え、武器を握る四腕が震え。素手の四腕も拳に握り締められる。
「――おのれ……どこまで
背を向けたまま崇春は腕を組む。
「言わんでええ、聞き飽きたわ。仏法者なら言葉でなく、生き様で示さんかい。その目指す悟りは、言葉では語れんものなればのう」
歯軋りの後、
「――【
背を向けたまま崇春はつぶやく。
「すまぬ。愚弄が過ぎたわ……なんせお
突き出す。両手に結んだ印を。
「オン・ビロダキシャ・ウン」
花が咲いたようなその印の周り、空気が揺らぎ。それが流れ出し、風となり。渦を巻き、音を立て。やがて崇春の握った手、右拳の上で。吹き
「受けよ――【
振るう拳のその先へと、解き放たれた崇春の嵐は。
竜巻のように迫る明王の巨体、その回転の芯をぶれさせ。繰り出す腕の勢いを弱め。吹き飛ばしていた、体育館の端へと。
盛大な音を立ててその体が壁へと打ち当たる、そのとき。
崇春は叫んでいた。
「今じゃ! 斉藤!」
「ウス! 【地獄道、大大大大・大針林】!!」
斉藤が床へ手を叩きつける。同時、体育館の端一帯、その床から針の群れが伸び。遥か高く、天井からも針が伸び。一方それを待ち切れぬとばかりに、辺りの壁からも斜め下へ、貫き留めるように針が伸び。
床へと落下しつつあった、
そこへ崇春は走り込み、鬼神の拳を振るう。
「【真・スシュンパンチ】じゃあ!」
その拳は針山もろとも、敵の体を打ち破りはしたが。見る間にその肉片が、黒い塵となった体の欠片が。宙で黒く渦を巻く。
「――無駄だと申し上げたはず――」
くぐもって響くその声が終わらぬ間に。
「おぉ、こおおおおぉ……」
崇春は強く息を吐き、長く深く息を吸う。空気を、風を、自らに取り込もうとするかのように。
そして、拳を振りかぶった。
「【
振るう拳のその先から、空気が渦を巻く。強く速く渦を巻く。黒い塵の織り成す渦など、軽々と巻き込み、散らすほどに。
「――な……にぃぃ!?」
黒い螺旋の約半分は、崇春の嵐に巻き込まれて。その拳の先へと吹き飛ばされた。体育館の彼方、二人が入ってきた場所。開け放たれたままの、大扉の先へ。
「よっしゃああああ!!」
床を踏み割るような勢いで崇春はその扉へと駆け、渡り廊下のさらに先へと飛ばされていく塵を見送った後。重く音を立てて、大扉を閉め切った。
「――しまっ――」
「どっせえええぇいっ! どっせどっせぇぇい!」
崇春は大扉から片側へ駆け、辺りの扉――用具入れの引き戸、トイレのドア、更衣室のドア――を開けていく。そして。
「【
振るう風が。半分残った螺旋を三つに断ち、吹き飛ばした。用具入れへ、トイレへ、更衣室へ。
そして崇春はすかさず駆け、全ての扉を閉め切った。
「――た……!」
辺りにいくらか残った塵が、悲鳴の続きをつぶやいたが。
「これで仕舞いじゃああ!」
さらに振るう拳、巻き起こる風に絡め取られ、入り込まされた。崇春が懐から出した、ペットボトルの中へと。
おもむろにふたを閉め、崇春が言う。
「今度こそ。勝負、あったの」
崇春は覚えていた、粉々になった
それは決して、新たな肉体が生え出てくるのではなく。散り散りになった体の欠片が元の位置に集まり、つながるといったものだった。まるでジグソーパズルのように。
「かき混ぜたジグソーパズル、それを別々の場所にしまい込んで。さてさていったい、いつ完成するものやらの」
「――くっ……!」
ペットボトルの中から小さな
そのとき、体育館の端を何匹かの蛇が、入口の方へと走ったが。
「喝ぁっ!」
それも風の拳に打ち破られ、黒い塵と化した。
崇春は入口のもう片側、先ほど塵を閉じ込めたのとは反対側へと駆け、別のトイレと更衣室の扉を開け。新たな風を起こして、蛇の化した塵を閉じ込めた。
「なるほど、こうしたときの用心のため、蛇を残しておいたんか。じゃがそれも――」
崇春の声が終わらぬ間に、ペットボトルが手の内で震えた。
「――くっ、ふふ……はは、お見事……!」
いっそ
「――お見事。この
声は続いていたが、構わず崇春はつぶやく。
「そちらこそ見事な敵じゃったわ、
音を立てて倒れ込む。体育館の床に大の字に。
「皆には、悪いが……休まんことには、動けそうにもないわ……」
照明の光る、遥か高い天井を眺めながら、目を閉じた。